あれはきっと…呪文だったのだろう



++警告++



「許るさねぇからな…」

書類を持ったままの自分を睨みつけて、鋼の錬金術師
エドワード・エルリックは、自分にそう告げた。

何事だと瞳を落とすと、そこには迷いの無い、恐ろしいほどに鋭い瞳…。
まるで剣のように鋭いそれをまっすぐに自分に向けて、小さな少年は続けた。

「リィに手を出したら、絶対に許さねぇからな・・。
万が一、そんなことをしてみろ・・・。俺はあんたを殺すぜ」

エドはもう一度そう告げると、ロイを睨み付けた。
冗談でもなんでもない。
どこまでも真剣な瞳・・・。

ロイはエドを見て、目を細めた。

少年の抱いている想いは、恐ろしいほどの独占欲と束縛心だと悟ったのだ。

変にからかわない方が身のためだ。
面倒ごとは好きではない。


「・・・なるほど。それはそうと、
【リィ】とは誰のことだ?あいにく私の知り合いにはいないがな」

ロイは目を書類に戻しながらそう尋ねた。
だがまた瞳を戻すことになる。
なぜなら、あの生意気で、口が悪い鋼が、一瞬、どこまでも柔らかい顔になったからだ。

「・・・あぁ・・・あんたにはそう呼んだとこ見せてなかったか。
【リィ】ってのはな・・・ウィンリィのことだ」

【リィ】と呼んだとき、エドの顔はどこまでも得意そうに、嬉しそうに
満足そうに綻んだ。それはきっと、エドにとって【リィ】と呼ぶことは
それだけで特別なものなのだろう。
推測できるのは、【特別の名前】を呼ぶことで、なにかしらの、安心感と、自信が持て、
【自分は彼女の特別な存在だ】ということを認識するということ。

ロイはその変化を目の端で見て、【リィ】・・・いや、【ウィンリィ】と言う少女の顔を思い出した。
一度だけ…見たことがあった。

蜂蜜色の綺麗な髪をしていて、青い大きな目をしていた少女だ。
少女に出会ったのは、まだ少女が幼い時。
エルリック兄弟をスカウトしに行った時、傍らで怯えたように自分を見ていたのを覚えている。


