・・・・――― 仕方ないな お前は・・


そう 低いが良く通る声・・・。

いつもと違い・・とても柔らかく 優しい。

そんな声音で話すのは―――二人きりで向き合う時だけだった気がする・・・。



微かに煙草の香りが鼻を擽る。
だがその香りが――とても好きだった。

その香りは彼の香り…
身近に感じると とても安心した・・。


今の自分がどんな顔をしたのかは、わからない・・・。
だが――いつもなら厳しい顔をしたその顔が、優しく微笑む気配がした。



―――迎えに行く・・・だから 待っていろ


そう 大きな手が・・・心地の良い温度のその指先が 優しく頬を撫でてくれた。




――必ず・・・





**



つぅ・・と頬に流れるその雫の感触で…――目が覚めた。



まだ 払暁の先ぶれも見えない夜と朝の狭間…。
小鳥の囀りさえもない―――
部屋も暗く・・外からはほんの微かな光だけが毀れてくる・・・。




―――雫が止まらない・・・・。
―――止めようとも思わなかった。


実際――これが現実か夢なのか・・・自分自身ですら把握できなかった。

ただ・・・夢と現実の狭間に挟まれて・・・頭の芯が痺れたようにぼうっ・・としていた



瞬きをする度に・・・溢れた雫が頬を流れ落ちていく。


その雫だけが・・・熱く――頬を焼いて行く気がした。



蜃気楼のように 消えていく 夢の残骸・・。



その姿も―――
その顔も――
その声すらも―――はっきりと形をなさない・・

それはまるで音の無い――昔の白黒の映画を 遠くから見ているようなもどかしさを感じた。



見えている筈なのに―――色が無い。
聞こえているはずなのに― 遠い出来事のように微かにしか聞き取れない・・


知っている筈なのに―――思い出せない…。


悲しく 切ないほどの―――もどかしさ・・・。


それを形にしたものが―――この流れ落ちる雫なのではないかとさえ思う…




――だが――その雫を奪っていく もう一つの『熱』に気がつく

ひどく熱い…絡みつくような 熱・・・。
雫を蒸発させていくような…痛く熱く…焼きつくような熱…。

それは 今…傍にいる男の『熱』だった・・・。


狭い布団の中で、ぴたりと寄せられた身体。
大きな手で、まるで離れることを拒むように自分の身体をしっかりと抱き抱えている。
微かに肌寒い朝だから…この体温が邪魔ということは無いけれど――こうも抱き込まれていては身動きも取れない…。


体温―――というには高すぎる熱が…ジワリジワリと身体にしみ込んでくる。
それでも自分の体は汗をかかないから不思議だった。
汗を欠くのではなく・・・火傷のように肌に浸み込んでいくのかもしれない―――そう思うが 今は深くは考えなかった。


当の男は―――まだ・・深い眠りについているようで、穏やかな寝息が聞こえてくる。


――ああ・・と 他人事のように納得した…。


動くことができないから―――こうして・・黙って泣いてるのだ・・・





ぼやける天井―――
伝う雫
それは唇へも流れ込み、微かな潮の味を広げた。




――今更ながらに思い出した


―――こうして雫を零した後には…





―――・・・・決まって頭が痛くなる



当の昔に既に癒えたはずの古傷が・・ズキズキと疼くのだ…。


・・頭の奥に まるで鋭い刺でも刺さっているように、一定のリズムを刻んで、ジクジクと鈍い痛みを与えてくる・・・。



それは―――まるで責められているような気さえした・・・。



何も思い出さない―――自分を




――ほら・・きた・・

そう 微かに唇を噛む・・。

湧きあがるように 痛み出す頭・・・


痛い――ー


頭が痛い
痛い
痛い


同時に――抱きしめてくる――男の体温が――熱い
その熱が 更に痛みを増幅させていく気がした・・・。

熱に覆われて…水分が奪われていく


頭が痛い
意識が遠のく

瞼が―――重い


また ・・意識が混濁していく



だが その熱に抗うように―――雫が また落ちた・・






■ 青き風 紅の椿 参■



微かに朝日が差し込み始めた町…。
夜のネオン姿が嘘のように朝日に照らされた町は、しんと静まり返っていた…。
その中で、激しいピンク色をしたケバケバしい看板が一つある。

『オカマバー ベル薔薇』と書かれている。

そのど派手な扉がカチャリと開いて、そこから二人の人物が出てきた。
一人は女物の着物を着て、しっかりとメイクをし、凄まじく髪を盛っているものの、堅がいい為どう見ても『おっさん』としか見えない奇妙なオカマ…。
そしてもう一人はお下げを垂らし、まるい眼鏡を欠けた町娘のような小柄な人物だった。


「・・じゃあ今日分のお礼よ 『シン子』」

そう封筒を差し出されて、お下げの少女―――もとい少年シンは、はにかんでそれを受け取った。

「うふふ。ちょっとサービスしておいたからね!・・あんたが来てから売り上げが上がって助かるわ またよろしくね」
そうこってりとアイラインが引かれた眼でバチーンとウインクされて、はは・・とシンは力無く笑う。


