――外には激しい雨が降っていた。

そんな雨の音に混じって聞こえるのは、フェニックスの大いびきと、むにゃむにゃと呟かれる寝言だけ…。

――そんな中、ティキは無言のまま扉を睨みつけていた。

先ほどから睨みつけている扉…。

それは『彼女』が悲しげな顔をして 逃げ去るようにくぐっていった扉だった…。



「・・・アムル・・・俺は・・・」


そう呟かれた苦しげな声は、雨音に搔き消された・・・。




■ 星願 ■




「たくっ・・酷いめにあったぜ!」

髪から滴る水滴を拭いながらティキは悪態を吐いた。
ここはとある宿屋…。
石版を探す旅の途中に突然の嵐に遭遇し、慌てて駆け込んだところだった。

宿が近くにあったのは不幸中の幸いだった。
嵐はますます酷くなり、今やとても歩ける状態ではなくなっていたからだ。

「お客さん達 今日は泊まっていかれたほうがよろしいですよ。
――この嵐は明日までは到底止みません。ここで一晩ゆっくり休んだ方が懸命ですよ」

宿屋の親父の言葉にティキは頷く。
確かにどんなに急ぎの旅だろうが、こんな雨の中に外にいるのは気が進まない。

「――そうしようぜフェニックス。こんな雨じゃ身動きとれやしない」

「ああ。そうだね~・・。さすがにこの雨じゃ無理だな~」

フェニックスもそう頷いたので

「…よし!決まりだな。じゃあ…」
とティキが店の親父に手続きしようしとした途端――


「ほいじゃ早速!!」

と、フェニックスの妙に元気な声がこの場を制した。

何事かと振り返ると、そこには堂々と拳を突き出したフェニックスがいた。

その拳の意味を取りかねて、ティキがポカンと口を開けると…

「おっしゃーッ!」

とアスカまで心得たように拳を出す。――しかも

「さぁ!こいッ!アスカ!!今回は絶対に負けないからね!」

フェニックスがそう自信満々にアスカを見れば

「はーんだ!オイラだって負けないもんね!!」

とアスカまで自信満々に答える。


一人事情が飲み込めないティキが呆然と立ち尽くしていると、二人の視線が同時にこちらを向いた。

「おいティキ!早く準備しろよ!それともティキはいいの?」
「はぁ!?何の事だよ?」

ティキは事情が呑み込めずイライラと問う…。すると、フェニックスとアスカが同時に答えた。


「なにっ・・てアムルと同じ部屋に泊まる人を決めるんじゃないか!」


その言葉にティキは一瞬にして固まった。


だが、目の前の二人は、まるで当たり前だと言わんばかりに顔をしかめた。

「だってボクもアスカも アムルと一緒の部屋がいいもんね~!
だからいつもジャンケンして決めてるんだよ?ティキ知らなかったの?」



知らなかった・・・

そんなルールが存在していたことなど、露ほども…。

ティキは驚愕の真実に唖然としたが…そういえば――と思い出す。


――たしかにティキが仲間となり、3人と行動を共にするまでには多少の時間差があった。

しかも仲間になってからは野宿が主だったし、そうでなければ、一部屋を4人で使うという有様。
なにより…最初はそんなことを聞けるほど、心を許した気安い関係ではなかったのも事実・・・。

だが…落ち着いて思い出してみると、宿を取った数回のうち、アムルがどこの部屋で休んでいたかなんて知らない・・・。
と、いうか…アムルは別室であると勝手に思い込んでいたのだ…。

