ここは歌舞伎町・・・そしてここは如何わしい看板が立ち並ぶ色街…。
その通で一際みすぼらしく・・・一際ひっそりとした宿があった。


薄暗い廊下――― ギシギシと唸る床といくつも並んだ扉…。
そこからは時折、女の甘く甲高い声・・・男の低く唸るような声―――そして雨音が聞こえる・・。


そしてこの宿には…一番暗くそして一番人目につかない まるで隠されたかのように隔離された部屋があった…。


だが今日は―――その扉の隙間から 薄っすらと明かりが漏れている―――。



決して広くはない―――6畳ほどの部屋。
窓が無いこの部屋には・・・異様な空気が漂っていた。

ぽつんと灯された橙色の照明が、淫らな色を醸し出している――その色が程良く生える場所には 紅の布団が一式置かれていた。


そう・・・本来ならばここは『男女』が欲望のまま 『性』を交える部屋―――・


けれども、この部屋の光景は―――あまりにも異様であった・・・。



まず一つ―――この部屋にいたのが、ずぶ濡れの『男』と『少年』だったこと―――。


そしてもう一つ・・・その小柄な少年の腕が…手錠によって拘束されていることだった・・・。



そんな異様な空気の中で―――男が口を開いた。


「・・・てめぇはよぉ・・・俺の言うこと本当にきかねょな・・・?俺の話全然聞いてねぇよな・・・」


男は はぁぁ・・・と大きくため息を吐いて、濡れた着物が貼り付いた肩を落とす。


「ほんっと清々しいほど無視きめこんでるよね!?仮にも俺上司なんだけどぉ・・もう全然無視だよね!」


そう身振り手振り交えて捲くし立てた男は、その顔を苛立だしげにしかめた。



「どうせアレだろ・・・?どうせお前は 『銀さんなんかに関係ない』って思ってんでしょ・・・?」


薄暗い照明に照らされた男の顔は、目元に隈が浮かんでいる所為か ぞっと するような病んだ表情をしていた。




「―――てかさぁ・・『ソレ』やめろっつたじゃん・・・。」


男はその隈の浮いた赤茶色の眼を どんよりと濁らせた。

「・・・俺さぁ・・・お前のその『癖』…結構我慢してたんだけどぉ・・・てか、もう本当にメチャメチャ我慢したんですけどねぇ・・・・
お前はさぁ・・その俺の努力をまるで嘲笑うかの如く、更に追い詰めるがの如くに繰り返すよなぁ・・・もう何回目だよ・・・?何十回目なのよ・・?・ねぇ?・」


虚ろな眼にどす黒い顔色・・・そして目元の隈…。―――それらがさらに男を異様な雰囲気にしていた。
不意に男は・・・イライラと地団駄を踏んだ。


「『仏の顔は三度まで』…つーけどさぁ・・俺の場合『三度以上』我慢したわけっ!本当に偉いわ俺!自分で褒めるわ!」


あ〜〜・・・・と呟いた後、―――不意に男は沈黙し…天井を仰いだ…。
「俺もねぇ・・・こうなんてゆーの・・・・・・」

そうブツブツ零した後・・・男は言葉を切り  ぽそり・・呟いた。


「―――あ〜・・駄目だ…。今回ばかりは俺、マジでキレた・・・堪忍袋の緒がブチンと切れたわ・・・」


そう淡々と呟いた男は、その病んだ顔を少年に向けた。―――その眼は・・・・濁り果てていた。


「もう限界だわ・・・ほんっと〜に限界・・・。もう俺 我慢できねぇ・・・もう許せねぇよ・・・」


そう呟いた男の顔には・・・いつものおちゃらけた雰囲気も…ダルそうな表情も なかった…。

その表情も・・・その眼も・・・・あまりにも 無表情に…あまりにも冷たく―――少年を見下した。




「―――『約束破ったらお仕置きする』って言葉・・・有言実行させてもらうわ・・」



そうぽつりと零し、

「するっていうからにはするからね・・・。容赦しないから・・・冗談とかじゃないからね・・・これ」


男は身体を震わせ――――くつくつ笑った・・・。


「うわぁ・・なんか楽しいわ・・興奮してきた・・・
もうイロイロするからね・・・銀さんの好きなこと全部するからね・・?過激なSMプレイとか変態プレイとかで、てめぇを『犯り尽す』してやるからね・・・」


あ〜やっべ『起って』きた・・・と男はくつくつ笑いながら、また天井を仰いだ・・・。



だが―――突如 男は  笑いを止めた…。







「―――――ねぇ・・・なんなの・・・・お前」






天井を見上げたまま ぽつり と呟かれた声は――低かった。




「――――マジで意味わかんねぇんだよ・・・なんなんだよ・・てめぇ」



そうぽつりぽつりと呟いた後・・・男はゆっくりと視線を下ろし・・・その病んだ眼に 苛立ちを覗かせた。



「・・・なぁ――・・なんで・・・俺の事見ないわけ・・・・?なんでさっきから何にも言わねぇわけ・・・?ねぇ?」


男の声は 激しい苛立ちを隠せずに 擦れ震えた―――


「人が話してる時は相手を見ろ・・って教えてきただろーが・・?それともそんなことも出来なくなっちまったのかよ・・てめぇは・・・」


苛々と吐き出される男の言葉に・・・少年は―――何の反応も返さなかった。
口を開くどころか、男に視線を向ける気配さえない―――すると男が突如・・気が触れたかのように笑いだした。


「―――あっそぉ!・・そぉゆぅ態度を決め込むわけ?ふ〜ん あっそ そうなの・・・?」



―――なら俺も決めたわ・・・



皮肉気に笑い・・・男は隈の浮いたその眼に・・・異様な感情を浮かび上がらせた。





「・・・お前・・もうここから出してやらないから・・・。」



くつくつ――と男は肩を震わせて笑った。


[―――そう『監禁』ってやつだよ?・・・ははは、お前はずっと『ここ』にいるわけ!―――『俺』となぁ!」


あはは・・と男の低い笑い声が部屋に響き渡る。


「――いい気味だぜ・・・あんだけ嫌がった俺と、ずっと一緒に居るんだぜ?この狭い部屋でよぉ!」

ずっとずっ〜とだ!―――男は手を広げて、部屋の中を歩き始める。

「・・・・これから先は誰にも会わせてやらねぇからなぁ・・ははっ
――てめぇの姉ちゃんだろうが、神楽だろうが お登勢だろうが 会わせねぇ・・・誰にも・・誰にもだ!」


いい気味だ!と男は笑う。



「―――いいねぇ・・これから先 話をするのも、顔見るのも全部『銀さん』だけってことだぜ?・・。―――おいおい『理性』保っていられねぇよ?
毎日腰振り過ぎて 再起不能になったりしてなぁ〜〜でもよぉ・・・毎日抱っこして チューしてエッチしまくるよ・・・お前の嫌がる事とか全部やる!マジだよ これ」


それと・・とその眼が細く笑む。



「―――てめぇがその『姿』ってのが・・・たまんねぇ・・・。」



少年が拘束された姿を見て、男はうっとりとしたような顔をする。

一切の抵抗を禁じた証に、背中に回された腕には鈍く光る手錠がある・・・。
赤茶色の眼が ますます楽しげに笑んだ。


「この部屋とって正解だったなぁ…SMプレイ部屋ってやっぱいいわ・・俺の趣味に合っちゃってるよ…。
あっ・・・鎖と首輪も付けるからなぁ・・・。・・・そうだなぁ・・赤がいいな・・・お前黒ってのはちと狙い過ぎだからよぉ・・・」

くすくすと狂ったように男は笑う・・。

「―――丁度いいぜ・・・これで俺も『楽』にならぁ・・・だってよぉ毎日毎日うんざりするほど『嫉妬』すんのにお別れできるんだからなぁ・・。
だってする必要がなくなるだろぉ・・・。これからお前は鎖につないで、ずっと俺の傍に置いとくんだから・・・」


あ〜それから・・・と男は下品な笑いを浮かべた。


「今のうちに練習しとけよ・・・『銀さん下さい―――お願い』ってセリフ。
可愛く腰振って俺に縋る練習を欠かすなよ―――・これからはそう言わないと何にもしてやらないからなぁ! ほら最初の練習だ言ってみ?」


そう男はうつろな赤茶の眼を愉しげに細める。


だが男の視界に映る少年は 何の反応も返さない…。
その視線を上げることも 身動きする気配さえ無い…



「おいおい・・・生意気な態度もいい加減にしなさいよ?――これからはそう言わないと、水も飯もやらないからなぁ…死にたくなければちゃんと練習しとけよ」


ははは・・・・・・と男は壊れたように笑った・・・。




だが―――なんの音も帰らない・・。




その視線も―――男を見ない・・・。






次の瞬間―――


突如男が 棚を蹴り飛ばした―――



ダァーーーン!!と激しい音が室内に響いた。





「てめぇ・・・ムカつく…」







男はそう・・・髪を掻き毟る…。



「・・・何なんだよ・・・訳がわかんねぇんだよ・・・」




男は何かに葛藤するように 獣のような唸り声を上げた…。










「・・・頭ん中ぐちゃぐちゃなんだよ・・。イライラして・・原付も運転できねぇんだよ・・・。
・・全部が気に入らねぇからよぉ・・イライラしっぱなしで結野アナの番組は見逃すし…ピン子は見逃すし…・・・・」



