突き抜けるような青い空に、白い雲がまばらに散らばっている。
幻想的な光景のその微かな雲の間に、光輝く城が垣間見えた。


――それは空に一番近い場所・・・『天空城』―。


―…その『主』の部屋で,彼女は少しも物怖じせずに、玉座にいる『彼』を睨みつけた。




「――私、怒っているのよ!」



そう言い放たれた声は 鋭く響き 同時に鋭い視線が『彼』を射抜いた。

――・・向けられた瞳は、海と天空をあわせた深い碧色。

熱を持ち、微かに潤んだその瞳と、薔薇を散らしたように紅く染まった白い頬。

『怒り』を露わにした卵型のその小さな顔を、『彼』はただ ぼんやりと見つめていた。


―また・・ 美しくなった・・・。


彼はこの状況の中、なぜかぼんやりと そんなことを考えていた。



「――言っておくけど『少し』じゃないわ!とってもとっても怒っているのよ!」


彼女の言葉が続く――。
その声も 彼はぼんやりと聞いていた。
なぜか 不思議な光景を見ている気持ちがしていた・・・。

それは、いつも柔らかな声音をもつ彼女から、そんな音を聞くのは初めてで…
いつも花のように微笑むその顔が、怒りで強張っているのを見慣れていない所為だったかもしれない・・・

だから、その『怒り』がまぎれもなく、自分自身に向けられたものだと分かっていたはずなのに
『彼』は――ただ ・・ぼんやりと彼女を見ているだけだった・・・。


「―――聞いてるの!?」


そんな彼の様子に、彼女の声は更に感情がこもる。――と、同時に、強い風が吹き込んで彼女の金色の髪を攫った・・・。
風は結われていた三つ編みを柔らかに解いて 緩やかなウェーブを描いた髪を青い空に巻き上げる。

迸る激しい怒りは それすらも美しい彩りに姿を変えていた。
飲み込まれるような青い空を背後に立つ彼女は、鳥肌が経つほどに美しかった。


故に・・・そんな彼女の華奢な背に…『羽根』が生えてない事が 不思議だった。

確かに『天空の血』を引いているはずなのに…存在していない――天空人の証である『純白の羽根』・・・。


そんな中 彼女の感情が爆発した。




「――何とか言いなさいよッ!マスタードラゴン!」







**





彼は、一つ溜息を吐いた・・。

重く  小さな溜息を・・・。


彼女から視線を外した彼は、何かから逃れるかのように 風に揺れる一輪の花を視界に収めた。


――揺れる花と同じくらい…彼の心も揺れていた。


頭の中…そして心の中には、様々な想いがせめぎあっていた。
そしてその中には――いくつかの『答え』があった・・。


だが――どれも 言葉にするのが難しかった。


目の前には、勁い色を宿した瞳をまっすぐに向け、唇を固く結んだまま 『彼の言葉』を待つ彼女がいる――。

その表情を見れば、彼女がどれほど怒り、憤慨しているのかが分かった。
そして まぎれもなく『彼』に『答え』を求めていること―――・・・その『答え』を聞かぬ限り…この場を動こうとしないことも…。



・・・―――長く重い沈黙の後


『・・・君の『怒り』の『理由』は分かっている・・・言いたいことも――』



彼はようやく・・そう呟いた――。すると、彼女はたちまち形のいい眉を吊り上げた。


「いいえ!わかってないわ!」

彼女はそう盛大に顔をしかめ、腰に手を当てた恰好で頬を膨らませた。

「あなたは全然わかっていないわよ!」

そして 不意に泣きそうなほど・・・悲しげな顔をした。


「あなたはいつでもそう・・・!ひどい人ね!」


その言葉に『彼』…マスタードラゴンは思わず苦い笑みを浮かべる。


――遥か昔…同じ言葉を聞いた。

――それも彼女の祖先 『天空の勇者』と呼ばれていた、一人の青年から…。



血は争えない・・・。
確かに彼女の中には――『ユリウス』の血が流れている――・


**



彼はその竜眼を憂いたように細め、小さく息を吐きだす・・。


・・・彼の中では―――すでに『答え』が出ていた。


話題を逸らしても、無駄だろう…。
仮初の『嘘』も…意味がない。

彼が確信に触れるまで、――彼女は絶対に納得しないだろう・・・。


――『彼女』には伝えるべきなのだ。
例えそれが――どれほど残酷な現実だとしても――・


そう分かっていたけれど…それでもどこか躊躇われるものがあった…。


正直なところ…自分は『彼女』に弱い・・・。
神という立場にありながらも・・・その立ち位置を忘れて、私情を挟んでしまいそうになる・・。



彼は不意に どこか迷い子のような、表情を浮かべた。


彼女を想うからこそ・・・・伝えたくない気持ち・・・。そして――彼女を想うからこそ・・・伝えなければならないと思う気持ち・・・。


その狭間で揺れながらも、彼はその竜眼を伏せた。



―――そして





『・・・『君の娘』…の事だろう』





・・・彼女の顔つきが変わる…。
少女のような顔が…途端に『母親』の顔へと変化していた…。

その変化に…何故だかチクリと胸が痛んだ…。


硬い表情をしたままの彼女は ゆっくりと頷き、・・はっきりした声で言い放った。



『・・――単刀直入にいうわ・・・。
…あの子を産んだあの瞬間 私は見たの…。
あの子の額には…『天』でも『地』でもない『紋章』が浮かんでいたわ。それは――』






「――『漆黒の薔薇』」





二人の声は同時に・・同じ言葉を紡いだ…。


それを聴きとめた彼女の瞳が、彼を射抜く――切なさと怒りを露わにして・・・。




「私は・・・その『紋章』の意味を知っている・・・』


―――私に流れる『天空の血』が教えてくれたから…。


彼女は 小さな拳を握り締めた…。




「――あれは…『闇』の『正統後継者』に受け継がれる紋章・・。かつては 『デスピサロ』の額に刻まれていた・・・。そうでしょう?」



静かに・・・だがはっきりとした彼女の言葉に・・マスタードラゴンは答えを返さない。――そんな彼から視線を逸らし彼女は淡々と続けた。



「・・・『人間』の希望として存在する『勇者』は その象徴として『血』で受け継がれていくけれど・・・―――『闇』はその者の『力』のみで 後継者を選ぶ・・・。
それが魔物でも妖精でも人間でも構わない・・・内に眠る『力』のみで後継者を選定する・・・」


―――これも・・・私の中の『天空の血』が教えてくれたわ・・・と彼女は呟く・・・。



「――だからこそ…これは『定め』としか言いようがないのかもしれない…。
だって『正統後継者』として選ばれてしまったことは、私にはどうすることもできないもの…。
いくら泣いても、責めても願っても…この『事実』を変えることはできない・・・・。――それよりも・・・・・」



『…第三の力。――…『ドラゴラム』…』


彼女の言葉を遮って静かに呟かれた言葉に、今までにない感情を浮かべた碧い瞳が瞬時にマスタードラゴンを射抜いた…。

その視線を受け止めて、マスタードラゴンは続けた・・・。



『――天と地 そのどちらにも属さない・・・邪悪な『闇』の呪文…。あの子はその呪文の『正統後継者』だ…』


「――そうよ。『あなた』を打ち滅ぼす為に、『魔族』が生み出した『神魔法ドラゴラム』のね・・・』


彼女の言葉に、マスタードラゴンの竜眼が深い陰りを生んだ。
そんな瞳を射抜く彼女の声が――― 一段と 強く響く…。


「…ドラゴラムは確かにすごい破壊力を持つ…恐ろしい魔法・・・。でも本当の『怖さ』はそこじゃない・・・。』



彼は肯定の代りに…眼を逸らした…。


『…あなただって『ドラゴラム』の『本当の恐ろしさ』を知っているんでしょ・・』


彼女の声が今までになく固く強張る・・・。


「だからこそ・・・あの子にそんな魔法を残したくなかった・・・!」


握り込まれた小さな拳は、すでに血の気を失い石のように白く変じていた…。



『・・・・私の天空の加護とリュカのエルヘブンの加護の元・・・あの子は天と地に深く愛されていた・・・。
だから・・・『ドラゴラム』の『封印』も不可能ではなかったの・・・。
幸いにも生まれたばかりのあの子の能力は…まだ未熟だった…。
私の魔力と与えられた加護の力で、あの子に封印を掛けることができるはずだった・・・―――なのに!』




彼女の声が 悲痛なまでに擦れた







「――『あの日』それが叶わなかった・・・ッ」



彼女が桃色の唇を噛む気配がした…。



「…あの子を産み落とした『その夜』、私は魔物に攫われて『石化の呪い』を掛けられてしまった・・・・。
そして私が再びあの子と再会できるまで・・10年もの歳月が流れてしまっていた・・・」



彼女はそこで、何かに耐えるように瞳を閉じ息を吐いた・・・。


僅かな沈黙のあと・・彼女は大きな碧い目に深い、疑いの色を浮かべた・・。



『でも・・・それでようやく気が付いたの・・・・・・』




ー――それは・・ 




『…あなたの『行動』よ・・・」





彼女の美しい顔が 今までになく険しく陰った・・。



『―――10歳に成長したあの子と再会した時・・・とても驚いたわ…。
だってあの子は生まれ時のまま・・・何も『変わって』いなかったんだもの・・・。

『天と地』に愛されて・・・その加護の元とても優しい素敵な子に育っていた・・・。

――でも・・すぐにわかったわ…。

『闇の力』も・・・――何も『変わっていない』ってことに・・・』



彼女の瞳が揺れる。
それは様々な感情が混じり合っている所為に違いない・・・。
それでも彼はただ沈黙していた。


「…『あの日』――私があの子から引き離された時のまま、『あの力』は とても不安定な状態となっているわ。
なぜそんな状態のあの子を放置してきたの?
私が石化で動けないのなら尚更・・・あなたはあの子を滅ぼそうとしても不思議じゃない・・・。
でも、あなたはあの子を『傷つけなかった・・・…。―――でも…『救おう』ともしなかった・・・!

