「・・方がいいアル」


「・・・え?なんか言った?」



突然ポツリと呟かれた声に、新八はアイロンを掛けていた手を止め視線を上げる。
視線の先に居たのは神楽だった。神楽はこちらを見ずくちゃくちゃと酢昆布を噛みながら、お気に入りの『渡る世間はコノヤロー』シリーズの雑誌をパラパラと捲っている。
「ごめん ちょっと聞き取れなかったんだけど・・・なんか言った?」
そう新八が再び問うと 

「気をつけた方がいい・・と言ったネ」

と呟いた。

「え?何に・・?」

その発言の意味がわからず、新八はぽかん・・と神楽を見る・・・。
神楽はあいかわらず酢昆布を噛み続けて、またページを捲る。

「...『男の嫉妬』は怖いアルよ・・・」

「・・・は・・?」

そう呟かれた言葉に、新八は心底目を丸くした。
「え・・?あの・・意味が全然わかんないんだけど・・・」
そんな新八に構わず、神楽は続ける...一度も視線を合わさないまま。
「世間はよく『女の嫉妬』が怖いって言うけど...本当に『怖い』のは『男の嫉妬』ネ・・・・―――・だから気をつけろって言ってるネ」

「・・・」

え・・・・?
てか何?

そんな新八を尻目に、淡々と神楽は続ける・・・。雑誌を捲りながら――・


「・・・男は『ケダモノ』アル・・・・。女と違って『情』がないネ・・・。
もし、追い詰められたら非力なお前ではとても敵わないアル…。あっと言う間に『犯されて』しまうネ・・・」

「『犯ッ』って!!!??あのさぁ・・・神楽ちゃん ドラマの見すぎじゃない?どうしちゃったの?
――てかどうしてボクに言うの?意味分かんないんだけど・・・」

新八がはは・・・と冷汗を浮かべる―――すると、ようやく神楽の視線がこちらを向いた。



「『忠告』はしたアルよ・・・」




*雨宿り 眠る君の顔*






―――アイツ...あいつのせいに違いない..。


どんよりと曇った薄暗い空の下を、新八は大きな買い物袋を下げ、そう思いながらガツガツと歩いていく。

――あんな年端も行かない少女が...まるで長年経験をつみ修羅場を潜り抜け、男女の深みを知ったような発言をするなんて・・・
―――通常ならありえない。てかあってはならい。

・・・てか、何あの眼…あの雰囲気!!あの貫禄!!
まるで全てを見通しているスナックのママの顔だよ!いっそお登勢さんだよ!!


と、言うより…『子』は『親』の『嫌な部分』程似るというが・・・言葉通りだ。
あの少女は『育ての親』の駄目な部分を素晴らしいほどに吸収している。――そう『育ての親』――銀時の―――・・・。


(・・・アイツ最低だわ・・ほっんと最低だわッ・・!
神楽ちゃんなんてまだ義務教育も終わってない子供なのに・・何あの発言ッ!!)

そう『犯す』――とか『ケダモノ』だとか・・・・。どう考えてもあんな子供が言うべきセリフではない――。
でもあのような発言を年端もいかぬ子供の前で繰り返すアホが…いるのだ。

そう・・・普段から下ネタは銀時は十八番...。
下品な単語も容赦なく使う...。
にやぁ・・とスケベっぽい笑みを浮かべて 放送禁止ぎりぎりの発言をなんの躊躇も無く発言する...。

(アイツ駄目だわ・・・ほんっと駄目だわ!!今度ちゃんと言わないとアイツの所為で
ジャンプ至上 最低最悪のヒロインになっちゃうよ!あんなヒロインいねぇよ!!)




そうブツブツ呟きながら歩いていた時 突如ドンッと何かに当たった。
「うわ・・す・・すみません!」
慌てて顔を上げた瞬間...新八の顔が一気に青くなる。


(うげっ!!)


「これはこれは・・・新八君じゃねぇですかいィ」



そう見下してくるのは・・・沖田だった。


「こりゃいけねぇや・・・公務執行妨害でさぁ・・署までご同行願いますぜぃ」

そういけしゃあしゃあと言う沖田にずさぁ~ッ!と新八は後づさる。

「おいおい・・逃げるなんて連れねぇや・・・」
「・・い・・いえすんません!あのほんとすいませんでした!!」

沖田と出来るだけ距離をとった後、新八はそう一気に捲し立てた。


「あの!ボク忙しいんで!!これで失礼します!!では!」

 そう冷汗を掻きながら、必死に作り笑顔を浮かべて新八は少しづつ後づ去る。

「忙しい?なら手伝いましょうかぃ?俺は今ちょうど暇なんでね」
「い・・いえ!いえ!結構ですから!!」

新八はそうブンブン!と激しく首を振る。
あからさまに引き攣る新八の顔を、何食わぬ顔で見ながら沖田が距離を縮めてくる。

「遠慮しないで下せぇ・・あ~・・・その荷物持ってやりますぜ 貸しなせぇ・・・」
そう言って手を差し出す沖田に、新八は更に後づ去り、全力で首を振る。

「はは・・そんな・・!天下の真選組の隊長を荷物持ちにするなんて・・できませんよ!」
そう笑う笑顔が引き攣る―――。



はっきり言って新八は―――沖田が苦手だった。


この飄々として何を考えているのか分からない所もさておき、…冗談も常識も覆す『サディスティク王子』な辺りが激しく苦手なのだ・・・。


新八の身近にも…『S』はいる。
しかもそこに『変態』が付く、最低最悪な男がいる。―――だが銀時と沖田は何かが違う・・・・・

同じ『ドS』同士…根本的な部分で二人の思考は似ているが、それでも微妙な違いがある。

銀時が粘っこくネチネチと攻めることを好むのなら、沖田は相手を痛ぶって限界まで追い込むタイプだと思う。


この・・・『ドS』は怖い。
この男は生まれつきのサディスティクなのだ。


警戒心全開の新八を、全く表情を変えずに見ていた沖田は

「あれ~」

と、唐突に声を上げてそう後ろを振り返る。
沖田が振り返った先には、小汚いゴミ箱が一つ置かれていた。―――だが良く見れば、その奥には暗い路地が続いている。
注意深く見なければ見過ごしてしまうような狭い路地だ。


沖田はそこをじぃと見つめ、徐にスタスタとそこへ足を運ぶ。


そして薄暗い路地の中をじっと覗き見た。

「・・・?」

その不可解な行動に新八はポカンとする・・。
こういう銀時とはまた違う得体の知れなさが 苦手な要素の一つだった。

「・・・新八君 ちょっと・・」

唐突に沖田が手招きをする。
「・・・何ですか・・・?」

そう新八が疑いの眼差しを向けると
「ちょいと・・いいからこっち 見てみなせぇ」
そう沖田はちょいちょいと手招きする。
「・・はい・・?」
「ほら・・・早く来てみなせぇ」
沖田はそう淡々と云い、また路地を覗き込む。

うぐ・・と新八は悩む。

その路地に・・何かあるのだろうか・・?
思わず好奇心が頭をもたげる…。―――つま先立ちで先を覗こうとするが、沖田の背中に隠されて先が見えない。

でもこれ以上沖田に近づくのは危険だ――。
でも・・・一体どうしたというのだろう・・・?あの路地に何があるというのだろう・・・?

