「たらいま〜・・・」

そういつもの通り、無気力な声と共に襖が開く。――と同時に顔を出したのは銀時だった。
相変わらず死んだ魚のような眼をし、そこに疲労が重なっている為かより一層無気力な顔つきに見える。

「あ〜あ たくっとんだ貧乏くじだぜ・・」
銀時はそうぶつぶつ言いながら、その癖っ毛を撫でつける。
「あいかわらず マダオアルな・・・」
そうくちゃくちゃと酢昆布を噛みながら呟く神楽は、テレビにかじり付いている。

「てめぇ・・・俺がアセクセ働いているとき、優雅にテレビかぁ?どこぞのばばぁだよ!てめぇは・・!」

そうじろりと神楽を睨みつければ
「何言ってるアル・・・ジャンケンに負けた銀ちゃんが悪いネ!」
そうすかさず反論され、銀時はぐぅっと言葉を飲み込んだ。

神楽には口でも力でも敵わないことは身をもって知っている・・・。――そして今はそれを再確認できるほどの気力はない・・。

やれやれ・・・と気だるい溜息をつきながらのそのそと歩いて、いつもの椅子にドカッと座りこんだ。
―――そして気づく。

「・・・あれ・・?新八は」

いつもならいるはずの姿が見えない。もちろん休むなどとは聞いていない。

「おい 新八は?」
「煩いアルなぁ・・・新八なら買い物に言ってるアル」

そうめんどくさそうに返ってきた神楽の言葉に 銀時はそう言えば・・・と思いだす。

確か今日は、トイレットペーパーの特売日だった…。
そして新八は一週間も前からその広告を穴が開くほど見つめて、いかに多く買うかとあれこれ作戦をたてていた。
その店はここからかなり離れた場所にあった。――原付も乗れない新八ことだ…。戻ってくるまでは相当時間がかかるだろう。

はぁ・・っとため息をついて、そして漸く銀時の視線が自分の机に移る。

「・・・ん?なんだよこれ?」

銀時の机の上には、多くの郵便物が無造作に置かれている。

「見れば分かるだロ!手紙ネ!」
イライラと神楽が答える。
いつもなら新八がきちんと整理しているのに、この娘は本当にガサツだ…。――いったい誰に似たのやら・・・。

「たくよ〜俺の机の上に置くんじゃねーよ・・・」

銀時はそうめんどくさそうに郵便物をつまむ。


ガスの請求書
電気の請求書
原付の修理代の請求書
ダイレクトメール
勧誘のチラシ

「・・たく・・ロクなもんがね〜なぁ・・・」
銀時はそうぶつぶつ言いながら 郵便物を確認していく。

だが――不意にその視線が止まった。

数々の郵便物の中に 一つだけ…気品のある封書があった。
薄い桃色の封筒に 淡い桜の絵柄が印象的だ・・。
そしてそこには可愛らしい文字で宛名が書いてある。

銀時の眼が・・その宛名を見て僅かに細まる。


「どうしたアル?突然黙って・・・?なんかあったカ?」

神楽が相変わらずテレビにかじり付きながら問う言葉に


「・・・いんやぁ・・・何も」


そう・・・ダルそうな銀時の声が返った――




*届かぬ声 響く文字*




「う〜〜・・・ただいまぁ〜」

新八はそう、はぁっと大きくため息をつき、玄関に倒れ込んだ。

すると元気の良い足音が聞こえ、同時に神楽の声が頭上に響く。

「あっお帰り新八!おぉ!!6つも手に入れるなんて流石アルな〜!」

満足げに頷く神楽の眼には新八の両手に握り込まれた6束ものトイレットペーパーが映る。
その伸びかけたビニールの紐と、微かに赤く腫れた指先から新八の必死さが伺えるというものだ。


「あ〜・・・シンドォ〜 本当に疲れたんだからねぇ・・・これ。・・・しかも遠いし暑いし!」


新八はそうぼやいて、やれやれと腰を下ろす。

「これで暫くは安心ネ!よくやったアル新八!」

そう――トイレットペーパーは必需品だ。でも決して安いものではない。
特に万年火の車の万屋には・・・・。だから特売日は外せない。


「たくさぁ・・神楽ちゃんはピン子見たいからって手伝ってくれないし・・・。もうすごいおばさん達の中で大変だったんだからね!」

そう新八はじとっと神楽をねめつける。
「仕方ないね!だってピン子を見逃すわけにはいかないネ!これ逃したら一生後悔するネ!」
神楽はそうにやっと笑うやいなや、また元気よく部屋に駆け戻って行った。