あなたは言葉通り…あの子を『放置』していた・・・』



――― わからないの・・と彼女は顔を曇らせた。


「―――あなたは、あの『存在』を滅ぼしたかったはずだわ…。どんな手を使ってでも・・・・。
あなたにとって第二の魔王になる可能性がある…世界を滅ぼしかねない力だもの・・・。

でも、あなたは『何もせず』10年間も『あの子』を放置してきた――。
いくらでも機会はあったはずだわ・・・現に、あの子はこの場所であなたと対面したこともあるはず・・・・。それでもあなたは何もしなかった…・

力を『滅ぼす』ことも・・ましてや『封印』することも!」



―――それだけじゃないわ・・・!と彼女は顔を歪めた・・・。


「・・・例え力を奪われて、その身を人間に変えられていたとしても・・・・『あなた』は分かっていたはずだわ。――『あの子』の事…。『ドラゴラム』のこと・・。
きっと私の中に『あの子達』が宿っていた時からあなたは知っていたのよ。…なのに・・・あなたはそれを『黙認』していた・・・!それはなぜ?」


その問いに沈黙が返ってくると、彼女は更に語気を強める。



「―――何故なの?」







『・・・・滅ぼすのではないのなら・・・なぜ『黙認』していたの?
幸いまだ『あの力』は覚醒していない・・・けれど、いつそうなってもおかしくなのよ・・?
『闇』は本人の意思さえもコントロールしてくる!かつてデスピサロがそうされたようにその力を使うように仕向けられてしまうのよ!
それに、『今の』あの子には私やあなたの魔力では何もする事が出来ない・・・
それがどんな事になりえるか・・・あなたにならわかっていたはずでしょう?」



マスタードラゴン!


一際強く・・・名を呼ばれた・・・。


そんな彼女を憂いを込めた眼で見つめながら、マスタードラゴンはぽつりと呟いた。



『―――皮肉なことだな・・・。』


「・・・・え?」


『・・・・君達に掛けられた『ジャミ』による石化の呪いが解けたのも―――・・あの子の能力が『ジャミより勝っていた』からに他ならない・・・。』

マスタードラゴンの言葉に、彼女の瞳が揺れた。


『・・・君とリュカにかけられた『石化の呪い』はジャミの命を掛けた邪悪な魔力だった・・・。
命を賭した呪いはその強すぎる邪念の為、破るにはそれを凌ぐ巨大な魔力が必要となる・・・。

そして『天空』の力を持つ『勇者』にも 『神竜』と呼ばれた私ですらも、その呪いを解くことができなかった・・・。

だが―――あの子はその呪いを破る力を持ちストロスの杖を蘇らせ、君達を救った・・・
あの子の力がなければ・・・今こうして私は君と話すことはできなかったのだと思うと…不思議な気持ちがする・・・』


独り言のように呟く マスタードラゴンの声は、やがて途切れた。

しばしの沈黙が流れ、マスタードラゴンの瞳が彼女を映し、そして静かにうなずいた。


『――そうだ…。君の言うとおり――私は全てを知っていた…――。』

「・・・!」

『――君の子供』が『ドラゴラム』の力を宿して生まれてくること――
そしてそれが『勇者』に『一番近い存在』として生を受けること―――その全てを…』


マスタードラゴンの低い声に、彼女が口を開く。
だが彼はそれを制して 続けた。



『――だが、これは運命だった』




彼の低く 沈痛な表情に彼女の瞳が揺れた。
その言葉に含まれた意味を図るように、彼女の顔が曇る。

彼女のその無言の問いに、マスタードラゴンはただ沈黙する・・・。


彼女の問いの真の意味は―――単純な言葉では言い表せない。
そして彼女がここまでの怒りを感じる理由は分かる。
その背後に大きな不安が芽生えているからだ――。


そう 彼女の言うとおりだ。

それ程の危機を 神竜である自分が何故 黙認しているのか――。



答える為には言葉を選ばなければならなった・・



『――今までの歴史で…勇者の血を受け継いだものが『二人』産まれたことはない…。――それは許されないことだったのだから・・・』

彼女は 何も言わない。――ただまっすぐに彼を見つめていた。
彼女の視線を受け止めながら、マスタードラゴンの声には陰りが帯びる・・・。

『今までの歴史で…勇者の兄妹となるべく存在は・・・残酷にもその生を拒まれてきた。
時には死産…時には流産という形をとってその生を『世界』は拒み続けていた。――そして本来ならば、『あの子』もその道を辿るはずだった…。』

「妊娠した私が、チゾットの村で倒れたのも・・・その所為ね・・・」

彼女も静かな問いに彼は頷く

『そうだ・・・。あの子の存在を阻もうとする・・・『世界の摂理』からのサインだったと私は思う…』

「あの日…そしてグランバニアで二度あったわ・・・。皆妊娠からの体調不良と言っていたけれど
私は違うと知っていた・・・。何か大きな力が私の中に入り込もうとした…。それが私にはわかったの・・・。」

彼女の静かな答えにマスタードラゴンは頷く。

『『世界』は・・・何としてもあの子の『生』を阻みたかったのだろう・・・。』


『・・・それは『世界の闇』の出現を…食い止めるため?』

マスタードラゴンは深くうなずいた…。


『――…『勇者』は大いなる『光』の存在だ…。だが――『光』があれば必ず『闇』が生まれる。
より強い光の傍らには、…より強力な『闇』の力を宿す者が生まれやすい・・・。――双子ならば・・・尚更だ――』


重いマスタードラゴンの声がしんと音が無くなった空間に響いた。


『―――『クラウド』は類まれない器をもった勇者だ…。
その力はきっと、『ユリウス』をも凌ぐだろう・…。
クラウドはこの世界の大いなる光となる。―――故に その影が落とす力も また強大なモノになるだろう…。』



耐えきれなくなったのは…マスタードラゴンだった。
碧く揺れるその視線から・・彼は眼を背け言い放った。



『・・・…私は・・・・『あの子』を―――殺すべきだった』





重く 強い――だが『真実』の言葉。




彼は視線を戻すことができなかった…。
彼女が今…どんな表情をして自分を見ているのか 確認するのが怖かった…。

それでも彼は…続けた。


『例え些細な可能性だとしても…その可能性が少しでもあるのならば…あの子の存在を許すべきでなかった・・。
――私は世界を統べる者だ――世界の脅威となるとわかっている存在を許すことなど してはならなかったのだ・・。

―たとえ本人が望まぬ相反する力だとしても 闇の正統後継者というこことは変わらない…。

『ドラゴラム』は確実に『あの子』の中に眠り続けている。

・・・どんなに平穏な日々が続いても・・・いつ、どこで覚醒するか分からぬ。そしていつ・・・私に・・・そして『勇者』に仇名す者となるのか・・わからぬ・・・。

世界の平和の為…その秩序の為になら 私はあの子を生を奪う方がよかった・・・。
例え・・・――どんなに残酷だと言われ、君に恨まれたとしても…』



「―――それでもあなたは あの子の『生』にこだわるのね――」


不意に彼女の強い声がした。

「――私が確認したいのは・・・――その『理由』だわ」

その言葉には凛とした強い響きが混じる。

「――『世界』が拒み、あなたも危惧する程のあの子の『存在』を黙認する――『あなた』の意図が知りたいの――。」


マスタードラゴンは彼女を見る。
彼女はこれまでにないほど 勁い色で彼を射抜いた。

「――そして もしもー―それがあの子を傷つける理由だったとするならば――」

その瞬間、 彼女の瞳が金色の竜眼に変った。


「私はあなたと戦う――」


天空の勇者の血を引く―――その証。
感情の高ぶりに応じて開眼する――黄金の竜眼――・


「――あなたがなんと言おうと…『世界の摂理』が拒もうと、『あの子』は私の大切な子供なの・・・
例え『闇』に愛され、『正統後継者』として生を受けたとしても関係ないわ!あの子は私が守る!」


光り輝く激しい竜眼を、彼は切なく見つめて、問うた・・・。


『――それは――君の命を掛けてもか・・・?』


マスタードラゴンの声は覇気を掻き・・・悲しげで 切ない愛情が覗く・・・。

『・・・『あの子』を守る為に、君が何をしたのかを―――私は知っている』

――彼女はただ彼を見つめる。――強い意思を浮かべたまま・・・。


『君は――本来君の中で『君』を守り続けるはずだった天空の加護を全てあの子に与えた・・・。そうだろう?』


マスタードラゴンはどこか悲しげにその瞳を細めた。


『――『世界』の行動に・・・君はどこかで気が付いていたんだろう・・・。
だからこそ、あの子が宿った時既に・・・オルレインが君の中に残した大いなる加護…そしてユリウスとシンシアが残した その軌跡・・・。
君はその全てをあの子に譲り…今こうして・・・ここにいる』


マスタードラゴンの瞳が…彼女を見て揺れる。


『そして君は・・・それが君自身にとって どんなことになりえるのか・・・・それすらも受け入れている』


彼女は何も言わなかった。
ただその瞳は 勁い光を失わない・・・。

『君は―――世界があの子を消そうとし――その存在を疎むことを見越して・・・故に大きな愛と護りをあの子に与えた――。
あれほどの摂理が動く時、私の力だけではあの子の生を許すことができなかった・・・。
君の力があったからこそ、『あの子』は生まれてこれたといっても過言ではない・・。
それほど君の大きな愛に包まれているあの子を どうして私が傷つけることができる・・・?』


彼の声は 微かに擦れる…


『そんな眼で・・・見ないでくれ・・・。君にそんな眼で見たれたら・・・私は―――』







力無く、切ない程の想いが込められたその呟きに、彼女はただ無言のまま彼を見つめた。

長い沈黙が支配して、二人はただただ対峙していた。



動いたのは彼女が先だった。
彼女はマスタードラゴンから瞳を逸らし、静かに伏せた。
そして再び開かれたその瞳は穏やかな碧色へと戻っていた。

碧い色を湛えながらもその視線はまだ、勁い色を宿し、そしてどこか切なそうな色を浮かべたまま彼女は彼を見つめ続ける・・・。



『ただ――君が求める『理由』は今、答えることができない・・。すまない』


静かな言葉には 全てが込められていた。
彼女はまっすぐに彼を見続け――やがてその視線を落とした。

「わかったわ――。これ以上は聞かない…。」
「・・・」


「けれどその代りに マスタードラゴン あなたの力を貸してほしいの」

マスタードラゴンは静かに首を傾ける。


「――『ドラゴラム』を――『沈める』わ――」


彼女の強い瞳に、マスタードラゴンは悲しげに首を振る。


『…もう・・・遅い。今のあの子には私達の魔力は通じない・・』
「いいえ――遅くないわ!『神』である『あなた』と『勇者の血を引く私』の力を合わせれば、まだ間に合う」

