船は 静かに進んでいく――
心地良い波の音と、沈んでいく 太陽の光の中を・・・



その空間で、アルマはただ 彼を見つめていた・・・。



漆黒の髪が 柔らかに風にそよいでいて
同じ色をした瞳が 遠いどこかを見つめている。

アルマより、遥かに高い視線の先に・・・いったい何が見えるのか アルマには分からない。



再会してから まだほんの僅かな時間しか経っていない。
離れていた溝を埋める為には まだ あまりにも時間が足りなかった。


『石化』という『呪い』にかかっていた彼の『時間』は 『あの日』から止まっていた。
故に、これ程年月が流れたあとでも 『父親』とは思えぬほど 若い。



その面影は まだ少年らしさが抜けきらず、
ゆえにその視線も まだ 『父親』の色を見せることはない・・・。

彼はまだ 『あの日』のままだった。

肉体も 心も・・・。



それでも 彼―――リュカは アルマにとって 

世界でたった一人の 父親だった・・・。

それだけは揺るぎようのない 事実 だった。



彼の身体を蝕んでいた『石化』の呪いが解けて――彼の眼が自分を見つめた時 身体が震えたことを アルマは今でも覚えている。
今まで体験したことの無いあの感覚は――言葉で表すことなどできなかった。


ただ――
生まれて初めて 彼の声を聞いた時 
生まれて初めて、 彼の体温を感じた時 

・・・今までに感じたことも無い 絶対的な安堵が 身体を支配したことは間違いない。


物心ついた時からと ぽっかりと穴が開いていた場所が ようやく満たされた気がした・・・。



クラウドが――― アルマの一番近く 優しい人が・・・誰よりも自分を慈しみ 愛してくれていると知っていた。
サンチョが――オジロンが―― グランバニアの魔物達 そして人々が
惜しみのない愛情で包んでくれて事も 知っている。


それでも どうしても・・・その『穴』が埋まることはなかったのに・・・。




…リュカが目の前に現れて その瞳でアルマを見てくれただけで
その穴は いとも簡単に埋められてしまった・・・。



この感覚を――なんと云い現わせばいいのだろう・・・。


**



波の音が聴こえる―――・
風の歌うような音も 聴こえる

でもアルマは小刻みに震える指でスカートを握り締め、言葉を探して俯いていた。


目の前に――彼がいる。
沈みゆく太陽の眺める彼の後ろ姿を見ていると、とても不思議な気持ちがした。


リュカは――背が高かった。
手足が長く、程良く鍛えられた身体は見事なバランスで整っていた。
後ろで無造作に括れたれた髪は――漆黒。
アルマには無い色だった。

アルマは――『黒』という色が苦手だった。
けれど彼の色は少しも怖いとは思わなかった。


彼の腰に下がるのは 剣――。

リュカは強かった。

何度かリュカと戦闘を共にしたが、リュカの闘う姿は鮮やかで見惚れてしまうほどだった。
その姿はクラウドととても似ているとアルマは思っていた。




大きな彼の背中を視界に収める。――そこに 近づきたくて堪らないのに

アルマの内気な性格が それをためらわせる・・・。



何度も言葉を考えて、言えずに飲み込んで―――そんな事を何十回と繰り返していたそんな時 ふと、彼の気配が動いた。


夕日を背に 彼が振り向いたのだ。
同時に黒い瞳がアルマを見た。


離れていても分かった。
アルマとは違う、黒曜石の色だ・・・。




「・・・なに?」



彼は 問うように首を傾げた。





「・・え・・?あ・あの・・・・・その」


突然の事にアルマの頭は真っ白になった。
そして頬を朱に染めて 口ごもる。


こうして彼の後姿を見ていたのは・・・彼と話したかったからなのに・・・。
・・・聞きたいことも 話したいことも たくさんたくさん あったはずなのに

いざ 彼を眼の前にすると どれも出てこなかった。





「・・・俺になにか用?」



問うてくる声音は・・・『父』というには距離があった。




サンチョのように、 暖かく見守るような 空気がない・・・。
オジロンの様に、 穏やかに包み込むような 暖かさもない・・・。

でも その言葉は どんなにぶっきらぼうであっても・・・言葉足りなくても
アルマの恐れたような『冷たさ』は 微塵も含まれていなかった・・・。


ただ 戸惑い・・・緊張しているような響きがする・・。


まるで、一人の少年のようだ・・・。


事実、

彼自身も どう接していいのか分からなかった・・・。
スカートを握りしめ、頬を赤らめ俯き――それでも自分の傍に立ち続けるこの小さな女の子に なんて声を掛けていいのか・・・。