――ムカつき過ぎて・・・いくら糖分とってもイライラがおさまんねぇんだよ・・・



・・・と男は唇を噛んだ・・・。







そして―――








「・・・ねぇ・・・新八ぃ」




ぽつりと名を呼んだその声は 何かを抑えるような…そして何かを噛み殺すかのような・・・低く異様な音に変った・・・。






「―――お前・・・『何』してたの・・・?」





そう短く、簡潔に問うた声は…先程までの声と温度が違っていた…。

このシンプルな問いこそが…男の苛立ちと狂気に駆り立てた原因だった…。

銀髪の間から見える赤茶色の瞳が・・・先ほどとは違う澱みを湛えて少年を凝視した。



「・・・この『三日間』…どこで・・・何をしてたの・・・・・?銀さんに教えてよ・・・」








―――だが男の問いに・・・少年は何も答える様子がなかった。




それを見とめた男が 拳を震わせる。



「―――答えろっていってんだよ・・」



―――少年は何も答えない・・・その視線すら合わせる気配がない。


それを見た男の顔が―――壮絶に歪んだ…。
男の震えた拳が、凄まじい勢いで伸ばされ少年の白い顎を掴み上げる。

少しの優しさも見えない力で 唇が触れそうなほど近くまで、男はその顎を引き寄せた。
そして意地悪く 皮肉気に唇を歪めた―――




「―――あ〜〜もしかしてさぁ・・・」


男は嘲るようにその顔を歪めた…。



「・・・・・『男』でも垂らしこんでたのぉ・・?」



くつくつと厭味ったらしく笑う・・・・。その顔は意地悪く・・・酷薄に歪む・・・




「お前・・・可愛い顔してるもんなぁ・・・いくらでも垂らし込めるだろ?え?いくらで『売った』ワケ?」


どうせアレだろ?てめぇんとこの道場を建て直す為に―――今までだって散々『売って』きたんじゃねぇの?
こんな大人しそうな顔して…とんだ暴れん坊将軍なんだもんなぁてめぇは!―――この『淫乱』小僧が・・・!


ネチネチと痛ぶるように男が吐いた…その瞬間―――男の浅黒く 大きな掌に、少年の白い歯が食い込んでいた。


牙が突き立てられた己の手を 男はどこか白けた様に見つめた。



「はっ・・一著前にプライドだけは健在か・・・?『ボクはそんな淫乱な子じゃありません』ってか・・・?だがよぉ」


男は一層声を低く落とした。


「俺にはこうして噛みつく癖に、どうせ違う男には厭らしくその細腰を振ってたんだろ?えぇッ!?」

言うや否や、男のその手が少年の細い首を捕らえた。―――同時に凄まじい力で締め付ける。


「可愛い顔して・・とんだ小悪魔だよ・・てめぇはッ・・・」


ぐぐ・・っとその手に力が入れられる。




「いい加減にしろよ・・・なぁ・・・新八ぃ・・・」


余裕も優しさも無く・・・ただ異常なほどの嫉妬に駆り立てられた男は、歯噛みするように声を絞り出す。


「今正直に言えば・・・許してやるって言ってんだよ・・・ッ
――今 俺に縋りついて許しを乞えば許してやるって言ってんだよ・・・!だから言えよッ」



少年の首を絞めつけたまま、男は顔を歪める。


「・・・・・…俺に黙ってなにしてたのか・・・言えよッ」



その声が あまりの激情に擦れた。


「―――言えよッ…答えろよ…ッ黙ってんじゃねぇよ・・・ッ」

首を絞めつける手が ギリギリと力を増す。
呼吸を奪われた少年の顔が、みるみる血の気を失って青くなっていく―――それでも少年は何も言わない・・。
変ったことと言えば―――先程まで決して合わさなかったその瞳が 反抗的な眼つきで男を睨みつけてくるだけだ。


だがそれこそが男を―――逆上させる。




「言えッツてんだよ!!!答えろやッ!」



どんッ!!と激しく少年の体が壁に叩きつけられる―――その体を揺さ振って 男は怒鳴った。


「言えよ!言いやがれッ!!!――「『何処で』 『誰と』『何して』たんだって聞いてんだッ!!!!」


―――少年はその口をただ噛みしめるだけで 答えない。


突如 カッと男の眼が見開いた ―――と同時に パァン! と激しい音が室内に響いた。


少年の小柄な体が畳の上に倒れ込む。


暫くして『ぺっ』と小さな音と共に、少年が口から血を吐きだした。
白かった頬が痛々しく腫れた。つぅと血が流れ落ちるその口元が 異常なほどに色鮮やかに浮かんだ・・。・・だが・――その顔はいまだに生意気な色が消えない・・。




「意地でも―――いわねぇって面だな・・・」

男はそう冷たく目を細めた・・・・



「おらぁよ・・新八ぃ・・・気にくわねぇんだよ・・・お前のそう言うところ」

そう呟いて男は―――ゆらりと立ちあがる。

「何でもかんでも・・・すぐに俺に隠しやがって・・・・・・隠れてこそこそやりやがって・・・ムカつくんだよ・・・お前のその『癖』・・・」

男はまた手を伸ばし、その細い肩を掴む。



「前にも言っただろ?俺…束縛するタイプだから・・!縛るタイプだから・・・
だからさぁ・・・許せねぇんだよ・・お前が俺の断りも無く、一人でふらふらすんのが・・・」



男はその眼に 荒れ狂う獣のように危険な色を浮かべた。




「気に入らねぇんだよ・・。俺に黙って何日も姿消すことが・・」



「ムカつくんだよ・・・それを言わないお前が!」


そう男はぎりっと少年の肩に爪を突き立てる――・


「―――なにしてたんだよ・・・この『三日間』・・・・・答えろよッ・・・答えろぉぉおッ!!!」


その瞬間―――ふいに とある香りが男の鼻をかすめた・・。


――――その瞬間・・・・男の手が震える…。
その顔が・・・強張る・・・。




「―――あの『瞳孔野郎』と一緒にいたのか・・・・?」


少年は何も言わない・・・。


「・・・まさか・・この『三日間』 アイツといたとか・・・・いわねぇよな・・・」



肯定も…否定もしない・・・。





「お前…おい・・新八」




ぎりぎり・・・男のと爪が少年の肩に食い込む・・・。





だが―――少年は何も言わない―――・・・




その瞬間 また男が手を振り上げた―――。









・・・・・・・・・・だが―――激しい音は響かなかった。


男の手は―――少年の赤く腫れた頬の前で止まっていた…。




「・・・・・答えてよ・・・新八ぃ・・」




突如男の声が 擦れ酷く弱弱しい音へと変わった。

そして男はまるで縋りつくかのように。少年の胸元に頭を埋める。



「・・・『あいつ』と一緒だったの・・・?そうなの・・・?」



男の声が・・・か細く震える・・・。



「・・・俺に黙ってなにしてたの・・・?どこにいたの・・・?」



その腕が・・・縋りつくように華奢な肩を掴む。




「・・・・・・・・・もし答えてくれても許せねぇよ?・・・だけど聞きてぇ・・聞きてぇんだよ。・・・頼むよ答えてよ・・教えてくれよ・・」



男はあまりにも冷たい少年の体を――揺すった。





「・・・気になって…気になって気になって・・・・―――もう銀さん 気が狂いそうなんだよ…発狂寸前なんだよ 」




新八ぃ・・・と男の声は潰れた…。



そして微かな沈黙の後…








――――男は激しく少年を抱いた・・・。







+雨音 紡ぐ声+





「・・・新八君・・・そこに座りなさい」

いつもの万屋で、出社するなり銀時がそう言った。
どかっとソファに腰かけて腕組みをし、瞳を伏せて眉を寄せている。


「・・・はぁ・・?何ですかいきなり・・」
「いいから座りなさい!」

再びそう言われて、新八は銀時と向き合うように腰かけた。
目の前の銀時はいつものような気だるい雰囲気ではなかった。




「新八君・・・銀さんは君に聞きたいことがあります・・」

なんで敬語なわけ・・・?何があったのこの人・・・?

