やっと元の姿を取り戻したばかりの城はまだ人気がなく、閑散としていた。
滑らかな石で造られた城壁は、長い年月水の中に沈んでいた所為か、あちこちに水の匂いが残っている。

そんな静かな空間に、少女の切ない声が響き渡った…。


「・・・教えてください マスタードラゴン」



少女の視線の先には 大きく尊大な玉座があり、一頭の巨大なドラゴンがいた。
それは長い年月を経て漸く元の姿を取り戻したマスタードラゴンだった。


そんな彼に向けられているのは、海のような鮮やかな藍色…。
同時にその小さな顔いっぱいには 切なく 必死な表情を浮かべいる。

マスタードラゴンは竜眼を細め、静かに少女の青白く強張った顔を見つめている。
――・・・竜眼にはどこか憂いが浮かんでいた。




「どうしても・・・あなたにお聞きしたいことがあるんです」




またしても少女の声が響く。
酷く思い詰めたような…それでいて何かを求めるような必死な顔で少女は彼を見つめ続ける。

「・・・どうしても・・聞きたいことがッ・・・」

ぎゅっとスカートを握り、微かに震える声があまりにも切なかった…。

マスタードラゴンは返事の代りにその瞳を細めると、それを見とめた少女が…微かに息を飲み、震える唇を開いた…。



「・・―――どうして私は・・・・『回復魔法』を使用することができないんですか?」



『予想外』の言葉に―――マスタードラゴンは僅かにその竜眼を開く。
だがあえて――何も言わなかった。
そんな思惑を知らぬ少女は続ける。

「――『回復魔法』だけではありません・・・。補助系も防御系も…私は何一つ習得することができません・・」


まるで今まで堰き止めていたものが溢れるかのように、少女は訴え続けた。


「理論は分かるんです・・・イメージも確信が持てるんです・・・。魔力もあります…。でも・・・発動しないんです・・・」



少女は ぎゅっと何かに怯えるように、その小さな手の平を握りこんだ…。




「まるで・・・私の中の『何か』が…頑なに『拒絶』しているみたいに…」





あまりにも小さく…消えそうな声で続けられた言葉を…彼は聞き逃さなかった…。




「・・・なぜなのですか?どうしてなのですか?何がいけないのでしょう?
勉強が足りないのですか?努力が足りないのですか?―――では、どうしたら私は・・その魔法を覚えることができるのですか?」

俯く顔が 悲し気に歪む。


「私も…クラウドのように皆を『癒す力』がほしい・・。
お父様のように皆を守れる魔法を覚えたい・・・。
ー――なのに・・・どうして私は 『癒す』力を得られないのですか…?」


そう問いながらも・・・少女は視線を落とし、そのあまりにも小さな手の平を強く握りこむ。


「・・・―――・・・なのに」


・・・と
少女の声は悲痛なまでに擦れた・・・。



「・・・『攻撃魔法』だけは覚えられる…」


―――それも強力であればあるほど…・・


そう続ける少女の身体が 微かに震えていた。


「――マヒャドも…イオナズンも・・・・気が付いたら覚えていました。
――その魔術の本を読んだことなんてないんです・・。その魔法の存在さえ 知りませんでした。

でも、気がついたら・・・・・・・・・・私の中でその呪文が―――生まれていたんです・・。」


カタカタと―――恐ろしさにか少女の身体が震える。

「それに・・マーリン先生が言っていました・・。この幼さで――この魔法を覚えられることは『珍しい』と・・・。
それも・・・私の魔法は 他の誰よりも『強力』だって…。
同じ魔法を唱えても――私だけは威力も破壊力も違うって・・。」

それは・・・どうしてなんですか?――と少女は問うた。


「私は…『ヒャド』で池を凍らすことができます―――『イオラ』で山を打ち砕くことも―――。
本来ならあり得ないことです――。そんな初期魔法でそれほどの威力があるなんて――考えられないことなんです!
でも―――マーリン先生はそれをとても『良いこと』だと――褒めてくださいました。――私には『攻撃魔法の才能』があると・・そう」



――でもッ


と少女はその小さな顔に 必死の表情を浮かべた。




「――私は…『癒す力』が欲しいんですッ…」


この稚く 儚げな少女から想像もできないほど強い――切実な願いの声だった。


「―――私は、人も魔物さんも…お父様やクラウドみたいに癒してあげたいの…。
皆を護る為の呪文を覚えて、皆の役に立ちたいのです!
…・・なのに・・・なのにッ・・どうして私は・・・『誰かを傷つける呪文』しか覚えることができないのですかッ?」


――教えてください

 心が震えるほどにの―――切なる問い 




「・・・全てを見守るあなたになら・・・その理由がわかると・・・思うから・・・」




少女の声はそう呟いて途切れた・・・。








静かな静寂が流れた―――。


そしてふと マスタードラゴンが笑う気配がした。



「――君はなにか『勘違い』してしまってるらしい…。」


くすりと どこか楽しげにすら聞こえる声で 彼は答えた。


「―『理由』なら簡単だ―――それは君の力が 『母親譲り』だからだ」

「――――え・・?お母様の・・・?」


あまりにも予想外の返答に、少女はポカンとしたようだった。
だがそれに深く頷いて答えると――みるみる少女の表情が変わっていった。


壊れそうなほどに青白く強張っていた頬に、突如薔薇が散ったように赤みが増していく。
その不安に揺れていた海色の瞳が…今までなかった明るい希望の光を灯し、澄んだ。


「・・私はお母様と同じ…」


もう一度――なにかを噛みしめるように呟く少女の顔には、いつのまにか笑顔すら浮かんでいた。
その様子に微笑みながら マスタードラゴンは肯定するように再び深くうなずいた。



「そう・・。君の母・・・ビアンカも『攻撃呪文』が得意だった・・・。特に『攻撃属性の強い』炎系の呪文の―――・。
私の知る限りで――彼女以上の火炎魔法の使い手はいない・・・。」


