季節は―――初冬。
ラインハットにもちらちらと粉雪が舞っていた。
――だが 外を眺める余裕も無くコリンズは机に向き合って、山のように積まれた書類を処理していた。


ラインハット国王子としての責務―――そう言えば聞こえがいいが、実際華々しい仕事はほんの少しだけ―――。
大半の時間は今のように膨大な書類と格闘している――その事実を知っている者はきっと少ない―――。


メイドが用意した紅茶に口をつけて、ふと目に入った書類に思わず苦い笑みが浮かんだ。


ラインハットは大国だ―――故に揉め事や事件が絶えない。


世界が闇の脅威から救われ、魔物の陰に怯える日は過ぎ去ったものの、毎日のように届けられる報告は変わらない…――・
その内容が『魔物』ではなく『人』に変わっただけ…。




――そんな時だ



「―――失礼致します。コリンズ様」


傍仕えの執事が扉を叩く音がした。


「―――入れ」
と促すと、執事が現れ深々とお辞儀する。


「―――お客様がお越しでございます。」
「――『客』?」

コリンズは眼を丸くした。今日は特に来客の予定は無かったはずだ。

その表情から察したように、執事は続けた。



「―――グランバニア国の―――アルマ王女様がお越しでございます。」
「アルマが?」


コリンズの表情が驚きに変わる。



「…―――クラウドは・・・?一緒じゃないのか?」
「はい。お見えになっているのは、アルマ王女様 お一人でございます」


執事の返答に、コリンズは更に眼を丸くした。


―――こんなことは―――初めてだった。


「・・・―――わかった すぐに行く 」


コリンズの返答に、執事は深々と頭を下げた。


++



応接間に向かいながらも、コリンズはしっくりこない感覚を味わっていた。

クラウドが一人で訪れた事は何度もあるが―――アルマが一人でラインハットを訪れた事は一度も無かった。
それはアルマの意志―――というよりは、クラウドの意向――といった方が正しいのかもしれないが・・・。


事情はどうあれ――ひどく珍しい事には違いない。


執事の話を聞くには 特に緊迫した様子では無いと云う―――。

それでもアルマ一人で訪ねてくる その『理由』がコリンズには思い当たらない―――。


無意識に 身構える自分が居た――。

人の上に立つ立場上―――備わってくる『感』という物がある――。


(・・・・・―とにかく アルマから事情を聴くまでは何も分からないな・・・)



コリンズは唇を結び、応接間へと向かった。





■ マイガール ■






豪奢な扉―――ラインハット城の応接室の前で立ち止まり、コリンズは軽く深呼吸した。
心を落ち着けてから扉を軽くノックしすると


「―――どうぞ」

と聞き慣れた声が答えた。



静かに扉を開けると―― すぐに一人の少女の姿が目に入った。

長い金髪と緑色のリボン――。白い清楚なワンピース。





眼が合った瞬間 大きな海色の瞳が揺れた。

「――突然・・ごめんなさい コリンズ君」

心底申し訳なさそうに覗きこんでくる顔は―――間違いなくグランバニア国 王女  アルマだった。


―――だが 部屋には彼女一人だけしかいない。
どんなに目を凝らして見ても、クラウドの気配は微塵もない。



「――いや、全然構わない。来てくれて嬉しいよ」

立ち上がったアルマに座るように促して、コリンズも腰掛ける。

ふと、視線をずらすとアルマの前に紅茶と茶菓子が置かれてるのが目に入った。―――だがアルマは、手を付けた様子がなかった。
更に、向かい合ったアルマを眺めて、コリンズは内心首を傾げた。


―――アルマの服装が――いつもと違う。


―――私服だ。


それに…この寒い季節の中――上着も持っていないようだった。




「――…クラウドの姿が見えないようだが…一人で来たのかい?」


何気ない口調で尋ねてみると、アルマはこくりと小さく頷いた。




(・・・・まいったな―――)




コリンズは内心苦く笑う―――これは本当に『ただ事』じゃない。


アルマが一人でラインハットに赴かねばならぬ事態が――起きている。
それも着の身着のまま―――。上着も羽織る余裕がない程に 切羽詰まって・・・・。




コリンズは静かに深呼吸をし、心を落ち着かせた。
姿勢を正し、胸を張る―――。

重要な事柄―――それも『最悪な事態』である時―――冷静に受け止める為には 姿勢から正す―――
それが父の教えだった――・



心を決めて、それでも尚・・表情の穏やかさを無くさぬまま、コリンズは静かに問うた。



「・・・なにか――あったのかい?」



静かで深いコリンズの声に、アルマの身体がピクリと動く―――。

だが―――アルマは―――何も答えなかった。
固い顔をしたまま、自分の手元をぎゅっと握りしめている。



コリンズも あえて答えを急がない――。
重要なことほど―――相手の口から離れるまで待つべきだ。




暫くの沈黙の後―――



「――…ごめんなさい・・コリンズ君は・・とても忙しいのに・・・」






ぽつりと、アルマが呟いた。


「ははは アルマならいつでも大歓迎だ。クラウドならお断りだけどな―――」

茶目っけを含ませて笑うと、アルマの海色の瞳がコリンズに向く。

その顔は――どこか泣きそうで、どこか壊れそうで…。
そんな潤んだ瞳で見つめられ、思わずドキッと心臓が揺れた。
こんな時に不謹慎だ――と感じながらも、胸の動悸は止まらない―――。