そう頭の中でツッコミむ。

「・・・はぁ・・・なんでしょうか?」
そうやる気がなく答えると、銀時は続けた。

「新八君…君は『ホウレンソウ』を知ってますか?」

「はぁ・・・?『ホウレンソウ』って・・・あれでしょ?あの野菜の・・・」
「ちがーーーう!!!」
突如銀時が机を叩きつけた。

「あのねぇ!『ホウレンソウ』というのは、『報告 連絡 相談』!!仕事をする上でとっても大切なことです!ユーアンダスタンド!?」

「・・・はぁ」

てか・・・なんなんだよ・・なんなの?この人

「新八君・・君はそれが決定的に欠けています!!」

びしっと指さされて・・・新八の顔は恐ろしく無表情となる。

「・・・てか・・・『報告 連絡 相談』するようなことがほとんどないでしょうが?てか仕事がないでしょうが!」
「ノンノン」
そう銀時は指を動かす。
「仕事だけではありません。プライベートでもです!むしろ『プライベートを』です!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

「これから新八君の事は、何でも上司である俺に相談すること!何をする時でも『ホウレンソウ』を忘れないこと!
いいですかぁ?ノートにとっとけよ!これテストにでるからな!」

でねぇよ・・・

凄まじく冷めた目で新八は目の前の男を見た。

「というか・・仕事ならともかく言いませんよ『プレイベート』のことなんか・・」
そう言った途端、銀時が大げさに顔を覆い、溜息をついた。
「はぁああああ!あ〜もうなんなのお前!いったい何なんだよ!!え?」

その言葉・・・そのままそっくりあんたに返すわ・・・

新八はうんざりとした眼で銀時を見る…。

「悲しいね俺は!お前がそんな子とは思わなかったよ!そんな可愛い顔してる癖に とんだ小悪魔だよ!道理で銀さんも夢中になるはずだよ!!」

「・・・後半の意味わけわかんないんですけど・・・てかボク洗濯物乾したいんでもういいですか?」
「シャラ〜〜〜プッッ!!」

再び大声で喚く

――なんだよ・・・何が言いたいんだよ・・・なんで逆切れてんだよ・・・

「いいから!口答えするな!銀さんに逆らうなッ!いいかぁ〜〜これからは何でも銀さんに相談すること!!ど〜んな些細なことでも全部俺に報告するの!わかったか!」

「・・・・・・・・・・嫌です」
「いや・・『嫌』じゃないよね・・?即答しちゃ駄目だよね?というか、さっきの俺の話聞いてたよね!?
これは命令です!上司命令!聞かなかったら減給だかんな!」

そうびしっと指を差されて、新八はヤレヤレ・・・とため息をついた。
この男はこういう意味のわからない事をよくする・・・:。それをいちいち真面目に取っていればきりがない。
「はいはい・・わかりました」
「おい・・・なんだよその いかにも『あ〜うざったい 適当に返事しとけばいいや』的な態度は!!」
(・・もうそのまんまだよ・・・。ツッコムのもメンドクサイ・・・)

「はいはいわかりました・・要は『ホウレンソウ』を欠かさなければいいんでしょ?」
「そう!そうなの!俺にちゃんと言うの!プライベートの事を重点的に!いい?」
「・・はいはい・・・」
「・・ちょっと新八…真面目に聞けよ」

銀時がそう、いつになく鋭く新八を見る。

「だぁかぁら〜〜〜聞いてます!これはからちゃんとしますよ え〜と『ホウレンソウ』でしょ?」
「本当に忘れるなよ!ちゃんとするんだぞ!破ったらお仕置きだからな」


はいはい・・・とおざなりに返事をしながら、新八は風呂場へと消えた。
その背中を・・・いつもとは違う色をした銀時の眼が見つめていた。



****



―――数日後  晴天

神楽は目の前に置かれた食事を見て 目を丸くした。――二人分しかない・・・。
「あれ・・?銀ちゃん一つ足りないネ・・新八の分が無いネ」

そう訪ねると、僅かな沈黙の後――

「――今日は新八 休みだ」

と 銀時の声が帰った。

ああ――それでか・・・と神楽は銀時をチラリと見る…。
他人から見れば、いつもとまったく同じマダオにしか映らないであろうが、長年傍にいる神楽にはわかる。
今の銀時の機嫌が―――悪いということ。


「休み?風邪でも引いたアルか?あいかわらずな弱っちぃ奴アル!だから眼鏡は駄目ネ!」

そう言えば あ〜・・・とやる気の無い相槌が帰った・・・。



―――次の日…曇り…



神楽は電話の音で目を覚ました――。

電話に出ていたのは―――銀時だった…。

珍しいことがあるモノだ…と神楽は寝ぼけ眼でみていた。
この男は本来―――新八が起こすまで起きてこない。

そう言えば――今日はまだ来ていないのか・・・?時計を見ればすでに10:00を回っていた。

万屋にはきまった時間はないものの、普段の新八は遅くても9時50分には出勤してきていた。

耳を澄ませていると、銀時が何かを言っている。
ところどころに、新八…という単語が聞こえた気がした――・

それから数秒後…電話は切れた。


神楽はそっと襖を閉めて、外の様子を窺った。
電話を終えた銀時が無言のまま自分の椅子に腰掛ける―――すでに着替えていた。
銀時はいつものようにダルそうな眼をして…そしてどことも言えぬ方角を見て沈黙した。

時計の音が やけに大きく響いた――・


どうしようか迷ったものの完全に目が冴えてしまい、今日の朝食の当番だったこともあり、神楽は身を起し顔を出した。

「おはよ〜銀ちゃん・・・・・・どうしたアルか・・・?マダオの癖に早起きして」
そう押入れから降りながら問うと あ〜・・とやる気の無い返事が返る。

「あ〜今日私が当番アルなぁ・・卵がけご飯にするネ・・・」

あ〜・・・とまた同じ調子で返事が返る…。


「・・・・今日新八遅いアルなぁ・・・?」

そう神楽は・・・呟いた。

その瞬間――――相槌が止んだ。


「・・・・アイツ 今日はこねぇよ・・」

そして そう淡々と呟いた声が聞こえた。


「・・・今日休むって・・・・さっきお妙から電話がきた・・・」


ああ・・それでか・・・と神楽は視線を逸らした。



――その日朝食をとった銀時は出かけていった。
行先は言わなかったけど、神楽には分かった…。―――新八の家だろう。

それから数時間して 銀時が戻ってきた。――だがその顔は 朝と何一つ変わらなかった。

銀時はまたあの椅子に腰かけて、TVのスイッチを押す…。そして結野アナの番組を見た。
だがすぐにわかる…。そのどよんとした瞳はTVなど映してはいなかった…。
銀時のその視線は…どこか遠いところを見ていた…。



神楽と銀時と定春――
普段ならお登勢にどやされる位騒ぐ三人がそろっていても 部屋は沈黙してた。
TVから聞こえる音以外…なにも聞こえなかった。

二人と一匹はいつもなら良く喋るが、今はそれにツッコむ少年がいないから…自然と会話が絶えた…。



***

―――三日目・・・・天候 雨


神楽は・・・そっと襖を空けて部屋の様子を伺った…。

時間は――9:20だった・・・。

部屋には銀時が一人・・・ただ黙ってジャンプを読んでいた。
また、服に着替えている・・・。――そしてあのどよんとした眼でただジャンプのページをめくっていた。

その時だ――ガラっと玄関が開く微かな音がした・・・。――その瞬間―――銀時の顔色が変わった。

読んでいたジャンプが床に転げ落ちた…。同時に銀時が玄関に駆けていく・・・。
ドタドタ・・とこの男には似つかわしくない動揺が滲みでた音だった。


―――だが聞こえてきた声は 

ぎゃあぎゃあと 何かを言い合う声。
ところどころで・・家賃・・・来月・・・パーマ・・との単語も聞こえた。

――払う・・この前DVD・・わぁぁった!

言い合いは数秒続き、そして静かになった・・・。
暫くして、のたのたと重い足音がして、銀時が部屋に戻ってきた…。
いつも通りあの猫っ毛を撫でつけて、あ〜〜とため息を吐いて たく・・あのババぁと呟いて…

―――その時・・・・電話がなった・・。

銀時の視線が 電話の方角を見た・・・。

のそのそと銀時が歩く…。そして消えた。

電話を取る音・・・『はいはい・・・万屋ですけどぉ・・・』というダルそうな声・・・・


そして


「・・・ッいい加減にしろよ!!お前ッ!―――何か隠してんだろ!!」
そう銀時が怒鳴る声が聞こえた。
「・・・いいから新八を出せ・・!!雇い主の俺が出せって言ってんだよ!!出せやッ!!」

電話越しに―――おそらくお妙に向けて言っているのだろう・・・。――銀時の激しい声は家中に響いた。



・・・暫くして 沈黙が流れた―――

「―――くそ・・・あの女 切りやがった・・・」

そう銀時が吐き捨てる声がした…。


しばしの沈黙が続いた…。


銀時が部屋に戻ってくる…。その顔は陰って見えなかった・・・。


銀時はそのままいつもの椅子に腰かけた…。
落ちたジャンプを拾おうともしなかった・・・。


暫くして―――

「…新八ィ・・・てめぇ・・俺の話全然聞いてねぇじゃねか…」



そう銀時が顔を覆った・・・。
その声は・・・震え 擦れていた。





神楽は――襖を閉め、ふとんを頭まで被った・・・。
そういうことか・・・と不意に理解した・・・。


そう・・・『また』 彼は行ってしまったのだ…。

そして銀時も・・・―――そして自分も また置いていかれたのだ。


***



降りしきる雨の中―――神楽は万屋を出た…。
定春に乗って傘を差して 酢昆布を噛みながら視線を上げた。
空は暗く淀んでいた…。


(アイツの今の眼に そっくりネ・・・)





