…『綺麗ごと』って言われるかもしれないけれど…
できれば『誰と』でも上手くやっていきたい。


特に、苦楽を共にする『仲間』は―――『友達』とは違う・・深くて熱くて…『絆』にも似た感情があるから

その想いは強い…。


―――キツイ練習の辛さと達成感
負けた時の悔しさと涙・・

勝利した時の――――何とも言えない高揚感。

それを分かち合ってきた『仲間』は…尊くて…大切だ。



――だから


例え 何があったとしても…


今まで築き上げてきたものを――――壊したくない



特別な事 望まない…


 一緒に笑ったり泣いたりできる――関係。


ただ・・・



それだけを願うんだ




■ 混沌きたりて 壊れゆく光 ■




外は どしゃぶりの雨・・・。


薄暗い人気のない図書室・・・。

いつもならいるはずの図書館司書は
『ただいま席を外しています。急用がある場合はこちらに連絡を下さい』
との走り書きを残して姿が見えず・・・。
テスト期間が終わったばかりのこの場所は、誰も寄りつく事も無く文字通りひっそりとしていた――


だが―――この部屋には人が居る気配がする。

図書館の 一番奥―――
一段と薄暗く ここ数年間片時も動く事が無かったと見え、埃が溜まりに溜まった分厚い本が並べられた本棚。

それらに挟まれた狭く暗い空間に・・・二人はいた。


対照的な二人の容姿―――だが対照的なのは、容姿だけ ではなかった。


一人はとろりとした表情で机に腰掛けて、埃が溜まった分厚い本をもの珍しげに見ている。
だがもう一人―――薄茶色の髪をした小柄な少年は、青白い顔で視線を足元に向け、拳を握りしめていた。

少年達の姿を――時折光る雷が照らす…。

「――ねぇ・・すごくないこの本?もう何年動かしてないのか想像できないよ。見てこのすごぉい埃」
そう顔を顰めて―――水谷がつっと本を撫でる。
「うっわっ・・ちょっと触っただけなのにこんなに埃が付いた〜・・・栄口は気よつけた方がいいよ 手が汚れるから」
指に付着した埃をふぅと吹き飛ばして、へらり・・と笑む水谷とは対照的に、栄口の唇はぎゅっと結ばれている。

そんな栄口の姿を視界に収めた水谷は、とろりとした目を楽しげに細めた。
栄口のこういう姿は――稚い小動物に似ている。
そんなことを考えていた。



雷がまた―――光った…。




「お・・俺・・・水谷に・・・聞いてほしい事が・・ッ・」


それを合図にしたように…震える声が栄口の唇から洩れた。




「・・・は…話が・・・あるんだ!」




「うん?なぁに・・?」

切羽詰まった声音とは反対に、水谷がゆったり優しく答える―――が、その視線が突如あらぬ方角を見る。


「うわっ・・なにこれ こんな本読む人なんているの?」

話題を逸らし――とろりとした瞳は分厚く難しい題名が書かれた本に集中する。


「こんな本読む人もすごいけど・・書く人もすごいよねぇ?信じられない・・」

顔を顰めて本を手に取ろうと腕を伸ばしかけると

「・・ッ水・・谷ッ・・・」
――と、先程より少しばかり強い制止の声が響く。

僅かにキョトンとし、出しかけていた手を引っ込めて水谷はへらへらと笑った。

「・・あっ・・ごめんねぇ 話だっけ?―――うん、 聞くよ?なぁに?」

小さな青い顔…不安気に揺れる瞳を覗いて水谷はにこりと笑う。

だが・・・覗きこまれた栄口は、どこか怯えるように視線を逸らし俯いた―――




自分から切り出したくせに・・・栄口はなかなかその先を言わない・・。
変わりに何度も拳を震わせて、視線をさ迷わせている。

水谷も何も言わなかった―――ただ楽しげに微笑んだままその姿を眺め続けていた。




しばしの沈黙が流れた―――
外の雨が勢いを増し――窓を叩きつける音だけがした―――その時








「・・・お・・俺を・・・・・」






か細く小さい―――だがはっきりとした声が聞こえた。







「・・・ 俺を――――『女の子の代り』に するのは――――もうやめて・・・」





ザァア―――と一際強く雨が窓を叩いた…。






血の気を無くし、震える手が何かを堪えるようにシャツを掴む。





「・・・もう俺に―――――『あんなこと』・・しないで」



震える唇は言葉を紡いだ・・。






「・・・お願い」











栄口は 震えを抑える事が出来なかった。


自分の気持ちを はっきりと水谷に告げた。
苦しくて切なくて…悩んで悩んで…そして決死の覚悟を決めて、水谷に告げることを選んだ。

・・・・―はずなのに、彼を眼の前にすると後ろめたさと罪悪感で足が竦んだ。


…――――自分の気持ちを伝えてから既に数秒…。―――水谷からは何の反応も返ってこない。
人の気持ちを何倍も感じ取り、気にする栄口の性格には…『無反応』がなによりも怖かった。