好奇心と本能の警告の間で新八はぐるぐると揺れた。

行こうか行くまいか・・・じりじり悩んでいると、追い討ちを駆けるように沖田が呼ぶ。

「ほら・・はやく来なせぇて・・・」
「・・~~ッ」

「ほら・・」

「・・・」

「・・・」

「・・」




「・・・・・・・・・・・・・・・・なんですか?」

遂に好奇心に負け、新八はそろそろと沖田に近づいた。
だがあいかわらず入口は沖田の背によって完全に隠されている。――ここまで来ても、中が見えない。



「・・あのぅ・・何があったんですか?」
「ほら・・ここ・・見てみろぃ」
「・・え?」
促されるまま、新八は前のめりになる。

「ここからじゃ見えにくいな もう少し前にでねぇと・・」

そう囁かれて新八は言われるがまま路地に入った。

「・・・・あれ?」

―――あれほど気になった路地の中は・・――特に目につく物が何も無い。


「・・あのぅ・・何にもないですよ?一体何を見て・・」
そう振り返った瞬間―――後悔した。


眼の前には にやり・・・と酷薄に笑う沖田の顔があった・・。


―――ヤられた・・・


瞬時にそう理解したが既に遅かった。



「なんていうか・・素直で可愛いと思いますがねぇ・・・」


そう沖田はくつくつと笑う。

「こんな簡単な手に引っかかっちまうってのは 少し不用心すぎじゃねぇかぃ」


そう瞳を細め、唇を歪める姿に…ぞっと鳥肌が立った。
この顔はまずい―――。
ドSが覚醒している顔だ・・・。


思わず振り返ると、更に鳥肌が経つ。
出口がない…。
後ろは完全なコンクリートの壁だった。

最悪なことにたった一つある出口は、沖田によって完全に塞がれている。



あまりにも狭い路地故に、陽の光もほとんど入らず薄暗い…。
元々この通りは外は人通りが少なく…こんなに細く暗い路地に誰も見向きもしなかった。

そんな中で――獣のような『ドS』と向き合うなんて・・・・。



「・・ど・・退いてください!」
「嫌でぃ・・・」

その答えに思わず睨みつけると、沖田がすぅと眼を細める。
その唇には酷薄の笑みが浮かぶ…。

(・・・うっ!)
この系の笑みには、ロクな思い出が無い…。嫌な記憶と予感がぐるぐると頭を回った。
しかも嫌なことにこの先の展開も手に取るように想像できた…。
しかもこういう時に限って 当たるのである。

「さて問題でぃ・・・。人通りの少ない路地・・しかも薄暗く 出口は塞ぎ、外からは見えにくい・・・」

そうくすり・・・と沖田は笑む。


「そんな所で…新八君と出会った俺は…何をすると思いますかぃ?」


分かりたくねーーッ!!

その問いに内心で激しくツッコんだ。

ツッコんだが――口に出す事が出来ない。

新八はぐっと唇を噛んで後づ去る…。


―――だから沖田は苦手なのだ。


これが銀時ならば、叫んで殴って喚いて、なんとなく『冗談』で逃げることができるが…――沖田にはそれができない空気がある。
銀時とは違う…有無を言わせない『怖さ』がある。


自分よりほんの少し高いだけなはずなのに・・・今の沖田は覆いかぶさるように大きく思えた。
新八をじぃと見つめるその視線は…飄々としている分酷く怖い…。
その微かに笑んだ口が――何を言うかとゾッとする。


・・・まるで肉食動物に追い込まれた気分だ。



―――でも

と新八はぐっと拳を握り締める。


――負けるもんかッ!




沖田と新八はたった二つしか年が離れてない。
背だって数センチしか違わない。
確かに剣の腕ではとても敵わないが、こちとら万屋で鍛えられた経験がある。


いつも思い通りになると思ったら 大間違いだぞバカヤロ――ッ!!!



「ど・・どいてください!」
「そいつぁ無理でぃ」
「こ・・・近藤さんに言いつけますよ!いいんですか?」
「おお~言ってくれてかまわねぇぜ・・・。沖田さんと『エッチしました』って大音量で言って下せぇ」
「いっ・・言えるかぁ―――ッ!!」

思わずそう突っ込むと、沖田がくすっと笑う。
「慣れねぇハッタリはいわねぇ方がいいですぜ?自分で罠に嵌るようなもんでさぁ」

「うっ・・!」

「大丈夫でぃ。少しは優しくしますぜ?大体近藤さんにも言われてるんでね・・。
局中法度第49条『万屋憎むべし ただし新八君だけには優しくすべし』ってよぉ・・。これ破ったら切腹なんでね」
「そんな優しさはいらねーーッ!!」

思わずそう叫ぶと、やれやれと沖田が肩を竦める。
「じゃあ過激なSMプレイでもいいですかぃ?容赦しませんぜ?俺は完全に支配するのが好きなんでねぇ・・・」
「聞いてねぇ――ッ!!」

「やれやれ我儘なお人だぁ・・・。」
沖田はそう言って、首筋に手を当てる。
「優しくされるのも嫌…過激なSMも嫌・・・こんな状態でよくそんな口が聞けるもんでさぁ・・・」

「うっ・・煩いですよ!だ・・だいたい沖田さんが変なこと言ってるんです!!ボクはしごくまともです!」
「そら来た…また口答えですかぃ・・・?いけねぇ人だ…。」

沖田は不意に…その色素の薄い眼を細めた。

「―――いい加減にしねぇと・・・・・・調教し直しますぜぃ?」
「・・・!?」
突然の問題発言に新八が唖然とすると、沖田がにやり・・・と冷たく笑う。


「前から思ってたんでぃ・・。あんたは本当に俺の言うことを気かねぇ…。アレもイヤこれもイヤ・・そればかりでさぁ・・」
「・・・てか・・それはアンタがおかしいことばっかり言ってるからでしょッ!!」
「ほら・・また口答えしたじゃねかぃ・・・。いけねぇな・・・いけねぇ人だ」


沖田はそう・・やれやれとワザとらしく首を振る…。
そして徐にスカーフを緩めた。


「・・・ッ!」

「今までの『女』は大体数時間で俺の『奴隷』に成り下がってたんだがねぇ・・・どうしてかアンタはちっとも媚びねぇ・・」

いきなりの爆弾発言に新八の眼が点になる…。

(あれ・・?なんか今・・・すごく最低なこと言わなかった・・・?この人・・・!?)