当たり前だ――生まれたばかりの『赤子』の時が最後の記憶・・なのに子供は言葉を喋るほど成長していたのだから・・・








アルマは必死に言葉を探した。でも何も言えなくて、俯くしかなかった。
バクバクと心臓が鳴ってる。
いろいろ考えるのに 何一つ口から出てこない。



云いたいことはたくさんあった。
聞いてもらいたかったこともたくさんある。


会えたら褒めてもらえるように たくさん勉強したこと

たくさん本を読んだこと
絵が上手だと褒められたこと
お料理が上手だとサンチョとクラウドに喜んでもらえたこと


寂しかったこと
父か恋しくて夜泣いてしまった事





―――――ずっとずっと 会いたかったこと。









海が 静かに揺らいで
潮の香りが 鼻を擽った…。


そんな時






「…君は…海が好き?」





唐突に リュカがアルマに問うた。





「・・・え?・・」



アルマは一瞬ポカンとし、その後今までのつかえが取れたかのように 言葉が毀れた。


「はい・・・海が好きです・・・それに …空も」




「・・・そうか・・。そこは俺と 一緒だね」






それが 二人の距離を わずかに縮めた 初めての会話となった 






■ 星の海 波の歌 ■






星の輝く空の下、プックルの背に持たれて――アルマはリュカの隣に ちんまりと座っていた。
そして時たま リュカの顔をちらりと見た。


リュカの顔立ちは――やっぱりクラウドに似てると思った。
瞳の色も髪の色も違うけれど――やっぱり似ている。

普通は逆に考える――つまり子供が親に似ている――だが、アルマにはその感覚が無い。
だってリュカの顔は肖像画でしか見た事が無かったから・・・。
肖像画は上手く描けていたのだと思う――でも・・・実際間近で見ると やっぱり違うと思った。

リュカは整った顔立ちをしている――。
クラウドと似ている――。
けれどリュカは口数が少なく、表情もあまり変わらない。
無表情―――というわけでは無く、クラウドみたいに優しく微笑まない――。

ただ その瞳だけは 時折 何かを考えるように細められる。


彼が何を思い、考えているのかアルマには分からない。

こんな風に静かで会話の無い空間は初めてだった――・
けれど、アルマはこの空間に戸惑いや不安を 気づまりを感じなかった。

それどころか傍にいるだけで 不思議な安堵感に包まれている・・・。
そんな気持ちが強かった――




『父親』――アルマは今まで それを知らなかった。
アルマに傍に 『父親』は存在しなかったのだ――8年もの間・・・。


サンチョやオジロン ドリスや城の者達・・・。
いろんな人達から話を聞き、肖像画を見ながら様々な思い出話を聞いたけれど
それでも アルマの中の『父親』は ただの想像でしかなかった。