どこかで納得すると同時に、ティキは湧き上がった感情に拳が震るわせた。

「ふッ・・・ふざけんなよお前らッ!!ア・・・アムルは女の子なんだぞ!!一緒の部屋に寝れるわけねーだろーが!」

だが予想に反し、フェニックスもアスカもきょとんとしている。

「なんで?女の子だと一緒の部屋じゃ駄目なの?」
「・・・・・は?」

フェニックスの返答に、ティキは言葉を失う。

「アムルと一緒に寝たいんだもん。いいじゃん!」

「・・・いいじゃん・・って・・。・だ・・・駄目に決まってんだろーがッ!!この馬鹿野郎ッ!!」

「ダメってなんでなんだよ!!理由を教えてよ!ティキ!」
「り・・・理由って・・・」

ティキの顔がみるみる真っ赤になる――。
そんなティキの顔を見て、フェニックスとアスカが笑い転げた。
「ははー!ティキってば変なの!!」
「こんなティキ見るの、初めてだぜ!!」
「…~ッ!」
その顔を殴り飛ばしたい衝動を抑え、ティキは腕を組み、二人を睨みつけた。

「・・あのなぁ!・・・・俺達は『男』!アムルは『女』!だから駄目なんだよッ!当たり前だろッ!!」

だがティキの言葉に、アスカが盛大に顔をしかめた。

「はぁ?なんだよそれぇ!アムルはオイラ達の『仲間』じゃねぇか!
それを『仲間はずれ』にするなんて、ティキは性格わりぃぜッ!なぁフェニックス」

同意を求められたフェニックスも、腕組みをしてうんうんと頷く。

「そうだぞティキ!アムルはボク達の大切な『仲間』だ!
『仲間はずれ』はいけないな~!ティキがそんな心の狭い男だとは想わなかったよ~!」

二人して、腕組みし、まるで悪党を見るかのがごとくティキを睨みつける。
その視線が憎らしいことこの上ない・・・がそれ以上の衝撃に、ティキは言葉が出ない。

こいつらが甘ちゃんのガキだと言うことは、会った時から知っていた。

だが・・・この幼さはどうなのか?

アスカはまだいいとして、フェニックスは自分と同い年のはず。
そういうことを教えられていないのか!?・・・というか、教えられなくても自然と気づくべきではないのか?

・・と、思わず怒鳴りそうになるのを意思を総動員して堪え、一呼吸おいてからティキは二人を睨みつける。

「あのなぁ!『仲間』とかそういう問題じゃないッ!これは・・・ッ」

だがそんなティキの言葉を遮って、アスカが喚いた。

「へんだ!ティキがなんと言おうがかんけーないね。
アムルは良いにおいするし 暖かいし
一緒に寝ると気持ち良いだぜ!――ティキしらねーんだろ!?」

「・・ッ!?」

プツン

その言葉に ティキの中で 何かが切れた。

がツン!

「ぎゃぁ!いてぇ!」

考えるよりも先に、ティキの拳はアスカの頭を殴りつけていた。

「なにすんだティキ!!暴力男!!」
「うるさい!チビ!このエロガキがぁ!」
「お・・おいおい!やめろよティキ!アスカ!」
ティキがいきり立ち、アスカが泣き喚き、そんな二人をなだめ様としたフェニックスにも激しい拳がプレゼントされ、
「なにすんだぁ!」
と、一気に取っ組み合いのケンカが始まった・・・・その時だ、

「何の騒ぎ?」

ふんわりとした声が響き、ぴたっとその騒ぎが止まる。
視線を向ければ、そこにタオルを片手にしたアムルがきょとんとした顔をして立っていた。

「アムルぅ!」

フェニックスとアスカがアムルを見てぱっと顔を輝かせ、いっせいにアムルに駆け寄った。

「聞いてくれよ!ティキが~!」
「ティキ?」

二人の訴えを制して、ティキは声を上げる。

「そいつらの言うことを聞かなくていい!!アムルからもちゃんと言うべきだ!」
「・・・え?なにを?」
「こいつら、今日アムルと一緒に寝るんだっていって聞かねーんだよッ!」