まったく・・とため息をつきながら、新八は履き物を脱ぎ家に上がる。
やっとの思いで買ったトイレットペーパーを棚の中に押し込み、それから一息ついて部屋に入った。



「・・・あれっ銀さん帰ってたんですか?」


ジャンケンに負け、大工の仕事を手伝うため早朝から出ていた銀時の姿を見て、新八は目を丸くした。

「お〜・・ついさっきな」

銀時はそう眠たげな顔をしたまま頭をポリポリと掻く。


「――暑い中お疲れ様でしたね。今お茶入れますよ」
新八はそう微笑んで、台所へと向かった。


お茶をいれ、銀時の前に置きながら新八は『あれ?』と眼を丸くした。
それは、銀時の机の上に置かれた請求書を見たからだった。

「あれ?もう飛脚の方きたんですか?」
「あ〜・・きたきた。俺の机の上にたくさん来てた」

銀時はそうダルそうに請求書をピラピラと振った。

「もうっ!ちゃんと目を通してくださいよ!電気とかガスとか止められるのもう嫌ですからね!
あっあとお登勢さんにも家賃の件言われてますからね!今度払わないと本当に追い出されますよ!」

新八はそう銀時を睨みつける。

「わかってる わかってるぅ!だから銀さん仕事してきたでしょ?新ちゃんの為にぃ」
銀時はそう言って、じぃっと新八の顔を見る。

「ねぇ〜銀さん偉いでしょ?ご褒美のちゅーくらいあってもいいんじゃねぇの?」

「でさぁ神楽ちゃん」
「・・・え?無視?ひでぇ・・・」
「・・・はいはいお疲れ様でした・・!今日チョコレート安かったんで買ってきましたからそれ食べてください。
それがご褒美です!いいでしょ?」
「新ちゃんのちゅーがいい・・てか『新ちゃん』がいい」
「おい、いい加減にしねぇと訴えるぞ・・天パ!」


絶対零度の視線に睨まれて銀時はヘイヘイと肩を竦める。
だがまたすぐに視線を新八に戻す…。その瞳には先ほどとは違う真面目な色が浮かんだ。
 

「てか『今日』・・忘れてねーよな?」
「は?」

突然の言葉に新八は目を丸くする。

「なんか約束してましたっけ?」
「うわ・・ひでぇ・・本当に忘れたの?え?酷くない?」

銀時が 『信じられない!』といった顔で新八を見る。
「おっまえ!いくら『眼鏡』だってなぁ!約束くらい覚えているもんじゃないの?」
「おいぃ!!眼鏡バカにすんな!!てかなんだよ!そんなに眼鏡はダメなのかよッ!!」

激しくツッコんだ新八の顔を、銀時がいつになく真剣な眼差しで見つめて言った。

「今日 一日ここにいるんだろ?」
「・・はい?」
「―――だぁかぁらぁ・・お前今日泊まってくんだろ?お妙がいないからって・・・」
「え?・・・そうでしたっけ?」

本気で眼を丸くした新八を見て、銀時が『はぁああ〜!』と大げさに溜息を吐き顔を覆う。

「おいおい・・・はぁ〜・・どうなのコレ?お前分かってないわ・・・ほんっとわかってない!」
「・・・はぁ?」
「俺は悲しいね・・・。まさかお前がそんな子だなんて思わなかったわ…。
お前分かってない・・・、銀さんがどんだけ楽しみにしてたかわかってないわ!」
「・・・」

「もう傷ついた・・銀さんの心はボロボロに傷ついた・・こりゃ新ちゃんにチューしてもらわないと癒されねぇ・・ッ
てかチューじゃなくてもっとエロくて 激しいSMプレイしてもわなきゃ癒されねぇ!!」

「てかそう言う問題発言は子供の前でやめろぉぉおお!!!」


そう激しく突っ込むと、にやりと銀時が笑う。

「・・・あり?新ちゃんなにそれ?顔赤いよ?なにそれ・・・?」
「なっ・・赤くねーよ!!」
「いや、赤い・・・うわぁ新ちゃんったらエッチィ」
「ち・・っちが!あんたが変なこと言うからだろッ!」


「てか・・・お前らうざいアル・・・」


**

新八は手際よく割烹着を身に着け、買ってきた豆腐を切り分けていた。
材料を切りながら、ふと新八は考えた。

(・・・すっかり忘れてたけど、今日はここに泊まることになっていたんだよね…)