―――そう、・・シンはここで週に一度 アルバイトをしている。


オカマバー・・というはっきりいって教育上宜しくない場所だ。
女物の着物着て、つけ毛を着け化粧をする。――シンはもともと女顔だから悲しいことにその姿がよく似合った。

仕事は主に、客のご案内と雑用。
客の本格的な接待はしない代わりに、飲み物を運んだり案内をする。
シンは元々人当たりがよかったから、この仕事もすんなりと馴染み今はプロ並みだ。
――というか・・・馴染む方が おかしいと思う・・・。オカマバーの仕事が馴染む自分が悲しいわ!と密かにツッコムが、今はそれどころではない。


自分ひとりだけ働かずここにいるのは嫌だと 銀時と散々喧嘩をして 
ようやく銀時が許してくれた仕事がこれだけだった・・・。


週に一度だけ、それも一番客の少ない時間たったの二時間だけ しかも業務は雑用という約束で・・。

だがその隠れキャラ的な存在が受けたのか、いつの間にやらかなりの客がシン目当てに訪ねてくるらしい・・。
全然嬉しくないが、売り上げが上がるとインセンティブがもらえるので、仕方ないとシンは内心自分を納得させている。


「それにしても・・今日はお迎えがいないじゃない?」


そう言われて、シンは辺りを見渡した。
――いつも時間より前に待ち伏せしている、あのくるんくるんの天然パーマの姿が見えない。

「―――いやね・・『女』を待たせるなんて」
「いえ。ボク女じゃないんで!ここ譲れないんで・・」

そう瞬時にツッコんだがそれをしっかりと無視して、ママは大げさに溜息を吐いた

「まぁ仕方ないわね。今日はいつもよりずいぶん早めに切り上げたし・・。―――あの駄目な男の事だもの、まだ寝てるのかもね」

――そうですね・・と相槌を打ってふと思いついたようにシンはママを見上げる。

「あの・・ママさん ボク一人で帰ります。もし、銀さんがきたら、先に帰ったと伝えてください」

そう足を踏み出そうとすると、突如ママが眼を剥いた。


「だめよッ!それは絶対だめッ!!」


あまりの剣幕に、シンは思わず(いろんな意味で)引いた・・・。


「・・いやあの・・・・だいたいママも銀さんも過保護ですよ。ボクは男なんですよ。一人で帰れます・・―――いくら記憶が無いからって・・」

そうシンはそろそろと後づ去ろうとしたが――突如ママは驚く程がっしりとした腕でシンの腕を掴み、てこでも離さないと言わんばかりに力を込める。



「いいこと!私はねあのパーマから『絶対に一人で行動させないこと』 を条件であんたを雇っているんだから約束は破れないわ!」


「――は?」

思わずそう問い返すと、ママはしまった・・ッと言わんばかりに、口を覆った。

その様子をしっかりと見てしまったシンの口調は自然尖る。

「なんですかそれ?アイツそんなこと言ってんですか?」
「ん〜まぁ・・なんていうのかしらね・・・まぁ・・」

あからさまに不機嫌になったシンを見て、ママは何とかごまかそうとしているのがわかった。


「一人で行動するなって…させるなって?――アイツどんだけ保護者気取りなんだよ!自分のことすらしっかりできてねぇのに!」

「いや・・そのね・・シン子」
ママがそうばつが悪そうに肩をすくめる。

「きっと心配なのよ・・・ほらあんたって可愛いから」
「嬉しくねぇ!!男に心配される男ってどんだけしょっぱいかわかりますか!てかボクはなんですか?そんなに役に立ちませんか!」
「そういう意味じゃないのよ?ほらあんたは記憶が無いし、それに可愛いし」
「可愛い可愛い・・って男がどんだけ惨めになるかわかりますかッ!?いっそ悲しくて惨めなんですけど!!むしろ涙出る勢いなんですよ!」

そう激しく喚いた後、シンはくるりと背を向ける。

「そんなことを聞いたら、意地でも一人で行動してやる・・ッ!じゃあママさんお疲れ様でした!」
そう意気込んでこの場を去ろうとした―――その瞬間



「だからそれは駄目だって 言ってるだろーがぁああ!!!」


別人のようにドスが利いた声―――同時にがしっと襟首を掴まれて
シンはずるずると店の中に引きづられていった。




***


他のオカマホステス達が帰り、先程までの喧騒が嘘のように静まり返った店内。

「――はい、オレンジジュース・・これでも飲んで落ち着きなさい』

そうグラスを渡されて、シンはぺこりと頭を下げた。

ママのあの怪力と剣幕を見た瞬間から―――完全に反抗する気は失せていた。

反対にママは、先程の様子がまるで嘘だと言わんばかりに、ふぅと色気たっぷりにくすりと笑う。


「――あんたもいろいろ言いたいことはあると思うけど、許してちょうだい。家はあんたのおかげで売り上げも好調だし、ここで辞められたら困るのよ」


はは・・と愛想笑いを浮かべながらも、シンは内心のイライラが収まらずいた。



――まったく・・あの男は何を考えているのか・・・

イライラと・・内心で毒づく。



ドエスでねちっこくて束縛強くて スケベで・・・・ドエスで・・!