鼻息も荒く怒鳴るティキの顔を、アムルはきょとんと見た…



「・・・それがいけないの・・・?」


「いっ・・・いけないって・・当たり前だろ!アムルは女の子なんだぜ!」

語気を荒げるティキの言葉に、アムルはきょとんとし、それからふんわり微笑んだ。

「私なら大丈夫よティキ。だっていつもそうして決めてるの。
それに今は四人いるんだもの。お部屋は二つ。二人で使えばいいじゃない?」

お金も節約できるし と微笑むアムルを見て、ティキは絶句した。


目の前でふんわり笑うアムル。
アムルの背後に隠れて『そうだそうだ!』と力強く頷く二人。

「だって私達『仲間』じゃない?」

そう微笑むアムルが可愛い・・・じゃなくて・・、と、ティキは青筋が浮いた拳を握り締める。


・・・この

この・・・ッ


ほえほえ

天然


三人組みがぁ!!!



「というわけで、アスカ勝負だ!」
「負けねーぞ!フェニックス」

「ちょっと待て・・・」

「なんだよ。ティキ!ティキはやらないんだろ!」





「誰がやらないなんていったんだァッ!」


***



「わぁ 素敵な部屋ですね」

アムルは嬉しそうに笑いながら部屋を眺める。

こざっぱりとした部屋だった。
広めの部屋に大きなダブルベットが一つ置かれている。
少し古めのソファが一つに小さな机には、今では珍しい生花が飾られてた。

「すみませんね~。今日はこの部屋しか空いてなくて」
「いいえ。ベッドで寝るのは久しぶりなんです。だから嬉しいです」

そうアムルが微笑むのを見て、ティキは軽い眩暈を感じて思わず額を抑える。

「・・・じゃぁ・・ごゆっくり」

意味ありげな表情を浮かべて店の者が出て行くのに気づき、ティキはため息を止められない。

(この部屋は・・・店主の差し金か・・・!)

目の前に置かれたダブルベット。
二人用の寝巻きと微かに暗い照明。

なにより店主の『あの顔』を見れば、彼が何を想像しているのか容易に想像できた。




―――熾烈な戦いの末・・・ティキはこの権利を勝ち取ることが出来ていた。



喚くフェニックスと、ダダをこねるアスカを睨んで黙らせて、
部屋に来たのはいいものの、まさかこんな展開が待っていようとは・・・。

ティキはソファに腰を下ろし、額を押さえる。

アムルの嬉しそうな顔がとても可愛い・・・じゃない!と頭を振り、ティキはやり場のない溜息を吐く。

いつもいつも 思うことだが――

アムルのこの無防備さ・・・天然さは確かに可愛らしい。――だが、これこそが曲者だ!とティキは思う。


アムルはもっと自分のことを知るべきだ。


なのに、あまりにも無自覚だから、
簡単にとち狂ったボアボアに一目惚れされたり、悪魔に写真を盗み撮りされたり、攫われたり
あげくに魔皇サラジンに好かれたりするのだ。

それにあの調子では何度かフェニックスと一夜を共にしたこともあるだろう。

アスカはまだいい。子供だから・・・。
だがフェニックスはティキと同い年…。
しかも本人は自覚してないが、アムルに恋心を抱いているのは明白だ・・・。

なのにあんな状態でほえほえ笑っていられるのは、あの二人が途方もなく、幼稚で無自覚であったというだけだ。


好きな子と二人きりになれば、男が考えることは一つ…。



だからここで自覚しているティキがアムルの傍に居ることの方が、逆に危ないのかもしれない・・・。
だが他の男・・・。たとえそれが無自覚のフェニックスやアスカであっても
一晩共に過ごすことを、どうして許すことが出来ようか・・・。

