理屈で動く奴じゃない
目の前で泣かれたら、惚れた女ほっといて
涙を拭きに行く奴だ
 
そういう奴だ 新八は・・・
 
 
【雨の日 傘の下で】
 
 
外には雨が降っていた。
故に空はどんよりとした曇り空で、町もいつもより僅かに寂しげな姿をしている。
そんな外の光景を窓越しに見て、新八は思わずほぅ・・・とため息をつく。

今日はきららと会う約束をしていた
いわゆる初デートだった。
 
例の件から、何度か手紙のやり取りをした後きららから誘ってくれた。
いくら鈍い新八でもわかる。きららが自分に対して好意を持ってくれているらしいということ・・・。
その事実は、言葉に表せないくらいに嬉しくて、思わず顔が緩む。
 
『迷惑でなかったら...一緒にお茶でもいかがですか?
私の知っている美味しい甘味処があるんです』
 
そう 遠慮がちに書かれた文が今でもくすぐったい・・・。
生まれてから16年...それこそ地味に女っ毛のない青春を歩んできた。
だからこんな甘酸っぱい気持ちになるのは エロメスの時以来だ・・・。
 
手紙をもらってからそわそわと指折り数えてついに当日を迎えたのだが
よりによって今日は雨・・・。
なんとなく残念な気持ちがするものの、傘を差して二人歩くのもまた味があるものかもしれない...。
江戸っ子というのはそういうものだ。
 
約束の時間までまだ2時間ほどあった。
とりあえず万屋の用事を済ますべく、新八は万屋に居た。
いつも通りにだらしない二人を起こして、傘を差して遊びに行く神楽を見送って
そして部屋の片づけをする。
 
その間銀時は 例の如くだるい空気を漂わせながらジャンプを読み続けていた。
 
約束の時間が 一刻一刻と近づいてくる。
時計ばかりが気になる…。
そわそわと気持ちが浮きだって、それが隠せずに新八の行動にも滲み出てしまう。
 
銀時には今日、早めに帰ると事前に伝えておいた。
 
銀時は例のごとく死んだ魚のような目をして「あ・・・そっ」とだけいった。
時間が近づく。
 
まだ随分早いけど、もう出かけてしまおうか・・・。
そわそわと新八は時計を見る。

着物はコレでよかったのだろうか?
なにか持っていったほうがいいのだろうか?
 
気の利いた会話の種を見つけたほうがいいのではないか・・・?
いざとなるとそんなことばかりが浮かんでしまう・・
 
(もういいや・・・ここにいると果てしなくどーでもいいようなことまで悩みそうだし・・・もう行こう!うん!)

そう心に決めて新八は振り返る
「あの・・じゃぁ銀さん 僕は今日 これで帰り・・・」
「なぁ・・・新八」

新八がそういいかけた瞬間 低い銀時の声がそれを遮った。
 
先ほどまでうだうだとジャンプを読んでいたはずの銀時の視線が、新八をじっとみていた。


「俺...具合悪いんだわ・・・」

「はぁ・・?」


突然の言葉に新八は目を丸くする。

「もうマジだめ・・・・ほんとまずいよ・・・」

銀時はそう淡々と続ける。
そんな銀時をみて、新八はうんざりとした。

「嘘言わないで下さい!ぴんぴんしてるじゃないですか!」

「お前・・・銀さんの何を見てそう思うんだコノヤロー・・・
まじ まずいって・・・具合悪くて 多分あれだ・・・豆パンあれがまずかった」

そう続ける銀時を新八は呆れた顔でみる。

「だから賞味期限切れたもの食うなって言ったんですよ..!知りませんよ!自業自得です!」
「新ちゃん・・冷たくねぇ」
「あのねぇ!」

新八は指を突きつける。

「具合が悪いなら薬でも飲んでください!戸棚に有りますから!それと・・・」


「新八が傍にいてくれれば 良くなるよ」


さらっと言われた言葉に 新八は目を丸くした。

「新ちゃんが傍に居てくれたら大丈夫 これマジだから・・」
「・・・はぁ・・?」

銀時は少しも視線をはずさず続けた。

 
「だからここにいろよ・・今日はどこにも出かけないでよ もし予定があるなら 全部キャンセルしろ!」


そう続けられた言葉に 新八は一瞬呆ける。

「何言ってんですか!銀さん 前から言っといたでしょ! 今日ボクは大事な用事があるんです!」
「そんなのキャンセルだ・・なんなら銀さんが電話してやろーか?」
「何言ってんですか!キャンセルなんてしませんよ!」

新八はそう、つかつかと戸棚によって薬箱を開ける。

「はい!胃薬!これ飲んで寝てください!どうせ今日は仕事なんて入ってないんだしゆっくり休めるでしょ!」

そう言って水と一緒に薬を銀時の前に差し出す――が

「そんなの効かねーよ・・・」

銀時はそうぼそっと呟いて、どんよりとした眼で新八を見る。

「言ったろ?新ちゃんが傍にいれば治る病気なの・・ほか事は一切効かねぇの」
「あのねぇ・・・」

新八もイライラと銀時を見ながら、そしてちらっと時計を見て眼を丸くした。
気がついたらこの下らないやり取りのお陰でずいぶん時間が過ぎていた。

「とにかくボクは行きますから!どうせもう直ぐ神楽ちゃんが帰ってくるでしょ!じゃ!」

新八はそう早口にまくし立てて戸口に向かう。


その時 がし!