「まぁ・・・神楽ちゃんどうしたの?」

そう微笑むお妙を神楽はじぃと見た。
ここは新八の家・・・。そして玄関だった。


「こんな雨の中お散歩?元気がいいわね」

そう笑むお妙を じぃ・・と神楽は見つめる。
その笑顔からは何の情報も読み取れない…。流石はホステス…だと思う。

「アネゴに聞きたいことがあったアル…・・・」
そう言うと、『あらなぁに?』とお妙が首を傾げる…。



「――新八…どうして来ないアルか?」


そう・・・直球に問う。―――だがお妙の顔は変わらない。

「電話で銀さんにも言ったのだけど、聞いていない?新ちゃんちょっと体調を崩しているのよ ごめんなさいね」
「・・嘘アル・・・私わかるネ・・・」

そう神楽はお妙を見る…。お妙の表情は変わらない…微笑んでいる。

「嘘じゃないわよ ちょっと熱があるの…」
「だったら新八に会わせるネ…。わざわざお見舞いに来てやったアル」
「まぁ・・ありがとう。でもごめんなさいね・・新ちゃん具合が悪いから面会はお断りしているのよ」

少しも変わらぬ顔でお妙が続ける…。

神楽の眼が…微かに淀む



「・・・・・・・・ここに・・・居ないアルか」




「・・・・・・もうっ・・銀さんと同じことを言うのねぇ・・・?たかが風邪で休んでるだけなのに まったく困ったものだわ」
そうお妙は頬に手を当てて困ったように溜息を吐く。
「銀さんも本当にしつこくてねちっこくて・・・いい加減警察に通報しようと思ってるの。
ほら、『ストーカー法』ってあるじゃない?あの人がやってることはすでに十分罪に当たると思うもの」

―――本当に困った人だわ

と視線を逸らしたお妙を見て、 神楽は唇を噛んだ。


「アネゴは何を隠しているネ!?新八はどこネ!」

その問いに、お妙また微笑む。

「だからなにも隠していないわよ?」


「・・―――ッ・埒が明かないアル!勝手に上がるネ!」



その瞬間 ぞっと神楽の顔が強張る・・・。
そこには般若を背負ったお妙がいた。




「銀さんにも散々言っているのだけど…今新ちゃんは寝込んでいるの だから『面会』はお断りしているの・・・無理に入ったらどうなるかわかるかしら?」


微笑んでいるが・・・しっかりと般若を背負うお妙に 神楽も思わずたじろく・・・。
この姉は美人だが――怒ると怖い…。半端無く怖い・・・。

「・・・・わ・・・分かったアル・・・帰るアル」

神楽はそうすごすごと後づ去る・・・。するとお妙が少し…困ったように笑った。



「・・・きっともうすぐ 『元気』になるわ・・・・・」



その言いまわしに、神楽が眼を上げる・・。



「・・・新ちゃんには必要な時間なの…だから・・・許してあげてね・・・」


意味が分からずポカンとする神楽にお妙が微笑む・・・。だが―――それ以上何も言わなかった―――


***


傘を差して 激しい雨に打たれながら 銀時は歌舞伎町を歩いていた。
雨だというのに、この歌舞伎町のざわめきはいつもと変わらない・・・。

がやがやと煩く・・・苛立ちを煽る。


(・・・気に入らねぇ…)

いつもなら無気力な顔が…強張る・・・。


(・・・もうやめろ・・・って 言ったじゃねーか・・・)


心の中で呟くと同時にその眼は 暗く淀んだ・・・。



そんな時、ゲーセンの入り口に屯する小煩いギャルの声がふと銀時の耳に届いた。


「てかさぁ・・・・うちの彼氏マジ『束縛』強くってぇ」



その言葉に思わず足を止める・・。

自分の声の音量をまったく把握できないようなコギャルの言葉は続く―――。


「マジでチョーうざい!」





うぜーのはてめーの存在だバカヤロー・・・

そう銀時は遺伝子革命したかのように黒く、山姥のような強烈な化粧をしたギャルをじとっと睨みつける。


「だいたいさぁ・・・『今何してるか?どこにいるか?誰といるんだ?』ってうるさくってさぁ・・〜油断すると携帯もチェックするしぃ マジ最悪〜〜」

それ最悪ぅ〜と同調する声と でしょ?マジでありえね〜と キンキンと響くギャルの声を聞いた 銀時の頬に青筋が浮かぶ。


おいおい・・・勘違いも程ほどにしろよ・・ハム子さんよぉ・・・?
別にてめぇの彼氏がどんな視力して、てめぇのどこが良くて付き合うなんてバカな選択したかは知りませんがねぇ・・・

『彼氏』が『束縛』して何が悪い・・。束縛強くて何が悪い!?


てか、俺って束縛するタイプだから・・!奥さん縛るタイプだから・・・!元彼に会うとかマジ許さないタイプだから!

俺はするね!・・・もうガンガンするネ!あっ言っとくけどてめーのことじゃねぇからな!

イライラと銀時はそのハム子…(コギャル)を睨みつける。

だいたいなぁ こんな腐りきった世の中の 腐りきった連中の中に、・・・あんなに可愛くて ツンデレで S体質にこの上なく好かれる子を野放しにしてみろ!
ドS はよってくるわ、変態MクノイチまでSが覚醒するわで 危険きわまりねーんだよッ!

俺が言うのもなんだがなぁ・・・『S体質』ってのは人の話を聞かねぇし、自分ルールで生きてるし、曲者ばっかで最低最悪な奴らばかりなんだよ!

そんな中であんな可愛い顔をしたツンデレ小悪魔を投入してみろ!!恐ろしいわッ!!皆メロメロの中毒者ばかりになるわッ!!

それに、おいこらそこのメンチカツ・・・!てめぇ偉そうに何いっちゃってるの?

『今何してるか?どこにいるか?誰といるんだ?』を聞いてくるのがウザい・・・?

てめぇ・・・なめてんのか?
彼氏たるもの可愛い彼女の予定はピンからキリまで把握しねぇと気がすまねぇんだよ!!何度も言うけど てめーの事じゃね〜けどな!
だいたいそれを気にしねぇ方がおかしいんだよ!?
俺なんか『自称彼氏』だけどぉ? 常に聞きまくってるからネ!?あげくに てめぇみたいにうざがられてるけどね・・・!!

だけど うざがる姿も可愛いから たまんねぇんだよ!!

大体てめぇは世の中甞め切ってんだよ・・!甘く見過ぎてんだよ・・!。イチゴ牛乳に餡子投入するくらいに甘すぎんだよッ!!

だいたいなぁ 俺の性格を知らな過ぎるね・・・俺の束縛の強さとねちっこさをしらねぇ―んだよ!

『束縛』なんて可愛い言葉じゃすまねぇんだよ・・!むしろ『監視』する勢いなんだよ!

『携帯のチェック?』

ああするさ!俺の場合は手紙まで開けるね!その挙句帰られたね!もうすんごい冷たい眼で突き刺されたね!
でもその顔がまたたまんねぇんだよ!あの子は本当にSハンターなんだよもうメロメロなんだよ!俺は!!

『プライベート』?
そんなもん知るかぁ!!むしろj却下だバカヤロ―!

新ちゃんのモノは俺のモノ 新ちゃんは俺のモノ!てか新ちゃんは俺だけのモノ!!って法律があるんですぅ!!

―――だから 聞くさッ!ああ調べるさ!もうじゃんじゃん聞きまくるねッ! もう足の先から頭の毛の先まで調べて 聞くね?追及するよ これ?

それで切れる顔が また可愛くてたまんねぇんだよ!!



「・・・ん?」

気がつくと・・そのハムコギャルがなんとも言えない視線でこちらを見て ひそひそとなにやら相手に耳打ちした。

自分の声の音量を全く把握できない体質なので、こちらには聞こえないと思い込んでいるらしい・・。

「ちょっと〜あの銀髪さっきからちょ〜こっちのことガン見してない?てかあたし狙われてんじゃね?」


ピシ…

銀時の頬に・・・強烈な青筋が浮き立つ。



「やっべ・・・なんかあいつねちっこそうだし・・・」
「うるせぇえええええ!!このハムがぁああああああああああああああ!!」


**


イライラと銀時は歩く…。
青筋が浮き立った顔は凄まじい形相だった・・。


ああ・・おらぁどうせ・・束縛が強い ねちっこい大人ですぅ!



イライラと――銀時は肩を怒らせて歩く。


もうほんと 隅から隅まで知りたいんですぅ!束縛王ですぅ!



ー――だから




銀時の足は 進む・・・。




だから―――気に入らねぇんだよ!!!