ティキははぁと息をつく。――そして、ぎょっとして息を呑んだ。

アムルがいつの間にか目の前に立って、ティキを覗きこんでいたのだ。

「な・・なんだよ」
「あのね、ティキ 私、先にシャワーを借りてもいいかしら?」
「え・・?」
「それともティキ、先に入る?」

微かに首をかしげて問う姿が、可愛い・・・。では無く、ティキは今更ながらに気がつく。
アムルもびしょ濡れで、濡れた衣服が体にまとわりついていることを・・。

「あ・・・アムル先に入れよ。俺は後でいい・・・」

視線を逸らし、ぶっきらぼうにそう言えば、

「ありがとう」
とアムルがふんわり微笑んだ気配を感じた。

アムルが鼻歌を歌いながらシャワー室に向かうのを見て、ティキはまたため息をついた。

***



・・・どうかしている。冷静になれ・・・

ティキは天井を見つめ、唇を噛む。
さきほどからシャワー室が気になって仕方ない自分を罵って、無理にでも思考を変えようと試みる。――だがどれも徒労に終わっていた。
何か別の事を考えようとするのだか、この部屋にいるせいなのか
すぐに『アムル』の事を思い出してしまう。


年上なのに天然で

年上なのに頼りなくて 危なっかしくて

でも、その暖かさと存在は、皆の心の大きな支えになっていて・・・

…その全てが どうしようもなく愛おしい…

そんな彼女と、一日中 同じ部屋で…
しかも二人きりでいられることが 嬉しくないと言えば嘘になる・・・。


でも 同時に怖い・・・。




―――その時だ。
かちゃっと音がして、シャワー室のドアが開く。
それと同時に暖かな湯気が漏れ出した。

「ありがとう、ティキ。気持ちよかったわ。どうぞ」

アムルは大きなバスタオルを一枚巻いた姿でふんわりと笑った。
金色の髪が水分を吸ってしっとりと艶めいて、湯気に触れた肌が微かに赤みを帯びている。
その姿に呆然と魅入って、ふと我に返ったティキは慌てて目を逸らす。

「はっ・・早く服を着ろよ!」
真っ赤になってそう喚くと、アムルはうなずく。

「うん。着替えがあって本当に良かったわ。ティキも早く入ってきてね。風邪を引いてしまうわ」

ふんわりと笑うアムル。
瞳を上げることが出来ないまま ティキはシャワー室に飛び込んだ。

***

どうかしている・・・本当に


暖かいお湯が冷え切った体を温めていく。
湯気と水音に包まれながら、ティキは目を閉じる。

俺らしくない・・・。

過去、これほどまでに自分を見失うことは無かった・・・。
王子として、国を支えるものとして あってはならなかった。

天使と悪魔の戦いに けして心を揺るがせてはいけないと アクアンヌーンの掟は云う。
そんなことはありえないと、鼻で笑っていたのは他ならぬ自分だったはずだ・・・
だが、今の自分の有様はどうだ・・・。

初めてアムルを抱きとめた時から、心がなにかに燻られている様に甘く疼く。
自分の視線が、無意識にアムルを追うようになったのはいつからだろうか・・・・?
アムルのあの香りに心が疼くようになったのは・・・
その手が触れたところが熱く火照るようになったのは・・・。

アムルのあの笑顔を見ると 心が熱くなり

でも不安そうな顔を見ても 心が震える・・・

泣き顔を見たとき・・・酷く辛い反面

狂おしい想いを抱くようになったのは・・・いつからだっただろう――



全ての五感がアムルを求めるようになったのは・・・――それを自覚したのは・・・いつからだろうか・・・。



・・・初めて抱きかかえた時、あまりに軽いことに驚いた。
体のあちこちが、驚くくらい柔らかく、ふんわりと暖かくて…
その肌に、いつまでも…もっと・・・触れていたいと思ってしまう自分がいる。

その感情は、喉が渇く状態に 似ていた。
そして渇きは次第に耐えるのが辛く、苦しさを増していくばかりだった。


でも――アムルに触れると、その渇きが潤う気がする…。

――触れていれば触れているほど…。


潤う方法を知っているから その渇きを『癒そう』とする 果てしない『欲望』は、
時が経てば経つほど それを押しとどめる『理性』を削り、荒れ狂う波のように襲いかかり 
――ティキを悩ませ続けていた…。