『例え沈ませても、それは『仮初』にすぎない。
――君の魔力で抑え込もうと、私の力を及ぼそうと――あの子が成長していくかぎり魔力も巨大となっていく――
その力の前に…我々の力など無力に等しい…。
もともと、相反する力なのだ…。光が闇に屈しないよう、闇もまた、光には屈しない…。』

「…『仮初』でも構わないわ」

彼女はきっぱりと言った後、どこか寂しげに微笑んだ。

「――ごめんなさい。マスタードラゴン・・・。本当はね、私も気づいているのよ…」

マスタードラゴンが問い返す前に、彼女は続けた。

「―――『簡単な理由』じゃないということ・・・
『あの子が存在する為』に・・・『あの子があの子で居られる』為に・・・――『ドラゴラム』はあの子に必要なのよね・・・
本当は分かっているの・・・。分かっているのよ」

ぽつりぽつりと・・・言葉を零す彼女を マスタードラゴンはどこか憂いを込めた顔で見つめた。
今の彼女は先ほどの強さが薄れ、今にでも泣きそうな――ひどく幼い少女のような顔をしていた。


「―― だから『一時的』な処置でも構わないの…。
あの子はまだ・・・精神的に不安定な所があるのよ…。
とても優しくて思いやりのある子なの・・・・。でもその分繊細で傷つきやすくて…脆いのよ。
今のあの子では…『力』に飲み込まれてしまう…。あの子の意思ではなく――力によってその道を選ばされてしまうかもしれない・・・。
――・・・だからせめて、あの子が自分自身で選べるその日までは・・・護ってあげたい」


彼女はそう言って、マスタードラゴンにその切ないまなざしのまま微笑んだ。

「あの子は…本当にとても優しくて繊細で可愛い子なの…。でも芯は強いのよ。
私の娘だもの。あの子は闇に飲み込まれたりしない『強さ』を持っているわ・・・。―――でも


彼女の顔が――初めて弱く壊れそうなほど悲しげに歪んだ。



「――あの子は、人の為に自分が傷つくことを恐れない…だから…私は怖いの」



マスタードラゴンは目を細める。

彼女の云わんとしている意味が・・・彼には痛いほどにわかった。


優しさゆえ・・・相手を想う故――それ故に自分が傷つくことを恐れない――・
諸刃の剣のような 繊細な心・・・。


『…泣かないでくれ 君の心が少しでも安らぐなら・・・私は君の力となる』

マスタードラゴンは優しくそう囁く。


『――『完全な封印』は不可能かもしれぬ。
だが、君と私の力を合わせれば・・・一時的でもその力を弱めておくことができるかもしれない;・・。

時が経つほど、闇からの誘惑が日々、あの子を誘惑し、あの子を力を解放するように仕向けることだろう・・。
でもその誘惑からあの子を遠ざけておくことくらいなら、私の力が及ぶかもしれない・・・。』


「・・・・ええ・・・ありがとう。 マスタードラゴン」


彼女の切ない声に、マスタードラゴンは慰めるように微笑む。



『……例え闇の誘惑に私達の力が及ばずとも・・・傍に『勇者』が・…クラウドがいるだろう…』



彼は優しく 囁く。
涙を零し、俯く彼女を労わるように・・・・。


『闇を生み出すのも光であれば、その闇を打ち消すこともできるのも光だ…。
天空の剣…そしてクラウドと共にある限り、あの子の力が完全に覚醒することは きっとない……。』






きっと・・・


***

*****

激しい風の中を 疾走していった。


背に乗る二人の若者からは・・・すでに一言の言葉も無く
ただ抑えきれない怒りと、少女への想いだけが 彼に伝わってくる・・・。


マスタードラゴンは その竜眼を陰らせた・・・。



状況を見る限り・・少女はその力を解放したようだ・・・。
それも・・・自らの意思で・・・







――…ビアンカ

時が来てしまったようだ…



私は、間違っていたのだろうか…。




マスタードラゴンはそう、自身に問いかける…。





■ 蒼穹の翼――U■






「さぁ・・・あたたかいミルクをお持ちしましたよ。」



サンチョは優しく微笑んで、湯気のたったカップをテーブルの上に置いた。
テーブルの上には柔らかく灯るランプが一つ置かれている。
そしてその灯りの先には、青白い顔をした少女が一人座っていた。


「・・・良い高原で育った健康な牛から取れた牛乳です。とても栄養がありますよ」


サンチョは優しく語りかけながら、そっとカップを少女の近くへと誘う。
それでも少女――・・・アルマはそのカップに触れようとしなかった。

小さな手は膝元に組まれたまま、動く気配を見せない。
それどころか、その視線はどこか虚空を見つめたままだ・・・。

「・・アルマ様・・・?」

「・・・え・・・?」

優しくその名を呼んだ瞬間、どこかハッとしたように海色の瞳が瞬く。
――心底驚いているようだった・・。

「・・・ごめんなさい・・サンチョ。何か言った・・・?」

碧い瞳が呆然とサンチョを見る。そして置かれたカップに気付いたアルマは、ハッとしたようだった。

「・・・あっ・・・ミルクを用意してくれてたのね・・・・ありがとう・・・ごめんなさい・・・気がつかなくて・・・」

何も言わず微笑んだサンチョと目が合うと、アルマは視線を逸らした。

「・・・ちょっと考え事をしていたの・・。それで・・・ちょっとぼぅ・・・としてしまって・・・・それで・・・それでね」

言葉を零していくアルマの手は、また硬く握られる。

「・・・いいえ・・・よろしいのですよ」

サンチョはどこまでも柔らかく微笑む。

「・・そんなに気になさらないでください。よろしいのですよ・・・・・」

「・・・・」

サンチョの言葉に、アルマはまた口をつぐむ。
微かに赤くなった頬・・・。それを見つめながらサンチョは優しくカップを促す・・・。


「飲むと気持ちが落ち着きますよ。さぁ・・」

サンチョの言葉に頷くと、アルマはようやくその手にカップを包みこんだ。

――だが、口を付けようとはしない。揺れる湯気を見つめるだけだった。


サンチョは何も言わず、ただ優しくアルマを見守り続けた。

時計の音が、カチカチ・・・と響く・・・。
外で小さく風が鳴いた音がした・・・。


「そう言えば…私が眠れない時・・・お母様がいつもこうして暖かいミルクを作ってくれた・・」


その沈黙の中、アルマの小さな声がした。


サンチョも微笑む。

「・・ええ。そうでございました。それにビアンカ様はいつも・・・隠し味にハチミツをお入れになっておりましたね。」

サンチョは微笑みながら、アルマの小さな手を包みこんだ。

部屋は決して寒くないはずなのに、アルマの手はひどく冷たく凍えていた・・…。
サンチョはそれをふっくりとした大きな手で、労わる様に包み込んだ。



「――・・最近、ちゃんとお休みになってはいないのでしょう?」



静かな問いに、アルマの瞳が驚きに開く。


「・・クラウド様が出かけられてから…アルマ様のお顔の色が優れません・・・――サンチョは知っておりますよ・・・」

強張る小さな顔を見つめながらも、サンチョは優しく続けた。

「こんなに長い間お二人が離れられるのは初めてですからね・・・」」

アルマは俯く・・・何かを耐えるように唇を閉ざした少女をサンチョはただただ見つめる。

「・・・クラウド様がお傍に居られないのはさぞや不安でございましょう・・・。
その不安・・・アルマ様のお気持ち・・サンチョはわかっておりますよ・・・」


アルマは俯き、僅かの沈黙の後…顔を上げた。――その顔には、笑み。


「…違うのサンチョ。私は『一人』でも大丈夫なの・・・」


アルマの声は明るい。
それでも握った手はさらに温度を失っていった。

「・・・クラウドが居なくても・・・一人でも、大丈夫なの・・。
もう16歳だもの・・・。一人でも・・・ちゃんとできるわ・・・・」

微笑むアルマを、サンチョは痛ましそうに見つめる。

「私はいつもクラウドに甘えて、助けてもらってばかりいたわ…。それじゃダメなの…。」

アルマはぽつりと呟いて、不意に顔を輝かせた。

「あのねサンチョ!最近ね・・、クラウドに秘密でピエールから剣を習い始めたの!昔より、ずいぶん上達したのよ。
それにね、政治の本も読んでみたの…それにね――」

嬉しそうに話しはじめたアルマを、サンチョはただ憂いを含んだ眼で見つめる。

最近、いつも手袋をつけているのは、出来た痣を隠す為だと誰もが気づいていた。
アルマは、回復魔法が使えない…。だが、他の者に頼んで治癒しようともしなかった。

その痣を見る度に、アルマはどこかで安堵していることを、サンチョは知っていた。

強くなっている証…。そのように、思っているのだろうと…。

そして、クラウドもまた、全てを知りながら、断腸の想いで耐えていることも知っていた…。

すぐにでも、無理な剣の稽古などを止めさせたかっただろう・・・。
その傷を―――癒やしたかったことだろう・・・。
だが・・・クラウドでさえも、アルマを止めることは出来なかった。

今のアルマは、ひどく危うげなモノを感じさせていた。

下手に触れると、壊れてしまいそうな気がした・・。
少しの衝撃でも・・粉々に砕けてしまいそうな・・そんな危うさを纏っていた・・。
そして・・・なによりも感じさせたのは、強い拒絶心・・・。


きっと今のアルマは・・・誰の言葉も受け入れないだろう・・・。
いや、受け入れられないだろう・・・。

彼女を守る為の言葉は・・・きっと彼女を追い詰めることしか出来ない・・。

彼女の前に立ち塞がるその『壁』は、きっと彼女自身が乗り越えるしかない・・・。

だが、クラウドが城を離れた日から、アルマは目に見えて何かに追い詰められているようだった。


――最近のアルマは健康的な顔色を失っていた。
微かに隈の浮いた目元――。食も細く、痩せた。



最近、夜遅くまでランプが灯っているのも知っている。
それはアルマが寝付けずにいる為だとサンチョは知っていた・・・。


それでもアルマは決してそれをサンチョには打ち明けない・・・。
サンチョにだけではない・・・。誰にも語らず、一人抱え込んでいる。


――サンチョは瞳を細め、アルマの小さな手を握る。

アルマの前に立ちふさがっている『壁』は、サンチョにはどうすることも出来ない・・・。
それは分かっている・・。彼女自身が乗り越えなければならないものなのだ・・。

親代わりとして、長い時間アルマを見てきたサンチョだからこそ、それがわかる…。
アルマの成長の為に・・・・アルマの為に、この試練はどうしてもこえなければならない・・・。