コホンっとぎこちなく咳払いして、コリンズは続けた。




「…でも――正直驚いている――。アルマが一人でラインハットに来た事はないからな―」






ピクリ・・とアルマの身体が揺れた。



だがそれ以降―――固く唇を結んで、なかなか口を開こうとしなかった。
彼女の様子に、内心コリンズは眉を潜めた。




――『何か』が――あったとしか思えない。
しかも――――クラウドは愚かピエールすら伴っていない様子を見ると…事は重大なのかもしれない…。

だが――肝心な理由をアルマは言おうとしない。
頑なに唇を結んで、俯いているだけだ。

アルマがなぜそのような態度をするのか、コリンズには皆目見当がつかない。



――いつになく固いアルマの表情―――。

頑なに閉ざす口―――

そして―――突然の 来訪―――。





グランバニアに・・・

いや・・・――クラウドの身に一体何が・・・・。





コリンズは何気ない口調を装って話を振る事にした。


「・・・そう言えば…今日は雪が降ってるんだ」

視線を向けた先には――雪が舞う景色。

「グランバニアはどうだい・・?雪は降ってる?」
「・・・うん。ラインハットよりも多いわ。今は森も山も真っ白」

アルマが小さく答えた。

「そうか。グランバニアは山に囲まれているから、さぞかし冷えるんだろうな…――そうそう クラウドは元気かい?」



「・・・・」


途端に沈黙が帰ってきて、コリンズはアルマに視線を戻した。

「・・アル」


「―――――――――――――――クラウドなんて…知らないわ」




・・・突如今までになく強く聴こえた声に、コリンズは眼を丸くした。
そしてマジマジとアルマの顔を見る。



「クラウドなんて――知らない」



アルマは再度呟くと、その頬をぷくんと膨らませた。




(・・うわっ)


コリンズは思わず目を見開いた―――。

アルマのこんなに子供っぽい―――拗ねた顔を見たのは初めてだったからだ。

かぁ・・と一気に頭に血が上りバクバクと心臓が煩くなり、たまらず俯く。

(・・・おいおい・・・ちょっと待て)
となんとか気持ちを落ちつかせて視線を戻すと 頬を膨らませたままのアルマが目に入った。


――再び顔が緩みそうになるのを何とか耐え、コリンズは訊ねた。


「―― そんなことを言うのはめずらしいな?――『クラウド』と――何かあったのかい?」


『図星』――とばかりに――アルマの顔がますますぷくんと膨れた。





「・・・クラウドなんて―――嫌い」





ぽつりと呟かれた言葉に――コリンズは心底目を丸くした。



(・・・マジかよ)


こんな言葉―――クラウドが聞いたら・・―――想像するだけで恐ろしい。






「――だって…『イジワル』なんだもの」





アルマは唇を尖らせて、ますますぷくんと膨れた。





(―――おいおいおい・・・ちょっとまて・・・…これは・・・)



事情を聞いていたコリンズは、次第に繋がり始めたその『答え』を悟り始めていた――。







――・・・アルマの言葉から推察するに―――



コリンズが想像するような事態…つまり
グランバニアが危機に陥ったわけでも・・・――クラウドの身に何か起こった訳でもない・・。



――今アルマの表情が硬い――その理由は―――。



(―――いわゆる・・・『喧嘩』―――か?)



コリンズの思考をよそに、




「・・・だから クラウドなんて知らないの」





ぷくぅと膨らんだ頬と尖がった唇で零すアルマ―――。その姿に、内心で笑いを噛み殺した。





(…俺の『感』は――当てにならないな・・・)






***




「―――それで・・一人でラインハットに来た・・・というわけか?」

アルマがこくりと頷く。――同時に不機嫌そうに眉を寄せた。

(・・・・・・こりゃ相当ご機嫌斜めだな…アルマは)

くつくつと内心苦笑しながらも、コリンズはふと思った。

――あのクラウドがアルマに対する『イジワル』とは一体どんなものなのか――想像がつかない。

クラウドはアルマの事を大切に大切に―――何よりも誰よりも愛している。
――アルマを守ることはあっても――傷つけることは何があってもしない――。
その分――周りには容赦ないのだが・・・―――それは置いておいて・・・
クラウドの性格は長年の付き合いで嫌というほど知っている―――。


そんなクラウドが――ここまでアルマを怒らせ 不機嫌にさせた『イジワル』とは・・・一体。





「――・・・どんな『イジワル』をされたんだ?」


アルマの唇が――ぎゅと固く結ばれる。
海色の瞳が…切なげにそして不機嫌に揺れる。
この顔だけ見ていると、とてつもなく『酷い事』をされたのではないか・・・と 錯覚してしまうほどだ――。