彼の言葉に、目に見えて少女のその顔がぱぁと明るく輝く。
母に対しての尊敬と憧れが 強く少女の胸を打ったのだとわかった。

そして――と更に彼は悪戯っぽく笑う。



「―――彼女は君と同じく―――『回復呪文』の習得ができなかったのだ」


「―――本当?」

そう信じられないように、少女はその瞳を大きくあける。
それに微笑みながら頷くと、少女は―――どこか放心したような顔をし、その後、驚きと喜びでだろう―――みるみるとその顔は熱を帯びていった。


「お母様も―――私と同じ・・・」


頬を高揚させた少女は 噛みしめるようにそう呟き、顔を綻ばせた。
先程の顔が嘘のように無邪気で明るい顔だった。

――その変化を―――マスタードラゴンはどこか懐かしい色を浮かべた竜眼で見つめる。



「―――それにしても懐かしいな…。―――ビアンカもよくそう悩んでいた」

正確には―――そう悩む彼女を・・遠く離れたこの空から見守っていたにすぎない――だがその事実は今 胸に秘めておく。


「でも――彼女はそれを受け入れ、己に与えられた『力』を 愛する道を選んだのだ―――」


そこで 言葉を切り、―――彼は今までに無く優しい顔をした。




「・・・・・君は本当にビアンカに似ている―――・・・。」





彼の独り言のような呟きを聞きとめた少女が―――更に嬉しそうに笑んだ―――だが彼はその笑顔の――更に遠くを見つめていた。





―――そう・・・似ている。

その顔立ちもそしてその髪も その香りも・・・

少女を形作る全てのものが―――『彼女』の面影を―――宿している。



それは―――『天から祝福』だった…。
彼には――そう思えた。




城を吹き抜ける甘い風が、少女の眩い金色の髪を舞いあがらせる・・それを愛おしそうに眺めるマスタードラゴンの声は柔らかい・・。



「・・――しかし内面は・・・どちらかというとリュカに似ているな・・・。まぁリュカは君と違って捻くれていているがな・・」
くつくつとマスタードラゴンは笑った。


「―――どちらにせよ・・・君は 両親の『いい所』をきちんと受け継いでいるのだ…そう気に病むことはない。
魔法も魔力も・・生まれもった『天性』の物がある…。ビアンカと君は 攻撃魔法に優れているというだけだ…。
確かに誰かを『癒すこと』はできないかもしれない―――が・・・君の力は必ず大きな力となり人々を護るだろう・・・。」


優しく囁かれた言葉に…少女の静かに頷いた。
そして再びこちらを見たその海色の瞳には―――希望と幸福の光が灯っていた。





**




少女が去った後・・・・・マスタードラゴンは静かにその瞳を眇める…。
その顔には先ほどとは違い、深刻な・・深い陰りが浮かんでいる・・・。







―――・・・やはり・・聡い




そう内心で呟いた声は―――脳裏でぽつりと響いた・・・。







「・・・・――――――――『残酷』なのは…私だ…」




・・・・マスタードラゴンは瞳を伏せた・・・。












■ 蒼穹の翼・・・V■






唸る風を切ってマスタードラゴンは疾走する。
その背の上で、二人の青年は沈黙していた。


先程から一言も口を開かぬクラウド―――その姿にコリンズもあえて掛ける言葉が見つからない…。


ラインハットに滞在中の間―――クラウドはずっとアルマの事を危惧してきた。

何度も重い溜息を吐き―――普段なら決して見せない表情や態度を人前に露呈した。
必死に自分を抑え込もうとしながらも――僅かな時間がある度にアルマを想い 己の葛藤と戦っていた――。

それを目の当たりに見ているから―――今のクラウドの心境を想うと 掛けられる言葉など無い――。

気易い慰めも、陳腐な励ましの言葉も―――何一つ意味をなさないことは コリンズ自身が一番知っている。


――『事実』が発覚した時のクラウドの姿は―――正直見ていられなかった。


―――あれほど取り乱したクラウドを見たのは、コリンズとて初めてだったのだ。


普段――こちらを苦笑させるほどに冷静沈着でいる癖に・・・あの顔にはいつでも『強さ』が現れていたのに――

―――コリンズに殴られ諭されるほどに、我を失うだなんて―――。


―――だがそれは・・とコリンズは唇を噛む。



あのクラウドが――――感情に支配され、自分を見失うくらいに――。

――― 状況が 『最悪』だということだ・・。






コリンズは天を仰ぐ――。


この世界の人間は―――『天空』に祈りを捧げる。

天に君臨する天空城―――そして世界を見守る神龍へ――切なる祈りを捧げるのだ。

それは―――この世界において『空』とは―――『神』であるからだ…。



だが―――今 コリンズの『祈り』は何処へ向ければいい・・・?




こうして仰ぐ『天』は―――無慈悲なほどに暗く―― 一筋の光さえ見せてはくれない…。
なにより、あれほど崇められている神龍マスタードラゴンは 今まさにコリンズの目の前に存在している――が ―――何一つ『答』を与えてくれようとはしなかった…。



冷たい剣の柄を握る…。
同時に思った―――。


―――『神』に祈って何になる・・・?