だいたい―――いくら記憶が無いにしろ・・・あまりに過保護で過干渉すぎる・・。

人の心配する前に、自分の事をどうにかしろ!と言ってやりたい有様だというのに!!



大体――神楽などの女の子ならともかく―――シンは16歳の『男』だ。
しかも剣術に心得もある、立派な侍でもある。


なのに――どこに行くにも 一人で行かせてくれない。
おまけに、なにからなにまで知りたがるし、干渉してくる。

あげくに一見だらだらと覇気の無い 魚の死んだような眼をしてるくせに


こうして働きに出た先にまで、眼を光らせている。



いい加減―――かなりうんざりしている。



無意識に頬杖をつき、はぁ・・と溜息を着くと、ママがあら?と首を傾げた。


「どうしたの?シン子 溜息なんてついて」


「・・え・・・いえ 別に・・」

そう曖昧に笑んだが、



「可愛い顔に溜息なんて似合わないわよ」


とくすっと言われ――可愛いとか言われても全然嬉しくないんですけど・・むしろ悲しいんですけど・・と内心ツッコンだ。




「―――それにしても本当にシン子は可愛い顔してるわね・・。そうしてると女の子見たい」


それにはコメントのしようが無い・・・。



「シン子のお母さんは相当の美人だったんでしょうね」

その言葉に、苦笑する。


「さぁ・・どうだったんでしょうね。――ボクには確かめる術はありません。・・ボクの両親はだいぶ前に死んでしまったみたいですから・・」
「あら・・そうなの?悪いこと聞いたわね」

シンははは・・と笑う。
「いえ・そんなことないですよ。それにボクは兄弟も居ないみたいだから・・・母親似かどうかもわからないですね・・・」

――そう・・とママは瞳を伏せた。



―――暫くの沈黙が続いた…。





「あの・・」



シンが突如口を開いて、ママが首を傾げた。






「・・『記憶が無い』ことは…そんなに『重要』なことではないんですか?」


その意味を取り兼ねた様に ママはキョトンとしている。―――シンは はは・・と力の無い笑みを浮かべた。


「――いえ・・ボクの周りの奴らは 全然気にしてないみたいなので」

そうグラスを握るシンの指は白い。


「――あんまりにも気にしないから…気にかけているボクの方が『変』なのかなぁ・・・なんて思うことがあるんです。
過去が無いことをいつまでも気にして、前を向けないボクが・・おかしいのかなぁ・・って」


そうシンは――目を細める。

「でも―――それでもいつでも疑問に思うんです。
だって『このままでいい』のか・・ボク自身わからないんですよ・・・・・―――
自分の事が何も思い出せなくて…それでも何も不自由なく毎日が送られてて…」


そう力無く笑う顔が――次第に強張る。


「今の生活が・・苦痛なわけでも、嫌なわけでもないんです・・・むしろ心地よくて・・・何の違和感もない」


――だから・・とシンがグラスを握る。




「・・だから時々怖くなる―――『ボク』も 『記憶がないこと』自体・・・忘れて行きそうで」





そう力無く笑う顔を、ママはじっと見ている。




「・・・あ・・ごめんなさい・・なんだか変なことを言っていますね」

そう シンは静かに苦笑する。

「ただ・・ボクの周りにいる人は全然気にしないし、話題にも出さないから・・・・。
本当だったら・・あいつらが一番親身になってくれるもんだと思うんですけど・―――まぁあの人達はああだから、別に何も期待してないんですけどね・・・
だから・・・ こんな愚痴をこぼせるような人も・・・周りにいなくて」



そう――シンは固い顔のまま続ける。




記憶が無いことは気にしていない癖に・・・。
シンの行動を異常なほどに監視し、束縛する・・・あの天然パーマ・・・。

最近・・・それが酷く癇に障る時がある。


のらりくらりと無気力な顔をして・・・死んだ魚のような目をしている癖に…

――最近―――激しい感情をのぞかせることがあった。
それはいつでも、シンが記憶の端を見つけようとする時だった…。


普段・・何の変哲もなく、穏やかな生活を送るなかで・・・それは微かな『違和感』だった。
だが最近―――その『違和感』がよく目につく気がする・・。


その度に―――





「・・・ボクは・・このままでいいのかどうか・・・わからなくなる・・」


そう・・シンは小さく呟いた。


「・・・『あいつら』がおかしいのか・・・―――『ボク』が・・・おかしいのか?