どんな人なのか…
どんな声をしているのか
どのように笑うのか・・・。
そんなことを、いろいろ想像してきたけど、


目の前に現れた『父』――リュカは その想像のどれとも違っていた


時を止められていた彼の容姿は 10代の青年のままだった・・・。
またその言葉も 表情も 仕草にも 『幼さ』が残っていた・・・。

サンチョと会話する姿 プックルと戯れる姿――
なにより母を―――ビアンカを強く想う姿は―― 一人の『青年』だった。

サンチョ曰く――彼は元々『子供』が苦手な性分だそうだ―――。
だからなのか――彼の行動は――アルマにとって新鮮であり――驚きの連続だった。






『父』と呼ぶには あまりに距離があり
『家族』と呼ぶには 不思議な違和感がある・・・。


それでも…想像と違わなかったことが 一つだけあった。

それは―― 深い安堵感。


リュカがこうしてアルマの傍にいてくれるだけで、アルマの心は安堵に包まれる。
ふわっとして なんだか眠くなってしまう。

アルマにとって そんな存在は 今までクラウドしか居なかったのに――





**


どのくらい時間が立ったのか分からない。
リュカは 遠い星空を眺めている。


そんな彼を見て、アルマはふと思った。


アルマには・・・昔からずっと聞きたかったことがあった・・・。

それを尋ねてみたい――父は答えてくれるだろうか・・・?


無意識に祈るように腕を組んでいた。


風が唄うような音を響かせて 二人の間を通り抜けていく。

それをきっかけにしたように、アルマは唇を開いた



「…あ・・・あの」


アルマの決死の声に、星空を見ていたリュカの瞳がアルマに振り返る。
少し 驚いたような顔をしていた・・

「・わ・・私・・・いえ・・・わたくし・・お父様に聞きたいことが・・・あって」

一気にそういうと、リュカのその瞳が微かに驚いたように丸くなる。

そして

「・・・なに?」

そうぽつりと返事が返った。

彼の答えにアルマはぐっと息を飲んだ。


「あ・・あの・・。わたくしの・・・『アルマ』という名前は お父様が選んでくださったのだと・・・お聞きしました」


リュカはその言葉に一瞬 目を丸くする。

そして すぐに――バツが悪そうに視線を逸らした。



「・・・・ああ。俺が付けた・・・。ビアンカが 俺がつけた方がいいって言ったから」


ぶっきらぼうに返した彼の顔は、途端に夕日みたいに赤く染まった。
そして何故かプックルの毛並みをぶっきらぼうに撫で始める。

それに気が付かない、アルマは更に続けた。

「・・あのっ・・わたくし この名前がとても好きです!子供の頃から とても気に入ってるんです!」

アルマの必死でまっすぐな言葉に、彼の頬が更に赤くなる。
プックルを撫でる手に更にいらない力が込められて プックルが何か言いたげに主人に視線を送る。
それに気づかぬアルマは、さらに強く続けた。

「サンチョもオジロンおじさまもドリスも・・・みんな みんなッ『いい名前だ』って褒めてくれます!
あの・・私だけじゃなくて・・・『クラウド』の名前も 私は好きなんです!」