何度も『神』を仰ぎ―――そうして得た答えが『今』だ――


そう――昔から何一つ―・・どんな時でもその『答え』変わらない。




大切な者を守れるのは―――いつだって 『己の腕』――だけなのだ。










そんな時―――




「・・・―――悪いのは 俺だ…」


――低く、苛立ただしげに呟いたクラウドの声が聞こえて、コリンズは視線を向けた。
視線の先にはクラウドが居る――。
クラウドは視線を上げないまま その低い声音で言葉を吐いた。


「・・―――アルマが拒んだからといって―――グランバニアに残すんじゃなかった…――
俺達が居ない・・・そんな状態で残すなんて 俺がどうかしてたんだ・・・ッ」

吐きだされる言葉は 壮絶な感情を堪えているようだった。


「―――アルマは俺と『距離』を取ろうとしていた―――だからこそ――無理にでもいい・・連れてくるべきだったんだ・・・――ッ」


クラウドの感情を抑えたような言葉を――コリンズは黙って聞いていた。



クラウドがラインハットに訪れた時――そこにアルマを伴っていなかった時から――コリンズも気が付いていた。



――クラウドとアルマに―――『試練』が訪れていることを。



――それはとてもコリンズに入り込めるものではない―――だが




「―――そうでもないぞ」


コリンズは 苦笑する。




「―――『離れてみて』・・・・・・・・初めてわかること――もあるからな」







**


マスタードラゴンは空を疾走する。
地上のいかなる乗り物も、いかなる生物も―――これほどの速度を出せるものは無い。

――飛ぶ――というのとは少し違う。

実際飛んでいるのは僅かな距離で その殆どの距離は『空間』を繋げ、その間を抜けているのだ―――。


だが――そんなことに興味はない・・。


それよりも―――、クラウドは唇を噛みしめた…。



グランバニアに近づけば近づくほど…邪悪な気配が強くなる。
肌に、瞳に――そして魂に刺すような緊張感がピリピリと走る…。

その度に――身体の奥深くの『魂』が…疼く・・。


一つ山を越え、海を滑るごと・・風は嵐を思わせる程の湿気を含み、不気味な唸り声を上げて吹き抜けていく…。
海は荒れて、まるで闇のような深い黒へと色を変えていた。



その何もかもが・・・クラウドの心に不吉な影を落としていった。



―――最悪な状態――だということは―― 嫌というほどに感じている…。
それでも この空はなんだというのだ・・・・?

こんな空を クラウドはたった一度しか見たことがない…。

それは数年前――こことは別の世界 『魔界』の空を見上げた時だ…。







クラウドは瞳を閉じ、全精神を集中させた……。
全ての五感を研ぎ澄まし 己の気配を張り巡らせる…


――だが・・・すぐにその顔には苦渋がよぎった・・。


――ッなぜだ・・?



 隠しきれない焦燥感に 唇を噛む。








―――確実にグランバニアに近づいているはずなのに…

アルマとの距離は…確実に縮まっているはずなのに・・ッ



・・・どんなに神経を研ぎ澄ましても…―――『アルマ』を感じることができない。








ラインハットであのペンダントが輝きを失ってから、今この瞬間まで…
生まれる前からずっとクラウドの中にあり続けた…あの『絆』が感じられない・・。


その事実が、容赦なくクラウドの臓腑を抉る。



『最悪の事態』が 瞬時に脳裏を掠める・・・。

そう 考えさせるだけの条件が―――揃いすぎている。




だが―――残された僅かな理性を動かし、その考えを振り払う。



ここで取り乱してどうする・・・ッ
そんな愚かな行為をして―――何か事が動くのかッ



そう 脳内で叫ぶ『勇者』として自分の声に 耳を傾けようとする。


一番最悪な状態とは―――冷静さを失い、自己の想像力と感情だけで行動することだ――。

狭い視野は思考を狭める―― 無駄な想像は 余裕を奪う―――

―――冷静になれ・・ッ





―――だが・・・

と抑えきれない もう一人の声がする。


『絆』が―――消えたではないか

…そう・・・・クラウドとアルマの間に…生まれる前から存在していた 『絆』 が―――。


それは決して形に見えるものでも、言葉で表すことができるようなものでもない―――だが…二人の間には確実に存在した。


そう・・クラウドの魂には…どんな時でもアルマの魂が寄り添っていた…。



でも今は・・・―――まるで魂に暗い空洞が生まれたように、ぽかりと空虚感だけが残る……。

…それが『何を意味する』のかを考えると・・恐ろしさに我を失いそうだった・・。


胸に下がった首飾り―――それにもう一度触れる勇気さえなかった…。



(―――俺は・・・馬鹿だッ)




クラウドは強く――己を恨む。





**




不意にマスタードラゴンが更に高度を上げ始めた。
風の抵抗が強くなり、天地が逆転するような気がした。
空が一気に近くなる―――それは眼の前に聳え立つ、チゾット山脈を超えようとした為だった…。