――――すると 突然

「あっいけない・・・」

ママは突然立ち上がり、冷蔵庫をあさり始めた。

突然の行動に シンは思わずキョトンとする。

「・・どうしたんですか?」
と覗きこむと、ママは冷蔵庫からおつまみなどの残り物を取り出していた。
スルメにウインナー・・とママは細々と器にあけ、意味ありげにクスッと笑う。

「――ちょうどいいわ・・シン子にも紹介してあげる ついてきなさい」
そう言われて、わけもわからぬままママと店の裏口へと向かった。


――小汚いドアをあけた先は、薄暗い通りだった。
裏口ということもあり、そこにはごみバケツや古紙や段ボールなどのゴミが多く積み上げられていた。

ママは不意にしぃ〜と口元に手を当てると、その場にかがむ。
シンも吊られて屈むと ママは辺りをきょろきょろ見渡し始めた。
意味がわからずポカンとしていると、不意にママの眼が何かを見つけたように止まる。
そして

『あ・・いたいた。ほら・・おいでおいで」

そう囁くように優しく呼び始める。
意味を図り兼ねてそちらに視線を投げ、納得した。
暗い路地の、ごみバケツの傍に、一匹の地小さな猫が居た。
顔の部分が半分黒く、身体が白い珍しい模様の猫だった。

猫はこちらを窺うようにじぃ・・と視線を向けている。

「ほら・・おいで・・ご飯よ」
そうママがまたこってりメイクをした瞳でウインクする。
それでも猫は動かない。
それを見たママは仕方ないわね・・・とも言いたげに苦笑して、器を前に押し出した。

暫くして――猫が動いた。
窺うようにこちらを見ながら近づいてくる。

そろそろ――とこちらを窺いながら・・それでも距離をとり・・器に近づいてきた。
なぜだか息を詰めてその姿を見ていたが、緊張するシンの前で猫はそっとスルメを食べ始めた。

「可愛いでしょ・・」
そうママはクスッと笑う。
「ここ最近見かけるようになったのよ・・こうして朝になるとご飯を食べにくるの」
ママはそうクスクスと優しげに瞳を細めた。

「ほら見て、よく見るとすごく可愛い顔をしているでしょ?…毛並もいいし、だから野良猫ではないのかもしれないわ・・。
でも首輪も無いし・・・・まぁ・・飼い主が付けていないだけかもしれないけれど それはわからないわ・・・」

シンもスルメを食む猫を見た。


確かに顔立ちの可愛い猫だ・・――毛並もいい気がする。
その割にはツンとした・・人に媚びない凛とした雰囲気がある。


「・・でもね、あの猫ったらひどいのよ・・・。だってね・・・絶対に私には触らせてくれないんだもの」
そうママは肩をすくめた。

「名前もね・・『パンダ』って勝手につけたのだけど、そう呼んでも一度だって反応してくれない・・。撫でようとしてもああして距離をとって逃げてしまうの…」


―――可愛くない猫でしょ?

そうママは苦笑する。


「―――でもね・・・」


「この前あたし見ちゃったのよね―あの猫が・・とろんと甘えるようなすごく安らいだ顔をして とある人の膝の上で眠ってる姿を・・」

そうママは大きな手で頬杖をつく。

「・・・結構長い間こうして餌をあげているけど、あんな表情見たことなんて・・・無かったわ。
安心しきって、安らいで、本当に甘えていた。――あの猫もあんな顔するんだなぁ・・・って軽くショックだったわ」

そうママは苦笑する。

「・・・でもその人はあの子の『正式な飼い主』・・・というわけではないみたいだった・・。」

ママは今度はウインナーを食みだした猫を見つめる。

「・・だけど『あの猫』にとって、彼は『自分が認めた飼い主』なのね・・・。

触られるのも眼をこう細めてね、とても嬉しそうだった・・。どちらも・・・私には決して見せてくれない顔だった・・・


ママはそう零すとその瞳を細めた――





「・・――シン あんたは あの猫に似ているわ」



そう静かに呟かれた声に、シンは微かに眼を開く。




「あんたは一見人懐こく、純情な犬のように見えるくせに――実は決して思い通りにならない高慢ちきな『猫』・・。」





「気に入らないモノはなにがあっても屈しない――無理に触れようとすれば引っ掻いて逃げていく――」




「―――あなたは『飼い主』を『選ぶ』側の人間だわ・・。自分で主人を決めるなんて・・・本当に生意気な子猫さんね」



シンノ表情を見たママは―――くすっと笑む。



「図星でしょ・・・・・?―――だてにこの裏町で 何年も『ママ』をやってないわよ・・――」



そうママは苦笑するように笑む。






「・・でも私の見たところ―――あんたはすでに『飼い主』を決めているみたい」




その言葉に――ピクリとシンの身体が震えた。




「・・心の奥で・・・自分の生涯の『飼い主』を既に決めている・・・そしてそれは―――あの『天然パーマ』ではないわね・・・・・」








その言葉にも シンは何も返さなかった。





「・・・どんな人なのかしらね・・・あんたが認めた『飼い主』って」




朝の光が・・・裏道を通り シンの顔を照らしはじめた。






「あんたは・・その人が恋しくて・・・声を殺して泣くんじゃないの?」






その 優しいママの声に・・・シンは無意識に毀れそうになった嗚咽を殺した・・・。


**



「ど〜したシンちゃん?なんかあったのか?え?」

そう覗きこんでくる無気力な顔…。

――べつに・・と答えると大げさな溜息が聞こえた。

「おいおいおい・・俺を誰だと思ってんの?え?俺を何だと思ってんだよ!」

意味わかんねぇ・・てかうるさい・・。

「俺はね・・シンちゃんの専属ストーカーなの!もうシンちゃんにメロメロなの!だからよぉ常に見てるから!!
むしろ監視してるからッ!そんな銀さんが間違えるわけが無いでしょうがッ!わかってんのかぁ?こらぁ!」