アルマの必死の声に、リュカはついに沸騰したかの様に耳まで真っ赤になった。



――リュカは 何かを抑えるように頭を掻く。
やがて――ぶっきらぼうでな声でポツポツと語り出した。



「――昔、ビアンカが読んでくれた本の中に出てきた 名前なんだ」

「・・・お母様の」

アルマが瞳を丸くすると、リュカは頷く


「ビアンカは俺と違って・・・いろんな本を読んでた。
俺はあんまり・・・その・・・本が好きじゃなかったんだ。難しい言葉ばかり書いてあって 退屈だったから」

そこでリュカはふと、何かを思い出したかのようにアルマの顔を見た

「・・・そう言えば、君も たくさん本を読むんだろ?――サンチョが言ってた」
「あ・・・はい。本が 好きです」
「すごいな・・。」

アルマの頬が一気に紅潮する。
父の些細な一言に、胸が嬉しさにいっぱいになった。
褒められたことが 誇らしく 嬉しく アルマの心はその嬉しさに溢れそうになる。


「あの・・グランバニアの図書館に合った本は ほとんど読みました」
「え?!あの量を!?」

リュカが驚愕したように表情を崩す。

「だって あれ・・すごい数じゃん!俺なんて あの量見ただけで具合悪くなったのに・・」

今まで見たことのない彼の表情に、アルマの顔からも自然と緊張が解ける。
ふふ・・と笑うと、その顔を見たリュカが どこか 驚いたように瞳を開いた。



――・・・ビアンカ・・



小さく漏れたその名に、アルマは瞳をあげた。

そこには 切なく揺れる黒曜石の瞳…。


「――サンチョ達が云った通りだ―――君は 本当にビアンカにそっくりなんだな・・・」


リュカの独り言のような声音には、 どこか愛おしげな色が混じる。
・・・そして なにか違う感情が加わった瞳がアルマを見て細められる・・・。



「・・・不思議だな・・・君は…大人になった――『今』のビアンカに似てる……。」
彼が更にぽつりと零し、その瞳を僅かに細めた。

闇ではない・・・
黒曜石のような 彼の瞳・・・。
その瞳は アルマの瞳を見つめ・・・それよりも遠くを見て 切なげな色を浮かべ揺れた。


幼い子供のようだった・・・。



ふと・・・彼の手が 伸ばされ
アルマの金色の髪に 触れた


「・・・・・・・・・この髪も・・ 似ている――俺が好きな・・・ビアンカの髪に」


呟かれた声に…隠しように無い 愛情と 悲しみを感じた。

「君の香りも――似ている・・・君の声も・・君の仕草も・・・君の・・」


すると 突然リュカがはっとしたかのように その手を離した。


「・・・ごめん」


瞳を逸らし・・・俯くその姿に アルマは必死に父を見た。


「そんな・・お父様・・・謝らないでください・・私っ 嬉しいです お母様に似ている事 だから」

そう必死に話すアルマを見て、ふと彼が今までに見たことがないほど優しげに笑んだ。




「――――――――君は優しいね・・・」




ビアンカそっくりだ・・・そう呟かれた言葉を 海の風が攫った・・・





***

***




「・・あのさ」

「・・!・・はい?」

突然声を掛けられ、アルマは思わず姿勢を正した。



「・・君の名前・・・その・・『アルマ』は・・・・
『アルマレーナ レイ ビシュラ』・・・そこから考えた名前なんだ」



唐突な言葉に、アルマは眼を丸くした


「アルマレーナ レイ ビシュラ・・・?」

「・・・うん・・・。『海の妖精』という意味なんだ・・・。
ビアンカが昔 読んでくれた本に そう書いてあったのを 思い出して・・・」

リュカは視線を逸らしたまま、ぶっきらぼうに続けた。



「初めて君が目を開けた時・・・海のような色をしていた だから・・・」



彼の言葉に、アルマの胸が 嬉しくてときめく。


「ちなみに・・『クラウド』は 『クラウシレド レイク ビシュラ』

『天の騎士』の名前から 考えた

理由は君と同じ――あの子の瞳の色が・・・空色だったからだ」



「 『海の妖精』 と 『天の騎士』・・・」

アルマは うっとりとしたようにその名を繰り返す。


アルマは 海が好きだった・・・。
海に係る全てのモノに 心惹かれた
静かに揺れる 穏やかな波も
香る 潮の香りも

その深い 色も

海を滑らかに滑る船も好きだった

魚料理が嫌いなのも・・・海の生き物 だからかもしれない・・・。



その理由が 少しだけわかった気がして 嬉しさに胸が躍る。

「『クラウシレド』と『アルマレーナ』じゃちょっと長いだろ?・・だから」



「―――『クラウド』と『アルマ』」


アルマは大切な宝物を包むように胸に手を当てた。



「ありがとうございます・・・お父様」

アルマのその声に、リュカは思わず顔を上げる。

「こんな素敵なお名前をいただけて幸せです・・。…私・・この名前が大好きです!」


そう 微笑むアルマを見て・・彼は夕焼けのように頬を染め 視線を逸らした。
そんな姿を見てアルマはますます微笑んだ。






***





二人の間の空気が柔らかくなり、アルマの声も自然とで言葉になるようになっていた。
だからアルマは もう一つ――昔から聞きたくてたまらなかったことを訪ねてみることにした・・・。