今顔を上げ、水谷の顔を見ることは…とてもできなかった。



―――驚いた顔をしているのか・・・。
それとも傷ついた顔をしているのか…。
泣いているのか・・・・


どちらにしろ…彼は酷いショックを受けて・・言葉を失っているに違いない…。


きっと・・傷つけてしまった―――その事実が重く栄口に圧し掛かる…。


人を傷つけるのは怖い…。
特に自分が原因で人を傷つけることは 罪悪感以外何も生まなかった…。



ドクドク・・・と心臓が唸る。
体中の筋肉が緊張でがちがちになる…。
身体は冷たいのにジワリと手の平に汗が滲む――・・・。精神的なストレスに弱い自分はいつだって身体が先に悲鳴を上げてしまう。




・・・二人の間に存在するこの沈黙が あまりにも痛かった。




その沈黙から何とか逃れたくて、無意識に言い訳のような言葉が漏れた・・。



「―――お―俺も・・・・水谷の事のこと好き・・だよ・・・・・・でもっ・・・」


そう・・・『好き』なのは確かだ。彼の事を…『嫌い』なのではない。




「でも それは―――『仲間』とか『友達』とか・・・・…そういう感じで・・・」







―――だから・・

その先を言えずに、栄口はぐっと息を飲んだ。




ジワリと汗の滲んだ手の平をグッと握る…。
水谷は――未だに何の反応も帰してはくれない…。
微動だにしない足―――動かない手…。




「…ッ…あの・・さ・・・水谷は…俺と違って女子に人気あるよ・・。俺のクラスでも水谷の事気にしてる子・・結構いるんだ・・・」



話題を逸らし、わざと明るく言ってみる。、



「俺・・けっこう聞かれたりするんだよ?水谷に彼女いないか?とか、どういう子が好みなのか・・・とかさ」

必死に明るく言ったが・・それでも彼を見ることはできない。





「――だからさ・・・『彼女』だって…すぐにできるよ…」


それも可愛い子で・・・・とははっと笑ってみたけど、それもすぐに途絶えた。





水谷は―――何も答えてくれない。
身体も言葉も――反応が返ってこない…。

それが分かるから―――栄口も顔を上げることがどうしてもできない…。




水谷は―――泣いているのかもしれない。
自分は酷い事を言っていると…分かってる。

自分を『好き』だと言った彼からすれば・・・今の言葉も全て『残酷』だ。




水谷の『想い』は受け入れられない―――だから水谷が望む『行為』も受け入れられない。

水谷が望むような眼で―――見ることはできない…。

だけど―――――拒みたいわけでは・・・ない。


今まで築き上げてきたものを――――壊したいわけではない…。



―――だからこそ・・・







「―――い・・『今までの事』は・・・忘れるから」








それが栄口が出した――――結論。





「俺は…水谷と今までどおりに・・皆と同じ『野球部の仲間』として・・・関わっていきたいって・・思ってるんだ…。」




「―――だから…『忘れる』から・・・」





彼の強い想いは知っている…けれど―――その想いに答えることはできない…。


でも―――

『大切』に想う気持ちは―――変わらない

その『方向』が―――違うだけで 何も変わらないと―――自分は信じてるから・・・。


前に進むために―――今までのモノを無くさない為に―――

過去に起きた『過ち』は――全て忘れる事にする・・・。

受けた痛みは―――誰にも知られることのないように…胸の奥深くで治癒する――



―――もう 決して表に出さない…


―――だから・・・彼に願う…。








「――水谷も…昔みたいに…戻ってほしい」






ただ―――それだけを願う。








**






「―――栄口ぃ・・・」



そう呼ぶ声は甘く優しかった…。

そこからは 悲しみも――怒りも感じない。


ただ 甘く―――柔らかかった…。


彼から放たれる空気も――何も変わらない。
それを―――『肯定』と捕えたから、無意識の内に顔を上げていた。
誘われた先には―――全てを受け入れて頷く彼が居ると 信じて…。