そう自信たっぷりに言われて、ますます溜息しか出てこない。
うざい――その一言に尽きる気がする。


「そう言えばよぉ、今日いつもより早く終わったらしいな・・。あのオカマと何話してたの?ねぇねぇ・・!」

「・・・・・」

「ねぇねぇ・・何話しちゃってたの?銀さんにも教えてよ ねぇ」
「・・・」

「ねぇねぇ・・なんだよ?銀さんには言えないことなわけ?なぁ?シンどうなのよ?」

「・・・・」

「ねぇねぇ」



ピシ――ッとシンの血管が浮き出す。


「うるさいわッ!!てかなんで銀さんにいちいち報告しなきゃいけないんですかッ?」

そう睨みつけると、そのフテブテしい顔がにやりと笑む。

「だって銀さんは束縛するタイプですから」

自信満々に言われて、更に青筋が立つ。

「意味分かんないんですけど―――大体ねぇ言いませんよ。プライベートなことなんで」
「は?なにそれ!?何言っちゃってんの シンちゃんのプライバシーとかプライベートとか認めません〜!却下ですぅ」

「―はぁ・・?却下っていう意味がわからないんですけど・・てか、言いませんからねボクは!」
そうすると、突如銀時が逆切れした様に唇を尖らせた。

「あ〜そぉ!そういう態度をしちゃうわけ?ふ〜ん!へぇ〜ほぉ〜!!
はいはい。わーたッわかりました!!なら好きなだけ秘密にしたらいいわ!
逆に燃えてきたわ!別の意味で燃えてきちゃったからねッ!
むしろ取り調べるわ!!シンちゃんのプライベートをこうがっさがさとッ!!」

―――どんだけ最低なんだ・・・こいつは・・・

もう相手にする気力も無くなり シンは思わず溜息を吐いた

――すると・・・

「あれ?なに?どうしたの?なんで溜息ついてんの?ねぇ何があったの?教えろって ねぇ・・ねぇっ」

 銀時がまた先程の質問を繰り返す…。




「・・もうっ・本当になんでもないですってば、あ〜・も〜だぁかぁらぁあぁ・・・」


そこでシンは思わず口を噤んだ。
――疲れたなどと一言でも言えば、銀時はこのバイトを辞めさせると喚くことだろう。
銀時はこのバイトをなんとか辞めさせる口実を探しているのだから・・・。


「・・『だから』?なに?」

そう銀時が何かを期待したように問うてきて、シンははぁ〜と溜息を吐いた。


「横にいる人がうるさい・・・から」

「え?なにそれ酷くない?シンちゃんそれ毒舌すぎない?でも――そんな所がむしろ・・好きだなんだよな・・」
そう真面目に頬を染め、にやりと笑うその顔に底冷えした視線を投げる。

「あんた・・一回見てもらった方がいいんじゃないですか?精神系で」
「うわっまたそんなこと言っちゃう?おいおい・・どこまで銀さんのツボを抑えてんだお前は!銀さんもうヤバイ・・息子が『一人立ち』しそう」

―――本当に最悪だ・・・コイツ・・・。

反応する気も失せて、シンは肩を落として歩いた。



「ねぇ・・ねぇ――シン ねぇ」

また銀時の声が続く・・・。
イライラとそれを聞き流しながらも・・シンの瞳にふと陰りがよぎる。



――そんなに聞きたいのなら・・・いっそ言ってやろうか・・・。

そう思いつつも、陰りは更に深くなる・・・。


――だけど・・・ママとの会話を…この男に話して何になるのか・・・。



だいたいママに話したような、この胸の疑問や不信感を抱かせたのは、この男自身ではないか・・・。
その男に何か話して進展があるとは思えない―――


それに―――






(―――あんたは・・その人が恋しくて・・・声を殺して泣くのではないの?)




その言葉を思い出すと・・・・今でも鼻の奥がツンとする――



今まで―――そんなこと・・考えたことも無かった。



毎日ただ慌ただしいばかりで・・それでも楽しくて心地よくて・・・それが日常になってしまっていて・・。

―――『自分』のことなのに・・本当に『泣いている』のかもどうかさえ・・わからない・・




でも――毎朝・・目覚める度に・・・我ながら酷い顔をしていると思っていた・・
赤く腫れあがった目元―――隈の浮いた青い顔――・
涙の跡が付いた顔―――

こんな顔を見たらまたうるさく問い詰めてくるから・・・銀時や神楽に気づかれぬうちに 感傷に浸る間もなく顔を洗うようにしていた。




思い出してみれば―――声をあげて泣いたことなんて――記憶を失ってから一度も無い。



だけど――



(――恋しくて・・・声を殺して泣くんじゃないの?)