だが――これではあまりにも痛々しい…。



・・・こんな時、王が――なによりも王妃が傍にいたらどんなにいいか――。



彼女の、天真爛漫で、他の者を笑ませるあの光のような温かさがあれば…どんなにいいか・・・。
彼女であれば、もっと違う形で・・・この脆い少女の悩みを聞いてあげられるので無いかと思う・・・。
違う形で答えをあげられるのだと思う・・・・。そしてこの苦しみから救えるのではないかと・・・切に思う・・。

だが、それはもう・・・・失われてしまったもの――。


二度と戻ってくることは無い・・・。


そう・・・二度と――




サンチョが瞳を細めると同時に、アルマの硬い声がした。

「私・・・一人でもちゃんとしなくてはいけないの・・・。今まで甘えすぎていたの・・・。
だからクラウドはいつでも心配してしまうの・・・。それでは駄目なの・・・」

アルマはそういい、微笑んだ。


「――・・安心してサンチョ。私、ちゃんと寝てるわ。
ただ最近、やりたいことがあるから、少し遅くまで起きているだけなの・・・
だからサンチョは安心して先に寝て・・。私の事は心配しないで・・」

サンチョは一つ、息を吐いてアルマの手を包み込んだ。

嘘を付くには・・彼女はまだ幼すぎた・・・。
だが必死に隠そうとするその姿に、何も言うことができない・・・。


そんな自分にいえる事・・・。


「――どうか…どうかご無理をなさらないでください。
このサンチョが傍におります。スラリンもコドランもシーザーも…グランバニアの全ての者も、いつでもアルマ様のお傍におります・・・。
みんなアルマ様の事が大好きなのでございます。―・・だからどうか、全てをお一人で抱え込まないでください」


アルマはその声に小さく頷く・・・。



だが上げた顔には、あの頬笑みが浮かんでいた。



**


一人、自室に戻ったアルマは、ベッドを見て思わず顔を綻ばす。

ベッドにはすでに先客がいたのだ。

スラリンとコドランとミニモン…そしてメッキー。
彼らは既に鼾をかき、すやすやと深い眠りについているようだった。

――クラウドが旅立った『あの日』から、彼らは何も言わずにこうしてアルマの傍にいてくれた。
それはサンチョ同様・・・アルマを気づかってくれる為に違いない・・。


蹴飛ばされた毛布を掛け直しながら、アルマはその姿を見つめる。

だがベットには入らず、窓際へと足を運ぶ・・・。
視線を上げれば、夜空には美しく輝く二つの月が目に入る。

だが、月を見るアルマの顔が、陰りを帯び、小さな声が漏れる。


「・・・もっと・・・しっかりしなくちゃ・・・」


先ほどの様子から、サンチョが心配していることはわかった・・・。
隠していたはずなのに、気付かれないようにしていたはずなのに・・―――-サンチョは全てを知っている・・・。


「・・・強く・・・ならなきゃ・・・駄目なのに・・・ッ」


アルマの声が悲痛に掠れた・・。


事実――『あの日』から、アルマの眠りは浅かった…。

眠るどころか、灯りを消すことすらできなくなっていた・・・。

――暗闇が、怖くてたまらなかったのだ・・・・・・。


クラウドが居た時は・・・こんな感情すら生まれなかったのに――。

アルマ俯いたまま不意に体を強張らせた。
ランプの無い空間…その暗闇に視線が止まったのだ。

微かに震えだす腕をアルマは無意識に握り締める。
無理矢理に視線を外しアルマはまるで逃げるようにランプの傍へと駆けよった。

まだ微かに震える体を抱きしめて、アルマは苦しげな吐息を漏らす。
まるで何かから体を守るようにきつく己を抱いて アルマは目の前の光に意識を集中させた。

震えが 止まらない・・。

「・・・っ・・・ふ」

思わず涙が滲む・・。心の奥からの湧き上がる得体の知れない恐怖がアルマを追い詰めつづける。
眠れぬ夜は精神的にもアルマを追い込んだ。

体も辛く心も辛い…。
恐怖と切なさで胸が張り裂けそうで こうして涙が溢れるのも止められない。
そんな自分の不甲斐なさにますます心がざわめく。
必死に嗚咽を押し殺して アルマはただ光を見つめた・・。

その闇に 心が囚われないように――


***



昔から、『黒』という色が苦手だった・・・。

だから身につける服も身近に置くモノも――黒という色を遠ざけるようにしていた…。


『黒』は『闇』の色だった・・・。
そして『闇』とは、アルマにとって得体の知れない『恐怖』を与えるものだったのだ・・・。


理由は――分からない・・・。
だが『闇』という『存在』はアルマにとって、とても不安定な存在だった。

一番触れたくない物であり、同時に強く惹きつけられる存在。

遠ざかりたいのに・・・近づきたい
触れたくないのに・・・・触れたい
知りたくないのに―――知りたい


まるでその葛藤を表すかのように、幼い時から時折見る夢も――『闇』からの誘惑だった。


『闇』が『おいで・・・』と言って、手を差し伸べてくる…。
それは時に少年の姿を…時には少女の姿を――そして時には、ドラゴンの姿をしてアルマの前に現れた。

そして誰もが とても優しく微笑んでいる。
親しみのこもった優しい顔をして 優しい声でアルマを呼ぶのだ・・・。
まるでアルマの全てを知っているかのように・・・そしてアルマの事を激しく求めるように・・・。
そして――最後はどこか寂しげで、泣きそうな顔をしてアルマを呼んだ。


そんな彼らの手を取るのがとても怖く――だが、同時にその手を取りたいと願う自分が居る・・。

その悲しげな頬笑みを見てしまうと、心がざわめいて切なくて そちらに行きたいと思う自分がいる。

だがその手を取ろうとすると・・・違う大きな手がアルマの体を抱きしめた。



それは、クラウドの手・・・。


暖かくて大きい手が、力強くアルマを抱きしめる。

思わず振り返ると、そこには聖なる光を的って力強い瞳で見つめてくる、クラウドがいる。


そしてアルマは 眼を覚ますのだ。





その手を取りたいと・・・心の奥で願う自分が居ることが、とても怖い・・・
一瞬でも あの世界に足を踏み出そうと思う自分がいることが 怖い――。


でも、その恐怖の傍には 必ずクラウドの温もりがあった。
クラウドの強さ 暖かさ ―――そして強い想いがアルマを守ってくれている。

クラウドが居てくれるおかげで・・・アルマは『闇』から逃れられる―――そういう気がした・・・。



だけど、今はそのぬくもりがない…。

その――『強さ』がない。


その結果が 『今』だ。

――考えないようにしても、まるでアルマの不安を察知したように、夢は頻繁に見るようになった。

『闇』からの誘惑も・・・日増しに強くなっていた・・・。

だから…眠ることが怖くなった…。
眠るどころか・・・灯りを消すことすらも・・・できなくなった。

今その夢を見てしまったら…その世界に囚われてしまうかもしれないから・・・。


でもその全てが あまりにも情けなくて、アルマは己を叱る。


こんなことになる理由は一つだけ―――アルマが弱いからだ。


強い心と、意思を持ちさえすれば、こんな夢など見なくなるはずだ…。
なのに、いつもクラウドに頼ろうとするから、助けてもらおうとしているから――だからこうして夢を見るのだ――


**


アルマは突然振り何かを吹っ切るように首を振ると、机に山のように詰まれた書類を視界に収めた・・。
アルマは無言のまま、それを見つめ、やがて一枚一枚と目を通し始めた。


この書類はクラウドに宛てられた書類だった。

王がいなくても、毎日莫大な書類がこうして届けられる・・。

それはグランバニアの民の為・・・国の為に届けられる書類・・・。
それは民からの要望であり、あるいは兵士からの報告であり、あるいは国境からの警告でもあった・・。

通常は大臣であるオジロンの手に渡り、会議が持たれ、最終的にクラウドが決断を下していた。


アルマはその書類に、ただ目を通していく・・。
王女であるアルマには、この書類を処理する権限などない・・・。
どうすることもできないのはわかっている・・・。

それでもアルマは、クラウドが国を空けた日からこうして目を通し続けていた・・・。


眠れぬ夜・・・。
何もしていなければ、辛かった・・・。
だからこうして・・・少しでも出来ることは無いかと彷徨う・・・

それと同時に思い知る。

そう・・・クラウドはいつもこの業務をこなしていた・・・。

これだけではない・・・。
国を治めるため・・・グランバニアの民を守る為に・・・日々働いてた・・。

――・・アルマの知らぬ所で・・・。


アルマは瞳を伏せる。
その表情は翳った・・・。



自分は何も・・・していない・・・


王女として生を受けてから・・・グランバニアの為に何をしたのだろう・・・?


アルマは不意に首を振る・・・。

ちがう・・。
問題はそこじゃない・・・。

何をしていいのか・・・自分ではわからない。
クラウドの行動を追いかけて 考えてもいつも空まわってしまう気がする・・・。
何をしても、力になれず ただクラウドを困らせているだけな気がする・・・。

どうしたらクラウドのように行動できるのだろう・・・?