視界に入ったその顔は――――微笑んでいた。
先程とは何も変わらない…。彼独自のとろりとした目元に薄く笑う口元―――。
だがその表情からは―――何を考えているのかを読み取ることはできなかった。



「ちょっとこっちきて・・・?」



そう、水谷が手招きしてきた。
まるで小さな動物を呼ぶように その手は動く。



どう反応していいのか分からず栄口は躊躇する―――。すると


「栄口ぃ〜〜ちょっと ね?」


まるで緊張感の無い声が名を呼ぶ。


栄口はそんな水谷の姿に 躊躇いを隠せない。
水谷はグランドにいる時も、いつもどこか とろりとした独特な雰囲気をしている。

その甘いマスクとゆったりとした口調は、悪い印象を与えない代わりに、『彼自身』を覆い隠してしまう。
正直―――栄口にとって水谷の行動は不可解な事が多かった。考えが――読めないのだ。

その容姿、その言動からもどうして野球部を選んだのか未だに疑問でもある・・・。が、
あのキツイ練習には欠かさず参加している姿を見ると真に野球が好きなのかもしれない―――だが、その反面音楽を聞いたり、空を見たりしている。
その行動の不一致さから―――水谷はなにをどう思っているのか 栄口には分からなった。


――先程の話―――彼は本当に聞いていたのだろうか・・?
そう栄口は不安に思う。

言葉を選び選んで―――水谷が傷つかないように――でも自分の気持ちを分かってもらえるよう伝えたつもりだ…。
だが今の水谷の反応はどう受け止めていいものなのか――わからない。

水谷は普段と全く変わらない様子のまま 手招きしてくる―――。
まるで先程までの緊迫した会話が聞こえていなかったみたいに・・・。

じっと不安げに水谷を見ると、それに気づいた眼が優しげに笑む。

聞こえていない 筈がない…。

何度が躊躇した結果 栄口はおずおずと水谷に近づいた。

とろりとした眼がほそまる―――唇が…笑む。


その―――刹那・・
突如 両腕が強引に掴まれる。

「――ッ」
咄嗟に抵抗しようとするが既に遅かった。
逃げようとする腕を捕えられ、抵抗を許されない力で引き摺られる。




視界いっぱいに――――水谷のとろりとした目がある―――。
その眼が楽しげに―――冷たく 笑んでいた。

ぞっ・・と体中が粟立つ―――
この水谷の顔――――笑っているのに 身体が震えるような怖さを秘めた この顔―――

その顔を見たのは―――いつだって・・・。





「―――栄口の唇ってさぁ・・・・エッチだよねぇ・・」

「・・・っ・・ぅあ?」

唐突の言葉に栄口は一瞬キョトンとする―――だが瞬時にその顔がかぁっと熱を帯びた。
無意識に逃げようとするが、掴まれた手が更に引き寄せられ抵抗できぬままに拘束される。


「大好き」

そうとろりとした眼がうっとりと笑んだ。

「栄口の唇 大好きだよ・・・いつだってキスしたくて堪らなくなっちゃう…」

「…ッ」

「栄口の声も大好き――― 切なげに喘ぐ声なんて…すごく可愛い」

かぁっと栄口の頬に朱が走る。

羞恥心と困惑に大きな瞳には涙が滲む。

「栄口の泣いてる顔も好きでたまらない…震える身体も好き…冷たくなる体温も好き・・」

うっとりとしたように眼を細め・・・歪んだ唇が囁いた。




「ねぇ・・・俺にキスして?そのエッチな唇で・・・」

「水・・っ」

栄口の顔がこわばる・・・。体中が小刻みに震える。

涙を浮かべながら栄口は首を振る・・・。


だって 今話したばかりではないか・・・



もう・・・やめてほしいって・・

元の関係に戻りたい――その為に…『忘れる』から―――

だから 昔のような関係に戻りたいと・・・そう訴えた


なのに・・・。



「いい子だから・・・?ね?」

そう優しく促すとろりとした瞳は・・・冷たく面白そうに笑む…。

「栄口からキスしてくれなきゃ・・・離してあげないよ?」
くす・・と意地悪く笑う…。
「・・水・・・ッ」
「・・困ってる栄口の顔―――可愛いね」
「・・ッ・・・」
「あぁ・・もっとみたいなぁ・・・その顔・・・ねぇ・」