「・・あの・・もう一つお伺いした事があるのです・・」
「・・・ん?なに?」



アルマは微かに俯いて、それから意を決したようにリュカの顔を見た。


「・・・お父様は『魔物達』の『言葉』がわかると聞きました・・・」


アルマの問いに、リュカは苦笑した。


「わかる・・・っていうか、『なんとなく』・・だけだよ。あいつらの眼を見ると、自然と心がわかる『気がする』」

彼の答えに、アルマの胸が熱くなった。

「…わ・・私も・・・私もお父様と同じなんです」

リュカが驚いたようにその目を見開いた。
アルマは続けた・・。

「私の場合は・・・その 『言葉』がわかるんです・・・。『なんとなく』ではなくて・・」

驚いた表情のままこちらを凝視するその視線を受けとめながら、アルマは続けた。

「昔から・・たぶん 生まれた時からだと思います。言葉を話せない子達の言葉も 鳴き声でわかるんです。もちろん 瞳をみるだけでも・・・」

アルマの言葉に、リュカは暫く驚いたような顔をし、それからまじまじとアルマの顔を見た・・。

「それは驚いたな・・・。この能力は俺だけだと思ってたんだけど・・・・・・・」

「あ・・はい。グランバニアの皆もよく言われるのです。『リュカ様の そしてマーサ様の力を継いでいる』と・・・」
そう自分で呟いた時、アルマはどこか嬉しげに瞳を細める。

クラウドには 母 ビアンカから与えられた『勇者 ユリウス』の恩恵がある。
それはアルマには与えられなかったものだった…。
それでも アルマには 父――リュカから受け継がれた力がある・・。それが誇らしかったのだ。

だが、反対に父はどこか真面目で複雑な表情でアルマを見ていた。

そして

「・・・よりによって『君』が・・」

その声は何処か苦しげに聴こえた。
予想外の反応にアルマは不安になった。


同じ能力を持つことを・・・リュカは快く思っていないのかも・・・そう感じたアルマは溜まらず俯く。


その時だ・・・


「・・・君は俺と違って『優しい』・・・。だからその能力は酷じゃないのか?」

想ってもみなかったリュカの言葉に、アルマはきょとんとした。

「・・え?『酷』?」

問い返すと、リュカは視線をわずかに逸らし、ばつが悪そうに続けた。


「・・その・・・俺は正直人と交わるのが嫌いだ・・。だから その・・・知り合いも少ない。えーと・・人との係わりが苦手なんだ・・疲れるし 」
リュカは言葉を選び選び 必死に続ける。

「えっと・・・その・・・つまりさ・・。この能力は 『他人に理解してもらいにくい』…だから・・・」


アルマの心は 途端に高鳴る。
父が 心配してくれると同時に、同じ気持ちを持っていると知ったからだった。


「・・・あの・・私も 苦手なんです。人と触れ合ったり 関わったりするのが・・」
アルマは自分でも驚くくらい大きな声で、身を乗り出して話をつづけていた。

「人と上手く話せないんです・・・。グランバニアの人以外とは特に…。
だからいつも・・・私はクラウドに助けてもらってばかりなんです」


そうアルマは 人との係わりが苦手だった。
理由はわからない・・・。でも上手く関われなかった。

特にグランバニア以外の人達とは 上手くいかない・・・。
その場にいることだけで 苦痛を感じ 激しく消耗してしまう事が多い。

他国との交流は 大事なことだとわかっている。
なのに 他国の王女達とうまく会話が出来ず、焦りと自責の念に駆られることが多かった。
そんな時、いつもクラウドが助けてくれる。
鮮やかな笑顔と 滑らかな会話・・。
相手を惹きつけるその存在感に・・・。


無意識に関わりを避けているのは アルマ自身が知っている・・。
その結果アルマの知り合いは 片手があれば足りてしまうかもしれない・・・。


「・・・『人』といるより・・・魔物さん達や妖精さんとか 動物さんとか…そんな子達といる方が 私は楽しいんです」

アルマはそう悲しげに微笑んだ。
その能力は 父の言うように 周りから理解されるのは難しい・・・。
特に グランバニア以外の人々には・・。

そんな時、 

「・・・君は姿はビアンカにそっくりだけど、中身は俺にそっくりだな」

そう 苦笑する声にアルマは顔を上げる。
彼はくつくつと笑ってまたプックルの毛並みを撫でた。

「お前だってそう思うだろプックル?・・」
彼の言葉にプックルも鳴く。

「・・俺もそうだよ。人間といるより こいつら・・・魔物や妖精 動物といる方が気が楽だ・・・。
子供の頃からの友達はコイツだけだし・・。人間の友達っていったらヘンリーくらいなもんだし・・・。
あと知り合いっていれば こんくらいかな?」