クラウドはすごい・・・。
判断は的確で素早く、行動も早い・・・。
クラウドよりずっと年上の人でさえも、クラウドの言葉を信じて動いてくれる。
サンチョもオジロンもクラウドの事をいつも頼りにしている。

なのに、アルマはその逆だ。
いつまでもぐずぐずと考えてしまい、行動も遅い。
自分で判断することも自信がないからできない・・そして気がつけばいつでもクラウドを頼ってしまう。


同じ双子として生まれているのに、クラウドとアルマはどうしてこんなにも違うのだろう・・・。

そうアルマは、いつもクラウドに庇われている・・・。


頼りなく――力になれない


だからクラウドは・・・何もさせてくれないのかもしれない・・・・


最近――そう思う・・。




**


それは今から数ヶ月前の出来事だった・・。




夜…――物音がしてアルマは目を覚ました。

ぼうっとする意識のまま部屋を見渡すと、そこには上着を脱ぐクラウドの姿があった。

「・・ごめん・・・・起しちゃったね」

クラウドはそう苦笑すると、ベットに腰を下ろしアルマの頬に触れる。
アルマはそれを呆然と見て、それから時計を見た。
時計は夜中の3時をまわっている・・

「今・・・――会議が終わったんだ…」

時計を見たアルマの表情を見て、クラウドが苦笑する。

「…私、寝ちゃったのね」
「え?」

アルマは身を起し、俯く。

「…クラウドの会議が終わるまで、待っていようと思っていたのに…」

その言葉に、クラウドはキョトンとし、それから優しく微笑んだ。

「はは。ありがとう。でもアルマは寝ていていいんだよ。これはボクの仕事だ…それに」
クラウドはそう言って、アルマの頭を優しく撫でる。

「・・・アルマは体を大事にしなきゃ…」

クラウドの言葉に、アルマはハッとする。

最近体調を崩していた事を、クラウドには言っていなかった。――知られたくなかったから・・・。

だがクラウドはすでに――見抜いていたのだ・・・。

アルマは俯く。
切なさが胸を焦がした・・・。


「…でも、私も王女なのに…いつも何もできなくて…大変なことは全部クラウドに任せてしまって…」

アルマの小さく消えそうな声に、クラウドは優しく微笑む。

「そんなこと、アルマが気に病むことじゃない・・」

クラウドはそう言って、唇を寄せる。
口付けを交わし、それでもアルマは俯く。

「でも・・・私・・・」

微かに呟いた言葉に、クラウドが微かに首を傾げその続きを待っている。
だが、続く言葉を紡ぐことはできなかった。



「・・・ごめんなさい・・・。何でもないの」



そう俯くと、クラウドは優しく微笑んで、頬を撫ぜてくれた。



「・・・・ボクは、アルマがここに居てくれるだけでいいんだ」



クラウドの言葉に・・何故だか胸がひどく痛んだ・・・。





**

自分の胸の中に燻るこの感情がわからなかった・・・。

大事にされていると・・・分かる。
大切に愛されていると――分かっている・・。
クラウドの強い想いが 心臓の奥まで伝わってくる・・・。


なのに――どうしてだろう。

クラウドが優しい分・・愛してくれる分――
心のどこかが、ひどく切なくて苦しくなる・・・。


いつからだろう・・・その強さを見る度に、心が痛くなったのは・・。

いつからだろう・・・クラウドの視線を受け止められなくなったのは・・・。

いつからだろう・・・・・・クラウドの傍にいることが辛くなったのは・・・。


その理由が分からなくて――心がざわめきだしたのはいつからだったろう…?

それなのに、こうしてクラウドの強さと温もりを無意識に求めてしまう自分が 不甲斐ない。

そうだ・・・。
アルマは・・・生まれてからずっとクラウドに甘えすぎていたのだ。

どんな時でも、無意識にクラウドの姿を探してしまう・・・。

クラウドの姿を見るとホッとする・・・。
クラウドの声を聞くと、触れてもらえると
やっと居場所を見つけたような・・・おおきな安堵に包まれる・・・


戦闘時・・・危険なとき・・・人と接する時・・・些細な日常の時

アルマの前にはいつでもクラウドの背中があった・・。

自分とは違い、大きくて逞しくて・・・力強い背中・・・。
その背中に・・・アルマはいつも守られていた。

そしてアルマは――無意識にその背中を頼り続けてきた。

アルマがいつも・・不安げにクラウドを探してしまうから だからクラウドはアルマを守ろうとしてくれる。

――でも・・・それは完全な甘えだ・・・。
クラウドの優しさと強さに甘えて、アルマはただ守られているに過ぎない。
そんなことで いいはずがない。


強くならなければならない…。

強くなって、一人で立てるようになって、一人で戦えるようになって・・・
クラウドの手を借りずに、クラウドの姿を見ずに・…生きていけるようにならなければならないのだ・・・。


クラウドは、アルマを常に傍に置こうとする…。
自分の視線の届かない場所に、決してアルマを行かせようとしない・・・。

それは何故なのか――最近分かるようになった

クラウドはいつも不安なのだ・・・。

決して口には出さないが、クラウドは常にアルマに対して何かの不安を感じているように思う…。
まるでアルマが消えていなくなってしまうことを恐れているように見える時もある・・・。

母が病気で亡くなってからは、その不安がより一層クラウドを苦しめているのだと、アルマは知ってる。

もともと・・・アルマは体が丈夫ではなかった。

幼い頃から病気がちで、些細なことで体調を崩し熱を出す事も多い・・・。
それは生まれもった能力の所為もあるのだが、クラウドはアルマが寝込む度にひどく不安げな顔をする。

それが アルマには辛い・・・。

もっと心も体も強くなって クラウドに頼らずに生きていければいい・・。
クラウドが心配しないくらいに強くなれればいい・・。

そうしたら・・・クラウドはもう、あんな顔はしないと思う・・・。



そしてアルマ自身も、この不安定な感情から逃れられる気がした・・。





アルマは机に置かれた肖像画を見て、それを手に取った。
そこには二人の人物が描かれている。

どこかぶっきらぼうに、ふてくされたような顔をしているのは父…リュカの顔。
そしてその隣にいるのは、明るく微笑む美しい女性…。

「・・・お母様」

アルマはその肖像画を見て、切なそうに眼を細める。

「…私、お母様みたいになりたい…。強くて、明るくて…皆の力になれるような…そんな人に」


その肖像画を胸に抱き、アルマは瞳を伏せた。



**


クラウドが旅立って3日目が過ぎようとした。

教会で朝の祈りを終え、城へ戻る途中アルマは空を眺めて眉を潜めた。


(…嫌な 空・・・)


ここ数日貫けるように碧かった空が 今は驚くほどに暗く淀んでいる・・・。

暗い雲がどんよりと空を覆い、微かな光が零れる空・・・。
それだけでも不吉だというのに、奇妙な唸りを上げる風が更にアルマの心をざわつかせる。

その光景はかつて見た魔界に、余りにも似ていた・・・。


何か・・・不吉なことが起きそうな気がする・・・

なにか・・・


手をぎゅっと握りしめて、アルマは唇を噛み締める。

「・・・アルマ様?どうされました?」

アルマの異変に兵士が心配そうに尋ねてくる。

「・・・いいえ・・。なんでもありません」

アルマはそう微笑んで、それから足を進めた・・。

こんな時、無意識にクラウドの姿を求めてしまう自分を叱りつけながら・・・。


部屋に戻ると、そこにはサンチョの姿がある。

「お疲れ様でございました。アルマ様・・・お茶が入っておりますよ」

サンチョは柔らかく微笑みながら、空を見みて『おや?』と首を傾げた。

「―・・・昨日まであんなにいいお天気でしたのに・・・・いつの間にやら・・・」
「・・・うん。そうなの・・。それに風もだんだん強くなってきていて・・・―どうしたのかしら?」
アルマがそう答えると、不意にサンチョが顔をしかめた。

「・・・こんな天気では、困りますね」
「・・え?困る?」

「・・・ええ。困りますとも!あのわんぱくなスラリン達が城の中でかくれんぼやら、鬼ごっこやら始めてしまいますからね!」

サンチョの言葉に、アルマはきょとんとし思わず微笑んだ。

「ふふふ。そうね。スラリン達は本当に元気だから、きっとお城中を駆け回るわ
そうしていつも、サンチョに怒られてしまうのにね!ふふ・・あの子達ったら・・・」

アルマの笑い声にサンチョも微笑む。

「・・・ほっといたしました」
「・・・え?」

「・・・・アルマ様の笑顔・・・サンチョは久しぶりに拝見できました」

そう呟いたサンチョの顔は、どこまでも嬉しそうだった。

「・・・サン・・・・・・・」




――・・・その瞬間・・・



「・・・っな・・・に・・・?」




アルマの体が硬直した。


一瞬の内に、体中が何かで包まれる・・・。
数秒してその正体がわかった・・・。


体を包んでいたのは、おぞましい魔力だった―!




それ同時に アルマの足元に巨大な魔方陣が描かれる。


それも、漆黒の魔方陣―!


「・・・これは・・ッ!」

アルマの顔が青ざめると同時に、魔方陣が禍々しく 光り出す


その途端―




サンチョを含め、魔物や兵士達が――倒れた・・・






****



「まぁーったく こんな辺境にあるなんて ほんと探すの苦労したわ!
おかげでクタクタよ!疲れたし!本当に最悪だわッ!」

不機嫌そうにそう罵る女の声がする。


「ほんとだね・・・ まさかこんなわかりにくい所にあるなんてなぁ・・。まぁいいじゃん?やりやすくて」

女の声に答えた声もどこか嘲りを含んでいる。

「――・・まぁね。確かに下手に助け呼ばれたりしないくていいけど…ほーんと疲れた〜」

女がそうブツブツ呟きならが足を進めていく。

「辺境というか へんぴというか・・・・まぁいいけどさぁ〜・・・でも確かに、二度目はごめんだな」

少年が帯剣を玩具のように振り回しながら続く。――・・・その足元には数人の兵士が横たわっている。


・・・誰一人・・・立ち上がる気配が無い・・・。



「皆・・もう少し鍛錬をしたほうがいいわねぇ?――あんな魔法でこんなになっちゃうなんて・・・」


女がくすくすと笑いながら兵士を蹴る。


「・・・王族親衛隊など・・・聞いて呆れる・・・」


それを見た、少年もクスクス笑う・・・。


「・・・そうだよね。『ラリホー』なんて超初期魔法なのにさ・・・。
今時スライムだって効かないんだぜ?・・・なのに、こんなにグデングデンになっちゃって。
まぁ俺達の魔力が強すぎるってのもあるんじゃないの?」

そういいながら、少年は瞳を細めた。

「・・・・でもこいつら幸せじゃん。なまじ魔法が効いたおかげで痛い目に遭わなくすんだんだからな・・・・・・」

少年が嘲笑う。
その手は赤々と燃えたぎる炎で覆われていた。

「・・俺って短気だからさ・・・少しでも生意気な態度取られたら・・・さっさと消し炭にしちゃったよ」

「それよりも・・・あたしの魔力使ってやったんだから 感謝しなさいよ!」

「うんうん 感謝してるって・・・クローネ。
でも意外だなぁ。こーんな簡単に侵入できて 魔方陣まで張れちゃうなんて…。」

「・・はぁ?」
「・・・だってここ、『天空の勇者』 クラウド エルケル グランバニア の国のはずだろ?
――噂じゃ 超強力結界が貼られてて 手も足もだせないって聞いてたんだけどね・・・」