そう・・・銀時は前から――気に入らなかったことがある。
それは ―――銀時になにも告げずに行動する・・・新八の癖だった・・・。


あんな貧弱な姿をして、あんな女みたいヨワヨワしい顔をしてる癖に、あまりにも似つかわしくない、新八のその癖…。



――それを知ったきっかけは 新八の親友 タカチンをブルドックから脱退させようとした時だった。

あの時銀時は新八の傍にいた…。――すぐ傍で話を聞いた・・。
新八が迷い・・・そしてお妙の言葉に力づけられたことも 目の前で見ていた。


「侍ならば…友情を壊してでも止めなさい」

そう言われた時…新八が心を決めたとわかった。―――あのブルドックに乗り込む覚悟を決めたのだと・・。。
でも次に言われた言葉は・・・銀時の予想を大きく逸れた。


「店長―――早退させていただきます」



正直―――ぽかんとした。


だって・・・『銀さん力を貸してください』・・そう言われるものだと思っていた。―――なのに新八は―――銀時を必要としなかった、




―――紅桜とやり合った時もそうだった…。

重傷を負い、動けなくなった銀時を―――新八は容赦なく置いていった。
一言も銀時に言わず…神楽を救うために敵陣に一人で乗り込んだのだ…。

今でなら笑い話だが…あの時新八は死んでもおかしくなかった。
相手はあの宇宙海賊 『春雨』…―――そして高杉。
新八一人が乗りこんで、どうこうできるレベルの話ではなかった…。

それでも新八は 少しもためらうことなく 立った一本の刀を手に乗り込んでしまった・・・。


そして――――柳生家との決闘・・・。

あの時ほど…腸が煮えくりかえったことは―――なかった。

その時も新八は銀時に一言も言わなかったた・・・。何の相談も無かった…。

新八は―――数日間 無断欠勤した後・・真選組の近藤だけを連れて敵陣に乗り込んだのだ…。


立った二人…。
名門の柳生家を相手に戦いを挑んだのだ・・。


あの時も 決して命を取られるような勝負ではなかったにせよ…ただでは済まなかっただろう。



新八はいつもそうだ…

一人で考え…何も語らず 振り返ることもせずに――銀時をおいていくのだ・・・。




あんな貧弱を絵に描いたような姿をしているくせに―――
不器用で 世渡りが下手で 単純で お人よしな癖に―――新八は・・・銀時を頼ろうとしなかった。
・・一番ヤバい時ほど…銀時には 『なにも』告げないのだ。



だから銀時は―――いつでも胸が妬けるような思いを抱えて・・後を追うばかりだった。







最初は・・・まだ人生経験も浅い子供だから・・・ただ無鉄砲なだけなのかと思った。

後先考えられない  幼い子供故の行動だと…思った。だが―――違った。

迷惑をかけたくないとか・・・重荷になりたくないとか・・・そういう問題じゃない・・。



これは 新八の性格だ。

己の事は・・・・己で型をつける…。
だから関係の無い相手を巻き込まない。
たとえ、敵が自分より多く 分が悪くてもその足を止めない…。

『命があっても護りたいものを守れなければ…侍は死ぬんです』

そう新八が零した言葉が・・・・銀時をひやりとさせた・・・。



新八は――誇りで生きている。
誇りと命ならー――『誇り』を選ぶ…。

それは投げやりな思考ではない―――侍だからなのだ…



―――確かに美しい生き方だ。
だが 危うい―――




そして何より怖いのが―――新八がそれに対して『無自覚』なところだ・・・。



新八は・・・銀時の知らない場所で・・・眼の届かない場所でー――声の届かない場所で


死ぬことを 躊躇っていない・・・。







雨の中を歩く・・・。
頭は どんよりと重い。


あてもなく 歩く・・・。
そして視線を彷徨わせる・・・。




そして ふと・・その赤茶色の眼が見開かれる…。

たくさんの人が行きかうこの通りで―――…見慣れた着物が目に入る…。


咄嗟に銀時は駆け出した。



***




薄暗い路地で・・・二人は向かっていた。




「ー――仕事さぼって こんなところで優雅に青春気取りですかぁ?新八く〜ん」


そう毀れた声は…皮肉めいた…。

銀時の前には…あれほど待ち望んだ姿がある。


遥かに小さなその体…。その眼鏡…その髪…。
この三日間・・・焦がれた姿ー――。



不可解なことに、この雨の中…新八は傘を差していなかった。



「なに濡れちゃってんの?風邪ひくぞ・・・」

そう傘を差しだすが 新八は入ろうとしなかった。

「新八ぃ・・新八く〜ん 新ちゃ〜ん・・・青春もほどほどにしろって」

銀時がそう冗談めかして笑う・・。
それでも新八は 傘に入らない…・やれやれと肩を竦め銀時は新八の上に傘を当てた。




「あ〜・・・・銀さん怒ってるから」

ぽそっと銀時が呟いた。

「具合悪いって聞いて家まで行っても門前払い食らうし…話したい言っても電話も切られるし―――…
もうさぁ・・・死ぬほど心配したつーの・・・マジ勘弁してよ ストレスすごすぎて 糖分足りねーよ・・・もう貧血気味」

そうネチネチいう銀時に新八は一度も視線を合わそうとしなかった。

「おい?聞いてる?聞いてますかぁ?新八君」

そう銀時は身をかがめて新八を覗き込む・・・。
雨に濡れたせいで眼鏡が曇り、新八の表情が読めない…。
「こらぁ 新・・・」
「・・・なら 帰ってチョコレートでも食べてください・・・。それから今日も休みをください・・・じゃあ・・」
そう淡々と小さく呟いて、新八はすっと傘から抜けた。

「ちょっと・・・おいおい・・・」
銀時がその後ろ姿を追う。
「ー――何いっちゃってるの?ねぇ・・おい新八!」

だが・・・視線は振り返らない―――。少しも銀時を見ようとしなかった・・・。
「おいっ待てって!」

そう銀時が新八の腕を掴んだ・・・。

―――その瞬間



「――離してください・・・・」




低く冷たい声が・・・銀時に返った。




「一人にしてください―――今はあなたの相手をしてる気分じゃないんです」



その言葉に・・・―――銀時の中の何かが…カッと熱を持った。



「――――明日は出勤します・・・・手を離してください」




そう少しも視線を合わせないその態度・・・その言葉に―――頭も心も 強烈な苛立ちに真っ白になった。



いつものふざけた言葉も・・余裕な笑みも…皮肉めいた厭味も―――何一つ出てこなかった・


銀時は唐突に―――傘を投げ捨てた―――。


そしてその冷え切った細い腕を、強引に掴んだ。


離してください・・と淡々と呟かれる声を無視し半ば引きずるようにして、銀時は歩き始めた。





そんな二人を――――奇異な物を見るような視線が 追いかけてきた。




――― 如何わしい看板の立ち並ぶ色街の 一番奥の一番人目につかない宿を選んで 金を叩きつけた。


金を受け取った淫らな服を着た女が なんとも言えぬ笑みを浮かべ、そっとキーを差し出すのを乱暴に受け取った。

古く ギシギシと唸る階段を 上がる。
その間雫を垂らしながら 引きずった新八の足跡が廊下に染みついた。


そして―――


一番奥の部屋の 隔離された部屋のドアを あける・・・。

と同時に―――に新八を放り込んだ。





――――激しい音と同時に―――扉を閉めた。



**




雨の音以外――何の音もしなかった―――。

紅の布団…その照明に照らされた銀時の腕が・・小さな身体を強く抱きしめている。

この小さな身体を・・強引に抱いた…。
ただ貪るように…刻みつけるように…縋りつくように…我を忘れたように激しく抱いた・・・。

抱き込んだその白く小さな体には 銀時の証が散らばっていた・・・。
銀時は唇を寄せて、またその細い首筋を吸う・・・。そしてまた 紅い印を刻んだ・・。
腕に抱いた身体はピくりとも動かない・・・。こちらを見ようともしない・・・。

ー――この行為は 銀時の欲望を満たす以外…何の意味も無いのだと知っている。
これ程に抱いても…これ程に刻んでも…それでも心の底が満たされないのは・・新八の視線が一度も受け入れないせいだとわかっている。


「ー――――俺はねぇ・・お前の事知らないのが嫌なの・・・お前が俺の知らない事をするのがすげぇいやなの・・・」

振り向かないその耳元に唇を寄せて、銀時は拗ねた子供の様な声を出した・・。

「・・おらぁ・・おめぇの事『全部』知っておきてぇ・・・・俺の知らないお前がいるなんて許せねぇ・・・・」

そう続けた言葉は 震えた―――決して寒かったわけではない…。
今まで抑えてきた様々な感情が銀時の体を煮え滾るように熱くした・・。


「お前も知ってると思うけど・・・俺は束縛強いタイプだからよぉ…だから我慢できねぇんだよ・・・。」

そう銀時は呟いて、ぎゅっとその身体を抱き込む。


ー――新八は何も答えない・・。
いつもこうして強引に抱くと、新八はむっつり黙りこんで口を開かなくなるが・・・この沈黙は違うとすぐにわかる・・。
ー――心 ここにあらず・・・だ