そう、実は本日、新八は万屋に泊まることになっていた。――姉のお妙が仕事仲間と旅行に行った為だった。

(・・・トイレットペーパーの事で頭がいっぱいですっかり忘れてた・…)

冗談ではなく…本当に忘れていた。
だから着替えも何も持ってきていない…。

(今から着替え取りに行くのはめんどくさいなぁ・・だったら泊まらなくてもいい気がするし…)

そう考えながらトントンと野菜を切っていく。
(いいや・・一日だもんね・・あっ・・そう言えば前忘れてった下着、
あの箪笥に入れてなかったけ?後で探してみよっと・・・)


実は新八が万屋に泊まることは珍しい…。

意外に思われるかもしれないが、今までも泊まりがけの仕事がない限りは必ず家に帰っていた。

別に約束したわけでも、そうするように言われたわけではないけれど
やっぱり最後は――姉の顔を見たいと思ってしまうのだ。

そしてお妙もそれを知ってか知らずか、仕事の後はどこにも寄らず必ず家に帰ってくる。

朝帰りの姉にはきついだろうに、お妙は新八と必ず朝食をとる。
――そして新八が出かける時には必ず笑顔で送り出してくれる。
シスコンだと言われるかもしれないが・・・そんな姉が好きだった。

だから思い出してみれば 、万屋に泊まったことなど数える程しかない・・・。


(・・それにしても・・・銀さんそんなに嬉しいのかなぁ?)

そう新八は不思議そうに首を傾げる。

『万屋に泊ろうかなぁ・・・』と零した独り言をありえない地獄耳で聞きとっていた銀時の顔と言ったら・・・・・・。

いつもは半開きで死んだ魚のように濁った眼を、これ以上ないくらいにランランと輝かせて
イチゴ牛乳をこぼし、ジャンプを放り投げ・・・



『マジでッ!新ちゃんマジで!!!!てか泊まろう!泊まれ!これ決定!!もう決めた!!決めたからなッ!!!
もし破ったらあれな!エロいことするからね!縛るからねッ!!』


後半の意味が…わかんねーよ・・・


回想中に思わずそう心の中でツッコむ・・・。


それから今日まで・・銀時のご機嫌ぶりと言ったらなかった…。

ものすごく珍しく、神楽に酢昆布を買ってやり、定春にビーフジャーキーを与え
燃えるゴミの日にジャンプも出さなかった…。


(毎日顔合わせてるのに・・・わかんないなぁ・・・あの人は・・・)

そう内心首をかしげながら、新八は切った野菜をお皿に盛りつけていく。

これは今晩の夕食だった。

今日は鍋にした。
相変わらず万屋は火の車だから、肉はごく僅かでほとんど野菜しかないがいいだろう・・・。


「・・新八ぃ なんか手伝おうかぁ?」

突然声がして振り返ると、そこには銀時がいた。
相変わらず無気力な顔をしているが、でもどこか浮ついた空気が見える・・。

「大丈夫ですよ。それに銀さん疲れているんでしょ?少し休んでてください」
「いーのいーの大丈夫ぅ!てか銀さんは新ちゃんの傍にいたいしぃ」
そうにたぁ・・・と笑う顔を 新八の絶対零度の視線が突き刺さる。
「うわっ・・たまんねぇ・・・その顔たまんねぇ・・うぁ〜」

その視線を見た銀時がそううっとりと笑む。
「・・・」
「新ちゃんのそう言う顔本当に犯罪・・・もうS体質にはたまらんね・・いやぁ〜・・もう押し倒して縛り上げて
泣かせて虐めて 『あれこれ』したくなっちまう」
「・・すみません・・出てってくれますか?やっぱいらんわ アンタ」

「いや・・冗談だって新八くぅん! で・・・なんか無いの?手伝うこと」
「・・ないですってば」
「じゃあココにいるわ・・。新ちゃん眺めてる…あっもしかして『監視プレイ』になるか?これ」
「・・・・・・・・・・」

そうへらへら笑う銀時にはぁ・・と肩を落とす。
この男はやる・・・。冗談でなくそういうことを平気でやる男だ。

どうせいるのならせめて手伝え!…隠せない溜息を吐きながら新八は濡れた食器を指さした。

「・・・じゃあお皿拭いてもらえます?そこの」
「ほぉい」

いつになく素直に返事をし、銀時は布巾を手に取った。



しばしの沈黙が流れた・・・。

コトコト・・とお湯が沸く音がして…
歌舞伎町の街の音が わいわいと聞こえてくる。

気がつけばその音が聞こえないほど、新八はせっせと料理に精を出していた。


(・・ん〜・・ちょっと薄いかな?もう少し塩を・・・)