「うふふ。あんたって馬鹿ね。灯台下暗しってね。――その結界は今でも張られているわよ。見えてないだけでね」

女がそういって何もない空を見上げる。

「――大した結界だわ。流石勇者様ね。こんな結界じゃ『魔物』は手も足も出ないでしょうね」

「え?『魔物』」

「そうよ。この結界の唯一にして絶対の『弱点』は『魔物』と『外部からの魔法』にしか効かないということよ。
つまり『人間』である私達には全く効かないのよ。まぁ外から魔法を放てば跳ね返されちゃうけどね・・・」

「・・・マジ?」
「そーよ」

「まぁ噂によれば『マスタードラゴン』の『人間好き』のおかげだって言うけどね」

女の言葉に、少年はくくっと笑う。



「・・・あいかわらず 甘いことで・・・」




「まぁ 手間がかからないなら 越したことわないわ。こんな好機滅多にないんだからね」

女は紫色の瞳を細めた。


「『勇者』・・・クラウド エルケルの不在・・・。
しかも、剣士ピエールすらも国を開けている。――こんな好機二度とはないわ・・・さっさと『お宝』を頂戴して、行きましょ?」

「・・・『お宝』か・・・」

青年の悪戯めいた微笑みに、女はにやっと笑う。

「そーよ…『お宝』・・・・よ・・・」


**


アルマは目の前の状況に言葉を失う。
まったくの静寂・・・。
自分以外 誰も動かない部屋。

――皆、地面に倒れ伏して・・・ぴくりとも動かない。


「…サンチョ・・?」

アルマの声が震える。

サンチョはピクリとも動かない・・。呼吸すらも止まったかのように倒れ付している。
アルマは呆然と立ち尽くしたまま、次第に這い上がってくる震えを止められない。

何が起こったのか・・・わからない。
ただ、目の前で起きたことは尋常ではなかった・・・。

倒れたサンチョ・・・。
動かない兵士やシーザー達・・。

呼吸も・・・血の流れもが止まったかのように、少しの身動きさえしない・・・。


「・・・サンチョ・・?皆・・?」

アルマは辺りを見渡し、声を絞りだす・・・。
だが、誰一人答えてくれるものは居ない・・・。
冷たい床に倒れたまま、指一本動く気配さえない・・・。



次の瞬間アルマを襲ったのはパニックだった。

それと同時に、遠い昔に得た記憶が溢れた・・・。

古代の魔法に、一瞬にして命を奪う恐ろしい魔術があった・・・。

その症状と・・・今の状態があまりにも酷似していた・・・。



その体に触れるのが恐ろしく怖かった・・・。

息を詰め、様々な恐怖に涙が溢れるのが止められない・・・。

(・・・ッウド・・・クラウド・・・)

咄嗟に浮かんだのは、その名前だった。
震える口元を押さえ、嗚咽を殺す。
唇を噛み締めて、震えを殺して アルマは己の恐怖と戦う。


今サンチョに触れて・・・それを確かめるのが怖い・・・。
最悪な結論だったのなら・・・どうすればいい・・・?


でも、確かめなければならない・・。

今それを出来るのは・・・アルマしか居ないのだ。


震えを押し殺し、嗚咽を押さえ込んで、アルマは顔を上げる。

血の気を失い、それでも唇を噛み締めてアルマは恐る恐る手を伸ばした。

指先が震える。
無意識に逃げようとしてしまうのを、意思を総動員して押さえて

アルマはその体に触れた・・・。




「・・・・・・・・・・・・ッ!・」




次の瞬間アルマは倒れ込むようにその場に座る。


その口からは、安堵のため息が漏れた。



サンチョの心臓は動いている・・・。――生きている。


コドランやシーザーにも触れ、全員生きているのを確認した。
症状は一緒だった・・・。――どうやら皆・・・深い眠りについているらしい。




彼らを眠りに落としているのは、『ラリホー』だ・・・。
それも恐ろしいほどに強力で・・・鳥肌が立つほど禍々しい魔力によるもの…。

その瞬間・・・・アルマの背がゾッと粟立つ。



・・・・・漸く『結論』にたどり着いたのだ・・・。


クラウド不在のこの国が今――襲撃を受けている・・・。


それも――恐ろしく力を持った者から・…――・



アルマは唇を噛む。

クラウドなら・・・この魔法を解くことが出来るが、アルマにはその能力は無い。
これほどの魔力ならば、微かな衝撃などは役に立ちはしない・・・。
クラウドが不在の今、彼らを目覚めさせるには、魔法を掛けた者を見つけ、解かせるしかない・・・。

それに、城の者はどうなのだろう・・・?
グランバニアの民・・・城の兵・・・家臣・・・そして仲間の魔物達・・・。

これだけの自体・・・。
すぐに兵士が飛び込んできてもよいのに、先ほどから城は静まり返っている・・。
魔力に耐性がある魔物やサンチョでさえこうなのだ・・・。
他の者は魔力に支配されていることだろう・・・。


意識があるのはアルマだけだ・・・。

そして今・・・グランバニアは危機に立たされている・・・。


アルマはに壁に掛けてあった剣を握る・・・。
最近、常に身近に置いておいた『妖精の剣』
それは、なにかの予感だったのか・・・。



剣を握り締め、アルマは部屋の外に踏み出した。


***


廊下や部屋。訪ね歩いた場所に意識がある者が誰もいなかった。

皆深い眠りに落ち、屍のように動かない。


何かが起きている

グランバニアに

それも、とてつもなく恐ろしいことが・・・


でも・・・一体なにが起こっている?


アルマの頭は狂おしく駆け巡る。

どうしても・・・納得がいかなかった。

この城は、クラウドの結界に守られているはず。
クラウドの『天空の勇者』の加護・・・。そしてそれはマスタードラゴンの守護でもある。

その守護が有る限り、たとえ強力な魔法でも、凶悪な魔物であっても、決して中にいる者に危害を加えられない。


剣を握りながら、アルマはふと視線を上げた・・・。

城門・・・・・・・・・・・・・・・・


その方角から伝わってくる・・・・



黒い・・・


禍々しい魔力が・・・




**


「・・・!」


駆け付けた城門・・・。
そこに、二人の人影を認めてアルマは足を止める。


そして言葉を失った。

彼らの周りには、数人の兵士が倒れ伏していた。


それも・・・

「…ピピンッ!」


アルマは思わず声を上げる。
彼の足元に倒れ伏した兵士の一人は、王専属親衛隊 副隊長『ピピン』だったのだ。

ピピンはまるで死んだかのようにぴくりとも動かない。
倒れた彼の傍には、愛槍である『雷神の槍』が力無く転がっていた。

蒼白になったアルマが呆然と立ちすくんでいると、目の前の女がくすりと笑う声がした。

「私の魔力を受けて、なんともないなんて…流石ね」

女の声はこの空間で驚くほどよく響いた。

闇のように黒い髪が、風に巻き上げられて、その間から紫色の瞳が細められる。

「…アルマ エルシ グランバニアとお見受けするわ…」

紅の唇がそう笑み、女は優雅に一礼する。

「お会いできて光栄ですわ・・・私はクローネ・・どうぞお見知りおきを・・・」


それと同時に、片割れの少年も笑んだ。
同じく漆黒の髪…。だが瞳は血のような紅色だ。

その少年を見た瞬間・・・アルマの魂がドクン・・・と波打つ・・・。

この少年・・・どこかで見たことがある・・・。
どこか・・・・・・・・・・遠い・・・どこかで・・・。

アルマの表情を見た少年が 女・・・クローネと同様に一礼した。

「・・・ご無礼をお許しください・・・と一応言ったおいたほうがいいかなぁ・・・。
お初にお目にかかります・・・アルマ エルシ・・・。俺はラース・・・・
どうぞ・・・お見知りおきを・・・」


挨拶が済むと同時にクローネがくすりと笑い、剣を抜く・・・。
細身で鮮血のような赤い色をした鋭い切先・・・それを、足元に転がるピピンの首元に当てた。


「誰も傷つけてほしくないんでしょう?だったらおとなしく言うことを聞いた方が賢明ではなくて?」



気味の悪い風が、通り抜けて行った。

アルマは二人を見つめたまま、妖精の剣を構える。


それを見て、二人が歪んだ笑みを浮かべる。

「慣れないことはしない方がいいんじゃない?君に剣は似合わないよ・・アルマ王女・・・」

ラースがくすくす笑いながら、その足を一歩前へと踏み出す。

「・・・それより、不思議でならないんじゃない?どうして俺達がこの場にいるか?
そして、皆が倒れたのか?
だってここには、天空の勇者 クラウド エルケル の結界が張ってある・・・・。
どんな魔法も跳ね返す最強結界が・・。―ね?違う?」

ラースの言葉に、アルマは言葉を返せない。―・・その言葉通りだった。

「・・・はは、結界はちゃんとあるよ。でもボクらは入ってこれたし、こうして魔法も放てる。なぜだと思う?」

ラースの表情に、アルマの眼は微かに開かれた…。


「・・・そう・・・。『マスタードラゴン』は、『人間』が『大好き』なんだ…。みんな仲良しこよしでいてほしいのさ。だからだよ」

嘲るようなラースの笑い声が、響き渡った。


「『アイツ』は『いつだって』甘ちゃんなのさ!ちっとも変わっていやしない!」



***



「・・・目的は・・・なんですか?」

「・・ん?」

アルマの言葉に、二人がピクリと眉を上げる。

「・・・お金が欲しいというのなら、差し上げます・・・。だから、グランバニアから立ち去ってください」

その言葉に、二人は唇を歪める・・・。

「交渉したいってわけ?」

「・・・争いは好みません・・・・・」

その言葉に二人はくすくすと笑い出す。

「金か〜・・・それはもちろん欲しいとも。金はいくらあっても困らないからね〜。
でもさ、言っとくけど、俺らはわざわざこ〜んな所まで来なくても、金なんていくらでも手に入るんだよ・・・。
こいつを使えばね・・・」

ラースはそういって、漆黒の剣を振るう・・・。
禍々しい気配を放つ・・・闇のように黒い切先・・・。

「・・・でもなんでここまで来たかって言うと、『ココ』でしか手に入らないものがあるからさ」
「・・そう・・・ここにしかないもの・・・。世界でたった一つしかないもの・・・。それが欲しいの」