そんな新八を見ながら沖田は淡々と続ける。

「―――まぁ…俺もいろいろ考えたんですがねぇ・・・やっぱり気にくわねぇんでさぁ・・・」


じゃり・・・と沖田が近づいてくる。――おもわず新八は下がる。

「あんたは俺の言うことをちっとも聞こうとしねぇ・・。どんなに痛みつけても追い込んでも思い通りにならねぇ…」


じゃり・・とまた沖田との距離が縮まる。

「―――しかもねぇ・・・。普段あまりこういう感情は生まれないんですがねぇ・・・。」


―――また 縮まる。



「―――あんたが『他の奴』に笑ったり近づいたり触ったりするのが…異常に腹が立つんでさぁ・・・・」


それに・・と沖田が冷たく眼を細める。


「―――なにより俺の事を こうも簡単に無視する所が気にくわねぇ…。」




沖田が一歩一歩・・・・新八を追い詰める。





「というか俺的にも初めてでしてねぇ・・・俺の頭を地面に打ち付けたりした奴はぁ・・」

――どんだけ前の記憶だぁあああああああ!!

恐ろしく前の記憶を掘り出すこの男に…新八は思わずツッコミたくなる・・・。
真選組の幽霊騒ぎで、幽霊に追い詰められた時
『あやまれ馬鹿野郎!!』と無理矢理 頭を下げさせたことを、この男はまだ根に持っているのか・・・―――!

「・・で・・・ですからアレは謝ったじゃないですか!すんごく謝ったでしょう!!あんたがネチネチネチネチ言うから!!」

そう睨む新八を、沖田はじぃ・・・と見る。

「―――誠意が足りねぇなぁ・・・そんな態度で謝ったつもりですかぃ?―――もっと誠意を見せて下せぇよ」
「・・・ッ!じゃ・・・じゃあ何をすれば良いですか!!ボクだってねぇいい加減決着付けたいんですよ!」

そう睨みつけると、にやぁ・・・と沖田が唇を歪める。
「じゃあその可愛い口で奉仕しして下せぇ・・・。あっそんときゃ腕は縛りますぜぃ?口だけで頼みまさぁ・・・」
「フザケンナぁあああああああッ!!!」


そう叫ぶ新八を・・・沖田は愉しげに見つめた・・・。

「そんなに顔を赤くして…相変わらず純情なんですねぃ・・・可愛いこった」
「~~ッ!煩いですよ!」


どんどん・・・空気が嫌な方に行っている。
・・・沖田の嫌なところは…こうして知らず内に自分のペースに巻き込むということだ。

どう考えも常識を疑う問題発言をしているのに、銀時と違い厭らしさがでないのはそのルックスの所為なのか・・・?
そしてやはり・・この飄々とした表情、淡々とした声…色素の薄い感情の色を見せない瞳が苦手だ…。

何を考えているのか―――わからない。

その瞳が、何を見て何を想いそして何を望んでいるのか――読めない。
だから気がつけば 沖田のペースに絡め取られている。
それに焦って感情的になればなるほど、沖田の罠にハマってしまう。



―――でも、そうはいくか!負けるもんか・・・!

心で負けてはだめだ――!



「・・・退いてください!ボクは帰ります!こう見えても忙しいですボクは!」
「忙しい?万屋なんて万年暇だろぃ?あ~嘘はいけねぇや・・。こりゃ詐欺罪も追加しねぇと・・」
「ちげーってんだろぉが!!」
「おい・・・言葉使いが違うだろぃ?『許してください ご主人様』だろぃ?たく・・・困ったお人だ」
「…っ!いい加減にしてください!」



そうキッと睨みつけた瞬間 沖田の顔が微かに笑む。
その顔に ドキリとした・・・。
それは銀時が見せる顔に…あまりにも似ていた。

自分が反抗したときに見せる…愉しげで――何かに見惚れているような―――あの得体のしれない顔…
ぞわっと鳥肌が経った。
この顔をする奴はロクな事をしない。



「・・・堪らなネぇな」


沖田が低く呟いてその形の良い唇を歪める。


「―――手に入らないモノほど…欲しがる。逃げる奴ほど追いたくなる・・・・それは人間の性って奴でしょうかねぇ・・?
それとも『男』はそういう生き物なんでしょうかねぇ?・・・――あんたを見てると 」


そう沖田は その瞳を獣のように見開いた・・・。






「・・・俺の言うこと何でも聞くように・・・『身体』に教え込んでやりたくなりまさぁ・・…」



ぞわぁ――と体中に鳥肌が経つ。



この男は――だから怖い。
普段…飄々としているくせに、こうして時に激しい感情を覗かせる…。
そして『逃げる道』を 完全に塞いでしまうから・・・。



激しい・・・残酷な色を浮かべた瞳が・・新八を捕らえる。



「――あんたが俺に縋りつく姿を想像するだけで・・・軽くイけそうでさぁ・・・。」




沖田の露骨な表現にかッと頭に血が上る。
―――屈辱で体が震える。


銀時といい沖田といい――どうしてこいつらはこうなのか?
どうしてこう最低なことを 何事もなくさらっと口に出来るか?

―――非常識で最低なことを言ってるのは『こいつら』なのに どうしてこんなにも 優位にだっていられるのか?

――こいつらの思考回路は 『常識人』の新八には理解不能だ。


怖さ半分―――だが苛立ちが半分・・そんな葛藤が新八の中をぐるぐるに回り始めた。




―――よく考えたら、さっきから会話が全然進んでない。
というか、どうしてこんな状態に陥らなきゃならないのか―――意味が分からない。

本当に今更ながらに気づいたが…――どんなに必死に『まとも』に話してもまったく意味がないのだ…。

だって『こいつら』は―――基本的に自己中で、人の話を聞かない。

こっちがいくら正論を叩きつけようが、訴えようがどこ吹く風…。どこまでも自分に都合よく解釈していく――。
それにいちいち反応して、突っ込めば突っ込むほど――『ドS』を覚醒させるだけなのだ・・・。



――――・・突如イライラと・・・新八の中で苛立ちが生まれる。




こっちが必死に悩むだけ…時間の無駄ではないか・・・・?