そう、ここを超えれば、ようやくグランバニア領土に入る・・・・。




絶壁の崖に沿うようにマスタードラゴンは凄まじい速度で高度を上げる・。
暗い空が ぐいぐいと近づいてくる…。
風が―――唸る


そして―――



遂にマスタードラゴンの巨大な肢体が 暗黒の空へと躍り出た。









――…目の前に広がったグランバニアの国土―――。








その光景に…




――クラウドは 顔を歪めた…。









「・・・どういうことだ・・・これは」


―強張った声はコリンズのもの・・。



そう――本来ならば 深い緑色の森が広がり その遥か彼方には―――巨大なグランバニア城が見えるはずだった…。




だが――彼達の視界の先には―――『城』は無い…。


その代りにその場に出現していたのは・・・――――巨大な黒い半球体だった…。

黒というよりは何処か澱んだ紫色をしたそれは―――まるで闇の塊のようにグランバニア領土を覆い尽くしていた。



・・・それは・・・―――『魔方陣』だった。
グランバニアを囲むように張られた、炎による『魔封じの陣』。

その結界は 外からの侵入者を頑なに拒み、グランバニアを包囲していた…。



「・・・まったく・・・事態は最悪らしいな」



その光景を見渡したコリンズがそう苦笑した。



「・・アルマどころか…グランバニアすら見えやしない…」


そう呟かれた言葉はいつもと変わらぬ音だが、コリンズの顔に笑みは無かった。
その理由は聞かなくとも分かった…。



クラウドも―――湧き上がる感情に拳を震わせた。




まるで闇に飲まれたかのように―――その姿を消したグランバニア国…。
その原因である、四方に張られた強力な魔法封じの陣。


クラウドはその『魔方陣』を見渡して 湧き上がる壮絶な感情に耐えねばならなった・・。



眼の前に立ち塞がる結界は・・・『主』の性格を…よく表していた。


黒紫色の暗い炎は まるで嘲笑うかのように燃え盛り、
まるでグランバニアを―――『己の所有物』だとでも言いたげに、『外』からの侵入者を拒んでいる・・・。



――同時に 

やはり…と――クラウドは唇を噛みしめる。


グランバニアを支配するその『主』は




―――ゲマ…いや、少なくともイブールクラス。




これほどの支配を敷ける者が、『下級モンスター』のはずがない・・・。


だが―――とクラウドの顔は更に陰る。



例え敵がそのレベルの魔物だったとしても・・・――シーザーやマーリン アンクル・・そう、城に残してきた魔物達は簡単に倒れるはずがなかった。
彼らの『力』を見余ったわけではない―――なぜなら彼らは、時の魔王 ミルドラースとの『魔界の聖戦』を経験した者達なのだ…。



―――だが・・・


彼らの戦いによる『結果』は・・・・・・・・クラウドの前に広がっている…。






クラウドは思わず、顔を覆う…。
その口が ぎり・・と激しく歪む…。





目の前に突き付けられた・・・陥落したグランバニア・。


なのより―――メッキーのあの姿…そしてあの言葉…。









『クラウド―――カエル ハヤク・・・・アルマ・・・タスケテ』








―――重大な会議…。
そう・・グランバニアの未来を左右する 重要な会議だった――

個人の感情を優先させる場面では無い。

だからこそ・・・多少のリスクには目を瞑り、国を空けることを選んだ。


そしてそこには―――…ピエールも同伴させた・・・。


ピエールを伴うことは確かに悩んだ―――


ピエールはクラウドに次ぐ戦闘能力を持ち、その思考、姿勢においても、グランバニアを守る要と言ってもよかった。

だからこそ、クラウドと同時に、ピエールまでもが国を空けることは 何としても避けたい事態であったことは確かだ。

だがグランバニアを知ってもらう為には、他国にどうしても『魔物』との共存を理解してもらう必要があった。
その『共存』を伝える存在として ピエールほど的確な人材はいなかったのだ。




だが・・・クラウド達とて、何の考えもなしに無防備に国を空けたわけではなかった。


重大な会議だからこそ、情報が漏れる…。
国の代表が国を開けるという情報は、すぐにでも広がると予想していた…。

もとからグランバニアは 王妃誘拐など――波乱に満ちた国でもある…。
故に――国の代表が揃って国を空け、クラウドとピエールが不在となるこの状態に、なんの備えもしないわけがない。

―――『外部の襲撃』は――むしろ十分に見越していた。


ラインハットに向うに当たり、いつも以上に兵士を収集し、訓練を積ませた。
同時に――シーザーを筆頭に、魔物達も新たに訓練を重ね 神経を尖らせていた。


だが・・決定的にクラウドに安堵を与えていたのは――…自身が張り巡らせた『天空結界』の存在だった…。



マスタードラゴンの守護を受け…天空の防具を祀り 張り巡らせた・・・世界最強と噂される聖結界…。
それはクラウドの生ある限り続くもので、四方から張られた聖なる壁は外からの魔法は勿論・・・ 『魔物』の襲撃からもグランバニアを守護した・・・。

そう――どんな『魔物』でも拒む結界は―――確かに存在していた


だが、この結界には唯一にして絶対の『弱点』があることを――クラウド以外は知らなかった。

最強結界にある―――唯一の欠点

それは・・・『人間』には無効化することだった・・。


これは 最大の禁忌だった・・・


アルマさえも知らない・・クラウドとマスタードラゴンの間にのみ存在する秘密にも似た事実だった・・。




勇者が・・そして『神』が 人間に危害を加えることは許されない…。



――故に この結界は 『悪しき心』を持つ人間にも 何の効果も発揮しなかった。


―だが 『結果』――― 結界はグランバニアを護っていた。

それは、独り歩きした『噂』の為だった。
誰が言い始めたのかは知らない―――が・・・

いつからか、グランバニアについて・・・こんな噂が聞こえるようになった―――。


天空の勇者の張った結界は―――『悪しき者』を討つ。
悪しき心を持った者が触れると神龍の怒りが身体を貫き、その心臓を凍らせる―――
勇者の愛する土地を汚す者は―――天地の怒りの中で、身を滅ぼすだろう・・・





―――クラウドは瞳を閉じる。

自分の甘さに――吐き気がした。


そう――己の結界の力を――己の思考を・・・過信しすぎていた…。



―――『人間』の襲撃を 考えなかったわけじゃない…。

だが――『ただの人間』が――これ程の力を有する可能性があることを―――クラウドは失念していた。

盗賊団やゴロツキ―――薄っぺらな甘い夢を見てグランバニアに侵入する者など・・・仲間の魔物達、そしてグランバニアを守る兵達で 十分戦うことができると思い込んでいた―――。


それが―――グランバニアに『敵』の侵入を許した…。


『敵』は全てを知っていたのだ・・。
クラウドの不在…そしてピエールの不在…。

なにより・・・・クラウドの結界が『人間』には無効化するということを・・・。




だが――


何故―――『奴ら』は知っていた・・?