そう思って戸棚に手を伸ばした瞬間 ――突如 銀時と眼があった。


赤茶色の眼が…じぃっとこちらを見つめている。



「・・・・なんすか・・?気持ち悪いんですけど・・・」

「いや・・・ほんと新ちゃんて可愛いなぁ…って」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


新八的には絶対零度まで温度を下げたつもりだが、まったく気にしないこの男は続ける。

「いや・・・ヤバいね・・・その割烹着に三角巾…。いや・・俺は・・・ん〜」
「・・・」

顎に手を当ててブツブツ呟き出したこの男の姿を――新八の眼が恐ろしく冷たく見つめる。

「俺ってさぁ・・けっこうキワドいの好みだったはずなんだけど…。むしろ裸エプロンとかの方が
好みだと思ってたんだけど・・・・―――ようやく悟ったわ…。
俺ってやつぁ『チラリズム』に弱いんだよ・・これ。そう・・・・見えそうで見えないその絶妙な感覚が非常にクるね!
むしろ見えなくて想像できる方がいい!みたいな?」
「いや・・意味分かんないんですけど・・てか・・・激しく気持ち悪いんですけど・・・」
「だぁかぁらぁさぁ〜・・・新八君は本当に可愛い〜〜って話だよ」

そうニヤッと笑う銀時を、凄まじく冷たい眼で射抜く。

「・・・いや 可愛いとか言われても 全然嬉しくないんですけど・・・・」
「あ?だってお前に『可愛い』以外の表現ある?ねーだろ?」
自信満々に言われて 新八は沈黙する。

「『銀さんの奥さん』は可愛いぃなぁ・・・ほんと可愛い新ちゃん・・・ヤバいなぁ・・・」
「・・・ちょっと・・・寄ってこないでください!てかあんたの奥さんとかって違うしッ!!」
「うわ・・その顔・・・だからその顔やばいって 銀さんの『息子』が『一人立ち』しちゃうって」
「最低だよッ!この人!!てか料理中ですよ!危ないですよ!・てっ・・聞け―――ッ!!」
ニタニタとスケベったらしい笑みを浮かべて ジリジリと近づいてくる銀時に新八は叫ぶ。


その瞬間―――いつもなら止まらぬ筈の銀時が ピタッと止まった。



「・・すげぇ・・今日の銀さん『余裕』」
「・・はぁ?」

心底意味不明な発言に、新八はポカンと眼を丸くする。

「・・・銀さん超余裕・・!もう大人の余裕だよコレ!
ほら見てよ・・今だってこんなに新ちゃんにセクハラしたくて溜まんないのに 耐えられるよ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「いや・・俺って結構我慢強いね・・・。もう今、まさに今、新ちゃんにちゅうしてお尻触ってエッチなことしたいけど
もうめちゃめちゃしたいけど、でも我慢できる・・・!もうこれ男の鏡・・・俺すごいわ・・・」


「・・・・・えっと塩入れよっと・」
「あれ・・・?新ちゃん無視?」


でもいいもんね〜と銀時は笑う。

「今日はずっと新ちゃん俺と一緒だしぃ?てかもう布団も一緒だしぃ?みたいな?
てかさ、我慢して我慢して我慢しつくした後に思いっきりヤッた方が凄そうじゃね?ねっどうよ・・!」


そうニタニタ笑う銀時に、新八はもはや・・・ため息しか出ない・・・。


**


「てか・・・なんでこうなるの・・?おかしくねぇ・・・?てかおかしいよね」

そう銀時が・・・果てしなく不機嫌そうに周りを見渡した。

「連れないねぇ・・鍋は皆でやるから美味いんだよ」
「そうデスヨ 皆デヤルから美味いデスネ そのくらい知ってロヨ!アホの坂田さん」

そうちゃっかり座っているのはお登勢とキャサリンだ。

「そうですよ銀さん 鍋は皆で囲むから美味しいんですよ」
「でもよぉ!今日は坂田家の食卓がよかったのによぉ!なにこいつら?何しに来たの!」
「ずいぶんないい方するじゃないか?せっかくこいつを持ってきてやったのに・・」
「そうアル銀ちゃん・・。この肉こいつらのモノね・・・この肉なければただの野菜鍋だったアル・・・」

そう神楽に突っ込まれた銀時は、ぐぐ・・っと言葉を飲み込む。
銀時達の前には、旨そうな鶏肉が並べられている。
確かにこの肉がなければ、この鍋はただの豆腐と白菜とモヤシ鍋だ…。