「・・・・の」

「ん?」


ぽつりと毀れた言葉が聞き取れず再度訊ねると、アルマの海色の瞳が必死な想いを浮かべてコリンズに向けられた。






「―――『にんじん』を食べさせようとするの」








一瞬・・・意味が分からず―――コリンズは文字通り目を点にした。




「・・・――ニンジン・・?って・・・あのニンジン?野菜の?」


アルマは深刻その物の顔で頷いた。



「―――お食事の時間―――朝も・・お昼も…お夕食も…―にんじんのお料理を必ず出して…全部食べろっていうの」



アルマは心底辛そうに顔を歪めた。


「――にんじんを全部食べないと、お部屋から出してくれないの。食べ終わるまで何もしちゃいけないって言うの!」


アルマは瞳を潤ませて 真剣な顔でコリンズに訴える。


「それに私が頑張って食べても、『まだ残ってる 全部食べなさい』って言うの!全部食べるまで椅子から立っちゃいけないって!」




涙ぐみ、必死に訴えるアルマをコリンズは・・ぽかんと眺めた。

海色の瞳に涙を浮かべて、真剣そのものの顔で訴えてくる彼女―――。




白かった頬を赤くして、涙をこぼして、必死に――懸命に訴える。





「・・・すごく イジワルな事ばかり云うの!」








「・・・・・・ッ」



コリンズは―――湧き上がる想いを堪える為に思わず顔を伏せた。







――――ああ・・・




なんて――




なんて―――





――――――愛おしいんだろう・・・。

















今にも壊れそうな顔をするから―…何事かと想えば・・・――――その理由が―――『これ』とは。









なんて稚い――
なんて幼い



なんて―――可愛らしい・・・『理由』。










「・・・そう言えば アルマは、ニンジンが嫌いだったよな」


笑うのではなく――優しく共感するような優しい声で尋ねると、アルマがしっかりと頷いた。

「――そう、大嫌いなの…!」


力強く訴える姿が更に愛しい――。

そんなアルマの姿に、コリンズは思い出した。


以前 クラウドがボヤイテいた事がある―――。


アルマは――食べ物の好き嫌いが激しい…。
特に ニンジンと玉ねぎとピーマンは極端に嫌っていて 絶対に食べようとしない。


どういう経過があったのか知らないが―――それを克服させようと――クラウドが動いた結果が…―――――『これ』。



「なのにクラウドったらひどいの!――私がニンジン嫌いな事知ってるのに…ニンジン料理ばかり用意して食べさせようとするの!」


アルマが必死に訴える。
大人しいアルマがこれ程感情を表に出すのは珍しかった。


「デザートもニンジンケーキで お料理にも必ずニンジンを入れて!!私・・ニンジン嫌いなのにッ」


いつになく感情豊かに言葉を紡ぐアルマの姿を、コリンズは眼を細めて見守り、耳を傾けた。


幼い理由――稚い感情。

全てが


―――可愛らしくて…愛しくて――たまらなかった・・。








そんな時だ――またしても扉が叩かれる音がした。


「失礼いたします コリンズ様――」

深々と頭を下げた執事は





「―――――――グランバニア国 クラウド王子がお見えです」






***




「……・・―――これはこれは――・お早いご到着だな…」


にやりと・・見つめる先には、憮然としたクラウドがいた。
アルマと同じくこの寒空の下 上着を羽織っていない―――しかも私服…。
それだけで、クラウドの焦り具合が分かるというものだ・・・。


にやにやと笑う自分とは対照的に、空色の瞳がジロリとこちらを睨んだ――



「―――――・・と、いうことはアルマが来てるんだな」


と不機嫌そうに問われて、


「ご明察」


にやりと笑うと クラウドが何とも言えない溜息を吐いた。



「・・・『いろいろ』あったみたいだな?お前の様子からなんとなく想像がつくよ」
くつくつ笑うと、クラウドは更に溜息を落とした。


「――とにかく・・連れて帰るよ…―――アルマは何処にいる」

「――それは――教えられないな」

きっぱり答えると、クラウドがジロリとこちらを睨んでくる。


「――しょうがないだろ?『お姫様』は相当ご機嫌斜めだ―――お前には『会いたくない』と言ってるよ」

クラウドの表情が一瞬強張った―――。
だがすぐにそれを隠す。

「――ちょっとした誤解があるだけだ・・・。話せばわかる。――――アルマは何処だ。とりあえず連れて」
「悪いが断る」

きっぱりと言ってのけると、クラウドがあからさまに睨みつけてきた。

「――いい加減にしろよ・・コリンズ…」
「――そんな調子で行っても また『逃げられる』だけだぞ―――お前今自分がどんな顔してるかわかってるのか?」

意地悪く笑うと、クラウドはぐっと何かに耐えるような顔をした。


―――アルマに『逃げられた』事が 相当堪えているのだろう――。


「――・・まぁ久しぶりなんだからゆっくりして行けよ――お姫様のご機嫌が直るまでなら いいだろ?」


***
***


先程アルマを迎えていた応接室にクラウドを通した。
クラウドの来訪を知ったアルマは既にコリンズの部屋へと逃げていた。



応接間で――不機嫌そのもののクラウドと向き合う。



「――で・・・なにをしたんだ?一体」


紅茶を飲みながら問うと、クラウドはそっぽを向く。


「アルマは――お前を『イジワル』だ と喚いていたぞ」


「――『イジワル』・・なんてしていない・・・」

と答えるクラウドの声は――些か自信がなさげだった――・





(・・・こりゃ――相当なことしたな・・・)