ぎゅっと唇を噛みしめて、銀時は新八の上に覆いかぶさった。
そして有無を言わせぬまま 強引に口付ける。


だが その口付けが ふと止んだ・・・。

銀時の眼が…揺れる。


いつもなら噛みついて、激しく反抗するのにそれがない・・――だが決して受け入れてくれたわけではないとすぐにわかる・・・。

新八の視線が・・ここではないどこかを見ていた・・。

「・・・やだ・・・・新八」

銀時の顔に・・今までとは違う感情が滲む

「やだ・・・…こっち見てよ・・・銀さんを見てよ・・・・ッ」

新八は何も答えない・・・その視線は雨の音をが響く薄汚れた壁を・・いやー――遠いどこかに向けられている。
少なくともー――銀時を意識してさえいない・・。



「しんぱ・・・っ・・ッやだ・・銀さんを見てよ・・こっち向いてよ・・・」


銀時の声が・・・擦れる。
その小さな顔に触れる手が・・・・・震える。
今さらながらに気が付いたが―――新八の目元には酷い隈がある・・・。
たった三日会わなかっただけなのに その頬はやつれ痩せている・・・。
それが 病的な危うさとなって 新八の顔をあまりにも美しく―――儚くしていた・・。

―――まるで 魂が抜けたかのように・・・。


突如銀時の体に鳥肌が経つ―――そして我を忘れたように銀時は新八を揺さぶった。

「―――ッ新八!新八ぃ! 新八いぃ・・・ッ! 俺を見ろよッ 俺をみてよ・・・・ッ」


いい年をした大人が―――壊れたように叫んだ。

「こっちを見ろって言ってんだ!!俺を見ろって言ってんだ!―――俺を見てよッ!」



やだ やだ と子供のように銀時は喚いた――。
それでも新八は反応しない・・・。

銀時の声が―――擦れ 震えた・・・。

「新八ぃ・・・―――!」










「・・・・・・・・・・・・・・うるさいですよ」











ぽつりと聞こえた声に…銀時がぴたりと口を噤んだ。



「人の頭の上で―――ぎゃあぎゃあ煩いって言ってるんですよ・・・」

そう 淡々と 小さく…でもはっきりとした言葉が続く―――。




「・・・・・アンタ いい年した大人でしょう?・・・なに子供みたいな駄々をこねてるんですか・・・」




少年はそう淡々と 呟いてゆっくり瞬きをした。―――そしてその黒い大きな瞳が、銀時に向いた。




「・・・だいたい・・あんたねぇ・・・人に最低最悪なことしといて、えらそーなんだよ・・・いい加減・・・出るとこ出てもいいんですよ・・・ボク・」


ぽかんとその顔を見ていた銀時の顔が・・・・―――情けない程に崩れた・・・。

「おま・・・ほんと相変わらず小悪魔さんなんだからッ・・もう銀さん・・マジで中毒になるって・・・むしろ新八中毒末期だって・・・」

「あの・・・半端無く気持ち悪いんでやめてください・・・訴えますよ」
「いや・・これマジだから・・・もう銀さんの心は新ちゃんに盗まれているから」
「盗んでねーよ・・てかいらねーよそんなん・・」
「うわ・・ひでっ・。・相変わらず可愛い顔して毒舌…ー――でもそんな所が大好きです! もう!銀さん本当にツボなんですけどぉ・・もうメロメロなんだわ・・ヤバい」

「てか・・・近い・・・どいてください」

そう新八が顔をしかめる。


「やだね!―――どうしてもって言うんなら、新ちゃんからキスしてよ」
銀時が唇を突き出す。
「おい・・いい加減にしろよ…天パ・・・訴えるぞ」

やだも〜んと口を尖らせて、銀時はぎゅうっとその体を抱きしめた。


「それに言ったじゃん・・・ここから『出してやらない』って・・・。お前は俺とずっ〜とここにいるってよぉ」

すりすりと銀時はその癖っ毛の頭を擦りよせる。
「マジだよ?二度と外には出してやらねぇから…新ちゃんは銀さんとここにいるの!ず〜と 」

―――そう言えば


はぁあああ・・・・・と果てしなくうざそうなため息が聴こえた。



「・・・じゃあ・・一緒に来てください」



突如そう新八の声が聞こえ、銀時はピくりと顔を上げた。
そして新八の顔をまじまじと見る。


「あんたは・・ボクがこの『三日間』何をしていたか知りたいんでしょ・・・?だったら一緒に来てくださいよ」

そう淡々と新八は言う。

「口で説明するのは面倒なんです・・。あんたいろいろ誤解してるし…てかここ・・出たいし・・」

ー――呆然と銀時はその顔を見る。

「この腕とってください・・・。行きますよ 準備してください ほら」


**



雨の中・・・傘をさして歩いた。
その間ずっと無言の新八を 銀時がときたまちらちらと見る。
宿を出てから、新八は一言も喋らない―――会話をする気がないようだった・・。


雨の中を…ひたすらに歩く・・・。
時たま新八の襟元から銀時の証がちらりと見えて…それが銀時の視線に入った。



駅から電車に乗った・・・。
二人分の切符を銀時が買ってやり、無言のままで電車に乗り込んだ…。
電車のゴトンゴトン・・・という音…そしておしゃべりな女の声が耳に届く・・・。
ちらりと新八を見たが 新八はこちらを見なかった…。


濡れた傘から 雫がポタポタと落ちて、いつの間にか新八の足袋を濡らしていた。

新ちゃん・・濡れてますけどぉ・・というと、新八は無言のまま傘をずらした。



30分ほどしてから電車を降りた・・・。
見慣れない土地だった・・・。
歌舞伎町からたった30分で・・景色はがらりと変わっていた。
もの静かな商店街が続き…人通りも疎らだった・・・。



ー――いくつもの店を通り過ぎ、商店街と歩いていたら不意に 新八が足を止めた。

 すみません・・・ちょっとここに寄っていきます

そう指さされたのは――――花屋だった

新八はそこで 白い百合の花を一輪買った・・・。





・・・―――道を 歩いた
人通りが少なくなり・・・店も無くなった。

雨の音しか聞こえないような 静かで寂しげな道をひたすらに歩いた・・・。


その間 雨は降り続いた――。
いつの間にか 新八の袴も 銀時の着物も 雨を吸って重たくなっていた…。


相変わらず…新八は無言だった・・・。
銀時に視線を向けることも無かった…。



あるいて 
あるいて


そして漸くー――新八が足を止めた。

そこは賑やかな歌舞伎町とは別世界のように…田舎じみた嘘みたいに静かで・・・寂しい場所だった。



銀時はぐるっと辺りを見渡した…。

近くに川が流れているのがみえた・・。ここから少し離れた所に、紅の橋がひっそりと掛かっていた。

新八が足を進める・・・。その橋に向かっているようだった。


橋を渡りおえると、そこにはひっそりとした階段が現れた。
その階段は木に囲まれていて 不思議な感じがした。


階段を・・・ゆっくりと登る。
まるで神社にいくような 不思議な気持ちになった・・・。
天人の侵略でほとんど姿を消した古き日本の空気が ここには残っているような気がした・・・。


階段を上りつめた―――その先


そこには大きく、見事な桜の木が一本植えられいた。

そしてすこし視線をずらすと―――沢山の石が並んでいるのが目に入った・・。
黒く四角い・・・・静かな石。


そう―――ただの石ではない―――・・・墓石。



新八は 黙ったまま足を進めた・・・。
そして―――とある墓石の前で足を止めた・・。

銀時の眼が・・・ちらりとその墓を見る。


・・・・静かに雨に打たれる 一つの墓石・・。
そこにも白い百合の花が2本・・・・寂しげに雨に濡れていた・・・



そこに掘られた 名


『伊藤 鴨太郎』



銀時の眼が…微かに開く・・。
この名は…数か月前に見た・・。

そう―――動乱を招いた男。


真選組副長土方を失墜させ 近藤暗殺を目論み、真選組解体を狙った…。
ー――・・・・だが最後には近藤を守り、そして土方を守り・・・ー――そして己の犯した罪を受け入れて…死んだ男・・・。



銀時もあの戦いの中で・・・その姿を見た。
だが 言葉は交わさなかった。

最後に…罪を受け入れ土方に切られ 礼を言い 静かに息を引き取った姿を見ただけだ・・・。




「・・・・・・何?新八。こいつとなんか知り合いなの?」
そう訪ねても 新八は答えない。
「え?銀さんすごく気になるんだけど?ねぇ〜新ちゃんどうなの?」



「知り合いじゃないですよ・・・」

そう答えた声には…どんな感情が含まれているのか読み取れない・・・。

「じゃ・・関係なくね?」
「知り合いじゃありません・・・。友達でもない・・・。ちゃんと会話したことも無い・・・でも」



そう呟くと・・・突如新八は――傘を畳んだ・・・。
傘を失った新八の身体に・・・冷たい雨が染み込んでいった・・。

「おいっなにやって・・・」


その姿に 思わず傘を差しだそうとしたが、続けられた言葉に銀時の手が―――止まった




「――――『最期』の言葉を…聞いた仲です」







ぽつりと・・だがはっきり呟かれた言葉に…と銀時の眼が見開く。

そしてその墓を・・・そして新八へと 交互に視線を走らせた・・。


「・・・え・・・・あ〜・・・そういう・・こと」


引き攣る唇で軽く答えようとしたが…すぐに詰まった・・。
それ以上、銀時の口からは何の言葉も出なかった・・・。


ただ――・・・・雨に濡れる墓石を呆然と見るだけだった…。


そんな銀時には触れず…



―――頭から・・・・離れないんです…彼の言葉が・・・



ー――と、新八は淡々と呟いた・・・。


「・・『あの日』から・・・彼が目の前で死んだ日から・・・・離れないんです…片時も・・・」




人と繋がりたいと思いながら 自らその糸を断ち切ってきた・・・
なぜ・・・なぜいつだって気づいた時には 遅いんだ・・・
なぜ 共に戦いたいのに・・立ち上がれない・・?
なぜ・・・剣を握りたいのに 腕が無い?