それに・・・。

とクラウドは唇を噛む。




相手は―――――――――――『人間』なのだ・・・。




そう・・・今グランバニアを支配し…この結界を張り巡らせた巨大な力を持つ者は・・・『人間』なのだ…。



マスタードラゴンがなぜ 手を出さなかったのか――今ではわかる。


『人間』故に、あのドラゴンはその身を引いたのだ。



人間を傷つけることは・・・天の掟に背くから―――




だが・・・奴らは『ただの人間』ではない―――それは火を見るより明らかだった…。
もしただの『人間』ならば・・・これ程の結界を張ることも――ましてや城に残してきた魔物達が倒れるわけがない…。


そしてそれほどの力をもった『奴ら』は全てを知り、グランバニアを襲撃した…。
その『目的』はまだ分からない・・・が―――その『目的』こそがクラウドの背筋をひやりとさせる。



グランバニアは辺境にある小国だ・・・。
四方八方を山と森に囲まれている不便な国…。
グランバニアに来る為にはあのチゾット山脈を越えねばならず…その道も魔物の巣窟。


故に、たかが『金』や『宝』を求めて襲うには、あまりにもリスクが高い…。
そんな物を狙うのだったら、ラインハットのような大都市を狙った方がよほど効率がよいのだ・・。



それに、グランバニアは唯の国ではない…。
天空の加護を受けた『天空の勇者』の統治する国だ・・・。
そして世界で唯一―――『魔物と共存』する国としても今は名が知られている・・・。



――――だからこそ…『怖い』のだ…。




『敵』は 全てを知った上でグランバニアを選んだ…。

そんな奴らが 『金』や『宝』などを求めるはずがなく―――ましてや何の準備も計画も ましてや実力もなく来るとは思えない・・・。

なにより クラウドが不在のこの時期を狙う――――――その『目的』とは何なのか――



「どうするクラウド・・・魔方陣を解くか?」



沈黙するクラウドに、そうコリンズが問うてきた…。


その問いにクラウド眼を細める。


「・・・・――悪戯に犠牲を出したくない・・」


そう静かに答えたクラウドにコリンズは苦笑する・・。


「同感だ・・・。情けない話だが・・・見た所これはラインハットの兵士が束になっても叶わないだろうな・・・・・。
それにこの状態は敵側にお前とピエールの不在が漏れていると見ていいだろう・・・。
・・・―――ラインハットには各国代表がいる。これがグランバニアだけを狙ったことなのかどうなのかを見極めるまでは、ピエールにはラインハットの警護してほしい・・・。
ということで、お前と俺で対処するのがベストだろうな・・・」

コリンズはそう笑い、腰に差した剣を握り締める…。


「俺の感もあながち侮れないぞ・・・。なにせ『あちら』から 凄まじいく嫌な気がする―――今までにないくらい最悪にな・・・」

コリンズはそう遠方に視線を向ける。


「俺も今まで、いろんな奴らとやりあってきたが…これほどの『魂』が喚くのは初めてだ・・・」


にやり――と悪戯っぽく笑うコリンズと共に、クラウドも視線を向ける。



こんな遠くに離れていても感じる…禍々しい気配。


グランバニアの頭上は暗雲がたれ込めて、気持の悪い風が吹き荒れている・・。

クラウドは天に愛されし勇者の末裔・・・。
故に天空はいつでもその姿を通して、クラウドに真実を伝えてくれる・・。


それは否応でも―――不吉な前兆にしか思えなかった




「・・コリンズ」



唐突にクラウドはコリンズに手を翳した・・。
きょとんとしたコリンズには構わず、クラウドは小さく呪文を唱えた。

クラウドが呪文を唱えると同時に 白くなめらかな空気がコリンズを覆う・・。
それをしげしげと見て、


「防御系呪文フバーハか・・相変わらずいい呪文覚えてるな お前は」

コリンズはそうニヤッと笑った・・。


「一応お前はこの大陸最大国の王子だからな・・・なにかあると面倒だ・・・」
「安心しろよ お前に迷惑かけるようなヘマはしないさ」


クラウドは視線をマスタードラゴンに向ける。

「・・マスタードラゴン」


(・・・ああ・・)


クラウドの声に、マスタードラゴンが頷く


「・・・・・・今からこの結界を突破する・・・!」


クラウドが 白銀の切っ先を抜く・・。
天から与えられた 勇者にのみその存在を委ねるという 天空の剣―――

そこから眩い光が放たれる。





同時に

マスタードラゴンの体が金色に光り、凄まじい勢いで結界に突入した。







**


突入した世界は、一面に紫色の霧にの中に迷い込んだようだった。
視界はゼロ・・・。
そして肌を刺すような殺気が二人を襲う。

そんな世界で、眩い光を放つのは白銀の剣・・・。
まるでその世界を切り裂くように、剣は眩く輝いて道を開く・・・。


――――壮絶な邪気に顔を顰め、それでも尚突き進みながら・・クラウドは顔を歪める。


(・・――――・本当に 『人間』なのか・・?)




クラウドの問いに答えるように―――鋭いプレッシャーが襲いかかる。

これ程のプレッシャーを感じたのは、あの『魔界』に突入した以来だった・・・。




(―――これ程に強力な結界を・・・・ただの『人間』に張れるのか・・・?)


様々な思考がクラウドの脳裏を駆け巡る…。それと同時に嫌な汗が浮かんだ…。



(――ありえない・・・。普通の『人間』にこんな力を制御できるわけがない・・・。)


微かに視線を下げると マスタードラゴンの顔が眼に入る…。
その表情を見て・・・クラウドは湧き上がる感情に顔を歪めた。




ラインハットから・・『沈黙』を続けるマスタードラゴン・・。
その竜眼にはただ・・・憂いがあるのみ・・・。




―――その姿が…クラウドをこの上なく苛立たせる。




いつもそうだ…。
何度となく、こんな気持ちを経験してきた。



そう・・・全てを見ていたはずなのだ・・・このドラゴンは…。


―――何故グランバニアが襲われたのか・・・

そしてそれは『誰に』よるものなのか・・・。


そして・・・アルマは今どんな状況に居るのか…。



―――その 生死についてさえも・・・ッ


遥か彼方の上空から…――『全て』を見ていたはずなのだッ



だが―――このドラゴンから与えられるのは『沈黙』のみ――
・・・『全て』を知っている者が目の前に居るのに、その『答え』を得られない。




(・・・いつもそうだッ・・・アンタは!)