リュカはそう言って五本指をアルマの前に翳す。

「おまけに俺は言葉が足りないし・・無愛想だからな・・・。」

彼はそう苦く笑って、不意に瞳を細めた。



「俺と君は 似ている・・・」



その言葉に、アルマの胸が大きく高鳴る
リュカのその一言が 嬉しくて誇らしくて 心が熱くなる・・。

だってずっと悩んでいたから・・・。

人では無いモノ達に言葉を聞く度に…でもそれが理解されない度に…
この能力をもつ自分に・・・どこか孤独に感じていた。


それを 包み込んでもらえた そんな気がした。




「・・・あっ・・そうだ」

リュカは突如何かを思い出したように 道具袋を探った・・・。



「・・君に これあげるよ」

そう差し出されたのは 美しい青い宝石と細工がされた華奢な指輪だった。


「『祈りの指輪』というものだ・・・。微かな魔力が込められていて身を守ってくれる・・」
それを受け取り、アルマはその指輪を茫然と見つめる。


「――君は少し その・・う〜ん 危なっかしいから・・・まぁ・・俺が君を守るけど・・もし俺が居なかった時とか・・その・・」
リュカが真っ赤になりながらそう零すが、アルマの表情を見て止まる。
 


「ありがとうございます お父様 とても嬉しいです・・大切にいたします」


 花のような顔・・・。
それを見て リュカも微笑んだ・


***



アルマは頬を紅潮させながら 船室へと駆けていく。
今でも胸が高鳴っている。
たくさん父と語ったあの言葉が・・・そして指元に輝く祈りの指輪が さらに胸を弾ませた。


船室に入り、アルマはキョトンとする。


たどり着いたアルマとクラウドの寝室―― だが そこには小さくランプの明かりが灯っているだけで 肝心のクラウドの姿がない・・・。
たくさん話したいことがあったのに・・・。とアルマは萎む気持ちを隠せない瞳で辺りを見回し、中にへ入る。

その時だ――


突然 扉が閉まる音・・・そして重く 鍵がかかる音がした。


驚いて振り返ると、ドアの前に立つ 人影があった。



「…――クラウ」

「こんな時間まで・・・どこに行っていたの?」



アルマがその名を呼ぶのを制して、低い 声がした。
いつものような温かさが無い・・。どこか 感情がないような声だった・・・。

「・・・クラウド・・・私ね」
「――『アイツ』と一緒にいたの?」

そう続く声は静かな軽い口調なのに 何かの感情を抑えるかのようだった。


「――さっきから・・・何時間経ったか知ってる?それとも・・・『時間』がわからなかった?」


どこか、笑うように続くその声音・・・。
クラウドの表情は闇に隠れて 窺うことができない。
――それでも、微笑んでいないことだけは わかった。

アルマは不安と罪悪感を感じ、思わずスカートを握る。
確かに クラウドに一言も告げず リュカの元へと行ってしまっていた。
リュカと 一言話したくて 一言 言葉を交わしたくて・・・ただそれだけに頭がいっぱいになってしまって・・。



――大事な『約束』が・・・頭から抜けてしまっていた。


クラウドはきっと――心配したのだと思う。
アルマが何も言わず・・・それもこんなに長い時間 戻らなかったことを・・・。


アルマにはほんの少ししか時間が経っていないように思えたが、実際はあれから3時間も経っていた。


「ごめんなさい――クラウド」

アルマは素直に詫びる。
クラウドがいつも、自分を心配し心を砕いてくれていることは 十分に知っていたから――


「…あの・・・お父様とお話していたの」
小さく、俯いてアルマは言う。

「たくさん いろいろなことをお聞きしたの。
クラウドも知っているでしょ?私達の名前はお父様が付けて下さったこと・・・それでね」


「…ふーん」

クラウドの返答は 冷たかった・・・。
いつものような優しさも 包み込むような温かさも無い・・。
だからこそ アルマは必死に続けた。

「あのねクラウドも今度 一緒にお話ししましょう。お父様はいろいろ知っていらっしゃるの
旅の事とか・・・魔物の事とか それに――お母様のこととか だから3人で一緒に」