確か・・・

とても

可愛かった…。


なるほど・・・。

ロイは心の中で、納得した。
その幼馴染に、鋼はどこまでも心を奪われていて
こうして、少しでも近くにいる男には警告を発しているわけだ。

そうでないと、安心できないのだろう。

女性は…守ってやらなければ
簡単に男の力で傷つけられてしまうから…。

+++

「…なるほど・・・。つまりは、君は私に警告をしているわけか」

ロイはエドに視線を移した。
エドはその視線を真っ向から睨みつける。

「ああ、そうだ!あんたは女に手が早いからな。
リィにちょっかい出さないように今から警告してるんだよ」

「ほぅ・・・それはご苦労なことだな」

ロイは瞳をとじながら、めんどくさそうにそういう。

しかし

その時浮かんだのは

怯えた顔をした

蜂蜜色の髪の・・・・少女

そしてふと


特に意識もせずに

まるで、当たり前のように


口から出てしまった



「・・・君は・・・俺が…【リィ】に近づくのが怖いのか・・・?」


その瞬間、

目の前の少年の顔が


激しく歪んだ。


何故そんなに顔をするのか、一瞬分からなかったが

「・・・ッ・・!!【リィ】ってあいつを呼ぶんじゃねぇよ!!!」

少年の形相と、激しい叫びに、ロイはすぐに気がついた。

エドにとって
ロイが【リィ】と呼ぶのは、許せない行為なのだ。

なぜなら、その呼び方は、自分がウィンリィの特別な存在だという証…。
ウィンリィの傍にいていい、唯一の存在という、特別な証だからだ。

だから、少年の中では自分以外、誰もその名前で呼んではいけない。
誰も呼ぶことを許さない、【特別な名前】なのだ。

「ああ・・・すまなかったな。これは君が彼女に対する【特別な名】なのだろう」
ロイは目を書類に逸らせた。

「・・・っそうだ!だから二度とよぶんじゃねぇ」

エドはロイをもう一度鋭く睨むと、その場を後にした。



その後姿を見て、ロイは静かに唇に触れた。




【リィ】




自然に出てきてしまった言葉・・・。

まるで、誰かに言わされてしまったかのように

あるで、あたりまえのようにロイの口から出た言葉


それは・・・まるで

禁断の呪文のように・・・・



+++++

それから・・・・数ヵ月後


天気は



雨・・・
+++++



雨が降っていた

冷たく激しい雨が・・・。

そんな雨が窓に当たる・・・。

ここは

とある個室・・・。

殺風景な部屋・・・。

しかしそこにあるのは

大きなベッド・・・・。


白いシーツと布団の上には

蜂蜜色の髪が散らばっている。

白いシーツに負けないくらい白い肌の少女は

瞳に涙を浮かべて
眠りの世界に落ちている

少女の首下には
戒めのように赤い花が咲いていた。


部屋の中にはもう一人いた。
こちらは男性・・・。

青い制服をまとって、黒い瞳で少女を見ている。

ロイだ・・・。

彼は少女にそっと近づき
その赤い花に触れる

それは、自分がつけたものではない・・・。

おそらく・・・

鋼の証・・・。

自分の証は

少女の背中につけてある…。


鋼と争うつもりは無かった。
なぜなら彼はまだ若い…。

ゆえに、争いになったら、その想いゆえに鋼は少女を傷つけてしまうだろうから。


「・・・リィ」

昔、鋼が愛おしそうにそう読んだ名前を、今度は自分が同じように呼んでみた。

そしてわかる。
心の中に芽生える、自信。
自分は彼女の特別な存在で、少女もまた【自分の物】という感覚。
満足感、愛しさ・・・自信に心が包まれる。

でもそんな心の中で呟く
黒い・・・現実の声。

そう

自分は

大人の武器を使って

少女を無理矢理手に入れたにすぎない・・・…。

感情は一方的。

無理矢理に繋ぎとめた・・・身体。

しかし

そうまでして欲しかった・・・

少女を…。


そう

あの日に

禁断の呪文を口にしてしまってから・・・


***


・・・・・

少女の顔を見つめていると、突然少女の瞳が開いた。
青い瞳が数回瞬きした後で、少女の声が聞こえた。


「・・・ここは…どこ?」


ウィンリィは、シーツを握り締めて、自分を見ていた。

その青い瞳は、始めてあった日のときのように
怯えて自分を見ていた。

胸が奇妙にざわついた。
嬉しいのか、苦しいのか、わからなかった。


「あなたは・・・・ロイ・マスタングさん?
エドと…同じ軍の人…」

ウィンリィは、自分の名前を呼んで、おどおどと自分を見つめていた。

「ああ・・・そうだ。私はロイ・・・鋼と同じ軍に属している者だ」

自分の声は恐ろしいほど落着いていた。
昔から、修羅場は経験していたし、女性を泣かしたことも
責められた事も多々あった。
だから、もう慣れてしまっていたのかもしれない・・・。

これから話すことも
少女が取り乱すことも・・・。


「・・・エドは?・・・・どうして私・・・ここにいるの?」

ウィンリィは額に手を当てて、今にでも泣き出しそうだった。

「頭が、くらくらする・・・。どうして?」

少女はそう言いながらも何が起こっているのか、把握できずに混乱しているように見えた。



なんて

華奢なのだ・・・

少しでも手荒に扱えば
きっと、壊れてしまう・・・。

胸を何かが焦がした気がした。

鋼は

長い間この少女を一人で、独占してきたのか・・・。
自分以外の男に警告を出し、
自分に以外の男と話すのを禁じ

触れさせもせず、自由にもせず

絶対的な束縛を敷いて、少女を守ってきたのか。


急速に膨らんだのは

鋼と同じ

危険な気持ち・・・・。

ロイは手を伸ばし、少女の細い腕を掴んだ。
少女はびっくりしたように小さく息を呑む。

怯えた色が、一瞬に瞳を覆う。


それを見つめながら

その色を、どこか楽しみながら

言ってやった


これから少女を繋ぐ

鎖の言葉を。


***


「私は…君を抱いた」




「・・・え・・・・」

少女の青い目が見開く・・・。

【犯した】とは言わない・・・。
そんなつもりはない。
自分は、愛しいから抱きたかったのだから・・・。



「覚えていないのか?」

「…っ」

目の前の少女の体がカタカタと震えた。
口を押さえ、涙が急速に頬を伝う。

それを見つめながら、ロイは淡々と続ける。
よけいな感情は見せない方が効果的だと思った。

自分はポーカーフェイスが得意なのだから。



「今日、君は鋼につれられて、この軍に見学に来ているだろ?
その後、鋼は用があるからと席をはずした・・・。
その後君は、部屋で一人になった。
その時、誰かが、君に薬をかがせた…」