ふと顔を上げると、自分の顔が鏡に映る。
それを見て、ティキは苦笑した。


「・・・・本当に・・・俺の顔かよ」


こんなに情けない


視線を逸らし、ティキはふと 何かを見つけたようにその手を見た。

アムルはよく、この手を握る。

それはティキだけではなく、フェニックスもアスカの手も…。
反対に、ティキ達もアムルに触れる機会が多い…。――そしてアムルは それを拒まない。

拒むどころか、少しの動揺も見せない…。

確かに・・心を許されているから 当たり前なのかもしれない・・。

だけど・・・。

ティキはまじまじと自分の手を見た。

アムルがこの手を握る理由。
そして触れても微笑んでいる理由…。――何故・・・それを今まで考えなかったのか・・・。




不意にティキの目に 暗い淀みが生まれた。



「・・・・そういう・・・ことかよッ」


――そう

気づくべきだったのだ・・・



アムルの その 『信頼』の意味に・・・


***


水滴を軽く拭い、部屋に用意された服を身につけ風呂場を出る。
そして視線を上げて、ティキは立ち止まる。

そこには寝巻きを身につけたアムルが居た。

アムルはティキに気づくと微笑んで、タオルをもって近づいてきた。

「ティキ駄目よ。ちゃんと拭かないと風邪を引いてしまうわ」

ふんわり笑って、アムルが優しくティキの髪をタオルで拭う。

ポフポフと叩くように水滴を拭うアムルを見て、ティキの心に言いようの無い苛立ちが押し寄せた。

喉が渇く…

とても とても・・・

その 渇きを癒す方法を知っている・・・

でも


「・・・んで」
「・・・ん?」

アムルが顔をかしげる。

「・・・なんで・・・アムルはそうなんだよ」
「・・え?」

パープル色の瞳が不思議そうに開かれる。

「なんで・・・そんなに俺に心を許してるんだ!」
「ティキ・・・?」

低い声に、アムルがその手を止めて、ティキをまじまじと見た。

「アムルは・・俺と一晩一緒にいることに、何の疑問も感じないのかよ・・・」
「・・・え?」
「そんな格好で俺と二人きりになっても、 全然平気なのかよ!」

「・・・・ティキ・・・?どうしてそんなこというの?ティキは大事な仲間だもの。平気で当たり前だわ」
「・・・仲間・・・仲間・・・って いい加減にしやがれ!」

思わず荒げた声に、アムルの顔が微かにこわばった。
大きなパープル色の瞳が、驚いたようにティキを映し、不安に揺れた。
その視線に耐えられず、ティキは視線を逸らす。



「俺が・・・何もしないと思ってるのかよ!」



苦しそうに吐き出されるその声に、アムルは呆然とティキを見つめる。



「・・・俺は・・・あいつらとは違うッ」



ティキがそう呟いた途端、激しい雨が窓を叩いた。









**



「・・・ごめんなさい」






雨音に混じりアムルの消えそうな声が耳に届いて、ティキの胸が疼く。

「・・・私、またティキを怒らせる事 しちゃったのね・・・」

アムルの震える声がする。
その言葉にティキは何も答えることはできない・・・。――したくとも、できなかった・・・。


「・・・私、フェニックス達の部屋に行くわ」

「・・・ッ」


その言葉に咄嗟に顔を上げ、口を開くが――言葉が出てこなかった。


ティキの視線の先に、アムルの瞳は無かった。
アムルはひどく悲しげな顔をして、視線を床に落としていた。

「・・・じゃあ」

アムルはそう言い残し、この場を駆け出す。

思わず手を伸ばしたが、手は空しく空を掴んだだけだった。



そして

―――バタンッというドアの音が重く響いた。




***


ティキはしばらく呆然と佇み、そして顔を覆いそのまま座り込む。

それと同時に、苛立ちを含ませた溜息が 口から漏れた。


どうして こんなにもうまくいかないのか・・・。

いつもこうして、アムルとの距離が開いてく・・・。


言葉にできない苛立ちが胸を締め付けて、それが酷く苦しくて
八つ当たりだとわかっても、全てを破壊し、喚き散らしたい衝撃に襲われた。


グルグルと駆け巡る苦い思考の中で、微かに冷静な自分の声がした。

わかってる・・・。昨日今日の問題ではない…。
ずっと前から、アムルとの間には、深い溝があるのだ…・・。
それは、ティキのあのような態度が原因…。

ティキには決して悪気があるわけではない…。
逆に、アムルの事を想うあまりに あのような態度をとってしまうのだ


元々ティキは優しく接することが苦手だ…。
王子として生きてきたこの時間、常に上に立つ者として、決して他者に頼らず、弱みを見せずに生きてきた。
だがそれが通用するのも アクアンヌーンでの事…。

アムルには決して通じない…。

アムルはティキがこういう態度をとる度に、あの不安げで悲しげな顔をして視線を逸らす。
それに気づいて、慌ててもすでに遅い。――アムルの瞳はそうしてティキを見なくなる。
そうして溝は深まっていく。