だって、こいつらには・・・・『常識』も『言葉』も通じないんだから・・・。



大体――こんなことしている場合じゃないのだ。


早く帰らないと、神楽が『お腹空いた』と喚いて暴れるし、今日は降水率80パーセントだと言っていたから洗濯物も取り込まなきゃならない・・

だいたいあまりに遅いと、あの変態が更に面倒くさいことを言い始める―――

というか――なんで自分がこんな目に遭わなければならないのか・・・・?




***


突如沈黙した、小柄なその身体を沖田はじぃと見ていた。
先程まで子犬のように警戒しキャンキャン吠えていたのに、一遍し大人しく沈黙している。
睨みつけていた視線が外された――。


薄暗い路地の所為で、俯いた新八の顔が陰って見えない。

――ゴロゴロ・・・と遠くで雷が唸る音が聞こえた。
びゅっ・・・と鋭い風が沖田の背を通り、路地をかけ抜け…新八の黒い髪を巻き上げる…。


同時に――低く凛とした鋭い声が沖田の耳に届いた―――。




「・・・言っておきますが・・」


そう静かに呟いた後…鋭い視線が沖田を射抜いた――――・






「―――ボクは・・あなたに『興味』がありません」






そのあまりにもシンプルで無駄の無い言葉に―――初めて沖田の眼が色を変えた。





その眼を射抜いたまま――新八は淡々と続けた―――。




「あなたがボクにどんなに興味を抱こうと―――ボクはあなたに『興味がない』と 言ってるんです」





鋭く拒絶を表した視線―――それがまるで刃先のように色素の薄い沖田の眼を射抜く――。









「ボクは帰ります―――道を開けてください」





それは哀願ではなかった――――『命令』







空が――・・・陰った―――

路地に漏れていた僅かな光が完全に遮られる。
暗いその狭い道の中で――小柄な少年のその鋭い視線だけが 息を飲むような光を放った。


気味の悪い風が―――路地の中を吹き抜け、空へと駆け抜けていった。



―――不意に沖田が―――唇を歪めた。


そのまま・・くつくつと肩を震わせ――笑う。



あぁ――と洩れた声が・・あまりにも異様な音をしていた。


顔を覆い、くつくつと笑い…不意に沖田は、血のように赤い舌でペロリ・・と唇を嘗めた。



「―――本当に初めてでさぁ…こんな状態でそんな眼で俺を見てきた奴ぁ・・」



沖田は唇を嘗め、そのまま目を眇める。
その顔は―――冷たく――だが激しい感情を浮かべる。



「・・・・・・・ここまで俺を…夢中にさせた奴ぁ・・・アンタが初めてでさぁ」



そう一段と低く呟く沖田のその眼が―――獣のように見開かれる。
色素の薄い眼が―――今は激しい激情に揺れて血のように鈍く・・紅に揺らいだ。


「道を開けろ・・・?答えはNOでさぁ・・。俺はここを退かない…。」

そうくつくつと肩を揺らして 沖田は笑う。


だがその笑みも:・・すぐに止んだ…。



「―――いい眼だ・・・・」



沖田はそう 無表情のまま呟く・・・・・。



「―――その眼を ぐちゃぐちゃに 歪ませてみてぇ・・・・その口で 許しを乞わせてみてぇ・・・・・」


表情を変えぬまま…沖田は一歩 足を進めた。


「俺に縋りついて 泣き喚くように・・壊してみてぇ・――・俺だけを見るように―――調教してやりてぇ・・」

静かに…音もなく――だが確実に その距離は縮められていく―――。



「…あんたはまるで…『麻薬』でさぁ・・・。…気がつけば、後戻りできねぇくれぇに・・・どんどん溺れさせられる・・・」


また一歩…沖田は足を進める。

「おかしなもんでねぇ・・・気がつくとすぐアンタに会いたくなるんでさぁ・・。
気が狂ったみたいにその眼をその声を その顔をその体を・・・アンタの全てを欲しくて堪らなくなるんでぃ・・」


新八君・・・と呟いて…沖田はその手を伸ばす。


すでに、少年の背には冷たい壁しかない…。
完全に追いこんだ―――。
だがまだその眼はあの色を消さない―――。


その眼に・・・見惚れる・・。
その顔が…堪らなく沖田の心を揺さぶる…。
獣が―――ごくりと喉を鳴らす―――・





「―――俺も元来諦めの悪い奴でしてねぇ…欲しいモノは手に入れないと済まないんでさぁ・・・。」





突如――沖田の空気が変わる。
空気がぴりっと震えた・・。






「アンタが―――欲しくてたまんねぇんでさぁ・・・」





そう 告げた声には――――まるで何かを渇望する獣のように・・・



あまりにも低く―――擦れていた。




**




「畜生・・・あそこでやめとけば・・・あと三分前にやめとけば…」

ブツブツと頭上に負のオーラをまき散らしながら銀時はヨロヨロと歩いていた。

「てか・・・2分前でもよかった・・・・あそこでやめとけば今頃はパフェ食い放題だった金時パフェとか行けた・・・いけたよ」

あ~・・どうしてあそこで・・・と銀時は繰り返しブツブツ呟く。


そして

「あ?」
銀時が不意に空を見上げる…。
「ちっ・・何処までも付いてねぇな・・・!」
パラパラと降り出した雨はすぐに土砂降りとなった。
銀時は駆け出し、傍にあった屋根に滑り込んだ。

「・・・あ~・・ついてねぇな」

銀時はそうダルそうに呟いた瞬間――

「あれ・・・?旦那じゃねーですかぃ・・」

突如聞こえた声に、更にダルそうに視線を上げる。――そこにはちゃっかりと傘を差した沖田がいた。

「・・・こんなところで会うなんて奇遇じゃねーですか・・あれ傘はどうしたんですかぃ?」

そうワザとらしく聞く沖田に、銀時のダルそうな眼がイラァとする。


「今日は降水率80パーセントでしたぜぃ?・・いけねなぁ情報に疎くて・・・・そんなんじゃこの腐った世の中渡っていけませんぜ?」
「・・・そう言うお前はどうなの?傘とか持っちゃってたわけ・・・?折りたたみ傘とか?どこぞの真面目坊やですかぁ」
「違いまさぁ・・・こいつぁそのコンビニに刺さっていたやつでぃ 俺ぁ傘を持ち歩かない主義なんでね」
「おまわりさ~ん!!ここに傘泥棒がいるんですけどぉ!」
「やれやれ旦那は眼まで悪くなったんですかぃ?おまわりならここにいるじゃねーですかぃ」
「うるせ―んだよッ!お前見たいな奴が警察だからこの江戸は腐りきっちまったんだよ!」