なぜ・・・ようやく気付いたのに・・・僕は死んでいく・・?




雨が・・・百合の花を揺らす…。
それを見つめながら 『不思議でたまらないんです・・・』と新八は続けた。



「・・・・彼は動乱を企んだ中心人物で……たくさんの人を傷つけました…。
だけど彼はあの日…あの『銃弾』から・・ボクを守ってくれました…『敵』であるはずのボクらを・・・その体を盾にして庇ってくれました。

どうしてそんなことをしたのでしょうね・・・・?あの瞬間まで、ボクらのこと・・・何とも思っていなかったはずなのに・・・。」

新八は・・・続ける…。


「虫けらのようにすら思っていたはずです・・・。むしろ自分で殺すことすら厭わなかった・・・――なのに・・・最後に彼は、その身を盾にしてボクらを守ってくれた・・・。」


(人と繋がりたいと思いながら 自らその糸を断ち切ってきた・・・)


「・・・あれほどにプライドが高くて、力を持った人が…。あんなにボロボロになって・・・・腕も無くして 立つこともできなくて・・・」


(なぜ 共に戦いたいのに・・立ち上がれない・・?)
(なぜ・・・剣を握りたいのに 腕が無い?)


「後悔に声を震わせて…」


(なぜ・・・ようやく気付いたのに・・・僕は死んでいく・・?)






雨の雫が・・新八の顔から流れ落ちる・・・それがまるで涙のようにみえた。




「どうしてなんでしょうね・・・?寝ても覚めても・・・彼のあの顔が・・・その言葉が・・・・・・・・頭を過るんですよ・・・。」




雨音に混じる声は…少しも変わらず淡々としている。



「―――それは『最期』の声・・・だからなんでしょうか・・・?」


そう新八は不意に手を伸ばし、墓石を撫でた。―――その行為に・・・ジクリ・・・と銀時の心が音を立てる



「・・・こんなに時間が経っても…鮮明に覚えているんです。
あの場面を・・・・あまりにも鮮明に思い出すんですよ・・・。
その度に・・・あの人の心からの後悔と…そして切なさが悲しい程に伝わってくるんです・・・。」


ゆっくり・・・優しく・・・新八は墓を撫でる。


「・・・・あの時の映像が消えなくて…あの時のあの人の顔が忘れられなくて…あの時のあの人の声が・・・・何度も何度もこだまして…」


・・・・どうしていいか・・・わからなんです。


そうぽつりと新八は呟いた…。



「―――彼を思い出す度に…心がぐちゃぐちゃになりました・・・。頭が痛くて…喉も苦しくて・・・・悶え苦しみました・・・・。
声が枯れるほど泣きたいと思っても…泣けなかった・・・。声が潰れるほど叫びたいと思っても…何の言葉も出てこなかった・・・。」


だって あまりにも知らないから・・・。ボクは伊藤さんの事…あまりにも知らな過ぎたから・・・。

そう新八は 微かに笑んだ。・


「・・・・・・・・でも、ふと思いついたんです・・・。『本人』に会ってみればいい・・・って・
だから山崎さんに聞いて、・・一昨日・・・こうして彼のお墓に来ました…。」


彼のお墓の場所は・・・近藤さんが決めたんだそうです…。
真選組から離れてていて…でも静かで 昔の江戸の良さが残っているこの場所に:・・・って





「・・・そしてずっとこうして・・・眺めていました・・・。どうにもならないってわかっています・・。――でもここにしか・・伊藤さんはいないから・・・」


伊藤さん・・・と再び呼んだ声には、先ほどとは違う感情が込められていた。
それを露骨に感じた銀時が・・・ピくりと視線を上げる。


「でもね・・・当たり前なんですけど、何にも答えてくれないんです…。
そうですよね・・・。応えられるわけがないんです・・・。伊藤さんはもう居ないんですから・・・もう死んでしまってるんですから」



でもね・・と新八は続ける


「確かにこの世界に・・・『あの日』までは、彼は確実に生きていた…ボクの目の前で生きていたんです…。
『伊藤鴨太郎』という男が 存在していたんです――だからこそボクは…あの人が命の終わりを悟った時に呟いた――『最期』の言葉』を聞いた『責任』があるんですよ・・・」



・・・でも・・・きついんです・・・とても・・・と新八は 力なく笑った。




「―――普段忙しい毎日に追われると忘れていられます・・・。
銀さんを叱ったり、神楽ちゃんと喧嘩したり、定春の世話に奮闘したりスーパーの特売でおばさん達と格闘したりしているときは…・・。
でも―――― 一人になったり、寝る間際になると…『あの人』の事ばかりが浮かぶんです・・・。
一度考えてしまうと・・・胸が苦しくて・・・苦しくて・・・眠ることもできませんでした・・・。」


・・・ボクは・・と新八は 続けた


「ー――ボクは…銀さんみたいに『器用』じゃない…。だから辛いことを上手く乗り越える術を知らないんです・・。」



雨が―――新八の体を打ち付ける。



「――・・・こんなに辛いのに…どうしていいのか・・わかりませんでした・・・。
当たり前だけど、伊藤さんは何も答えてくれないし…姉上にも…言えなくて…。」


・・・その所為で姉上には随分心配を掛けてしまいましたけど・・・と新八は 微かに苦笑した。


ねぇ・・銀さん・・と新八は続ける。



「・・・大酒を飲んで・・全てを吐き出してしまえば良かったんですか…?
それとも暴飲暴食して 大騒ぎすればよかったんですか・・・?
それとも―――女の人の温もりに縋れば よかったんですか・・・?」




――でも どれも違うって 自分でわかってしまうんです・・・。と新八は言う。


「ボクは不器用です…。レジ打ちもまともにできないくらい 不器用で要領が悪くて 一つ一つじっくり取り組んでいかないと前に進めない男です…。
だからこそ・・・・ボクはボクなりのやり方で『けじめ』をつけなければなりませんでした・・・・」


もう逃げるのはやめて・・・・・そう呟く新八の頬からまた 雨の雫が毀れおちる、



「だからこの『三日間』こうして・・・・一人足掻いていました・・・」



ポタポター――・・・と雨の雫が…頬を伝い土へと染み込む。


「伊藤さんへのこの感情やこの想いを整理して・・・きちんと受け止めて・・・のみくだして・・・・そしてまた『いつもの自分』に戻れるように・・・足掻いて足掻いて足掻き続けた・・・」



新八は百合の花にそっと触れた・・・。


「―――そうしてようやく少し答えが見えて…昨日真選組へ行きました。そして土方さんに会いました」

土方…と呼ばれた時、またジクリと 銀時の心が疼く…


「・・…伝えた方がいいと思ったから・・・。
伊藤さんの最後の瞬間を見ていたのは、土方さんです・・。そんな土方さんになんて言っていいのか分からないけど…ありのままに話しました…。

土方さんは・・・黙って話を聞いてくれました…。
何も言わなかったけど、土方さんは僕よりももっと伊藤さんを知っているから・・・きっといろいろわかってくれたと思う・・・・。


…そして今日・・・伊藤さんにその報告をしようと思ったんです・・・」


百合の花に雫が落ちて、揺れる。



・・・でもね・・・どうしても『飲み下せない』ものがあるんです・・・と新八は力無く笑った。



暫くの沈黙が流れた―――







「・・・・・・・・伊藤さん・・・どうして死んでしまったんですか・・?」






ぽつりと・・・新八が呟く



    なぜ・・・ようやく気付いたのに・・・僕は死んでいく・・?