フェニックスやアスカが この上なくうらやましくなる事がある。
二人にある あの甘さや優しさや、柔らかさ・・・。ティキにはそれが決定的に欠けている・・・

だからアムルは、ティキを見るたびに あのような怯えた顔をするのだ・・・。

「くそ・・・ッ」

ティキは吐き捨てるようにいい、無理矢理に瞳を閉じる。



自分がガキだと 嫌なほどに思い知る。


だけど――我慢できなかった・・・。


気づかなければよかった…。

だが…ティキは気づいてしまったのだ。


アムルのあの無防備さ――

それはティキを

そういう『対象』としてみて無いからだと…。




あのように無防備に微笑んで、傍にいてくれるのは『意識』して無いからだ。

近づいてくるのも、微笑んでくれるのも…別にティキを特別に思っているわけではない…。

『信頼』しているから…。
『仲間』として 絶対的な安心感をもっているから・・・。
だがそれは ティキが欲しい『信頼』とは まったく違う種類の感情だ。

そんな『信頼』が欲しいわけじゃない。
フェニックスやアスカに向けられるような アムルの笑顔が欲しいわけじゃない。



アムルがティキだけに向けらる特別な笑顔が欲しい・・。
特別な『信頼』が欲しいのに・・・。




そんな時だ ドアをノックする音がして咄嗟にティキは顔を上げる。


だが次の瞬間 その顔が落胆に曇った。


「なんだよティキ!アムルに何を言ったんだ~!」


勢い込んで入ってきたのはフェニックスだった。

「・・・なんでお前がいるんだよ!」

ティキの言葉に、フェニックスは目を吊り上げた。

「ティキ~!アムルに何言ったんだよ!アムル泣きそうな顔でボクらの部屋にきたんだよ!」
その言葉に、思わず言葉に詰まるが、ティキは無理やり言葉を吐く。

「うるせーな・・。お前にはかんケーねーだろッ!」
「なんだと~!」

顔を真っ赤にさせて喚くフェニックスを見て、ティキは思わずため息をつく。

フェニックスにあるこの幼さが、憎らしく・・・うらやましく想うのはこういう時だ。

自分にももう少しフェニックスのような素直さや幼さがあれば、
アムルとこんなことにならないですむのかもしれない・・・。

「・・・だいたい何しに来たんだよ」
「なにって・・・じゃんけんに負けたからさ・・・」

フェニックスは肩を落とす。

「今日はアスカがアムルと一緒に寝れるんだ・・・いいなぁ」

***



「アムル~元気出せよ」

アスカが心配そうに自分を覗き込む。

「うん ごめんねアスカ」

アムルはそう微笑むがすぐに悲しげにうつむく。

「ティキは私のことが嫌いなのかしら・・・?だから私といると不機嫌になるのかしら・・・」
[不機嫌?ティキが?」

アスカが驚いたようにアムルを見た。

「うん・・。いつも不機嫌になってしまうの・・・。私、嫌われているみたい」

シュンとうなだれるアムルをマジマジと見て、アスカは首を傾げた。

「アムルの事嫌いって事は絶対にねーと思うけどな~」
「・・・本当?」
「ああ!だってティキって アムルのことばかり気にしてるじゃん!」

「・・・え?」
アスカの言葉にアムルは目を丸くする。