―――雨が激しさを増す…。

いく人もの人間が右往左往し 水しぶきを上げて駆けぬけていく・・・。


「てか何よ・・・?なんなんだよ・・・行けよ!」


立ち去る気配のない沖田を、銀時はイライラと睨みつける。

「傘差してそう見られてるってのはすげぇムカつくんですけど…!半端無いんですけどォ!!」

銀時のネバネバした厭味に、沖田は何も言わない…。
薄暗い空の下…その顔にはいつもと変わらない飄々とした表情を浮かべている。

その顔が更に、銀時をイライラと煽る――。


――、雨はますます勢いを増した。
沖田の差す傘からも幾筋もの水が流れ落ち、それはズボンを濡らし始めていた。


「おい・・・せっかくの制服がびしょびしょだよ?行ったら・・?さらにぐちゃぐちゃに靴濡らしながらお家に帰ったら!?」

その光景を果てしなくダルそうに見て、銀時はその顔に青筋を浮かべる。
「おらぁな・・・こんな日に、こんなタイミングで、しかもこんな天気の時に野郎と顔合わせてるなんて、不快きわまりねぇんだよ!」

―――沖田は何も言わない。
その時―――銀時がふと何かを見つけて、厭味ったらしく歪んだ。


「おいおいなんだよ ソレ・・・」


銀時の眼が捕らえたのは…沖田の頬走る三本の赤い傷。
相当手酷くやられたと見えて、その傷からはじんわりと血が滲んでいる。

「なんだよてめぇ・・・『女』でも泣かせたわけ・・・?どんな18歳だコノヤロー」

そう銀時は大げさに顔をしかめ、顎を摩りながらやれやれ・・・とため息を吐く。

「いかんねぇ・・・仮にも君、未成年でしょ?『女』のおも字もわからない年頃でしょ・・・?
どんな昼ドラですかぁ・・・?お前のねーちゃんになんて謝ればいいんだ?え?」

――沖田は沈黙している。

「お前ねぇ…仮にもまだ未成年の分際で・・・酒も飲めねぇ青二才の癖に『S』に目覚めてんじゃねーよ!
いい大人になれねぇぞ・・・!どす黒い未来しか待ってねぇよ?わかるか?おいっ聞いてんのかぁ?」

先程からまったく口を開かない沖田を銀時がじろりと睨む。

「お前な!ねーちゃんやゴリラにどんな教育受けてきたんだ!えッ?人の会話はキャッチボールだよ!キャッチボール!
たく、てめぇみたいな『ドS』で常識の欠片も無いような奴が、警察だなんて世の中おかしくなるわけだわ!
てかよぉ『女』泣かすなんて、百億年早えぇんだよ!!」



すると今まで沈黙していた沖田が・・・不意にその傷を指でなぞり・・・・・・・・薄く笑った。




「―――・・・『女』じゃねぇ・・・」



「・・・あ?」


ダルそうに問い返した銀時と視線を合わせず、続いた声は…低く愉しげだった。




「―――――――ちょいと・・『猫』に引っ掻かれましてねぇ・・」





その瞬間―――銀時の瞳が色を変えた。




「『歌舞伎町』の通りで見かけましてね・・・・・・。・・・ちょいと手を出したんですが・・・・・・」



―――意味ありげに沖田はくす・・と笑う



「・・・・・・その『猫』ときたら・・『大人しく純情そう』に見える癖に とんだ『生意気な猫』でしてねぇ・・・・」





…銀時の顔色が眼に見えて変わる――。



「――俺ぁ…随分嫌わちまってるようでねぇ・・『強引』に触れようとしたら…このザマでさぁ・・・・」


そう笑むと、沖田は傷をなぞった指をペロリッと嘗めた。




「・―――なんせ見た目は虫も殺さない大人しい顔してるもんだから、こちらもつい騙されちまうんでさぁ。
すぐにでも手ゴメにできそうなんでねぇ・・。ところがどっこい・・・こいつは一筋縄ではいかねー奴でね・・・・」


銀時の――空気が変わる…。
その顔から――・・一切の表情が消える。


「―――気に入らない奴だと指一本触れさせようとしねぇ・・・・。―――自分が追い詰められているくせに、いつまでも強気でね・・・
反抗心丸出しで、まったくこっちの言うことを気かねぇときやがる・・・。
あげくに強引に撫でようすれば容赦なく引っ掻きやがって・・・ちっとも懐きやしねぇんですよ」


そう呟いた後…その色素の薄い冷たい眼が…なんとも言えない色を滲ませた。




「――――――――だけどそんな所が堪らなくていけねぇ…」




沈黙が―――二人の間に流れた。

銀時の赤茶色の瞳が…沖田を射抜く――。
そこに生まれていたのは…黒い澱み…。


己と同じ感情の色を認めた沖田は・・・唇を歪めた。



「・・・俺ぁ・・・・一言 旦那に『忠告』してやりたかったんでぃ」





沖田の鋭い眼が…銀時を射抜いた――。




「―――あの『猫』に『傷』を『与えられてる』のは アンタだけじゃねぇってことでさぁ・・・」






雨が激しさを増した―――

人通りが消えたその薄暗い路地で・・二人の男はただ向かい合っていた。


お互い…同じ感情を瞳に浮かべていた…。




「ああ・・あんたは腕にあるんですかぃ・・・?ずいぶん派手に引っ掻かれてるじゃねーかぃ?」
そうちらりと・・・沖田が銀時の腕を見て笑む。

銀時の腕には無数の赤い傷が走っていた…。――だが手当てした様子がない―――。


何かを含んだ視線をちらりと銀時に向ける…

「アンタも『強引』に触れたんですかぃ?さぞかし暴れたでしょうね?あの『猫』は、アンタには懐かないだろうから・・・」


銀時は――何も言わない。
ただその暗く澱んだ眼で…沖田を見ている。


「だが―――残念ですねぇ・・」


くつくつ・・と沖田は笑う。


「・・・そんな傷に『何の価値』もねぇんですよ・・――・あの『猫』は『誰にでも』噛みついて、引っ掻いて逃げていく奴なんでね・・」



―――そう嘲るように銀時を見た後、沖田は視線を落とし、皮肉気に口を歪めた。


「―――たく・・・・『男』ってのは・・・つくづく『バカな生き物』だと思いますぜ・・・・」
チラリ・・・と視線を上げて、沖田が笑む。



「―――ダンナも『この傷』で・・・・・・・理由の無い『優越感』に浸ってたんじゃないんですかぃ・・・?」


―――銀時の指がピくりと動く…。
それを認めた沖田はくつくつ笑い、己の傷に触れた。



「・・・・そう、『あんただけ』じゃねぇんですよ・・・。この『傷』に酔っていたのは…。」

そう呟かれた声は―――皮肉気に擦れた。

「――本当にバカだと思いまさぁ・・・。
あの『猫』にこうして『傷』を与えら得る度に…――なんて言うんでしょうかねぇ・・なにも『根拠』がないのに、変な支配欲が満たされてね・・・。」