「そうだよ。むしろ敬って感謝してほしいくらいだね・・・まったく」
そうお登勢はスパーと煙を吐き出す。
「だいたいてめぇは今月も・・・てか先月の家賃も払ってねぇんだよ!てか先々月も!!」

「あっ・・本当にありがとうございます。お登勢さん!!いやぁ!本当に助かりました!やっぱお登勢さんは違うなぁ
!・さぁさ!食べましょうよ!もう茹ってますよ!ボクお登勢さんのとりますね!」

慌てて話題を切り換えようと、にっこり笑って新八はお椀を手に取る。

「…たくっ・・ろくでなしのダメ亭主には・・これくらいのちゃんとした嫁がいなきゃね・・・」
「そうなのよ。新ちゃんは本当に可愛くていい嫁で・・・毎日大変なのよ。腰振るのに忙しくて・・」
「てかあんた等何いってんのッッぉおお!!!」

**

「じゃあ新八行って来るアル!」
「はいはい神楽ちゃんあんまり遅くならないでね」

はしゃぐ神楽に新八はそう笑って こそっとお登勢に頭を下げる。

「・・・お登勢さんすみません 神楽ちゃんの事よろしくお願いします」
「なに・・・ついでだよ たまにはいいさ・・・じゃあね」
「後で料金請求スルカラナ!」

そう去っていく三人を見送って新八は はぁ・・とため息をついた。
散々食べ物を食らい、強烈な酒を飲み(新八と神楽はジュース)大騒ぎをし…
それでもまだ少しも疲れを見せないお登勢とキャサリンに誘われて、
『たまには歌舞伎町の女盛り3人というのもいい』・・・とかなんとか恐ろしい発言で盛り上がり、
神楽はカラオケに行くことになったのだ。

颯爽と夜の街を歩くその後ろ姿を見て、新八は はは・・と力無く笑う。

流石・・『歌舞伎町の四天王』は違う…。

あれほどの酒を飲んで暴れても、あっけらかんとしている…。
ちなみに銀時は 酔い潰れて隣の部屋で再起不能となっている…。


そして―――

新八は・・・・げんなりと辺りを見渡した・・・。

酔っぱらった銀時と死闘を演じたキャサリンと、それに乗じて暴れた神楽と定春によって汚された部屋は
おぞましい状態だった…。

「―――はぁ・・・こんな時冷静でいるのって損だよなぁ・・・」
新八はそう肩を落とす。

いくらなんでも・・寝る前にこれを片付けないといけないだろう・・・。
元来新八は綺麗好きだし、なにより姉にそう躾けられている。

はぁ・・・とため息を付きながら、新八は大きなゴミ袋を引っ張り出す。
そして手当たりしだいのゴミを放りこみだした。


**

「・・・ふぅ・・こんなもんかな」

パンっと雑巾を叩いて新八は額を拭う。

少しだけ片付けようと思っていたのに、大量の食器を洗い吹き上げて 机や床に落ちるゴミを捨て、
飛び跳ねた汚れを拭き取った部屋は見違えるほどに綺麗になっていた。

「てか・・・何この才能・・?なんでボクってこんなのばっかり得意なんだろう・・・?おかしいよね・・・?」

思わず自分でツッコミながら、新八はう〜〜と腰を伸ばした。

「てか・・・その間あいつはずっと潰れているし。てか、この殆どあの人が汚したんですけど・・・・・・・」

新八はそう静まり返った襖を睨みつける・・・。

「・・まぁいいや・・。さてと・・・他に・・なかったかな」

そう言ってグルッと辺りを見渡した後、新八の眼がとある場所に止まる。


それは―――銀時の机…。


実はその机の隅に、小さなくず籠がひっそりと置いてあった。
なぜ、ひっそりと置かれているかと言うと、それは主に、銀時の食べたお菓子の袋が捨てられているからだ。

糖尿病の気がある銀時は、新八に見つからないようにと菓子をこそこそ隠れて食べていて、
そのゴミもこそこそと自分で処分していた。
それで隠しているつもりだろうが、結局出たゴミを見れば一目瞭然である…。


「たく・・あの天パはまたどうせ食べてるんだろ?・・・本当に知らないからね 糖尿病になっても!」

新八はそうブツブツ呟きながら机に近づく。

(・・・本当はアイツが片づければいいんだろうけど…どうせだからそのゴミもまとめて捨てちゃお・・・)