「ボアボアの時だって、ティキちょー一生懸命だったしさ、いっつもアムルの事自分の後ろに隠して守ってるんだぜ」
「・・・そう・・・だったかしら?」
アムルがきょとんとする。

「そうだよ!まぁティキの性格悪いのは認めるけど、アムルのこと嫌いって事は絶対無い!
だってティキの奴、いつもアムルのことばっかり見てるもん!」

アスカはそう言ったのち でもアムルはオイラが守るんだから!と笑う。

それにくすくす笑いながら、アムルはふと視線を扉に移した。
**


アスカの寝息が聞こえる中、アムルは天井を見ていた。



(アスカはティキは私の事・・・嫌いじゃないっていうけれど・・。)

アムルは枕に顔をうずめる。

アムルの記憶の中には、不機嫌な顔のティキしか居ない。
視線も・・・交わることはほんの少し・・・。それもすぐにティキが目を逸らす。

アムルは知らずにため息をつく。

年下なのに、驚くほど大人びているティキ。
いつも冷静沈着で その発言は驚くほど大人で・・・。
たまに見せる表情も とても大人びていて

そんな彼に、フェニックスやアスカのように
『姉』のように慕って甘えて欲しいと思うのは 確かに我侭なのかもしれない・・。

それどころか、いろんな所で助けられている。

突然怒られることのしばしば・・・。
それは、自分が頼りないからかもしれないけれど・・・。


そう・・・ティキはアムルよりもっと大人で しっかりしてるから、アムルの頼りない手など必要ではないのだ。
その手を無理に伸ばすから、ティキは苛立つのかもしれない・・・。

「・・・なんだか・・・めげそう」

アムルは切なくため息を着く。

「・・でも」


・・・ティキの奴、いつもアムルのことばっかり見てるもん・・・

アスカの言葉にアムルは微かに笑う。


「・・でも…嫌われていないなら よかった・・」


そしてアムルは目を上げて、小さく声を上げる。
自分の真上にある窓・・。

そこに輝いた 星空・・・

***

ティキは片手を突き出したまま動けなかった。
ここはアムルが眠る部屋・・・。
ノックしようと手を出したはいいが、そこから踏み切れない。


もう夜中、アムルはきっと夢の中だろう。

明日の朝、見れると分かっていても・・・どうしても一目、その顔を見たいと思ってこうして来たが、
こうして最後の一歩が踏み出せない・・・。

散々迷った挙句、ティキは拳を引く。
そうして一つ溜息をつき、後ろ髪を引かれる思いでその場から離れた。


部屋に戻り、酷い寝相で寝ているフェニックスを呆れた顔で見て、それから窓に視線を移す。
空は嵐が過ぎ去り、星が輝いている。

そして


流れ星・・・





(どうか・・・明日 


アムルと

ティキと

仲直りできますように)


同じ夜、同じ時間に 同じ願い事をしたことは


星だけが知っていた。


END

初ティキ→アム小説。
なんか初々しい・・・。まだキャラが掴みきれてないのでなんだかしっくり来ませんが
とりあえず、ティキがアムルたんを大好きですv



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