傷をなぞり…沖田は続ける。

「―――『形』が残るモノ だからなんでしょうかねぇ・・・?
『あの眼』が『あの心』が…『俺だけ』に向けられていたっていう・・・『証』だと勝手に思い込んでいたんでさぁ・・・」


―――だけどねぇ・・と沖田は その顔から笑みを消した・・・。



「・・俺は気づいちまったんでさぁ―――・・・『その顔』は・・・・『誰でも見れる』もんなんだってことをね・・・」



沖田の言葉には…すでに先程の余裕も嘲りも含まれていなかった・・・。



「そう・・『誰でも』見れる顔なんでさぁ・・・――それが山崎でも近藤さんでも 通りすがりの男でも…もちろん『旦那』でもね・・」



淡々と呟かれるその声は…その表情は――――感情の色が見えなかった


「―――やってられねぇよ・・・。
まったくの茶番劇じゃねぇですかぃ・・・。俺もあんたもそんな所にますますのめこんじまって溺れていくが・・・
当の『猫』にとって、それは特別な行為でもなんでもねぇ―――辺り前の事なんですよ。

この『傷』は…俺達が『特別』だから付けられるもんじゃねぇ・・・・。

―――むしろ、俺達がただの『他人』に過ぎないっていう『証』なんでさぁ・・・」


ぐっと―――沖田が傷を抉る。


「―――あの『猫』にとっては、抵抗することが当たり前なんでぃ・・・。気に食わない奴しか居ないんでぃ・・・。

――だから逆なのさ…。

―――あの『猫』に『傷をつけられない』奴こそが――あの『猫』の視線を捕らえてんだ・・・・」




そう言うわけで―――あんたと俺は 完全に失格でさぁ・・・と沖田は皮肉気に笑んだ。



「・・・本当に『猫』ってのは自由気ままな生き物でいけねぇ・・・。首輪を付けても、いつでも好きな所に行っちまう・・。
こっちがどう思おうが、『猫』自身はそんなものかんけーねーときやがる。
――いくら主人でも『気に食わない』奴にはそっぽを向き、触れさせねぇ…
それでも『主人』は勝手に『主人』だと思い込んでいやがる・・・まったく滑稽な話でさぁ…。」





「・・・おっと俺を殺しますかぃ?」


沖田がふと――その眼を細める。


「―――俺とあんたは似てまさぁ・・・だから考えることも大体わかるんでさぁ・・・。
アンタ今俺を死ぬほど殺したいって思うはずでさぁ・・・。そいつぁ俺も同じなんでね・・・」


チラリと―――沖田はその濁った視線を上げる。


「でも・・・それはただの『共倒れ』にすぎませんぜ」


そう沖田は 銀時を見る―――皮肉気な笑みのまま。


「だって所詮…俺もあんたも『主人』に選ばれなかったんだからね・・」




雨が―――降る。




「―――それに例え俺がアンタを殺しても…アンタが俺を殺しても…笑うのはたった『一人』ってのを・・アンタわかってますかぃ?」


その言葉に…またピくりと銀時の指が動く…。


―――それを認めた沖田が…唐突に声を落とした…。






「旦那は…あの懐かねぇ生意気な『猫』が・・・――泣いて・・『弱味』を見せる姿を見たことがありますかい?」


その言葉に…銀時の顔が一瞬で強張る。


「すり寄ってきて…泣いてしがみ付かれたことがありますかい?」


銀時の顔を見た沖田は・・・嘲るように笑う。


「『無い』でしょ・・・?そりゃそうさ・・・俺やあんたの前では絶対に弱味を見せないからよぉ・・・―でも
――それが何を意味しているのか…旦那はわかってますかぃ?」


沖田が――顔を歪めた。




「『その他』って―――事なんでさぁ・・・」




雨が―――激しく打ち付ける・・・




「俺もあんたも『猫』にとっては・・・『その他の人間と同じ』って事なんでさぁ・・・・・」



だが雨音に搔き消されることなく…淡々と…その声は続く


「そりゃ・・仲間とか友達とか知り合いとか――いろいろあるでしょうよ・・・?でもそれとこれとでは意味がまるで違いまさぁ…」



―――感情が全て 壊れたかの様な――無機質な声が・・・



「俺は知っちまったんでさぁ・・それが許された この世でたった『一人』の人間を・・・・・・・・・」




―――最後に呟かれた声が・・・・・・低くく落ちた



「あの顔は・・・反則でぃ・・・」




**

暴れる腕を拘束して、そのまま強引に壁に押し付けた。
すぐさま自分を射抜いたその反抗的な眼つきに、心の奥から何かが溢れた。

離せ・・!と叫ぶ口を強引に塞いで、すぐさま舌をしゃぶる。
先程まで、口の中にはマスカット味のガムを噛んでいた…。

これは・・躾だ。

この味は―――沖田総悟の味…。
それを体に覚え込ませる。

あえてどこにでもある味を選んだ―――。

――この味を噛みしめる度に 思い出せばいい…。

これは沖田総悟の味――。
こうして犯され 舌をしゃぶられ身体を弄ばれた事を――何度でも思い出せ・・。



くちゅ・・とわざと厭らしい音を立てると、小さな体が屈辱でひくりと揺れる。
それを眼の端で捉えながら、首筋に顔を埋めた。
きつく吸って すぐに自分の印を刻みこむ―――。
わざと見えない所に付けた――。
これでいいのだ―――。