クローネもそう唇を歪める。

アルマはぎゅっと手を握る。
彼らが言っているのは、『天空の武具』の事だ。
世界に一つしか無いもの・・・。天空の守護を受けたクラウドだけに与えられた聖なる防具・・・。
それは、今、グランバニアを守る為に結界の一部となっているはず・・・。

「・・・それを手に入れても、あなた方には使うことなど出来ません。
それは天空の勇者のみに与えられた者・・・。資格無き者がたとえ手に入れようと
それらは決して輝こうとはしない・・・・・・」

アルマの言葉を聞いていた二人が突如クスクス笑い出し、アルマはきょとんとした。

「あ〜外れ・・・。あんなもの・・別に興味なんて無いよ。
だって勇者じゃなければ抜けない剣・・・。かぶれない兜。輝かない盾・・・そんなもの何の価値もありゃしない」

ラースはクスクス笑う・・・。


「・・・俺達・・・・いや、俺が欲しいのは・・・・」


彼はそう言って指を刺す・・・


「あなただ・・・。アルマ エルシ グランバニア」




***


「・・・私・・?」

アルマが呆然と呟く。


「・・・そう。 君だよ・・・アルマ・・・」

ラースはそう微笑む。同時にクローネが笑んだ。




「交渉はいたってシンプルよ・・・アルマ王女・・・。
――・・・私達の要求は『あなた』・・・。あなたさえ私達の元にこれば、
グランバニアには手を出さないわ・・・。簡単でしょ?」


クローネはくすっと笑う。

「まぁ・・それを拒否した場合の答えも極めてシンプルよ・・・。
グランバニアの民・・・魔物も含めて全員殺す・・・。
その後、私達はあなたを連れて行く・・・。手段を選ばずにね・・・」



「・・・クローネは本気だよ・・・。」


ラースは赤い舌を出す。

「先に言っておくけど、この『地獄のサーベル』に止めを刺された奴は可哀想だよ・・・。酷い苦しみ方をするからね・・・
そんなの嫌だろ?ボクだってあんまり使いたくは無いんだ・・・。あんまりキレイなもんじゃないからね・・・」

『ああ・・・それから』・・・とラースは空を指す。


「・・クラウド エルケルの登場は・・・期待しない方がいいよ。」

「…っ!」

「俺達はこの地から数百キロの間に魔法封じの陣を張ったんだ。
ルーラもキメラの翼も封じてる。だからこちらから逃げる事も・・―ましてや向こうから『駆けつけること』もできない・・・。
―・・・まぁラインハットからなら『船』でくるしかないんじゃないかな?
そうしたらどんなに急いでも一月は掛かる・・。その間こうして向き合っている気?」


二人の視線が、同時にアルマを射抜く・・・。


「答えは二つに一つ・・・お答えは・・?アルマ王女?」


***


アルマは優雅に微笑んでいる二人を見て、体温が下がる気がした。

彼らの言葉は本気だと・・・本能で悟った・・・。


自分が条件を飲まなければ、彼らは意図も簡単に実行するだろう・・・。
彼らにはその力がある・・。あの魔方陣がその証拠だ・・・。

応援も・・・援軍も来ることは無いだろう・・・。

グランバニアは辺境の土地・・・。
山を越えなければ隣の村に行くこともできはしない・・・そんな状況で、この変化に気付く者はきっと居ない・・。



少年の言うとおり――クラウドは・・・・こない・・。
ラインハットはグランバニアから離れた国・・・。
ルーラ・・またはキメラの翼がなければ一月は掛かる・・・。
そんな離れた場所にいるクラウドに、この状況をどうやって伝えることができる・・・?

状況は――最悪だ。



サンチョを・・・仲間を・・・グランバニアの皆を守る為に・・・・


今の自分に出来ること・・・・




それは・・・









「それは・・・どういうこと?アルマ王女?」



クローネの声が低く響いた・・・。
微かに驚愕と、苛立ちが篭った彼女の視線の先には

剣を構えたアルマの姿があった。



その瞳には今までに無い強い意志が見て取れた。



「・・・私は・・・あなた方の条件を受け入れない」



その強い口調に、女と少年の顔が微かに歪む。


「・・・自分が何を言っているのか・・・わかっているの?」


「・・・私はグランバニア第一王女・・・アルマ エルシ グランバニア!
戦いもせず、敵に屈したりはしない!」


それと同時に、青い風が地面を覆った・・・。


アルマの手から放たれたのは・・・空気を震撼させるほどの巨大な魔力・・・



「・・・・・・・・・この命を掛けても、皆を守ってみせる!!!」

**



ここで、自分を差し出すのは簡単だ…。
きっと少し前のアルマなら・・・そういう選択をしたことだろう・・。

でも、アルマは気が付いていた。

ここでアルマが自分の身を犠牲にして皆を守ったとしても、―――誰も喜ばない・・・。――皆が苦しむ―――

だって誰かの犠牲で助かった命は・・・――なによりも辛いのだから・・・。


誰もが自分を責めて、苦しむ。
『もしも』に取りつかれて 己を恨み呪い続ける。
父と母がこの城から消えた長年の間 その苦しみがグランバニアを包んでいた。
サンチョなど何度自分を呪い、隠れて泣いていたことだろう・・・

その苦しみを――痛いほどに知っている・・・。
グランバニアの皆が、どこれど声を殺して泣いてきたのかを 知っている。

グランバニアの皆に・・・そんな苦しみを二度も背負わせることはできない・・・。

大事にされているから・・。守られているから―――だからこそ、簡単に自分を投げ出すことはしてはならない。


してはいけないのだ・・・。!



**

ラースは思わず感嘆の溜息を吐いた。

少女から放たれた蒼い風は、瞬時にして碧い世界を築いていった。

風が触れた場所には強固な氷が張っていく・・・。

・・・それは全てを凍らせた。
・・・草や花・・・城や木々・・・・そして地面に眠る人間さえも・・・。


「…はは。すげぇ…。まるで『氷の結界』だな・・・。
氷結系最強呪文『マヒャド』をまさかこんな形で使うとはね…。
だが驚いたな…。まさかこんな魔力を・・・『人間』がだせるとはねぇ・・・」

視線を上げれば、そこには王女、アルマがいる。
青白い霧が舞い、氷の世界で立つ彼女の姿は息を呑むほどに美しかった・・・。

ラースはその姿に目を細め、剣を抜く。
闇より暗い・・・漆黒の刃先を振りかざすと、その視線は王女を射抜く――同時に凍った地を蹴った。


―――だが次の瞬間、眩い光がラースを直撃する。


「ちっ・・・!イオナズンか!」

ラースが苦く笑うやいなや、光が弾け 大爆発した。





壮絶な戦いとなった。


激しい爆風をと共に、数百もの氷の槍が降り注いだ
それを剣で叩き落とすが、その剣すらも凍りついていく―


剣をなぎ払い、跳ぶラースの腕から紅蓮の炎が生み出され、それは剣をも包み込んだ。


「――全てを焼き尽くせッ!!―――メラゾーマッ!!!」

激しい詠唱と共に噴出した炎は、数百もの氷の槍を飲み込み、瞬時に溶かしていく。

―だが

「おっと!そう来るか」

ラースの唇が苦笑に歪む。

氷を飲み込んだ先に、更に大きな閃光が待ち構えていた。
王女はマホカンタの盾を纏い、メラゾーマを弾き返すと同時に、
その熱を吸収させさらに巨大になったイオナズンの閃光をラースに放った―!

それに吹き飛ばされながらも、まるで猫のように受け身をとり、ラースは一人呟く。

「爆発系、氷結系最強呪文をこうも立て続けに使えるとはね…。アルマ エルシの魔力は想像以上にすごいな…」

赤い瞳を細め、ラースは爆風の先に立つ少女を視界に納める・・・。

「ちょっと真面目にやりなさいよ!!」

その時クローネの金切り声がして、ラースはやれやれと肩を竦める。

「はいはい・・。そんなこたーわかってるよ・・。でもいいだろ・・少しくらい遊んだって・・」

ラースはそう呟きながら、目を細めた。

「・・・それにしても面白いな…。この魔力の波動は『人間』よりむしろ・・『魔族』に近いものを感じる・・・」


ラースは、おもむろにクローネに視線を移す・・・。


「・・・魔法じゃらちがあかない・・。多少剣を使ってもいいだろ?」
「・・・しかたないわね・・。でも傷つけないでよ・・。少しでも傷つけたらあんた・・殺すわよ」
「・・・はいはい・・・俺だって傷つけたくは無いんだよ・・」

ラースは肩をすくめながらふと、呟いた。


「・・・解せないな・・・」

「・・・は?」

ラースの呟きに、クローネが眉を吊り上げる。


「おかしいとは思わない?
王女の性格から考えれば、むしろ補助系や癒やし系の力を求めるのが自然じゃない・・・?
なのに、なぜ彼女はこんなにも攻撃に長けている・・・?