「・・・っえ?」

新八は驚いて目を丸くする。

なぜなら新八の腰にまるで縋りつくかのように銀時が抱き付いてきたからだった。


「ちょっと・・銀さん離してください」

離そうともがくが 銀時の手は離れない・・・。

「もうなんなんですか!ちょっ・・・銀さッ・・・」
「いかないでくれ・・・傍にいてよ 新八」

突如聴こえた声は 弱弱しく擦れていた・・・。

その声のあまりの弱弱しさに 新八は思わず手を止める。

「俺の傍に いてくれよ・・・・行かないでよ」


ぎゅっと 力が込められ、まるでしがみ付く様に銀時は新八を離さない。


「頼むよ・・・傍にいてくれ」

そのあまりに弱弱しい声に 新八も思わず答えを窮する。

「雨の日は…苦手なんだ・・・嫌なことをたくさん思い出しちゃうからよ」

その言葉に、新八はどきりとする。

銀時の過去はよく知らないが…それでも昔攘夷戦争に関わっていた事は知っている。
大勢の犠牲を生み出した戦争は、銀時の仲間も大勢失われた・・・。

決して口には出さないけれど今でもその記憶が…銀時を苦しめているのだ。

「銀さん・・・」

まるで 幼い子供のようにしがみ付く銀時を見て新八は思わずその頭を撫でる。
柔らかい猫っ毛の銀髪・・・。
いい歳した大人の癖に…子供のような人・・・。

「・・・・今日は一人でいたくねーんだ・・・・新八に傍にいてほしいんだ・・・・傍にいろよ」

いつになく素直にそう零す銀時に 新八は何も答えられない・・。
約束の時間は 刻々と近づいている・・。

雨も 降りやまない・・・


「新八・・・傍にいてくれ」



銀時の切なく 強い声がした・・・


***


「お嬢様…どうなさったのですか?」


沈んだ顔をしたきららを見て、執事が心配そうに訪ねた・・・。
先程までうきうきと楽しげに笑んでいたのに、今は切なげにため息をついている。

「今のお電話・・・新八様からですか・・?」

「――ええ・・・」

元気なく答えた後、きららは切なげに笑む。

「今日のデートは取りやめになりました・・・・」
「え?どうしてです?」

「新八さんのお友達が…急病で・・今日はつきっきりで看病しなくてはならないんだそうです・・・」
「それはそれは・・・」
「新八さん すごく謝っていて すごく申し訳ないって行っていたわ・・・」
「それは残念ですね・・・」
「・・・仕方ないわ・・」

そう寂しげに笑んできららは 外の雨を見る。

ごめんね きららさん
銀さんが体調を崩して 今日看病してあげないとならなくなったんだ
本当にごめんなさい・・。


電話越しからも新八が心底申し訳ないと…そして残念がっていることが伝わった・・。
突然のキャンセルに残念な気持ちがあるのも確かだったが
新八の真摯な気持ちが痛い程に伝わったので その時は笑顔で応じることができた・・。


でもこうして 雨を見ていて・・・
なぜか不意に 彼の事を思い出した。


それは どんよりとした眼をしていた 銀髪の侍。



『新八の どこがいいの? 』


さりげなく尋ねられたその言葉は、何気ない日常会話のように自然だった。


『新八のどこに 惚れたワケ?』

その質問に、思いつく限り 新八の好きなところを言った。

彼はそれを黙って聞いていた・・・。

ただ 黙って・・・


そして最後に一言


まるで、囁くように呟かれた



『あいつ・・・モテないんだよ なんでかわかる?』


『だってさ・・・目の前で泣いていた女がいたら惚れた女放ってその涙拭きに行く奴だからさ・・・』




その言葉の意味が・・・今・・・何となくわかった気がした・・。


彼は そうして新八の足止めをしたということなのだろう・・・。

自分と新八を 会わせないために・・・・。



*********


雨はまだ降り続いていた・・・・。

万屋には二人しかいない。

新八の膝枕の上で銀時は ジャンプの間から視線を覗かせる。


するとそこには寝息をたてる新八の顔が眼に入る。

いつのまにか 眠ってしまったらしい・・・。

銀時はジャンプを置き、静かに身を起こす。
そして新八の顔を覗き込む。
すやすやと寝息を立てる新八は深い眠りについていた。

頭を書いて、銀時は立ち上がる。
そしてそっと新八を抱え上げた。


自分の寝室に入り、その蒲団に新八を寝かせる。
その横に自分も横になり そして新八の顔をじっと見る・・・。

その頬に触れて、髪に触れた――と同時に 銀時の顔に 得体の知れない笑みが浮かぶ・・・。


「・・・だから言っただろ・・・きららちゃんよ・・ぉ」

くす・・・と洩れる笑み・・・・。


「こいつは・・・理屈で動く奴じゃない・・・。
『目の前』で『泣いている』奴がいたら…惚れた女放って涙拭きに行く奴だ・・・
そう言う奴だ・・・なぁ・・・新八ぃ」


大きな手が 愛しげにその頬を撫でる。


「行かせねぇよ…あんな女の元に…行かせてなんてやらねぇよ・・・」



悪いけど…俺はずるくて卑怯な『大人』だから・・・。

手段は選らばねぇ・・・。

ごめんよ・・・きららちゃん





眠り続けるその小さな口に、優しく口付けて、
その体を優しく包み込んで

銀時も目を閉じる・・・




激しくなった雨の音が・・・ただただ 世界を覆っていた・・・












END 






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送