そうアルマが顔を輝かせるが それの答えた声は 

「――ボクはいいよ。『あの人』と話したいことなんて・・・別にないから」

突き放すようなその声に、アルマは思わず口を噤んだ。
『あの人』と 呼ばれているのが父であるのはわかった。

クラウドは あの再会の日から彼の事を一度として 『父』 と呼んだことはなかった。
それがどうしてなのか――アルマにはわからない・・。

だが初めて『二人』が顔を合わせた時から、
二人の間には 大きな溝が生まれていたのは知っている。


そしてどちらとも その溝を埋めようとはしないことも――。


だから――アルマはどこかで必死だったのかもしれない。
父とクラウド 二人がもっと仲良くなって、そして三人で楽しく過ごせるために・・・。




「さっきからアルマは 『あの人』の話ばかりだね・・・。」


クラウドがどこか 自嘲気味に呟き、さらに小さな 声が続いた



「――だから・・・嫌だったのに」






「・・・え?」




その言葉が聞き取れず、アルマが聞き返すがクラウドは答えなかった。

静かに 足音も無く近づいてくる彼を アルマはただ見つめる。





「・・――妬けるな」



その言葉にアルマが顔をあげると同時に


唇を重ねられた


***




「・・・俺に『父親』は 向かない・・・そう思わないか?プックル?」

リュカはそう一人呟いて、プックルの柔らかい毛並みをなぜた・・・。


アルマと名付けた・・・あの女の子が 必死に自分慕ってくるのがわかる。
何気ない一言に 白い頬を紅潮させて、瞳を輝かせて喜んだのを見た時、少し 不思議な気がした。
褒めてもらえて 嬉しかったのだろうと思った。
けれど、あんな些細な一言でそこまで 喜んでくれたのが 不思議で 歯がゆい気持ちがした・・・。


でも・・・この胸に浮かぶ感情が『愛情』と呼べるものなのかわからない…。

だって・・


「・・・どうして あんなに 似ているのかな?」

そう呟いたリュカの言葉には 切なさと戸惑いが滲んでいた。


あの少女は・・あまりにも似すぎている・・。





その顔 その瞳・・・。
顔の形や唇の色・・・

僅かなしぐさや その声音

そして ほのかに香る・・花の香りすら――




リュカが世界でただ一人 愛する人に・・・。



リュカは小さくため息をつき、星空を見上げた。


世の中、娘は父親似・・そして息子は 母に似るというのが通説だが
この双子の場合は全くの逆だ・・・。

娘のアルマの容姿は 頭の先から 足の先まで ビアンカの面影を宿している。

しかし 息子のクラウドは リュカの父 パパスの面影を強く宿しているような気がする。

クラウドはリュカとは違い、意志の強い、力強い顔だちをしている・・・。
しゃべる言葉も、振る舞う仕草も リュカにはない 凛とした強さを感じさせた。



その立ち振る舞いは『勇者』を探し求めた 父とよく似ていた。


リュカは再度小さくため息を付き、顔覆った・・・。




「・・プックル・・お前は知ってると思うけど・・・俺は小さい頃から やりたいようにやってきたし・・・
友達も知り合いも少ないし…ビアンカさえいればそれいいと思ってたんだ」

淡々と呟いていくリュカをプックルがじっと見つめている。

「・・・こんな俺が・・・『父親』になれるのかな・・・?俺は…まだあの子の名前すら呼んでやれてないのに・・・」

リュカのその言葉に答えるように、プックルが優しく喉を鳴らした…。






END



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