と推察しながら、話を振る。


「・・・嘘つけ――。アルマがこんな行動にでるんだ・・・―――相当な『イジワル』をしたんじゃないのか?」
「・・・・・・・」


クラウドは罰が悪そうに 視線を逸らし――




「・・・・・・・アルマ・・なんて言ってた?」


――といつになく小さな声で問うて来た。



「――だから・・お前を『イジワル』だと言ってた・・・」
「それ以外には・・・?」



――― 一瞬間をおいてから








「――――――『クラウドなんて…嫌い』って」






恐ろしい沈黙が降りて――コリンズは内心・・・しまったと思った。

どうやら・・逆鱗に触れたらしい。


――だが 同時に面白いとも思った。

こんなクラウドを見るのは初めてだ。




「―――アルマは相当ストレスが溜まっていたみたいだな。―――いつになく必死に訴えてきたよ。
お前がいかに意地悪で、酷いことしたかってさ」

「……」



「…でもその理由が―――『ニンジン』って聞いて…笑ったが」


はぁ・・・とクラウドが再び重い溜息を吐いたのを見て、コリンズは吹き出した。



「ははは・・なんだよ その顔――。勇者様でもそんな顔するんだな」
「・・うるさい」

クラウドは頬杖を吐いたままぶっきら棒に呟いた。





「―――――――――正直―――ちょっと――――反省してる」






歯切れが悪いクラウドの言葉に、コリンズは眼を丸くした。


「反省って・・・何をだ?ニンジンを無理矢理食べさせようとした事か?」


「・・あ〜・・・」

とクラウドは答えを濁し、また溜息を吐いた―――。



**
***
**



―――事の始まりは―――食堂での会話だった――。




「クラウド様!何度も申し上げますが、クラウド様はアルマ様に甘すぎます!」


ピシャリと響く声に、クラウドは肩をすくめた。
声の主はサンチョで いつになく眉を吊り上げている。

「仲が良ろしいのは結構ですが―――これとそれでは話が違います!」

今日のサンチョは いつになく堅が大きく見える――それは気のせいではないだろう。

「・・それは――ボクも分かっているよサンチョ・・・」

ぎこちなく答えると、きっと鋭い眼で睨まれた。

「いいえ!わかっておりません!――こちらをご覧ください」

ドンっと目の前に置かれたのは、アルマの皿だった。


「―――ご覧下さい これを!こんな小さなニンジンも全て避けておいでです」


突き付けられた皿をクラウドはげんなりと見た。――白い皿…その端に積まれた赤い山。
小さく小さく刻んだニンジンが―――全て綺麗に残っている。

―――サンチョが何を言わんとしているのかが 十分に伝わった。


ピシャリっとサンチョがもう一度机を叩いた。

「――ご幼少の頃からでございます!―――アルマ様はこのようにと〜っても『ご丁寧』にニンジンをお残しです!」

含まれた厭味にクラウドはもちろん気づいた。


アルマがこの世で一番嫌いな食べ物はニンジンである―――。それを昔から残してばかりいた。
いろいろ工夫して食べさせようとするのだが、アルマも一筋縄ではいかず、こうして残す手をあの手この手と考えている。


「・・これはまた…アルマも面白い事するね。・・全部綺麗に避けてあるよ」

ははっと笑うと ぴしゃりっと厳しく机が叩かれた。

「笑いごとではございません!」
「――あぁ・・ごめん そうだよね」

サンチョの膨れ上がった巨体をちらりと見て、

「・・・――でも仕方ないだろ サンチョ。アルマは子供の頃からニンジンが嫌いで―――ボクだって何度も注意したけど」
軽く笑ってかわそうとしたが ピシャリっと再び机が叩かれる。

「その考えが甘いのでございます!クラウド様がそんなことでどうするのですか!!
いいですか!ニンジンはとても栄養がある食べ物です!!グランバニア国民が大切に育て上げたお野菜です!
それをいつまでも食べられないままでどうするんですか!」


サンチョの剣幕にクラウドは思わず苦い笑いを浮かべる。


サンチョは普段温和で優しいが、『栄養』と『身体』の事になると、太刀打ちできないくらい厳しくなる。


「だいたいクラウド様が甘い顔をなさるからいけないんです!サンチョは知っておりますよ!アルマ様のニンジンをクラウド様がこっそり食べている事を!」

痛いところを吐かれて、クラウドは更に苦く笑う。


――・・ダメだとわかっていながらも…アルマに懇願されるとつい 残されたニンジンを変わりに食べてしまう――。
アルマの『お願い』に弱い自分を十分に自覚している―――。