この戦いにしたって、これだけの魔力だ・・・。
俺達の動きを封じるなりして無血の戦いをしたいはず・・・。
それなのに、さっきから攻撃呪文・・・しかも殺傷能力が優れた魔法しか唱える気配が無いな・・・」

それに答えたクローネの声は、どこか面白がっているようだった・・。

「そうね・・・王女の性格からすれば『正反対』魔法ばかりを習得しているのは事実・・・。
でもそれは当然だわ・・・。王女は使わないんじゃない・・・『使えない』のよ」

クローネの意味深な言葉にラースの表情に陰りが生まれた。




「・・・マスタードラゴンめ―――何処までも残酷な奴だな・・・・・」








***


空が・・・・暗かった・・・。



「ジ…エンドね・・」


冷たい風の中に・・・その声を聞いた。

二つの切っ先が、アルマの首筋に触れていた・・。

剣を握っていた手には、青い痣が生まれていた。
剣を弾かれた時の衝撃で、出来たものだった・・・。

剣は蹴飛ばされ・・・今は手の届かぬ所に転がっていた・


「おとなしくして…。傷をつけたくはないの。あたし、コレクションは綺麗に保管したいタイプだから]




紫と紅の視線が、勝利に微笑んでいた―。


出来る限りの魔法を放った・・・。
そして、剣を振るった・・・・。―が、相手の強さはアルマを軽々と追い詰めた。


剣を弾かれ、気がついた時には目の前に二つの切先が突きつけられていた。

アルマは肩で激しい息を繰り返す…。
激しい動悸がする・・。息が上がって呼吸をするのが酷く辛い・・・。

そんなアルマを見て、クローネがくすりと笑った。

「本当にお人形さんみたいね。それにビアンカ王妃にそっくり・・・」
「…ッ」
不意に出されたその名にアルマの顔色が強張る・・・。それを見たクローネが面白そうに唇を歪めた。

「そうよ。あのお人形みたいに可愛い人にあなたは生き写し。――本当はあたしね、彼女がほしかったの。
天空の血を引いた、『天使』。それをコレクションしたかったんだけど・・。なかなかチャンスがなくてね…。
リュケイロム王の強さは有名だったし・・・その時まだあたしは一人で仕事をしていたしね・・・・・…。
一人で挑むには、少し力が足りなかった・・・。そんな事をしていたら、失われてしまったの…残念だわ・・・」

クローネの言葉に、アルマの顔から色がなくなる。

「でも噂を聞いたの・…。
まるで生き写しのようなお人形がいるってね・・・。そして来てみてびっくり・・・本当にいるんだもの」


クローネの指が唇に触れ、アルマの顎を掴む。

「天空人の血を引き魔物とも心を通わせる子・・・とってもレアなコレクションだわ」


「これから、可愛がってあげるわ…。存分にね」


クローネは不意に どこまでも、冷たい顔をした・・・。

「まさか こんなに反抗するなんて 想ってもみなかったわ・・・。――いけない子ね・・・」

そう嘲笑ったクローネが 手を翳す。
そこに高熱の熱が燃えたぎる・


「悪い子には・・・ちゃんとお仕置きをして わからせてあげないと・・・そうでしょ?ラース」

その言葉に ラースも暗く笑って その手に魔力を集中させる

それを見て、 アルマの顔からは 感情が失われていく

「いくら 強力な氷の盾を張ったとしても・・・一人分の魔力・・・。
私と ラースの二人の魔力を合わせれば・・・こんなもの わけないわ」

「・・・メラゾーマ」
「ベキラゴン」

二人の腕に 紅蓮の炎と灼熱の光が集中していく

「あなたが悪いのよ アルマ エルシ・・・。
最初から私たちの言うことをちゃんと聞いて、素直に従っていれば
こんなことはしなくてすんだわ? 」

「・・・丁度いいだろ?国ごと 『火葬』 してやるんだ・・ 手間が省ける」

ラースが残酷に笑う。

「骨も残らないくらいの高熱で 全てを焼き尽くしてやるよ」

ラースの血のような 目が 残酷なほど 無邪気に笑う



「きっと あなたみたいに美しい光景になるだろう? グランバニアが燃える姿は!」






アルマは、空を見つめた…。
暗い空・・・。

燃えたぎる 二つの炎

グランバニアを 国も民も アルマの大切な全てを 灰に化そうとするその炎・・・。


あまりの絶望感に 涙さえ出なかった――・

だた声にならない 感情に苛まれながら アルマはただただ  燃えたぎる火を瞳に映していた。



あの火を――消したい。
その為に――切に――力が欲しかった



力が――欲しい

力が――



・・・・・・・・・・・・・・・ドクン


ダカラ・・・コッチヘオイデ


チカラ ヲ カイホウ スレバイイ



突如 魂に囁かれた言葉に アルマの瞳が光を失う


全ての音が 遮断されたかのように その囁きだけが アルマに語りかけてくる


ワタシヲ  カイホウシロ


ソレガ キミノ ホントウノ スガタ ナノダカラ



ハヤク



ミナヲ スクイタイノダロウ?


アルマの瞳が 空を見る

微かに頷くように見えた














「…グランバニアの人たちは 決して 傷つけさせない・・・。」



アルマは静かなに呟いた



「…ああ。言ったね?だけどそれがなに?」

ラースの笑い声が遠くで聞こえた――。






アルマの声が… 今までにないほど 低く 強く 響く




グランバニアを守れるのならばに・・・皆を救えるのならば・・・

その為になら ―――


眠る力を解放する方法は 自然とわかった。


「…――闇よ」


体の奥・・・心の奥・・・その枷が・・・静かに解けていくのが分かった・・・


「…――私の中に眠る…神に背きし力よ・・・」

「・・・なに?」

二人の顔が陰りを帯びる。


「…我の歌が聞こえるか…。我の望みが聞こえるか…。」


アルマの体が微かに光る…。
だがそれは、黒く鈍い光…。



「…なんだよ。この魔力」

ラースとクローネがたまらず立ち退く…。


闇がどうしてあれほどまでに恐ろしく・・・そして惹かれたのか・・・その理由がやっと分かった気がする・・。

心の・・・とてもとても奥に・・・

ずっと眠っていたからだ・・・


漆黒の・・・闇の力が・・・。



その力を開放しないよう・・・その力を求めないようにと

母が・・・白いきれいな羽で包んでくれていたのだと 今わかった・・・


アルマが生まれてから・・・・ずっと・・・大きな愛で包んでくれていたのだと・・・




遠い空を見て・・・そこに僅かな青空を見た気がした・・・。


空の色・・・クラウドの――瞳の色・・・。








「我は汝の存在を許す…――」



少女の瞳が金色に輝く―
同時に開眼したのは、金色の竜眼―!

そして額に輝く 漆黒の薔薇の紋章

「――あれは!」

ラースが驚愕に叫んだ瞬間、少女の姿は白銀のドラゴンへと変わっていた。



***


「…ばかな・・・。古代呪文…『ドラゴラム』かッ!」

ラースは、クローネに視線を走らせる。
クローネもラース同様、呆然と空を見つめていた。

淀んだ暗黒の空…。
暴風が吹き荒れるその空の中、翼を広げるその生き物・・。


――白銀のドラゴン



「まさか、使える者がいたとはね…。かつて選ばれし者と呼ばれた伝説の戦士…
――『神の踊り子』と呼ばれた者が使ったのを最後に封じられたと聞いてたんだが…。」

ラースの額にうっすらと冷たい汗が浮かぶ。


「・・・『人間』が使うことを許されていない『禁術』のはずじゃないのか?
――なんたって、自らの姿を『神』であるドラゴンの姿にするんだからな・・」

ラースの言葉に、クローネは唇を歪める。だが何かを楽しんでいるようだった。

「並たいていの魔力ではできないことだ…『勇者』にすら使うことができない魔術を、なぜアルマ王女が使える?」

「それは・・・あの子が『闇に愛されし子』 …だからでしょ」

クローネはくすくすと笑い、腕に何かをはめ込んだ。――それは鋭い凶器。
それを見て、ラースは思わず苦笑する。

「ドラゴンキラーか・・・。クローネは用意がいいな…それとも知っていたの?アルマ エルシがこの呪文を使えること」
その言葉に、クローネは妖艶に微笑む。

「知っていた――というより直感かしら?・・・でも最高じゃない?――こんな獲物二度とお目に掛かれないわ!」


クローネが地を蹴り、空を舞う。
それと同時に、腕から激しい風が生まれた。

「その翼を落としてあげる!!バギクロスッ!」

高らかに笑うその声が空に響く。
激しい風が刃となり、ドラゴンに襲いかかるが、その瞬間ドラゴンの咆哮が轟いた――。

ドラゴンの咆哮と共に、鋭い口から冷気が吐き出される。
その瞬間風は凍らされ、鋭い槍に姿を変え一気にクローネに降り注いだ。

「ちっ!ベギラゴンッ!!」

高熱と冷気がぶつかり、激しい閃光が辺りを包む。

「ラース!時間がないわ!!さっさとけりをつけるわよ!」
「だがどうする?ドラゴンには普通の武器は効かない・・・。クローネのドラゴンキラーでならともかく・・・
俺の武器では傷つけることすら出来ない・・・。
・・・それに、一度あの姿になったら戻ることは無いと聞いている・・・。それでいいの?」

「あんたは相変わらず甘いわね・・・。」

クローネは瞳を細める・・・。

「なぜ私がドラゴンキラーを持ってきたのか、少しは意味を考えたらどうなの・・・?
ドラゴンなんてコレクションしてないわ・・・。私はあくまでアルマ王女が欲しいのよ・・」

「それは、元に戻す方法を知っていると言うこと?」

「・・・そうよ」

クローネは不敵に笑う。

「・・・ドラゴラムは命を吸い尽くして巨大な力を得る・・・。故に、その命が尽きれば元に戻るわ・・・」

「・・・死体でもいいってこと?ボクは嫌だぜ?死んでいたら意味が無いよ・・・」

「・・話は最後まで聞きなさい!方法が一つだけ有るわ・・・」
「一つだけ・・・?」


「・・・命尽きる前に・・・心臓を突き刺せばいいのよ・・・」


***


ラースは笑みを浮かべて大きく飛ぶ。

「昔、神の踊り子は怒りを鎮めるために神への舞を踊ったと言われる…――俺と一曲はいかがかな?アルマ王女?」

くすりと笑うと同時に、ラースが剣をふるう。

漆黒の地獄のサーベル。
それを振りかざすと同時に金の竜眼がラースを睨み、激しい咆哮と共に、鋭い爪がラースに伸ばされる。

「ち・・っ!」
ラースの額に汗が浮かぶ。
鋭い爪からは氷の刃が生えている。
少しでも掠れば体が凍り付いて砕け散る。

ドラゴンとなった少女の攻撃力は常軌を逸していた・・・。
掠っただけで砕け散る岩肌・・・。
割れる大地・・・。

「・・・全てが予想以上だな・・・でも・・・俺は『あなた』を探していたんだ・・・ずっと―――・」

ラースがそう呟いた途端



・・・暗空に轟いた もう一つの咆哮・・・・



ラース・・・そしてクローネも同時に瞳を見開く・・・




暗黒の空に姿を現したのは


どこまでも巨大な――  金色に輝くドラゴンだった・・・。



「・・・ちぃ・・・!やっぱり全員殺しておくべきだったなぁ・・・・。――・・・予想以上にお早いご到着だ・・・。」




「どうやら、俺達の知らない所で、アイツを呼びに言った奴がいたらしいな・・・」


ラースの唇が歪む・・・






「・・・クラウド エルケル グランバニアの――・・・お出ましだ・・・」






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