身を屈めれば、すぐに見つかった。
小さなくず籠・・・。それに手を伸ばした。



(・・・ほら・・・やっぱりね)

くず籠を覗き込んだ新八の顔が、瞬時に呆れた色を浮かべる。

そこには色とりどりの飴玉の包み紙
チョコレートの包み紙
饅頭の包み紙…
キャラメルの箱・・・

(はぁ〜・・・たくっ・・・糖尿病決定だな・・・)

そう溜息をついたままゴミ箱を空けようとした―――その新八の眼が・・・不意に止まる。



そのくず籠の中に…一つだけ異質なモノがあった。


菓子の包み紙ではない・・・。


それはぐしゃぐしゃに握りつぶされた―――紙屑…。

だが、ただの紙屑じゃない…。



―――気品が漂う薄桃色の封筒…。
そして見覚えのある 淡い桜の柄・・・



新八がその紙屑を広い、広げていく・・・。




そして眼に入ったのは・・・・見覚えのある字



**



「新ちゃん・・・新ちゃ〜ん どこぉ」

果てしなく具合悪そうな声が 部屋に響いた。

「新ちゃ〜ん・・・」

そうしてもう一声そう呼ぶと同時に、ガラッと襖があき、青白い顔をした銀時が顔を出す。

「ねぇ・・・ちょっと新ちゃん 水ちょうだい・・・これヤバイ・・・ほんとヤバい」

銀時はそう言って口を抑える。

「やばいよ・・・リバースだよ ジャンプ主人公なのにリバースしちゃうよ!やばいよ・・・」

ヤバイヤバイ・・・と呟きながら銀時はよろよろとソファに腰かけた。


「てか・・・あのババぁ化け物か・・?あんなつえぇ酒飲んでなんであんな普通で居られるんだ・・・?ありえねぇ・・・」


新八は…振り向かない…。

「・・あ〜〜・・俺、もう酒のまねぇって誓うわ・・・誰に誓おう・・・?あれ・・あれでいいや、お天気おねーさん」


俯いたまま 動かない…

「・・・ねぇ・・新八聞いてる・・・ねぇ・・・新ちゃ・・」



「・・・・・どういうことですか?」
「・・・あ?」


帰ってきたその声の刺々しさに・・銀時がよろよろと顔を上げる。

「どうって・・・なにが?」


「・・・―――これ・・・どういうことですか・・?」




そう差し出された物を見た瞬間…・・・・ほんの僅か…銀時の顔が強張った。



「・・・これ・・・銀さんのゴミ箱の中に・・・捨てられてました」


そう突きつけられたのは…ぐしゃぐしゃになった紙屑・・・――違う それは



「これは…ボク宛に届いた『きららさん』からの・・・手紙ですよね」


新八の低く微かに震える言葉に…銀時は何も言わない。
ただ・・・視線を逸らした。



「どうして・・・ここに捨てられているんですか・・・?どうして・・・封が空いているんですか?」


新八の厳しい追求の声に、銀時は何も答えない。

「前に…言いましたよね・・・ボク。
『やっていいことと・・・やっちゃいけないことがある』って・・・。
エロメスさんから手紙が来たときも、銀さんこうして開けましたよね?
勝手に手紙読んで、ボロボロにして、おまけにケーキまで食べましたよね!」

手紙を握り締めた新八の拳が震える。

「人の郵便物を勝手に開けるなんて最低ですよ!いい大人でしょ!アンタはッ!」

「それに・・」と新八は手紙を見る。

「これは『きらら』さんがボクに書いてくれた手紙なんですよ・・・ッ!
ボクときららさんが文通している事は銀さんだって知っているじゃないですか!
なのにどうしてこういうことするんですか!?エロメスさんの時とは違うじゃないですか!なのにッ・・・」


その瞬間…『はぁ・・・』と大きくため息が吐かれるのを聞いて、新八は目を上げた。
そこには反省の色など微塵も浮かべてない、銀時の顔があった。

「だってよぉ・・・」

銀時はそう 唇を歪める。

「俺・・・お前が心配でさぁ」
「・・・はぁ・・?」

悪びれた様子もなく、いけしゃあしゃあとそう続ける男を新八は呆然と見た。

そんな新八を見た銀時が――嘲るように唇を歪めた。



「だってまた・・・『騙されてる』かもしれないだろ?」



銀時の言葉に カッと・・・新八の眼が見開く。
それを見つめる銀時は くすっと笑った。

「・・・たく・・こりねぇなぁお前も・・・。前のエロメスの事でも散々痛い目見ただろ?
甘い手紙に騙されて、甘い言葉を本気にして・・・あんなわかりやすい嘘にコロッと騙されやがってさぁ・・・」