―――夢を見る度に…こうして涙が伝うその理由は・・・・―――





――シン・・シンッ!


そう名前を呼ばれて、シンは突如、我に返った。


目の前には銀時の顔がある。
赤茶色の目が、不機嫌そうにこちらを見ている。

「ちょっと・・銀さんの話聞いてた?」

そう言われて、わずかにぽかんとした・・。

「・・・いえ・・いつもあんまり聞いてないですけど・・」
「おっまえ!どうしてお前はそう・・可愛いこというの!このツンデレめ!好きだわ!」
そう意味不明なことを喚く銀時を見て、内心で溜息をつく・・。

そうだ――考えられるはずが無いのだ。
シンには――『考える』時間が無い。

こうして四六時中・・銀時がまとわりつく・・。そして銀時が居ない時は神楽もだ・・・。
こんな風に物思いに沈もうとしても、すぐに現実に呼び戻される・・・。

そういえば・・今の今まで記憶が無いことをゆっくりと考えることも、感傷に浸ることもしてこなかった。

――こいつがうるさいから

そうじとっと見ると、にやりとその無気力な顔が笑んだ。


「え?なに?その可愛い顔。」
「・・・」
「それより、いい加減何を話していたのか教えてくれる気になったわけ?」

この男は先程から同じ会話を繰り返している。
何度も何度もしつこく―――よくも飽きないものだと思う…。
反対にシンはエンドレスに繰り返されるこの会話のやり取りに、疲れていた・・・。





――こいつが黙るなら・・・なんでもいいか・・。




――半分 捨て鉢の気分だった。






「―――あんたらの事話してたんですよ」




そうぶっきら棒に呟いて、シンは足を進めた。
同時にいい機会だとも思った・・・。
この話題を出すと、何故か銀時が不機嫌になるから無意識に避けていたのだと今更ながらに気が付いた・・。




「・・・前から聞きたかったんですけど、銀さんはボクが『記憶喪失』でも いいんですか?」
「・・あ〜べつにいいけどぉ」

歩調を合わせて歩く銀時は、そうのらりくらりと答えた。


「ものすごく今さらですけど、ボクは『あんたらの事』だって覚えていないんですよ。どんな風に出会って何をしてきたのか!」
「あ〜そ〜」
先程とは打って変わって、銀時はそう恐ろしく興味無さげな返答をする。
それでもシンは続けた―――今まで胸の中に溜まっていた不満や疑問が堰を切ったように溢れて来た。

「てか、あんたらが気にし無さ過ぎなんだよ!おかしいんですよ!今の状態こそが!――何度も言いますけどボクは『記憶喪失』なんですよ!」
「あ〜・・んで?俺にどうしろってんだよ?記憶を取り戻すために『イロイロ』すればいいのか?え?『イロイロ』なら喜んでやるけどよぉ」
「そっちのイロイロじゃねぇよ!たとえば写真とか、思い出話とか こう記憶を戻すような」
「あ〜・・そうねぇ」

銀時ときたら、恐ろしくどうでもよさげに頭をポリポリ掻き始める。

「―――でもよぉ・・別にいいじゃん 特に不都合があるわけじゃねぇしよぉ・・シンちゃんは昔と同じくツンデレで銀さんをメロメロにしてるしぃ
銀さんはそんなシンちゃんにぞっこんだしぃ 最近更にツンデレキャラに拍車がかかってますますドエスハンターとして日々」
「全然関係ないわッ!!」

「おいおい・・シンちゃん良く聞けよ?世の中ポジティブに生きた方がいいんだよ?過去は過去 今は今!それが男じゃねぇの?
もういいじゃん 前だけ向いて生きて行きなさい」

「いいじゃん・・ってあんた・・・」



そう睨みつけるが銀時の顔は変わらない。

「だいたい記憶を戻してどうすんだよ?何か変わるんですか?背が高くなるんですか?モテルんですか?目がよくなるんですか?」

「目は関係ねぇし・・・!」

「過去に縋ったって何が変わるよ?今こうして生きていて、毎日楽しけりゃぁいいだろ?え?違うの」


そう欠伸をしながら続ける男を シンはイライラと睨みつけた。

「あのね・・そりゃあんたにしたらボクの過去も記憶も 取るに足らない些細なことかもしれませんけどねぇ」

そうシンは足を進める・・・




「――ボクは・・違います!」



そう呟いた声は 自分でも驚く程の焦燥感が滲んでいた。




「―――だって・・ボクは・・」


そう呟いた瞬間・・シンの足が止まる・・・。その眼は・・足元を――いや・・それよりさらに遠い何かを 見つめようとする。


「――そう・・・ボクは」


シンの唇が・・微かに震える・・・。




「―――何かとても『大切なモノ』を―――忘れているんだから・・」







自分で言った言葉に―――体中の血が 騒ぐような気がした。



―――そう


そうだ・・


どうしても 

何があっても


忘れたくなかった

そんな記憶が――

自分には有った






「・・・・・どうしても『忘れたくなかったモノ』を・・・ボクは・・・忘れているッ」


言葉を零す度に…今までにない焦燥感が全身を駆け巡り、自分の言葉を肯定するようだった。


そう・・

そうだ・・


だから―




「――怖いんです…だってボクは・・忘れたく無かったのに―――『あの人』の事を・・・ボクは何があっても忘れたくは・・・」



自分で口走った言葉に・・・シンは茫然とした




『あの人』って・・・何だろう・・・?