クラウドは内心でそう毒づく…。


『傍観者』…なのだ・・このドラゴンは。

言葉通り―――全てを見守り・・・眺めているしかできない。

巨大な力を持ちながらも―――『世界』を統べる故に・・・

『天空』に君臨するが故に―――


このドラゴンはいくつもの『戒め』に縛られている。


故にクラウドがいくら問いただしても このドラゴンは決して口を開かない…。
その竜眼に憂いを浮かべて・・・ただ―――沈黙するだけなのだ…。




『神』・・・――という存在の不自由さが今のクラウドを激しくを苛立たせる…。






―――遥か昔・・・天空の勇者『ユリウス』は、魔王よりも先に―――マスタードラゴンに天空の剣を突き付けたという――。

――ユリウスは デスピサロへ向けた同等の憎しみを―――マスタードラゴンに抱いていたのだ…。




なぜなら、彼の愛する家族―――そして村人…

なにより心から愛していた―――『シンシア』

彼らがユリウスの身代わりとなり――デスピサロに葬り去られる―――その出来事を

このドラゴンが全てを知りながら―――ただ・・沈黙していた――という『事実』を知ったからだった…。




マスタードラゴンは勇者を『守護』する者でありながら―――彼の愛する者が 残酷にも殺されていく光景で――少しの慈悲も施さなかった。



―――それが『神』なのだ・・。




天空の剣を強く握りこむ…。


―――天に祈って・・なんになる・・・ッ


そう クラウドは その拳を震わせる。






俺は―――神になど頼らない・・・ッ



そう強く思った・・・




**

***
**




―――紫色の世界が 突如割れた…。

割れた先に広がった光景に…


―――なんてことだ・・・




そう声を詰まらせたのはコリンズだった・・・。

そしてクラウドも前に広がった光景に…言葉を失った…。






そこは…今までに見たことの無い 異様な光景だった…・。





強風が吹き荒れ…四方八方魔界のような病んだ景色が広がっている。

あれほど緑豊かだった地面は壮絶な起伏を描いて割れ…木は無様なほどになぎ倒され・・・・地面は所々黒く焼け焦げていた・・・。


だがそれより眼を引いたのは・・・・―――碧い大地だった…。



――それは 『海』のように見えた。


白く青い―――波も消えた 静かな海。


全てが病み――変貌していた中で、その大地だけは 恐ろしい程に美しかった。
白く雪のようにも見え、清らかな青い水のようにも見えるそれは―――――氷だった。


恐ろしい程の厚みを持った美しい氷が――――地面を覆いつくしている・・・。


――動くモノなど―――何一つなかった…。


これだけの強風が吹き荒れていても、草一本揺らがず・・。
まるで時を止められたように沈黙するそれらは――穏やかな時間のまま永遠の眠りについているように見えた。




そしてその『海』の中心には・・一際――美しい城があった・・・。






―――クラウドの心が――揺れた…。






この光景を―――

これによく似た光景を 過去に一度見たことがあった。



それは―――海の中に沈んでいた『天空城』の姿だ―――。


痛い程の沈黙と 青に彩られた静かな世界。
全てのモノが深い眠りに落ちていて―――主の帰還を待ち望んでいる…。


その姿に―――この光景はあまりにも似ていた。




ひどく 静寂に包まれた 音の無い世界。
時の止まった 深い海の底に沈められた―――城。


そして今―――・・・氷の中に眠る城は『天空城』ではなく・・・・―――グランバニアだった・・・









**



辺りを見渡した コリンズが・・・思わずどこか感嘆めいた溜息を洩らすのを聞いた。


「・・・――まるで 氷の海だな―――。こんな状況なのに 目を奪われるよ」

――だが

とコリンズは続けた

「―――これは氷結系最強呪文――『マヒャド』だろ・・・?それもすごい魔力だな・・・こんなに離れているのに足が竦む・・」

呆然と呟いた後コリンズは、ちらりとクラウドに視線を走らせた。


「凄まじい魔力だが・・・禍々しさを少しも感じない・・・これは・・・」


コリンズの問いに、クラウドは答えなかった。
クラウドの空色の瞳はひたすらにグランバニアの城を凝視していた。


まるで――海のように広がった 深い氷の世界


全ての時を止め――美しいまま まるで眠るように沈黙する美しい氷の城・・・。




クラウドはすでに―――悟っていた・・・。


この世界を築いたのは――――アルマだ。

先程から肌に優しく囁いてくるこの『魔力』は・・・アルマのモノだ・・・。


この美しい魔法も―――想像を絶する魔力も―――全てが『アルマ』のモノだとわかる。



――――だが・・とクラウドの空色の瞳が、揺れた。



何故・・・その魔力の源であるはずのアルマの存在感を 少しも感じられない…?



茫然としたまま―――クラウドは己の中に芽生えた『奇妙な違和感』の正体を飲み込もうとした。



アルマの魔力は確実に存在している――。
この目の前に存在する全ての『魔力』は――間違いなくアルマのモノだ・・。


―――なのに・・・・・・・・・『アルマの存在』をどこにも感じない・・


それはまるで―――――――――――――魔力を残したまま 掻き消えたかのように・・・。



自分の思考に・・・ぞっと背筋が凍った…。




同時に そんな筈はないと クラウドは必死に冷静さを取り戻そうとする。


魔力は…必ずその術者の生命が関わってくる…。
どんな偉大な魔法使いも賢者も…その命が尽きると同時に魔力も消滅する・・。
故にクラウドが張った結界もそうだ…。
天空の鎧と盾を祀り、築いた結界はやはり・・クラウドの生がある限り存在し続けるもの・・・。