「あの言葉は・・・切なすぎます・・」





――銀さん・・・と新八は続ける。




「死んでいく人の言葉は・・・・どうしてこんなに重いんでしょうね・・・・?」


そう新八が言う。


「こんなこと・・・ボクは父上だけで十分だったのに・・・。」


ぽつりぽつりと。・・・・


「―――だって・・・ずっと忘れられないんですよ…。
そのたった一言を…どうしても忘れる事が出来ないんです…。夜・・・暗い天井を見る度に…微かな風の音を聞くたびに…何度も何度も思い出します。
―――きっと僕は死ぬまで この言葉と彼の事を忘れられない・・・・」




百合の花を墓に供え、新八はその墓を撫でる。




「伊藤さん…ずるいですよ・・・。あなたの事なんてボクは露ほども知らなかった・・・。
あの日…あの瞬間まで ボクにとってもあなたにとっても・・・僕らはただの『他人』に過ぎなかったー――なのに・・・。」


百合の花が…まるで何かを応えるかのように 揺れる


「これから先、あなたは僕の中で ずっと居続けるんですよ・・?ずるいです…だって――あなたの事いくら知りたくても・・・もう知るすべなんて 無いじゃないですか・・・」



ー――伊藤さん・・・・



――そう 呟かれ声が…あまりにも・・・・切なく震えた・・・。






そして―――新八は 俯いた。







「――――・・・あなたに会いたい・・・」









傘が落ちた・・・。

銀時の大きな体が―――小さく強張る体を強く抱いた。

雨が二人の体を 打ち付ける。
その中で、銀時は強く…縋るようにその体を己の中に閉じ込める。


「はいストップ 新八くぅん・・・それ以上は言っちゃ駄目・・・」



銀時の声は 低く 感情を抑え込むような音をしていた。



「・・・銀さん 我儘だから・・・束縛強いから・・・だから駄目―――・・・許せねぇから…大人げないことしちゃうから これ以上は言わないで」


銀時は 強く・・・その小さな体を抱き込む。


「なんかさぁ・・・さっきから聞いてたらまるでよぉ・・・・。新ちゃん――――こいつの事『好き』みてぇ・・・」



銀時の言葉に…新八は肯定も・・否定もしなかった…。
何も言わず、何も答えること無く…ただ墓を眺めている。

否定しろよ・・と内心唇をかんだ…。

何言ってんですか・・・とか そんなんじゃないですよ・・とか・・・どんな些細な言葉でもよかった…。


自分の言葉を この心に浮かんだ疑問にどんな些細な態度でもいいから『否定』してほしかった…


――だが新八は何も言わない…。。


だから銀時は――――縋るしかなかった…。



「まるで死んだ恋人に言うみたいに―――・・・『会いたい』だなんて 言わないでよ・・・」



あまりにも冷たく冷えたその体を 逃がさぬ様にと強く抱き込む。



「・・そんな切なそうに・・・そんな苦しそうに言わないでよ・・・銀さん狂っちゃうよ・・・ヤキモチで頭がイカれるよ・・・」



新八の首筋に顔を埋めて呟く銀時の声は震える…。同時にその腕が…余裕なく小さな体を掻き抱く。



「――だいたいてめぇはずりぃんだよ・・・。俺の知らないこんな辛気臭い所で 俺に何の相談もしないで・・・なに一人で青春ドラマみてぇなこと言ってんだよ・・・ッ
なに一人でこんな所で、しんみりしてんだよッ・・・ジャンプの読み過ぎなんだよ…てめぇは・・・」


ジャンプの読み過ぎはあんただよ・・・いい年してんだからいい加減にしたらどうですか?

はぁ・・と小さな溜息と共に、そう返す新八・・・。



「・・・あ〜あ・・だからあんたには言いたくなかったんですよ・・・てか離してください」

いつもと変わらぬ声音で返されたから、銀時はますますその小さな体を掻き抱く。



その首筋に…銀時が付けた印が見えた・・・。―――だが・・・なんて無意味なのだろう・・・・と思った。
この少年にこんな印を付けても・・何の意味もなさない・・。これは銀時の自己満足を満たすだけにすぎないのだという事実―――それが骨の髄まで銀時を打ちのめす・・・。


「嫌だね・・・・・今お前を離したら…お前は俺を置いて行っちまうんだろ・・・?」
「はぁ・・・?何いってるんですか・・・?」

顔を上げず・・・銀時は首を振る・・。

「お前はいつもそうだ・・・いつもだ・・・。そうして容赦なく俺を置いて行っちまいやがって・・・俺がどんな気持ちでいんのかわかんないんだろ?え?」
「なんか意味わかんないんですけど・・・。てか、なんでいきなりキレてんだよ・・―――それに言ったでしょ?ただ『けじめ』をつけにくるだけです・・・」
「嘘吐くんじゃねぇ・・・ッ」
突如銀時は・・・その小さな体に爪を食い込ませた。

「あの・・・本気で体痛いんですけど・・・」


「てめぇはいつもそうだ!『けじめ』だか何だかしらねぇけど、結局は俺に黙ってシコシコしてんだろ!」
「・・・はぁ?」
「俺に黙ってふらっと居なくなって…それで俺がどんな思いをしているのかなんて これっぽっちも考えやしねーんだろッ!」
「・・・そりゃまぁ・・・銀さんの事なんて普段からそんなに考えたりしてないですよ・・・。」
「相変わらず毒舌だな・・・でもそう言うことじゃないの!俺は嫌なの!そーゆーの本当に嫌なの!!」

「いや・・『嫌』って言われても・・・」






「・・・怖ぇよ・・・新ちゃん・・・俺 お前が怖い」





そう銀時は唇を噛んだ――――



「ー――お前はそうやって・・・どれだけの事を俺に隠してきた?・・・」






「…隠してないですけど・・・」






「どれだけ一人で…こうして雨に打たれてた・・・」



「だからこんなことそんなにないですってば・・・人の話を聞かない人だな・・・アンタは」




「もうやめろ・・って言ったじゃん・・。『ホウレンソウ』大事にしろっていったじゃん・・・」




「・・・はいはい すいませんでした・」



「・・・頼むから…俺に何も言わずに…一人でいかないでくれよ・・」


「俺に何の相談もせずに…一人で煮詰ねぇでくれよ・・・」



・・・・約束しろよ 300円あげっから・・と銀時の声が擦れる。





はぁ・・と新八がため息を吐く。



「・・・てかお互い様じゃないんですか?あんただって何かあったら言わないじゃん・・・」
「これはこれ それはそれ!銀さんはいいの『!大人』だからぁ!でも新ちゃんはダメ!!俺は新ちゃんが俺が知らない事をするのが嫌なの!すげぇ嫌!!」
「あ〜〜はいはい ごめんなさい これからしませんよ・・・・・」
「絶対だぞ!!これからは絶対に俺に言えよ・・・。ヤキモチ妬かないで一緒に行ってやるから 原付で行ってやるから!」

「はいはい」


そう微かに笑う顔に・・・ひやっと胸が冷えた。


嘘だ・・・と分かった。


これから先も・・・新八は銀時に打ち明けようとしないだろう・・・。
きっと・・・なにがあっても・・・・・・こうして一人 歩いていくのだろう・・



「あ・・・雨上がりそうですね。万屋屋に帰りましょうか?実はお腹すいたんですよ ここ数日食べてなかったんで」


それに 少し眠くなりました・・・最近一睡もできなかったから・・・と歩き出す その小さな手を必死握った。




「あの・・・男同士で手をつなぐって・・・激しく気持ち悪いんですけど・・・ボクそういう趣味ないんで」



そう生意気な口を聞く その顔を見て、銀時の胸は酷く捩れる・・・。


―――自然と言葉が毀れおちた。


「―――新八・・好き・・大好き・・・愛してる・・愛してる・・・マジで」

「・・いや 迷惑なんです・・・勘弁してください」

そう言って新八は いつも通りの表情を浮かべて歩いていく・・・。

その姿が―――堪らなく銀時を不安にさせた。


「新八 銀さん・・俺お前が好きだ・・・大好き・・・だから離さないから」



だって さっきから新八は一度も銀時の眼を見ない・・。
あの言葉に・・・心からの肯定の言葉を返してくれない・・。


それが無意識なのかどうか わからない・・。

でも どこかでわかってしまう。


この少年はこうして あまりにも簡単に 離れて行くのだ――。
振り返ることも…立ち止まることなく 足を進めてしまうのだ…。
そして銀時が何も知らないうちに・・・気がつけば手の届かない所へと  行ってしまうのだ・・・。


それが 無自覚だからこそ―――怖い



「お前の事好き過ぎて・・・狂ってるから・・・好きだから・・・・新八・・・だから・・・・」




離してやらないから―――





そう叫びながらも 心は少しの余裕もなく 啼いた・・・。


・・・だって少年を縛り付ける方法が わからない―――。

『印』を付けても意味がなかった・・。
どんなに抱いても 何も残らなかった・・。
どんなに言葉で伝えても…どんなに行動で表しても 何一つ少年を絡め取れなかった―――



だから―――



「新ちゃん これからはちゃんと銀さんに言ってよ 『ホウレンソウ』厳守!!約束! ねぇ?いい?」
「あのねぇ・・・いい加減しつこいですよ」

「ね〜ね〜・・・おい!ほら一緒にリピートアフタミ〜!!はいっ『ホウレンソウ』」

「あんたいくつですか?いい加減うざいんですけど・・・」
「うざくてもいい!!むしろ『うざ王』と呼べ!!
だから新ちゃん!ちゃんと俺に言うんだぞ!これから何でも相談しろよ!じゃないとお仕置きするよ!今度こそ本気だぞ・・・」

「はいはい」



そう 困ったように笑うその顔先ほどとは何も変わらなくてー―― 切なくて 怖くて・・・堪らなかった・・。









ああ・・・いっそ・・・本当に閉じ込めてしまおうか

この胸のざわめきが 無くなるのなら・・・









END


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送