口元を押さえ・・・シンは茫然とする・・



自分は―――何を言ってる?
なんだこれ・・・?



わからない・・

頭の芯が―――揺れる



胸の奥が―――切なく揺れる




そう 

忘れたくなかった


それだけは――漠然としてわかった


忘れたくなかった


何があっても



それは


それは・・・


それは―――













その瞬間―――突如激しい力で腕を握られ 我に返った。
視線を上げると――赤茶色の瞳が今までにない色を浮かべてこちらを見ていた。



「なぁ・・シン・・・」



そういつもより低い声で名前を呼ばれた――その瞬間・・ぞわり・・と何故か首筋が逆立った。


「――こっち・・こいよ」


そういうないなや強引に手首を引かれた。
文句をいう間もなく、シンは薄暗い路地に連れ込まれていた。
壁に押し付けられて、眼をあけると、そこには銀時の大きな身体がある。
小さなシンの身体など、銀時にすっかり支配されてしまった。




くすり――とその瞳が笑んだ。
だが楽しげに笑んでいるのではない―――酷薄な…残酷な獣のような笑みだと思った。



「・・・・お前可愛い顔してるよな」




先程の会話とは全く関係ない言葉を吐くと、銀時は唇を歪め、つけ毛のお下げに触れてきた。

「こうしてるとまるで『女』みてぇ…」

くすくすと・・意味不明な笑みを浮かべて銀時はその指を伸ばしてくる。

「今 誰かが俺たちの事を見たら…どう思うと思う?」



返答を待たずに、銀時は顔を近づけてくる・・。


「―――『独占欲と束縛心の強い彼氏と ツンデレ彼女』・・・?それとも『ホステスに夢中になっちまった男と、それでも靡かない清純系の少女』?・・・俺的には前者が希望」
そう独り言のように呟いて、その酷く熱を持った指先を顎に滑らせてきた。