上手く隠していたつもりだったが―――――サンチョはしっかりと見抜いていたらしい・・・


「・・―――そんなに厳しい事言わなくてもいいだろ?嫌いなモノを克服するのは時間が掛るし―――。アルマだってわかってる――ただ」
「『ただ』・・なんなのです!!アルマ様のお身体の為にも クラウド様も鬼にならなくては!――甘やかすだけが『愛情』ではございません!」


またしても痛い所を突かれて―――クラウドは押し黙った。


実際――サンチョがここまで『栄養』に拘る理由も――クラウドは知っていた。


サンチョは――今でも悔いているのだ―――・
病気で亡くなった―――母の事を…。



アルマは彼女の生き写した――。
それに元々身体も丈夫じゃない――風邪をひきやすく、些細なことで熱を出す。
そんなアルマを思うからこそ――サンチョは『食』に拘り、アルマの身体を気遣うだ。


全ては―――アルマを愛しく思う故――。


確かにサンチョの言うとおりだ―――甘やかすだけが『愛情』じゃない。

大切に想うからこそ・・・『厳しさ』は必要だ―――。


言われて改めて気付いたが―――自分は避けていた気がする――。

――― いい加減腹を括らなければならない時期に 来ているのかもしれない・・・――。





「―――わかったよ、サンチョ―――これからはボクもアルマに厳しくするよ」

クラウドがいつになく真剣な顔をした。


「――本当でございますか?」

とサンチョが希望に満ちた目でクラウドを見る。
クラウドは深く頷いた。

「ああ――アルマももう16歳・・・そろそろ乗り越えなくちゃいけないしね…。正直ボクも甘やかしすぎたと反省している―」

クラウドの言葉に、サンチョがその通りだと言わんばかりに大きく頷いた。



「ご理解いただけて サンチョは嬉しゅうございます!全てはアルマ様を思っての事です!約束でございますよ!」



**




それから―――クラウドとサンチョ――そしてメイド達をも巻き込んだアルマの『ニンジン克服生活』が始まった。




朝食の時間―――



「・・・・・・あの・クラウド…」



――用意された料理。
皿の一角に大きなニンジンが三つ並んでるのを見たアルマが――ぽつりと自分を呼ぶ。
目の前には厳しい顔をしたサンチョ――そしてメイド達がいて、
『残すことが許されない』――と悟ったアルマが 助けを求めてきたのだ。

それに気づいていたから、クラウドは素っ気なく答えた。

「・・・なに?」


「あのね・・ニンジンが・・」
「ダメだよ アルマが食べるんだ」

アルマが言い終わる前にきっぱりと撥ね退けると アルマの顔が目に見えて強張った。
いつも『味方』になってくれるはずのクラウドに突き放されて――動揺しているのがわかった・




そんなアルマの表情に 揺れそうになる心をぐっと抑えて、目を逸らす。



「アルマの分だ――アルマが自分で食べないとだめだからね」


「・・・――でも・・」

とアルマの擦れる声がする。

「・・・このニンジン少し・・・大きい」
「全然大きくない――むしろ小さいんじゃない?」

そっぽを向いたままクラウドは黙々と食事を進める。

「たった三つだ―――そのくらい・・食べられるだろ?」

「・・でも・・・でもね」
とアルマのか細い声が聞こえたが、無視した。





「・・・―――クラウド」



ぽつりと・・・聴こえた悲しげな声――。
堪らず心が揺れ動く・・・が―――・・・意志を総動員して知らん顔を貫いた。



――心を『鬼』にすると決めたのだ。


こんな所で 揺らいでどうする。











―――暫くしてクラウドは食事を終えた。


好き嫌いのないクラウドの皿は見事に完食されている。


「ごちそうさま」
がたっと席を立つと、隣でアルマも一緒に立とうとした。



「――アルマはダメだ」


きっぱりと言うと、アルマが目に見えて動揺した。

「・・・なぜ?」
「まだ全部食べ終わってないだろ?」

クラウドの厳しい視線の先には まるまる残されたニンジンが映っている。


「・・――あの・・もうお腹いっぱいなの」


アルマがおずおずと呟く。

「――だめだ。後一口だけだろ?」



クラウドは厳しい顔でアルマを見る。




「―――座るんだ アルマ」



いつになく厳しく言われて、アルマの顔がふにゃりと歪む。



「・・・・・―――私 クラウドと一緒にいたいのに・・」



(・・・・・・・・・・うっ)


堪らず クラウドは唇を噛んだ・・・。




アルマは―――どうしてこう・・・恐ろしほど可愛い事を言うのだろう。
その顔といい言葉といい―――こっちがどんな気持ちになるか わかっているのだろうか・・・?