だから・・・魔力が残っているということは・・・間違いなくアルマが生きていることを意味しているのだ・・・。


そう――意味している 筈なのに―――ッ



―――クラウドの心は少しも落着きを取り戻す事が出来なかった…。



侵食する不安と焦りが 容赦なくクラウドを襲った…。


同時にどっと後悔の念がクラウドを覆う。



何故――どうして・・あの日あの場所で・・・アルマを置いて行ってしまったのだろう・・。
無理矢理にでもいい…その手を取り 傍に居させれば――こんなことには―――ッ




後悔しても遅い

今何を想い、どんなに自分を罵っても 意味がない

それはわかってる

分かっているのに―――


それでも 自分を呪わずにはいられなかった。






どうして その手を離した
どうして その体を離した
どうして 離れた・・ッ


どうして―――ッ







クラウドは無意識にペンダントを握っていた―――・・。
だが握った石は無慈悲なほどに冷えていた・・・・。




それが・・・クラウドに与えられた『答え』のような気がした・・・・・・。





**

***
**


―――時間が無い…

そう少年―――ラースは密かに顔を顰める。
ドラゴンへと変化した王女と――クローネの戦いは壮絶なものとなっていた、が―――少しづつだが ドラゴンが押され始めている。

クローネはその瞳を見開き、その顔に狂気と呼べるほどの快楽を浮かべ 朱唇を笑みで歪めている。
同時にその腕に纏う巨大な武器を振りかざす。

それは『ドラゴン』を傷つけることができるといわれる名刀―――またの名を『ドラゴンキラー』という。
そして―――彼女が扱うその武器は、『普通の職人』が作った者ではなかった。


人の心を捨て、『魔族』に落ち・・・・血を好み 憎しみと怒りの歌を口ずさみ、苦しみもだえる叫びを愛する狂気に駆り立てられた職人が 研いだもの…。
その刃に込められた邪念は凄まじく、こうして離れていてもラースの顔を顰めさせる程だった。



(―――あんなものを装備するなんて――あの女も相当キてるな・・・)

そう軽蔑を露わに唇を歪めるが、それもすぐに冷える。

変わりにその血のような瞳には―――微かな感情の揺れが生じた。

クローネから攻撃を受ける度、ドラゴンの激しい咆哮が響き渡り、同時にその力が増していく。
だがその度に、ドラゴンの身体は朽ちていく気がした――・


(―――くそっ・・・)


ラースはそう顔を顰め 地獄のサーベルを握りこむ。


―――『時間』が無い――だが・・まだ早いッ


イライラと爪を噛み、ラースはドラゴンに視線を走らせる。

ドラゴン――いやアルマ王女に対して クローネはあまりに小さな『的』なのだろう。
恐ろしい程の力を持ち、森羅万象を味方にしても、『的』があまりにも小さい為その力は思うほど成果を上げない。
尚且つ、まだ微かに残る『王女』の心が――グランバニアの土地を傷つける度に 微かな躊躇いを生み、そこをクローネに追撃される。


傷を受けて、痛みに轟くような咆哮を上げる度に――アルマ王女の魂は確実に闇に蝕まれていた。
その全てに抵抗しようと悶える度に、微かな隙が生じて傷を受ける――酷い悪循環だ―――とラースは唇を噛んだ。



――クローネは心臓を貫こうとしている。


王女を元の姿に戻す為には それしか方法が無いが故だ―――。

伝説によれば 一度覚醒したら最後―――その命を吸いつくし、死ぬまでは己の姿に戻ることは無いといわれている。
故に――― 一度 『ドラゴン』としての生を奪うのが 王女を取り戻す唯一の方法だった。

ドラゴンとしての生を奪い――人間としての生を吹き込む。
その陽炎のようにあまりにも儚い奇跡のような瞬間を―――クローネは実現させようとしてる。

それはラースにもわかったが――それが容易にいかない。


――変身したアルマ王女の戦闘能力は凄まじく、迎え撃つクローネとの差は歴然だ。クローネご自慢の魔法もこうなった今では役には立たなかった。

そんなクローネがなんとか王女の心臓を狙い、それを外す度に、ドラゴンの身体には激しい傷が走る。

クローネもそれは本意ではないのだろうが、自分自身の身を守る為の咄嗟の動きは どんなに注意を払っても王女を傷つけた。

時間が無いのは――あの女も一緒だった。
呪われた武器は――想像を絶する攻撃能力を有するが その副作用も恐ろしい…。
現にあのドラゴンキラーを装着してからのクローネは 徐々に理性と思考を奪われて、まるで魔物のような狂気めいた表情を見せるようになっていた。



(―――あの人は 何をやってる・・・ッいいかげんにしろよな)


ラースの顔は苛立ちに歪む。―――同時にその血のような紅の目が切なさと焦燥感に揺らぐ。

(―――くそ・・・ッあんなに傷をつけやがって・・・でもあの状態だとベホマも効かない・・・ッ)

傷を受け――更に雄叫びを上げるその姿が 更に朽ちる

(――このままじゃ 命を吸い取られて死んじまう・・・ッ)

焦りのようなものを浮かべ、ラースはそのドラゴンを見守る。



(―――早く・・ッ・・早く・・・)


ジリジリとその『瞬間』が来るのを待つ――
また一つ――ドラゴンに傷が走る。
いい加減 クローネの体力も限界が近づき、その動きが乱れ始めた。

(――早くしろよ・・ッこのままじゃ・・アルマ エルシ の命が闇に食われるッ――)
そう冷たい汗を額を流れた。

――同じ殺すでも・・・こちらが『心臓』を貫くのと闇に食われるのでは意味が違う―――。


ラース達が目指すものは『ドラゴン』としての生を奪うこと・・・。
だが『闇』はアルマ王女の『命』を蝕んでいる。



事実、クローネの動きも鈍ったが――王女の動きも鈍っていた。
同時に―――その咆哮からは 先程とは違う音が混じり始める。


(・・・チぃッ―――まずい・・王女の意識が浸食され始めている・・・ッ)
ラースは顔を顰め、王女に視線を向ける。





(・・・『人選』を誤ったか?…あの女・・・思ったほど『使えねぇ』・・・ッ)