離せッと喚くその声が酷く愛しくて、頭の芯まで快楽に飲まれた。

首筋を味わいながら、手を伸ばしてその肌に触れようとする。
その瞬間――鋭い痛みが頬に走った。


視線を戻すと・・・そこにはきつい眼。


そして頬に広がる ジクジクとした痛み…。


「・・・いってぇ・・」


頬に触れると、指越しでもわかる三本筋・・。

視線を下げると、猫のように爪を立て、睨みつける眼…。

その眼が―――堪らないと思った。
――好きだと思った
手に入れたいと思った――



心の底から 何かが溢れる。
飲みこまれるように 釘付けになる。



―――だが 唐突に沖田の世界が壊れた・・・・





「――何やってんだ・・・てめーは」



世界を壊したのは――聴こえるはずの無い・・・あの男の低い声。





「勤務中に何やってやがる・・・?あ?」


そう低い声が聞こえると同時に…あの香りが鼻をついた…。
あの男がいつも手放さない…煙草の香りが・・・。


正直…心底うんざりとした。
面倒くささを隠さず視線を向けると、鋭い視線とぶつかった。


「―――いつまでも戻ってこないと思ったら、てめぇはこんな所でなにやってんだ・・・」


その言葉をそのまま返してやりてぇ・・と思う。

この管轄はこの男の管理下ではない…。
今の時間――この男は近藤と共に別の地区を回っている時間だ…。

―――感づかれたのか・・・

内心、そう詮索しながら 睨みつけてくる視線を挑発的に返す・・。


「・・・野暮な人だなぁ・・見ればわかるでしょう?」
やれやれと肩を竦める・・。すると男は煙草を離し煙を吐き出した・・・。

「認めるのか?なら・・・・『強姦』罪の現行犯で逮捕する」

「未遂でさぁ・・・。てか相手は『男』だし強姦にはならないですよ」
そう言えば ギロッ・・・と鋭く睨みつけられる。

やれやれ・・・おっかねぇ人だ・・と肩を竦める。


「なに・・ちょっと悪戯しただけでしょ?中2の夏みたいな可愛い衝動でさぁ・・・」
「てめーは頭の中までイかれてんのか?あ?」

そう睨みつけた後・・・その男の眼が呆然と蹲る少年に向く・・・。

―――沖田によって、強姦未遂をされ、服を乱されていた・・・少年。
先程までさんざん抵抗していた 強気な少年――。

の・・・はずだった。


―――沖田の眼が 見開かれる。




先程まであれほどまでに反抗的できつい眼をしてい少年の顔が・・・まるで違っていた。


その男を・・呆然と見るその眼には…先ほどの鋭さが失われていた。

不意にポロポロ・・・と・・・その眼から・・・大粒の涙が毀れおちた。



―――沖田は…呆然とした。



あれほど追い込み…攻めても 一度も泣かなかった…。

いや・・・これまでの間 そんな顔―――そんな涙  一度も見たことがなかった…

―――なのに


少年は唇を固く結んで、それでも涙を零す――。

男は何も言わないまま、その少年の小さな体を抱き上げた。

「・・・っ・・~~~ぅ」


押し殺すような嗚咽が漏れると同時に、ひしっと・・・その細い腕が男に縋りつく。


沖田の目の前で・・・少年は体を震わせ・・・激しく泣きじゃくった・・・。





「下がれ――…総悟」



有無を言わせない―――低く鋭い声がした・・・。



***


雨が降る―――

いつの間にか…沖田は傘を捨てていた…。
冷たい雨が容赦なく―――沖田の体を叩きつける…。



「・・・・・・・・・アイツはいつでも・・・俺の大切なモン・・横から掻っ攫っていきやがる…」



雨音に混じり…聞こえた声は…低く 淀んだ…。



「――――だから気にくわねぇッ・・・」



***



雨の音が室内に響く…。
そんな静かな部屋に男はいた・・。
雨の静かな音色を聞きなら座る男の口には いつも加えているはずの煙草が見当たらない。
それは男のすぐ近くに置かれていた――だが触れる気配がない。


男は胡坐を掻いて座っていた。
だがそこに…小さな体がすっぽりと納まっている。

その小さな体の上に、男の上着が不器用に掛けられていた。

すやすやと寝息を立てている――少年は、その小さな手で男のシャツを強く握りしめていた。

よほど安心しきっているのだろう・・・。少年の顔はひどく安らかで起きる気配がない。

男の大きな手が時折、不器用ながらも優しくその小さな頭を撫で、頬を撫でる。
普段の男から想像できないほど優しい手つきで、男はその仕草を繰り返した。




「・・・トシ!トシはいるか?」

不意に廊下から声が聞こえ、男――土方はそちらに視線を向ける。

「ああ・・・ここだ近藤さん」

返事をすればすぐ襖が空き、近藤が顔を出した。――だが すぐに驚いたように眼を丸くした。

「おや・・?これはこれは・・・」

そう眼を丸くした近藤の顔を見て、どこか気恥かしそうに土方が視線を逸らす。
「なんだよ・・・」
「―――羨ましいぞトシぃ!ずいぶん懐かれた物だなぁ」

そう近藤はにやぁと顔を緩ませる。
「いいなぁ・・・羨ましいなぁ・・・!俺もこのくらい懐かれたいぞぉ!だってよぉ俺にはぜんっぜん懐いてくれないんだもんよぉ~~!
いくら『義弟』って呼んでも『お義兄さんと呼んでいい』っていっても睨まれるばかりなんだよぉ?酷いよねぇ!」

「そら近藤さんに下心があるからだ・・・ていうか静かにしてくれよ・・・起きちまうだろ?」

そう言われた近藤は ニヤッと笑う。

「随分優しいなぁトシよ・・・おっ?煙草も吸っていないのか・・ヘビースモーカーのお前にしては珍しいこともあるもんだ!」
「うるせーよ・・・」

そう耳まで真っ赤にする土方を尻目に、近藤はまじまじとその少年の顔を覗き込む。

「・・・いやはやなんとも無防備な寝顔だな・・・。」

ぎゅっと土方のシャツを握り締め離す気配がない姿を見て、近藤がぽそと呟いた・・・。
「――・・あまり人に懐くタイプではないと思ったんだがなぁ・・・驚いた」

(・・・流石は近藤さんだな・・・見てないようで、ちゃんと見ていやがる・・・)
土方はそう内心で苦笑する。

この少年は、一見貧弱そうに見えるものの、芯が強い子だ。
――そして弱味を見せたがらない…人の手を借りようとしない癖がある―――。

現に姉のお妙を取り戻そうと柳生家に乗り込んだ時も、志を共にした近藤だけ連れていた。
あれだけ共にいる主人である万屋にはなにも知らせなかったらしい―――。

一見大人しく人懐こそうに見えても・・・実はこの少年が心底心を許しているのは・・・血の繋がった姉―。
・・・・お妙だけなのだと何人が見抜けるだろう?