―ちらり・・と視線を上げると サンチョの厳しい視線とぶち当たった―――。


―――ここで折れるなんて許しません――と物語っている。



内心 溜息を吐いてクラウドは徐に椅子に腰かけた。


「――・・じゃあ アルマが食べ終わるまで ボクも待ってるよ」



アルマはまた茫然としている。
どうしてもこのニンジンから 逃れられないと知り ぐしゃりと顔が歪んでいく。




「―――座るんだ」




再度冷たく云うと、アルマはしおしおと椅子に戻った。



皿を目の前に俯くアルマに、『さらに追い打ちを掛けろ』―――とサンチョが無言の圧力を掛けてくる。


「・―――最初に言っておくけど――・アルマが全部食べ終わるまでは・・席を立たせないからね」
「え・・?」

とアルマの顔が心底驚いたように強張る―――・


海色の瞳がみるみるうちに潤んでいく―――…

思わず抱きしめそうになる腕を必死に思いで抑えて、クラウドはそっぽを向いた。





「―――――そんな顔してもダメ―――」






**
***





――結局その日――アルマは全てのニンジンを食べるのに3時間かかった。

しかもその後――
むっつり黙りこんで部屋に閉じこもり、夜になってもクラウドと口をきかなかった…。




―――正直クラウドだって…―――相当堪えた。




しかしサンチョからの圧力は強く――クラウドも今更後に引く事は出来ない――・。

一度始まってしまったものは―――もう・・・どうやっても止めることはできないのだ。



全ては――アルマの為と言い聞かせて―――続けること





―――三日目―――・








いつになく――微妙な空気の食堂。
綺麗に盛りつけられたニンジン料理――・日を増すごとにニンジンの量は多くなり、確実に『難易度』が高くなっている―――。


アルマはニンジン料理を一通り眺めた後・・案の定むっつりと俯いて・・時折ちらりとクラウドに視線を向ける。
その視線に気づかない振りをし食事を続けながらも―――クラウドは自分の胸に生まれた『新たな感覚』に戸惑っていた―――。





(・・・まずいな・・・)



心の中に芽生えつつある感情に・・・何という表現をしていいのか戸惑う・・・。

だが――確実に自分の中に 新たな『変化』が生まれている…。

最初は――今みたいに泣きじゃくり、訴えるアルマの顔を見ているのが辛かった――はずなのに―――・・・・・。



「そんな顔をしてないで―――早く食べれば?
そうじゃないと ここから出られないことは、もうわかっているだろ?」


考えるよりも先に―――するすると『イジワル』な言葉が出ていた。
自分で云うのもなんだが・・・アルマの弱い部分を的確に攻めるような 最高に『イジワル』な言葉が・・・・。


案の定――アルマの顔が強張って、みるみると海色の眼が潤んでく。
何も言えない唇が ふるふると震えだす。


――その顔に…胸は痛まない…。
それどころか―――もっと見ていたい――と とんでもない事を思う自分がいた。



―――今日は アルマが以前から楽しみにしていた『妖精の村』へ行く日だった。
アルマの事だから、一刻も早く向いたいに決まっている。

――それを知っているからこそ――…敢えて追い詰めるような『イジワル』な言葉を選ぶ…そのセンスに自分でも驚く。



「――ボクはかまわないんだからね。『何時間』そうしていても…」


暗に時間が無いことを示されて―――言葉を失ったアルマが…唇を震わせていく――。



「・・・どうして・・・?」



ポロポロと…遂に海色の瞳から涙が毀れ落ちる。



「――・・・なんで・・そんな『イジワル』な事いうの・・?」



その瞬間―――あまりの衝撃に

ドクンッと胸が揺れた―――。



――胸が揺れたのは『痛み』の所為ではない――。『罪悪感』の所為では無い―――・


『愛しい』――と感じたからだった。


自分の中で目覚めてしまった 新たな感情に――思わず眩暈が起きそうになる…。



幼い頃は…いやつい先日までは――あれほど心が痛んだ アルマの泣き顔…。

だが―――今は―――
心が戸惑うどころか――ある種の『高揚感』が生まれていく―――――。



―――その泣き顔を・・・

追い詰められた 顔を


もっと・・見ていたい――



辿り着いた『答え』に、思わず顔を覆いたくなる。



(・・・―――まずいな・・・ボクって・・・けっこう)



ふと 思考の途中でサンチョと眼があった。―――大満足した顔をしている。

ここ最近のサンチョはクラウドの『厳しい』態度を盛大に評価しており、

『クラウド様はサンチョのお言葉をよくご理解していただいているのですね!サンチョは嬉しゅうございます!』と

言ってのけるほどだ―――。



だが・・実際は―――『厳しい』のとは・・・ずれてきている―――。
クラウドにしか分からない・・微妙な違いかも・・・しれないが―――。


(・・・・・ちょっと歯止めをかけないと・・・『危ない』な――・・・)


冷静に分析する自分の声に――改めて頷く―――――。



正直―――『ニンジンを克服させる』という当初の目的を――忘れそうになる。
と、いうか既に・・・・『目的』がすり替わっている―――そんな気がする。

メイド達は――アルマとクラウドのやり取りにヤキモキしていると聞いた…。
サンチョの圧力と厳しいクラウドと それに俯き涙するアルマを見るのが ―――ひどく可哀想だと―――。