「お前・・きれいな唇してるよなぁ・・銀さんおめぇの唇・・・マジで大好き」




すっと唇を撫でられる。




「・・・・・チュウ・・して・・・シン」

その言葉に、突如我に返り、相手を睨みつけた。―――そうすると、銀時がどこかうっとりしたように笑む。




「・・お前のその顔・・本当に・・・たまんねぇよな」



そうぽつりと零した銀時は、くつくつと笑った。




「お前のそういう所・・・マジでたまんねぇよ・・もう大好き・・・・銀さん中毒だわ・・」




―――だからよぉ・・・



突如 乱暴に顎を掴まれる。

咄嗟にその手を払おうとするがそれすら捕えられた。









「・・・『俺』から・・逃げられると思うなよ」









突如そう低く囁かれた 言葉――

激しい感情を帯びた―――淀んだ目


「―――最悪なくらい、俺はお前に溺れてて、もうイっちゃってる中毒者だから もうお前を手放す気なんて さらさらねぇんだよ」

握られた腕が、軋む。





「―――どんなに逃げても、必ず俺はてめぇを追うよ…。そんで何度でも何度でもお前を捕まえてやる…」



絡みつくような熱が―――襲う。




「―――・・・お前を逃がさない為なら…その為になら――――『何だって』やってやるからな・・・」






赤茶色の眼が すぅとシンを凝視する。
唇が 酷薄な色で歪む

その顔をシンはただ―――茫然と見つめていた。


獣のように見開いた赤茶色の鋭い瞳が――――今までに見たことが無い程にぎらぎらと危険な光を放ち・・――笑む。








「・・―――今のうちに言っとくけど・・・俺しつこいから・・・縛るタイプだから・・・・…」



「だから・・・しつこく追いすがって・・ねちっこく絡め取ってやる…何度でもな」








握られた手から伝わる体温――
熱い熱い――焼けつくような熱・・・。


胸がざわめく―――この雰囲気







―――こんな場面・・・前にも―――――あった・・・



銀時の言葉より・・・その事実の方がシンを茫然とさせていた。



そう――銀時のこの言葉・・・この顔を・・・前にも見たことがある・・・・。




そう・・前にも・・・





――――――――ズキン



―――頭が・・・痛い・・




痛い

痛い



目が霞む―――







その時だ―――


キキ―ッ!!!という凄まじいブレーキ音
同時に何かが激しくぶつかる音。
人の悲鳴




それによって―――この異常な空気が 壊れた―――





「・・・なんだ・・?」




そう銀時が―――突如視線を走らす―――


さほど離れていない 道路――
すでに まばらだが人が居た。

―――だが皆慌ただしく行き交う・・。



「・・・交通事故か?」

銀時がそちらに視線を走らせて そう呟くのが聞こえた…。


シンも 茫然としたままその道路を見た・・。


人垣ができ始める前だったためか―――その光景が視界に入った。





アスファルトに横たわる 一人の男性




――黒髪が 紅く染まっている



傍に転がる―――煙草の吸殻


――広がる―――紅い血の海






紅い・・・色





――――――――――――――――ドクン





突然の衝撃に――――シンの瞳が・・・激しく揺れる



目が霞む

吐き気がする



頭が―――壮絶に痛い






「…シン?どうした?」


銀時の声が 遠くで聞こえる






足が 震える
瞳が 揺れる

頭が――――――割れるように 痛む





頭が痛い・・

割れるように 痛くてたまらない・・・

そして突如・・脳内に響いた――――――声

















―――迎えに行く――













・・・だから・・・待っていろ―――












「・・――シンッ!」





銀時の叫ぶような声が・・遠くで聞こえたが 反応することはなかった。


シンの意識は―――ぶつりと途切れた。





**





―― 静かな部屋・・・。

畳の匂い・・・

耳に柔らかい・・雨の音
そして近くで香る――煙草の香り・・・



重くて・・何故か瞼が開かない・・・。
だからその香りの主の顔を見ることができなかった・・。


そんな時、ふと頬を撫でてくる指がある・・。



触れられた瞬間――


ああ――と涙がこぼれた


心の底から――言葉にできない安堵感に包まれる

心が落ち着く・・・

この温もりが・・・どれほど恋しかっただろう



――自分の意志と反して・・つぅ・・と涙が一滴落ちていくのがわかった。

そして













「―――・・・・・さん・・」














その手を握り…自分の口はそう『誰か』の名を呼んだ・・。

だが―――・・自分の言葉であったのに…夢現で呟かれたその言葉を、聞き取ることができなかった。
自分自身・・・これが夢なのか、現実なのかさえ わからない・・。



ただ・・その手に頬を寄せると・・安堵の溜息が洩れた




――だが・・ふと気がつく。

その指が――熱い

その熱は――







「気がついたか?」






そう覗きこんでくるのは―――赤茶色の瞳

フテブテしい顔――

次第に意識がはっきりとしてくる―――同時にその顔を茫然と見た・・


「大丈夫か・・?おい?」



そう再度問われたが・・・何も答えることはできなかった・・。

夢と現実の狭間に――まだ立たされているようで
頭の芯が 霧がかかったようにぼうっとしていた・・・。

微かにあげた視線の先には・・・明るい空が見える

雨は――降っていなかった

そして――畳の香りはするが
あの・・胸を安堵させた煙草の香りは―――しなかった・・・。



「・・・ボク・・何か寝言を・・?」

そう・・――記憶の端を・・手繰り寄せようとした


「・・あ?・・『銀さん』って俺の名前を呼んで それで終わりだ」


赤茶色の目がすぅとほそまる。


「こんな時まで俺の名前呼んでくれるなんて 嬉しいねぇ・・」
そう薄く笑む顔を・・・ぼうっと見ていた。

――確かに・・名を呼んだ 記憶がある
だが―――こいつの名前だっただろうか・・?




「それよりも、気分はどうだ・・・?ちぃと熱があるみたいだ?ポカリ飲め」
そう銀時がペットボトルを持ち出す。

――熱・・・?

そう ぼぅとする頭で繰り返した・・・。
確かに身体が・・・だるい
寒気はしないが・・・酷い倦怠感がある・・・。





頭が重い・・・眼をあけているのが辛い・・・。


だが―――風邪というには少し違う気がした



確かに 水分がほしかった・・。
だが起き上がることが酷く億劫でできない。

仕方なく 手を伸ばしてペットボトルを受け取ろうとしたが、銀時はそれを渡さなかった。
それどころか銀時は徐に、ぐいっと自分でポカリを飲んだ――



・・おい・・ふざけんなてめぇ――何自分が飲んでんだよ・・・ッ・・



そう思ったがツッコム元気も無かった・・・



酷く瞼が重い・・・
すぐにでも 眠りに落ちそうだった・・・。



そんな時、ふと視界に銀時の顔が現れる・・・


そして――何かを言う間に――――唇を重ねられた



同時に流れ込んでくる―――ポカリの味





飲みきれなかった雫がつぅ・・と口元を流れた・・。



くす・・とまるで獣のように笑んだ口元が見え、赤い舌がペロリとその雫を頬ごと舐めてきた。

何かを言う前に、またポカリを含んだ唇が、重ねられた






暴れて――抵抗する気力は当に無かった
撥ね退けることも、ツッコンで絶対零度の視線で貫くことも する気力は既に失われていた――


唇が離れて、今度は何も含まない唇が――――深く重ねられる。

同時に、熱い掌で、まるで縫いとめられるように・・・手首を 強く握られる

何度も口付けを繰り返されて―――次第に首筋へと映る唇を感じながら―――意識が混濁していった――





――眠りたいと思った






暗い闇のような夢の世界へ 泥のように溶けてしまいたいと思った





それは―――現実から逃れたいのか・・それとも夢の『あの世界』へ戻りたいのか


自分自身もわからなかった・・。







続く






**




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