「・・・っ」

少女の顔に、次第に理解の色が表れる。


「君に薬をかがせたのは、私だ…。
鋼に用を申し付けたのも…私だ。
そして、私は君をこの個室に連れ込んだ…。
そして気を失っている君を・・・・

私は抱いたのだ」

ロイはすべてを話した後で、少女の反応を待つ。
少女は震えて、ぎゅっと体を抱きしめた。

そして

「…エ・・・・エドは?」

少女は泣き出しながら、そう呟いた。

「鋼はいない…。きっと今ごろ半狂乱で君を探しているだろう」

「・・・っ・・・ふ・・・エド・・・・っ・・・きっと・・・ふ・・・すごく・・・・怒る」

少女は泣きじゃくる。
「や・・・約束したのに…ひっく・・・・エド以外の人と・・・絶対にだめって
もし破ったら・・・エドは・・・ぅ・・・すごくすごく怒るのに・・・」

少女は泣きじゃくる。
ロイは、目を細めて少女に近づく。

鋼の絶対束縛・・・。
その証を聞いた気がした。

少女は犯された自分より、鋼に罰せられることを恐れている。

「・・・鋼とは、もう終わったと思えばいい。
あいつは独占欲が強い…。ゆえに危険でもある。
幼い恋心は時として凶器になるから、
このままでは、君は彼に殺されるかもしれん。

鋼が、私に抱かれた君を許せるとは思えないからな」

ロイはそう言うと、ウィンリィの頬に触れた。
少女はまだ泣いている。


その手を強引に掴んで、少女の顔を見る。


「エド・・・っエドぉ・・・」

ウィンリィは泣きじゃくっていた。
でもロイは、独り言のように続ける・・・。


「・・鋼のことは忘れるんだ…

君は罪を犯した。
他の男に抱かれたのだから・・・。」

そう、悪いのは少女だと思い込ませる。
その方が、簡単に手に入るから・・・。


「・・・・君は今日から、私の物なんだよ」

回りくどい事は言わない。
鋼はすぐに追いついてくる。

少女に認識させないと、鋼に飲まれる。


「君は、私からもう逃げられないんだよ・・・リィ」



***

あの日・・・


そう、まるで、呪文のようにその名を呼んでしまったあの日から
心のそこでは、こうなる日を夢見ていたのだろう。
だからこそ、エドにの警告に、あのように答えたのだろう。

警告をしていたのは、エドだけではなかったのだ。
ロイも・・・
彼自身も、いつかその名を呼ぶのは【お前だけではない】
ということを、密かに…だが確実に、エドに告げていたのだ。

エドは警告をするべきではなかった・・・。
もし少女の記憶を思い出すことがなかったら。
少女はまだ、エドの腕の中に入れたのだから・・・。

***

「リィ・・・!どこいっちまったんだ」

エドは拳を握りしめながら、苛立ちを隠せない声で言った。

リザから伝えられた用事を終えて帰ってくると、部屋はもぬけの殻。
あせって探しても、この広い軍の中探すのは一苦労で・・・。

いまさら後悔しても遅いと分かっている。
でも、なぜウィンリィを一人にしてしまったのか…。
軍の部屋は、安全が保障されているわけではないのは分かっていた。
でも、あらかた警告をしていたから、どこかに安心感があったのかもしれない。

錬金術師に逆らう奴なんて、普通の軍人にはできないのだから。
ましてや、【鋼の錬金術師】の名を持つ自分に喧嘩を売るような奴なんて思いつかない。

エドは苛立ったため息をついた。

せめて、マリアでもいいから、護衛につけて置けばよかった。
ウィンリィは軍人ではない。
得意のスパナがあったとしても、いざという時は戦えないのだから…。

「くそっ・・・!リィ!」
エドは悪態をつきながら壁を殴った。

その時だ

「壁にあたるのはやめないか・・・。
修理代もばかにならないのでな」

目の前にいるのは
さっき自分に用を言いつけた張本人。

ロイ・マスタング

一気に怒りが吹き上がる。

「あんたなぁ!なんなんだよ!
くだらない用事なんかで呼びやがって!
おかげで俺はリィを・・・」

「そのことだが・・・」

ロイは視線をそらしていった。


「だから・・・守ってやらなければならないんだといったろ?」

「・・・は?何の話だよ」

「女性は…どんなに強く、たくましくあったとしても
どんなにその身を守ろうとしても…
男性に力では敵わない・・・。

だから、力でたやすく傷つけられてしまう。
汚されてしまうものなんだ・・・

だから男は…その女性を愛するほど

守らなければならないのだ…」

「・・・どういうことだよ」


「言葉の意味のままと・・・いっておこう」




「・・・・・まさか・・・・あんた」

エドの顔色が変わる・・・。



「君は…察しがいい」



雨が降る
激しく
激しく

少年の

叫びをかき消すかのように・・・。


END

ごめんなさい。
でもエド→ウィン←ロイ萌えvv
大人×子供ラブv




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