だが―――クラウドは この時間を・・・・『楽しみ』始めている――。
アルマを追い詰めて 泣かして――アルマが困惑する姿を見るのが―――愛しくて楽しい…。




それが―――まずいと思うのだ。




だが――クラウドが自分の考えをまとめるより先に――――――『事件』が起こった。






―――アルマが―――――――――『爆発』したのだ。







ガシャン――――と食器が揺れる音がして、驚いて振り返ると―――アルマが席を立ち、駆け出す姿が見えた。


驚きで反応が遅れ自分は愚かサンチョもメイド達もポカンとしていると、アルマは突如窓を開け放ち、バルコニーへ飛び出た。



ハッとして慌てて席を立つよりも早く



アルマはルーラを唱えて 掻き消えた。



***
***
**






「・・・・・・・・・・それは・・・・大変だったな」



事の顛末を聞いて、コリンズは笑いを噛み殺す事が出来ない。



ストレスが爆発したアルマはバルコニーに飛び出し ルーラを唱えて消えた。



それはある意味―――『家出』だと思う…。



それより―――とコリンズはしげしげとクラウドを眺めた。





「・・・・・・お前って・・・・・その・・なんていうんだ・・」


クラウドはなんとも罰が悪そうな顔をしている・・・。



「――――好きな子を『虐める』タイプ・・――だったんだな」



クラウドは憮然と沈黙する。




つまり・・・アルマの泣き顔が可愛いあまり――― 一言で言えば・・・『やりすぎた』・・・のだ。


この件に関してあまり突くと痛い目を見そうなので、コリンズは話題を逸らすことにした。




「――それにしても よくここにきたって分かっ・・・」


その瞬間 ジロリ――と鋭く睨まれて、コリンズは言葉を濁した。

また―――逆鱗に触れた様だ。



―――――そいうことか・・・とコリンズは悟る。

だからこそ――クラウドは不機嫌極まりない―――・


アルマが爆発し――そのストレスから逃れられる場所――

そんなアルマを守ってくれる所―――

彼女が無意識に選んだその場所こそ―――



辿り着いた『答え』に思わずむせかえりそうになって、慌てて咳払いする。

だが―――溢れるほどの嬉しさに―――歯がゆくて――口元が緩む――心が熱くて堪らない。



そんな様子に気付いたクラウドの視線が更に険悪になり コリンズは慌てて話を逸らした。


「それで・・どうする?お前にそんな仕打ちを受けていたら…姫は当分出てこないぞ・・・」

「・・・そうだな・・」


先程の険悪な雰囲気から一転―――クラウドは心底困ったように溜息を吐いた。


その様子に――悪いと思ったが笑ってしまった。


「――なんだよ」


不機嫌極まりなく睨まれて

「あはは 悪い悪い・・でも」

とコリンズは笑む。




「伝説の勇者が―――こんな子供みたいな理由で『喧嘩』とはな・・」
「・・・うるさい」

「魔王にも揺るがない天空の勇者様が―――一人の女の子に振り回されてるなんて…」
「うるさい・・・」




**




「・・・アルマ」

そっと扉を開くと、アルマはコリンズの部屋でちょこんと座っていた。
その顔はまだ膨れたままだ。


「クラウドが――迎えに来てるよ」

「帰らないわ・・・」

ぷいっとアルマがそっぽを向いた。

「クラウドなんて――知らないもの」

ふくれっ面のアルマが――コリンズには可愛くて仕方がない。
だが――外には険悪ムード全開のクラウドが待機している…。いつまでもこの空気を味わっているわけにはいかない…。


「・・・クラウドも反省してるよ?――アルマに『イジワル』したこと・・」

と云っても、アルマの膨れた頬は直らない。


「・・・・クラウドはアルマの身体を心配したんだ。少しでも好き嫌いを減らして 栄養をとって欲しいって思ったんだよ?だからつい…」


本当は『アルマの追い詰められた顔が可愛くて歯止めが利かなかった』―――なんて理由は言えるはずがない。
言ったが最後―――クラウドに殺される。



そんな時だ


「――アルマ」

感情を抑えたような声が聞こえて、アルマの身体がピクリと動いた。


「アルマ――ごめん・・ボクが悪かった」




(・・・クラウドの奴・・待ってろって言っといたのに…アイツは本当にアルマの事となると堪え性がないな・・・・)

コリンズは内心苦笑する。
冷静沈着な勇者―――そう謳われる彼も――アルマの前だと一人の青年に戻る。



「――入るよ」



反応を返さないアルマに業を煮やして、クラウドが扉を開けた。
瞬間――アルマがさっとコリンズの背に隠れた。


アルマの小さな手が―――きゅとコリンズの衣服を掴む。
あまりにも稚い行動に――コリンズの胸がトクンと揺れた。



「・・アル」
「私――帰らないわ」


いつになく アルマの強い声がした。

「今日は帰らないわ・・!クラウドは帰って!」


小さなアルマはコリンズの後ろにすっぽりと隠れてしまう。
クラウドと直に向き合うことになったコリンズは――ははっと冷や汗を浮かべた。



(・・俺・・殺されるかも・・・)