「お?・・ずいぶん眼が腫れているな・・・」
「・・・ああ・・さっきまで泣いてた・・んでようやく泣きやんだら こてっと寝ちまった・・・」

ほうほう・・・と更に近藤が笑む。

「随分とトシには心を許しているようだな・・・。俺にはさっぱり懐いててくれないんだがなぁ」

お妙さんといい・・・俺は志村家にどうして懐かれないんだろう・・?と近藤は真剣に悩みだす。

「それにしても何があったんだ?ここまで泣かせるなんて許せんな!まさか真選組の奴らじゃないだろうな?」
「そのまさかだ・・・」
「なんだと!?」
「・・・たく・・・総悟の奴・・・今度会ったらただじゃおかねぇ・・・」
そうため息を吐くのを聞き、近藤はきょとんとする。

「なに?総悟が泣かしたのか?けしからん奴だ!お妙さんの弟君だぞ!てゆーか俺の加えた局中法度に違反してるじゃねーか!」

近藤はそう顔をしかめたが・・・

「だがあいつまだ本当にガキだからなぁ・・・・・しかも昔から、好きな子ほど苛めぬくタイプだからなんとも言えぬな…・・」

その言葉に、土方は はぁ・・とため息をついた。

(本当にこの人は―――よく見ていやがる・・・)

土方も――気づいていた。
沖田がしたこの行為は…決して悪意ではない・・。
むしろ逆――

これはどこまでも捻じれ曲った―――沖田の愛情表現・・・

(・・・だからってやり過ぎだ・・!あのバカ・・・)

沖田は昔からそうだ・・・。
気に入れば気にいるほど…好きなら好きなほど―――酷く捻じれた激しい愛情表現をする。
好きなほど苛めたい心理が極限まで捻じれたと言っても良いだろう・・・。


だがいくらこの少年を気に入り、そんなねじ曲がった愛情表現をした所で伝わるはずがない…。

―――だがサディステック星の王子にはそんな常識も通じないだろうが・・・。


また無意識に溜息をつくと、近藤がポンッと肩を叩いて笑う。

「まぁトシ・・・俺が許すから起きるまで傍に入れやれ・・・滅多にないんだからな こーゆー機会は」

「・・・・・・ああ」



近藤の優しさに感謝して、土方はうなずいた―。


***


―――雨が降る


土方の手が…優しく 愛おしそうにその頬を撫でる。


「・・・悪かったな―――遅くなっちまって」


そうポツリ・・・と土方が呟く。

相当怖い思いをしたのだろう―――

抱きあげたら まるで幼い子供のように縋りついてきた・・・。
歩いている間・・一度も顔を上げず泣きっぱなしだった。

屯所に連れて帰り、部屋に通しても離れたがらない・・。
ぐしゅぐしゅに顔を歪めて、なんどもティッシュで鼻を噛んで、それでもまた泣いて・・・。

その間…どうしていいか分からないから、とりあえず頭を撫でていた。

頬を撫でると…僅かに眼を細めてすりっと頬を擦り寄せてきた。
その仕草があまりにも猫に似ていて、思わず目尻が緩むと

笑い事じゃないですよ!

そう真っ赤な眼をしながら 涙声で喚いた。

怖かったんですから・・・!ちゃんと指導してくださいよ!あの人・・・う~~

しゃべるうちから、顔が歪んでまたわんわん泣きだして しがみ付いてきた…

気が済むまで泣かすしかない―――と思い、背中をポンポンとあやすように叩いていると・・・不意に静かになった。

覗きこんでみると、真っ赤に目元を腫らせて すやすや寝息を立てていた。
泣きつかれて寝てしまったのだろう・・・。

何も掛ける者が無かったから、制服を手繰りよせて掛ける。
そっと眼鏡をとり、机の上に置いた・・。

眼鏡を取れば、酷く整った繊細な顔立ちに眼を奪われる。


(・・・女みたいな顔してやがって・・・)



睫毛が長い・・・。色も白い…目も大きい…。唇の形も良い。

――黙っていれば女で通るかもしれない…。


そう思考しながら そっと目を細める。


腕の中にある少し高めの体温がとても心地よかった…。



―――この少年にはほとほと振り回されっぱなしだ・・・。

子供だからなのか…どうなのか・・・自分と違い感情の起伏が激しい。
良く笑いよく怒って―――よく泣く――。

でもそんな姿が・・・・とても可愛いと思う自分に思わず赤くなる…。

(・・・俺もヤキが回ったか…)



ぎゅっと自分のシャツをつかんで離さない…。

―――いつでもそうだ――。

何かある度に、自分の顔を見る度に…この少年はその眼からボロボロと涙を零す。
ぎゃんぎゃん泣いて、喚く―――。

そして泣きつかれた後は―――こうして膝の上で体を丸めて、気が済むまですやすや寝ていく。
(・・・まるで『猫』だな・・・)

そう柔らかく―――土方は笑む。


**

「あ~銀ちゃんお帰り~」


無言のまま部屋に入ってきた銀時に、くちゃくちゃと酢昆布を噛みながら言うが――銀時は何も答えなかった。
いつもの着物も銀髪も雨に濡れ、銀時が歩く度にポタポタと雫を落とした…。

神楽はその姿を見て、すぐに視線を離す―――

銀時はそのまま無言のまま部屋を横切り、風呂場へと消えた。




相変わらず くちゃくちゃ酢昆布を噛みながら 神楽はちらっと風呂場に視線を向けた…。



微かな沈黙の後―――バンッ!と何かを殴りつける音が響いた…。


あ~あ・・と神楽はため息を吐く…。



「―――男はバカアルなぁ・・・。なぁ定春」


そう毛並みを撫でながら、神楽はその青い眼を細める・・・。

「マミーも言ってたね、男は単純ネ…馬鹿ネ…・弱いネ・―――――そして繊細ネ…・・・」






そんな奴らだからこそ・・・・『怖い』

手に入らないとわかった時―――その思考回路は 明るい未来を想像できないのだから・・・。



こちらを振り向かせようと頭を働かせるほどの―――余裕がない
逃げゆく手を離してやれるほど―――大人じゃない

…現実を受け入れられるほど―――強くない


故に―――もっともシンプルで 無慈悲な行為に走る―――





「・・・・・・だからこそ――『男の嫉妬』は怖いアル・・・・」





雨が歌舞伎町を濡らす―――




雨宿りした猫は―――帰らない




END






 
 
 
SEO [PR] !uO z[y[WJ Cu