【Snow white】


「…ボクに、なにか言いたい事でも?」
ふいにカインの声がして、ローレははっと我に返った。
いつの間にか、カインの顔を穴があくほど見つめていたらしい。
 
「…いや…」
ローレは赤面して目を泳がせる。
今、頭の中に浮かんだ言葉を言ったら、確実にカインが不快になると知っていたからだった。
「・・・そう。」
カインはさらっとそう言うと、また書物に目を通しはじめた。
カインの意識が又書物に戻った事を確認して、ローレはそっと、カインの顔に視線を戻した。
 
・・・カイン…お前は綺麗だ・・・
 
ローレはそう思い、胸をつまらせた。
黄金の金髪に、翡翠の瞳。
肌は雪のように白くて、顔は小さい。 
男とは思えぬほど、目の前の少年は美しい。

こんな男を、ローレはいままで知らなかった。
故郷ローレシアの男といえば、髪は黒髪で、肌が色黒。
男は書物よりも、剣や槍を構えるのが普通で、指は太く剣ダコでぼこぼこしていた。
 
ローレの知っている「男」という生き物は、父を含め、強くたくましいく、屈強、そんなイメージなのだ。
だが目の前のカインは何もかもが違う。
 
線が細くて、色白で、華奢。
体にまとうオーラが、まるで白く見えるくらいに清らかだ。

カインの香りも、どこか品のある女性のようないい香りだから、
 
血の穢れも、男独特のあの空気も カインには無縁のように思えた。
 
もっと清らかで、柔らかくて 神聖なものがカインには似合うのだ。
そう、それは神に全てをささげるシスターのような、純潔のものが・・・。


カインの故郷、サマルトリアは魔法の国。
カインも長い間、僧侶としての教育を受けていたと話していた事がある。

戦士として育てられた自分と、カインがここまで違うのは、
その所為かもしれない。
 
そんなことを考えていると、ふと、翡翠の瞳がローレを写した。
 
突然目が合ったことで、ローレの胸が激しく鳴り出す。
顔が一気に赤くなるのを感じたが、反対にカインはどこかうんざりしたように自分を見ていた。
 
「…なに?さっきから視線を感じて集中できない」
声はうんざりしたような響きでも、そのまっすぐにローレを射るカインの視線、
それだけで、ローレはたまらなくなる。
 
だから、怒られると知っていて言ってしまった。
 
「・・・お前が あまりにも綺麗だから 見とれていた」
 
そういった途端、目の前のカインの表情がすぅと冷えたのをローレはすぐに感じとる。
カインがこの台詞が死ぬほど嫌いな事を、いまさら思い出した。
 
がたっとカインが席を立つ。
 
「・・・悪いけど、僕にはそーゆー趣味がないから・・・」
カインは感情のないような声でそう言うと、そのまま部屋を出ようとする、
「っまてよ!」
ローレも急いで席を立ち、カインの前に立ちふさがった。
 

頭一つ分小さい、カイン。
金色の髪も華奢な体も白い肌も、苦しいほどに目を射る。
だが
カインはローレの顔を見ようとはしなかった
その翡翠色の瞳が、あきらかに自分を拒絶しているのを感じて、ローレの胸はぎしぎし唸った。

「・・・どいてよ」

「・・・すまない・・・もう言わない・・・」
「・・・」
「・・・だからここに居てくれ」
「・・・・」

「…一緒にいたいんだッ」


「…」

だがまだ視線をそらすカインを見てローレは思わず、カインの腕を掴もうとした。

だが、かろうじて堪える。

カインは触れられる事を極端に嫌う。
以前、我慢できずに抱きしめた時のあのカインの表情を、ローレは今でも忘れていなかった。

いつものような余裕も、独特の軽口もなかった。
その時のカインの表情は、こちらの胸が潰れそうになるほどに怯えていた。

ローレを振りほどき、息さえもまともできなくなったカインを見て、
ローレはそれからカインに触る事を自ら禁じた。


だけど、

少しでも、一緒にいたかった。

二人だけで居たかった。


カインが離れようとするのが分かる。
だからこそ、隣に繋ぎ止めておきたい。
 
きっともうすぐ夕食へとアンジェリカが呼びにくる。
明日から、また野宿になるだろう。そうしたら、二人きりの時間など持てない。

だから、
この僅かな時間だけでもいい、一緒に居たいから・・。

カインはしばらく無言で床を眺めていたが、ふいに瞳を閉じるとそのまま席にもどり、書物を広げた。

ローレは微かに安堵のため息をつき、自分ももと居た席についた。
 


***

カチコチと時計の針の音がいやに響いた。
外は夕闇が近づいていて、真っ赤な夕日がローレの背中を照らしていく。

頬杖を付きながら、ローレは唇をかみ締める。

 
ローレは カインを愛してた。
初めて会った時、その瞬間からローレはカインの全てが欲しくてたまらなかった。
 
今まで誰一人として興味を持ってこなかったローレが、初めて興味を持ったのが
同い年である 自分と同性であり、同じロトの血を引くサマルトリア第一王子 カインだった。
 
理由はわからない…。

カインの容姿が恐ろしく美しいことも、惹かれた一つかもしれないが、
それだけで簡単に同性を好きになれるものではない。
それに特にローレは生まれてつき、男に興味があるわけではなかった。