「アルマ―――ボクが悪かった・・・・その・・・ごめん」
「・・・」
「・・もう一度 ゆっくり話し合おう…。だからグランバニアに」
「嫌!帰らない」

はっきりと言い放たれた言葉に、ぐっとクラウドがたじろいたのが分かった。
同時にコリンズに対するプレッシャーが強くなる。


クラウドの味方になるような言葉を何か言わなければ――・・・と瞬時に察した。

「・・あのさ・アルマ・・・クラウドも」
「コリンズ君は・・私がいたら迷惑・・?」


ぽつり・・と小さな声が聞こえて、コリンズは硬直した。



そんな声で…問われてしまったら…

嘘でも――――『そうだ』なんて―――――――――言えない。



溜まらず沈黙すると、クラウドのプレッシャーがますます強くなるのを感じた・・が―――

とてもじゃないが――クラウドの望むような 言葉は出てこない。



それどころか――

きゅっ――と衣服を握り込む・・・幼い行動も
稚い質問も
全てが愛しくて愛しくて―――想いが溢れそうになる…。





「―――わかった。『今』約束する・・もう・無理矢理ニンジンを食べさせたりしないよ」



何を言わないコリンズに見切りをつけ、クラウドがはっきりと強く言い放った。


(・・――おい・・そんな約束していいのか・・・?またサンチョさんに怒られるぞ・・・)

とぎこちなく合図したがクラウドは無視した。
もう――手段を選ばないらしい…。



――だが・・・


「・・・嘘つき・・・前もそう言ったもの」

「・・・」


アルマもいつになく鋭い―――。




何とも言えない沈黙が支配した――。



二人の間に挟まれて―――コリンズは沈黙するしかなかった。


自分の背に隠れる 小さな存在が愛おしく 
目の前に立ちふさがる 存在が恐ろしく

どっちの味方についていいのか・・・判断に困る。






――だが




と・・・思った・




本当は――・・・もう――





わかってる。




『答え』なんて―――初めから『一つ』しかないことを・・・。









「…――――アルマ…そろそろグランバニアに戻る時間だよ・・」



静かに言うと、アルマの瞳が驚きに見開かれたのがわかった。

コリンズまでもが――『イジワル』をするのか――とその眼は訴えている。



同時にきゅっと衣服が強く握られる。
何かを訴えたい唇が 固く結ばれる。


「――でも」


ふと・・コリンズは優しく微笑んだ。



「――またクラウドが『イジワル』したら・・いつでも逃げておいで」







アルマの海色の瞳が・・ぱぁと明るく輝いた。
同時に――空色の瞳が恐ろしい勢いで鋭く光る。




目の前の『恐ろしい』現実は―――とりあえず気づかない振りをする。


「――困ったら いつでも俺の所に来い!俺はいつでもアルマの『味方』だからな」


にっと笑うと、アルマの顔が綻んだ。


そうだ――


――初めて会った時から―――。



自分は



この少女を――――守る為にいる。






「―――俺が守るよ 『イジワル』なクラウドからも『ニンジン』からもね・・・」










**
***




「・・・・この『借り』は―――必ず返すからな」


グランバニアに帰ることを了承し、帰り支度を整えるアルマを待つ間に投げられた――言葉。

クラウドの言う『借り』とは――決して『良い意味』ではない事を悟り、コリンズは乾いた笑いを零した。
後の事を考えると―――末恐ろしい・・――だが



「おまたせ」


駆け寄ってきたアルマの手には たくさんのお土産がある。
母・・マリアが用意したものだ。

マリアはアルマを実の娘のように可愛がっていて――アルマが来るとこうして手作りのお菓子をたくさん持たせたがる・・。
可愛くラッピングしてもらったお土産に アルマのご機嫌はすっかり治ったようだ。

――そしてアルマがぱたぱたとコリンズの元へと近づいてきた。


そして小さく手招きをする――

「・・ん?なんだい?」
そう身を屈めると――アルマがコリンズの耳元でそっと囁いた。








「―――ありがとう・・」






くすぐったい言葉に――

トクン――と胸が揺れた。


後の事を考えると(いろんな意味で)怖いが―――その一言で全てチャラだ。




「――アルマ いくよ」

いつになく固い声でアルマを呼び、クラウドがしっかりとその肩を抱く。
お土産を抱えたままアルマが手を振り、にこりと笑う。

「――じゃあな」

と笑顔を返すと すぐに二人の姿は消えた。











「・・・まったく・・・今日は忙しい一日だったな・・」



くつくつと苦笑しながら 自室に戻る。
机の上には 溜まりに溜まった書類の山―――
今日はグランバニアの王女様に振り回されて 少しも業務が手に着かなかった…。




―――でも・・・・・・


たまにはこんな日も――悪くない・・・








ふと視線を上げると――そこには窓がある――。










可愛い可愛い




俺の


大切なお姫様――






君が望むのならば



俺はいつでも――君を受け止めるから・・・。







END




元ネタは自分で書いたP-bbsの漫画から・・。






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