その言葉に、かあっと新八の頬が赤くなる。
過去の痛い傷を容赦なく抉られて 言葉が出なかった。

「あん時どうだった?お前は俺に何の相談もせず、なんにも言わねーで一人で舞い上がってよぉ
そんでどうなった・・・?え?結局騙されて財布取られて終わったじゃねーか」

嘲るように笑うその男の顔を…新八は咄嗟に睨みつけた。

「なんだよ・・その顔?だって真実だろ?舞い上がって騙されていいように使われて 挙句に置いてかれてよぉ・・・。
あん時も俺が後付けてやらなかったら財布すら戻ってこなかったぜ?」

くつくつと・・・まるで懐かしい思い出を語るかのようにそう囁くその声が…容赦なく新八の心を抉る。

「てかさぁ・・自覚持てば?」


銀時の声が一段と低く・・意地悪く歪む。

「新ちゃんってさぁ・・・女にモテるタイプじゃないよね?てか、モテね〜よなぁ・・・そんなナリしてんだから?」

くつくつと笑う。意地悪く…まるで嬲るように――

「背も低くて 色も白くて 女みたいな顔してて…あげくに眼鏡で真面目で素直でいい子で・・・。
世の中の女はそう言う男に興味ないんだよぉ?
もっとスリリングでワイルドで 危険な香りがプンプンするような。もう野獣みたいな奴が好きなわけ?
新ちゃんは逆じゃね?むしろ正反対〜」

あっ・・でもよぉ・・とその声は続ける。


「『モテる』って言えば『モテる』かもねぇ〜?
ほら、新ちゃんて本当にちっこくて、なよくて、眼鏡で可愛くて〜あげくにお人好しで、騙しやすくって 攫いやすそうでもうそら・・『エロメス』系にとっては絶好の『カモ』だろぉ?」

くつくつと銀時が笑う。

「だから銀さん・・・そんな新ちゃんの事が心配で仕方ないからさぁ・・・
だからできることなら、事前に防いでやろぉって思うわけ!・・・優しさだよこれ」


銀時のまったく悪びれないその声に、その態度に 表情に・・・感情が高ぶるのが抑えられない。
拳が震える…。喉の奥が・・・ツンとする。


「それになに『文通』って・・・?このハイテクな時代に『文通』って何それ?それ自体がすでに怪しいの!
今どきはお前・・PCの時代だよ!せめてメールでしょ?メール?手紙なんてどこの原始人ですかぁ?」

粘りつく様な…体に絡みつく様なそれでいてチクリチクリと突き刺してくるの男の声が…言葉が体中に突き刺さって…
激しい痛みと悔しさと切なさ・・・いろんな感情が血のように滲む。



「いまどき手紙ってさぁ・・・ありえ・・・」

「――銀さんには・・・ッ関係ないじゃないですかッ!!」

銀時の声を遮って 手紙を握り締めて、新八は体を震わせる。



「ボクがなにしよーが勝手だろッ!!ガキじゃねーんだよッ!!!」


―――気がついたら 叫んでた。


「どうせッ・・どうせボクは地味ですよ!!冴えないですよ!!モてないですよッ!!!」

自分で叫んで…馬鹿だと思ったけれど、心がジクジク痛んだ。

「時代遅れですよ!バカですよ!――でもッどんなに騙されたって 
どんなに痛い目にあったって いいじゃねーかッ!
その痛みを受けるのも、苦しいのも 全部ボクなんですからッ!!!」


そう・・・銀時が言うのは真実だ…。だから心が痛いのだ。

普段女の子に縁の無い…切ない青春を送ってるから
少し女の子に優しくされたら簡単に舞い上がって 周りが見えなくなってしまう。

周りから見れば、一目瞭然なのに気付かず・・・・簡単な嘘で騙されて 傷つけられて 周りにも呆れられて・・。
そんな自分が 何度も嫌になった。


―――でも・・・


「でも・・きららさんは・・・きららさんは・・・ッ・・そんなボクでも・・・そんなボクでいいって言ってくれたんです!!」


――そう 彼女はそう言ってくれた。
あの薄桃色の紙の上で…優しい字で…そう言ってくれた。

そんなお人好しで 騙されやすくて…でも心がまっすぐで純粋な所が 新八の素敵なところだと言ってくれた・・。



「―― 銀さんがなんて言おうが・・どんな風に思おうが別にいいです!ボクには関係ないッ…・・・」


震える手で…その薄桃色の手紙を握り締める…。

例え、誰が何を言おうが…真実がどうだろうが…この手紙は新八に送られた手紙・・。
それをどう受け止めるかも…新八しだい。



「ボクはきららさんと文通したいんだ・・・。
誰が笑ったっていい・・!時代遅れだって見下されてもかまいません・・・
ボクは・・・ボク達はこうして、時間のかかる方法を選んだ・・・。
手紙なんてまどろっこしい道を選んだ…。でもこうして一歩一歩お互いの事を知っていこうって・・・決めたんです」