だがカインを初めて見た時から、ローレの全てがカインを欲しがった。

たまらなくカインが愛しい・・。

カインが欲しい…
自分でも止められないくらい、カインを独占したい。
ふと思う…。
これは『血』なのかもしれない・・・。

ローラ姫を激しく愛した、先祖である勇者ロトの血が、ローレの中でそうさせているのかもしれない。

こう囁かれたことを聞いた事がある。
ローラ姫の面影を一番に留めているのは、ムーンブルクの王女アンジェリカではなく
サマルトリア国のカイン王子だと…。
  
***
 
カインが書物をめくる音がする。
ローレはたまらない気持ちでカインを見る。
 
カインを思う気持ちが、自分の心の中でぐるぐる渦巻いているのは分かった。
男としての本能がわめき散らすのもどこかで分かってはいる。

カインが欲しい
欲しくてたまらない


その度に、その気持ちに蓋をして、気付かぬ振りをするが
それでもこの感情はとめどなく、溢れ出てきた。
 
今は二人きり
 
ここは宿屋で
 
カインは自分よりも非力だ。
 
できない事はない・・・
 
きっと ・・・・
 
 
ローレは拳を握り締める。
 
カインを守りたいと思う気持ちより
カインの全てを、自分の物にしたいという気持ちの方が大きい事をローレはわかっていた。
 
拒絶する事に慣れているローレだが、されることには慣れていなかったというのもある。
だがローレは、いつも胸に渦巻く、得体の知れない焦りに
胸がじりじり焦がされている感覚を味わっていた。


いつしか一緒に居られる幸福感より、手に入らない苛立ちの方が大きく胸を支配していた。
 
手に入れたいと思った。
 
どんなことをしても・・・。
 
 
「・・・・なぁローレ」
ふいにカインの声がして、ローレはまた我に帰る。
目の前に、綺麗な翡翠の瞳があった。

「また一つ魔法を覚えられそうだ。君のサポートができるよ」
そういったカインがふっと微笑む。
 
勝気な笑み。
それがローレにはたまらない。
 
その全て
 
自分の腕の中に閉じ込められたら・・・
 
 
トントン
 
突然 ドアのノック音が聞こえた。
そして
 
「二人とも!ご飯行くわよ!」
 
と、明るい声で、アンジェリカの声がした。
「ああ!今行くよ!」
とカインが立ち上がりアンジェリカの方に向かっていく。
その背中を見つめて、ローレはぐっと拳を握り締めた。
 

***


「・・あんた、私が助けに入っていかなかったら、カインにとんでもないことしてたでしょ」
食事に行く途中、小さなく囁かれた言葉に、ローレはぎょっとしてアンジェリカを見た。

アンジェリカは、まだ遠くを見つめていたが、そのまま続けた。
「・・だめよ・・・焦っちゃ」
 
「・・・分かってる」

アンジェリカの言葉に、ローレは小さく答える。

「焦ってない。俺は…ただ」

「…あなたって怖いのよ。一度そうだと思ったら、どこまでも突っ込んでいきそうで」

「そんなことはない」

アンジェリカの言葉に、多少むっとして答えるが、アンジェリカは淡々と続けた。


「・・・ねぇローレ、気よ付けないと。カイン…あの子は根っからの男嫌いなんだから」
アンジェリーナは小さく囁くように言った。
『男嫌い』…その言葉にローレは内心ひやりとする。
 
「・・・下手な事したら、一生避けられるわよ」
「・・・」
ローレは前を歩くカインを見る。
華奢な体。清らかなオーラ…その全てがこんなに愛しいのに、
その全てが、ローレをことごとく拒絶する。


「・・・同性を好きになるって大変なのよ。特に相手がその気がないのならね…。
あたしだってずいぶん苦労したもの・・・。ただ、カインってちょっと特別みたいね・・・。なんていうか」

アンジェリカの瞳がどこか、悲しげに細められた。


「・・・一生懸命自分を守ってるみたいで・・・痛々しいのよ」
 
「・・・」
ローレも思い出す。
自分が触れた時の、あのカインの表情。
そして
カインの瞳に微かによぎる闇のかけらを…。
  
それでも
 
「・・俺はカインが欲しい」


ローレは瞳をあげ、カインを見つめた。

 
「・・・・まぁ気長に行くのね・・・。」
 
アンジェリカのどこか切ない笑みを見ながら、ローレはカインを見つめ続けた。



END



ロレサマ…というかロレ→サマ
サマルの名前をカインにするかサマルにさんざ悩みました
 
 
 
 
 
 
 
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