ぐっと腕を掴まれ 引き寄せられる。

「・・・やっ・・離し・・・てぇッ」
「じゃあキスしてよ・・・簡単でしょ?」







「・・・早くしないと先生が帰ってくるよ?・・」

「・・ッ」
水谷はそうくすっと笑って酷薄な笑みを浮かべる。


「俺は構わないけどね・・・?先生に見られても他の誰かに見られても 野球部の奴らに見られても・・・・。むしろ大歓迎だよ・・・」


こともなげに言う水谷に、栄口の眼には涙が盛り上がる。


「阿部なんかが見てくれたら最高なんだけどなぁ・・・呼ぼうか?」

突如出された名前に―――
「…ッ…や・・だ・・・」

と・・か細い声が漏れた。

その瞬間――――初めてそのとろりとした眼が険しく濁った。


「――――『阿部』を…呼ばれるのそんなに嫌?」
「…ッぁ・・」

「ねぇ・・栄口…」
「…ぅ・・あぁッ!」
ぎりっと手を握られて、痛みに栄口の顔が歪む…。
「阿部・・・阿部阿部ってそればかり・・・・・・・むかつくなぁ・・・」
ギリギリと手を握られて 痛みに栄口が喘ぐ。
「や・・ぅぁッ・」・
「あんな奴の・・どこがいいの・・?ねぇ・・・」
「あ・・ぅ・ッいたぁ・・・」
「・・・・あぁ・・・栄口のその顔―――すごくいやらしい・・・」

水谷は興奮を隠せず 溜息を洩らす。



「ねぇ・・キスしてよ・・・」

耳元で囁かれる言葉に・・痛みに喘ぐ悲鳴が混じる。

「―――栄口からキスしてくれなきゃ・・・今日は帰してあげないよ?…。
ミーティングだって行かせてあげない―――。
俺はかまわいよ。・・・だっていつまでもこうして 栄口の可愛い顔を見てられるし・・・」

「水・・たにぃ・・ッ―――・・・」

栄口の震える声は―――涙に擦れた。


「―――ッ・・・・・・オレの話を・・・聞いて…よぉ・・・ッ」


大きな瞳からは涙が溢れた―――・
切実な想いに、声は情けない程に潰れた。

水谷が嫌いなわけじゃない
嫌いになりたいわけじゃない・・

ただ

ただ

昔のように―――『仲間』として 存在して欲しいだけだった。

どこからか狂った歯車
いつからか  変わってしまった『仲間』

始まりは ほんの些細な口付けで

それを拒み
逃げ出して

『悪ふざけ』という名前で片づけようとしたのに―――それは許されなかった。



冷たい床
組み敷かれた身体
強引に繋がれた身体…



あの日から―――どうしていいのか分からなくて…眠れぬ夜を過ごした


それでも―――『野球』を通じ『仲間』として存在してる彼を遠ざけることも遠ざかる事も 栄口にはできなかった。

『仲間』という『尊い存在』
それを失うことの方が―――自分の身に起きたことよりも―――辛かった。



だから――――だから 切なる思いを彼に伝えた。



今までの事は 忘れる・・・
彼が自分にした事は―――忘れるから
だから お願い・・・

どうか『仲間』に戻ってほしい…。




『友達』とは違う『信頼』で結ばれた―――『仲間』に戻ってほしい。






ただそれだけを願うのに・・・。




ただ―――それだけなのに・・・





放課後を告げる―――チャイムが鳴る…。

ざわざわと・・・ざわめく外。

ミーティングまで・・もう時間が無い…。



きっと・・彼は離してくれない…。
この捕えた手を――彼は何があっても自由にはしてくれないだろう…。
それが分かる自分が―――悲しかった。




―――瞳から 止めどなく涙が毀れおちる・・・。

いろんな感情が混じり合った涙は―――苦く口の中に広がる。


震える唇を噛みしめて―――


濡れた頬のまま彼に近寄る。




「いい子だね・・」


彼が どこまでも優しく囁く声が――――聞こえた。













ほんの僅か唇を重ねた ――それだけのつもりだったのに・・・突如強く顔を引き寄せられ 深く唇を重ねられた。
同時に、抗えない力で押し倒され 天地が逆転する。


抵抗しようとした腕が 強い力で抑え込まれ、その大きく熱を持った手が 服を引き裂く。

恐怖と絶望で叫ぶように紡いだ言葉は言い終わる前に 熱い唇で封じられた。
激しい口付けが繰り返され、肌に吸いつく手が容赦なく身体を犯していく。








「さっきの件だけど・・・・」






とろりと濡れた指を――赤い舌で舐めて・・・












「これが・・・。俺の『答え』だよ・・・栄口」







と冷たく楽しげに囁いた彼は 








この上なく愛しげに…残酷に笑んだ・・・






END





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