ギリギリと歯を噛みしめ、ラースは立ち上がり 思考する。



(・・仕方ない・・少し早いけどやるか・・?――いや・・ダメだ・・・あの状態じゃ・・―――)


その瞬間――ラースはハッと空を仰いだ・・。


突如轟いた―――もう一つの咆哮…。
同時に光り輝く肢体が――視界に入った。



―――茫然とその姿を見て…瞬時にその顔が歪む。


「…ちぃッ・・・・・予想以上にお早いご到着だ・・・ッ」



ちらりと凍りついた城を見て、思う


やはり―――甘いことを言わずに殺しておいた方が良かった・・・




「俺達の知らない所で・・・『アイツ』を呼びに行った奴がいたらしいな;・・・」




そう独り言のように呟き、苦く笑う。




「…クラウド エルケル グランバニアの お出ましだ」







**




―――クラウドも・・そしてコリンズも・・・茫然と立ち尽くしていた。



二人とも――言葉をなくしていた。


目の前に突き付けられた『現実』に―――彼達はただ立ち尽くしていた。






グランバニアに近づいた瞬間―――二人が見たのは――上空に突如現れた―――巨大な火柱だった。

驚きに目を見開く間に、紅蓮の火柱は二度三度と天空へ放たれた、が・・・次の瞬間に激しい冷気が天に駆けのぼっていった・・・。
冷気は瞬時に数本の槍に姿を変えて、凄まじい威力のまま地面に向かって落下していった。

だがそれを飲み込むかの如く、高熱の炎が辺り一帯に眩い光を放った・・――。

その高熱が空気を捩れさせ、同時に鋭い真空の刃が姿を現した。
それが 空を舞う・・・その瞬間  二人は呆然と空を仰いだ。




その真空の刃と同時に・・・・『何か』が空に羽ばたいたのだ・・・。



それは―――…巨大な生き物・・・。






「・・嘘だろ・・・?」



その生き物を見て、コリンズがそう呆然と呟いた。
クラウドも―――言葉を失った。




二人の視界に入ったその『生き物』は・・・『魔物』ではなかった・・・。



遠目からでもわかる・・その姿形は・・・魔物ではありえなかった・・・。



なぜならその生き物は・・・『神龍マスタードラゴン』と瓜二つの姿をしていたからだった。





「・・・マスタードラゴン以外に…アレほどのドラゴンがこの世に存在したのか・・・?」




コリンズの震える呟きに クラウドは何も答えることができなかった…。

ただ その姿を瞳にうつしていることしか・・・今はできなかった。



魔物であるはずがない・・・。
そしてそんな生き物が・・・マスタードラゴン以外に存在するはずがなかった。

だが―――問題はそこではなかった。


クラウドの―――魂が


言葉に言えない―――そんな直感が


クラウドに―――真実を告げたからだ









あのドラゴンは――――――――――――――――――――アルマだ・・・










漠然とそうわかった――




理由は無い
証拠も無い
何一つ―――確証はない



だが――― わかった。





クラウドの傍らで―――コリンズも同じ顔をしていた―――。

そう二人の青年は―――一目でその姿を 見抜いた…。


―――と同時に…呆然とするしかできなかった。


その姿は―――あの少女からとは あまりに離れていて

同時に―――この現実は あまりにも惨かった。



―――過去・・『人』が『竜』に変化することなど――神話の中でしか語り継がれてこなかった。

そして『ドラゴン』とは―――この世界で『神』を意味していた。




「・・・・・・はは」


そう―――最初に口を開いたのは――コリンズだった。


「―――まったく・・本当に手が掛る」


そう 苦笑するような声は 暗い空で明るく響く。



「―――俺もお前も いつもアルマには振り回されてばかりだな――。」


快活で明るい声は―――優しく強い。

「――― 捕まえようとしてもするりと逃げられて、一筋縄ではいかない――だが・・そうじゃないとな!」

そう肩を叩き、コリンズはにやりと笑う。

「なんたって天空の勇者と――世界大国ラインハット王子が愛する女の子だからな」










「――――――ああ」




そう 静かに答えた声も、強く響いた。


―――同時に強い空色の目が 白銀のドラゴンを見つめる。




「・・・―――アルマを取り戻すぞ クラウド」






コリンズの力強い声に クラウドは頷く

「アルマがどうしてこうなったのか―――なにもかも理由は謎だ・・・だがそんなこと・・・アルマを助けてから聞けばいい」

コリンズがそう 悪戯っぽく笑う・・。



「全てが終わって―――穏やかな午後に紅茶でも飲みながら聞けば――十分だ」



「・・・同感だ」




コリンズの言葉に―――そうクラウドの口元が微かに笑む。






「・・・・せっかくだから―――言っておく」



コリンズはそう―――不意に笑顔を消した。





「―――――――お前は『天空の勇者』だ・・」



その言葉にクラウドの身体が――微かに強張る。



「―――今…グランバニアは最悪な状態に居る・・・。そしてアルマもだ・・・。―――だがらこそ、お前は自分を見失うな。
今は何を考えても仕方がない――だからこそ冷静でいろ・・・
アルマを救うためにも俺達が一番してはいけないことは、己を見失うことだ・・・」



そうはっきりというコリンズの顔からは 強い意志が見てとれた。




「・・・剣を抜け クラウド」




コリンズはそう 奇跡の剣を掲げた・・。




「ラインハット第一皇子の名に懸けて・・・決してアルマを失わせはしない・・・・この力 全てを掛けて必ずアルマを救いだすと誓う」




掲げられた剣を見つめ、クラウドは静かに瞳を閉じ 息を吐いた・・・。


そして再び開いた眼には・・・先ほどとは違う強い色が浮かんでいた・・・。




彼もまた白銀の切先を抜き―――その切先に重ねる。





「グランバニア 第一皇子の名に懸けて……その誓いを受ける―― 我らに…」





曇天の空の下…二つの切っ先が天を指す







「――――――――ユリウスのご加護を・・・」





**



NEXT・・・・






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送