――――例え今までの関係が…この男が言うように…残酷な嘘だったとしても・・・

「また・・騙されてたっていい・・・。
例えきららさんがあの子と同じく、ボクを騙してからかっているんだとしても・・・・・・・・・・・いいんです!
だってボクが・・・・ボクがきららさんと文通したいんだから・・・!ボクが…きららさんのこと知りたいんだからッ」


「もしまた騙されていたとしても・・・今度は本当に素敵な時間が過ごせたって…思えるから!」



新八はそう全てを吐き出して、唇を噤んだ・・・・。







「・・・・・・・・・・・・・何言っちっゃってるの?新八く―ん」





静かな部屋で・・再び帰ってきたのは先ほどと何も変わらぬ 声だった…・・・・。



「だからさぁ・・・あーゆー清純そうな子ほど、中はもう暴れん坊将軍なんだよ?しらねーのお前?」

そう相変わらず酷薄な声で・・・嘲るように続けられた言葉に――――・・・・もう視線を合わす気も 起きなかった…。

「お前みたいな奴ほど…そうあーだこーだいいやがんだよなぁ?『あの子はそんな子じゃない!』みたいな感じでさぁ・・・」


所詮――爛れた恋愛しかしたことなさそうなこの男に――新八の気持など分かるはずなどないのだ…。


「目を覚ませや 新八くぅん!またどうせアレだろ?『実は私・・青春を盗む怪盗青春娘』みたいなノリなんだよ」




―――もう・・・疲れた…




「―――・・・とりあえず・・・もうボクの郵便物は勝手に開けないでください…次やったら 許しませんからね」


新八はそう淡々と呟いて手紙を袴のポケットに刷り込ませた。――そして、背を向ける。




「・・・・・今日は・・帰ります…」



「・・・・・・は?何言ってるの?」




「今日はこれで失礼します・・・じゃあ」
「・・・え?だから・・何言いっちゃってるの?」

「・・・失礼します」

「ちょっ・・待てって!待って新ちゃん 新八く〜ん」

「・・・―――何ですか?」
「だからさぁ・・『帰ります』じゃないでしょ?だって今日泊まるじゃんかお前?約束したじゃん!
一緒の布団で寝るって言ったじゃん」

「・・・」


そういつもと変わらぬ口調で、あまりにも無意味な冗談を続けるこの男の顔を見るのは…もう嫌だった。
声も・・・聞きたくなかった。



新八は無言のまま足を進める。
すると、慌てたようにガタっと机が揺れる音がした。

「いやいやいや・・ちょっと待とう ちょっと待って新八君!今何時?今真夜中だよ〜?
てか、『泊まる』って言ったでしょ?今日は一日ここにいるってさぁ」


何も答えず・・・足を進める。

「え・・?・・・あれ?」


振り返る気なんて…更々ない


「・・・え?・・・新ちゃん」


早く――一刻も早く この男の前から消えたい



「・・・・だ・・・・」


―――離れたい――


「・・・・・・・・・・・・・・ッ・・・・・やだッ」



そう聞こえた声は・・・・・先ほどとは打って変わり…焦りが滲んでいた。


「やだッ・・・いやだ・・・帰らないでよ新ちゃん・・・」


縋りつくるような声に・・・新八は振り向かない…。


銀時の顔を 見たくなかった…。
ここにいたくなかった・・・。

家に帰って…姉の顔を見て・・・思いっきり泣きたかった。


「待って・・・しんぱ・・ッ やだ やだ!・・・」


しゃべると涙が零れそうだったから だまって足を動かす。


すると バサッとジャンプが床に転がる音と同時に、激しい足音が聞こえた。
その足音は酷く焦ったように乱れて 自分の前に立ち塞がった。


大きな体が視界を塞ぎ 同時に、ピしゃっと扉を閉める音がする。


「やだ・・帰らないでよ…帰さないよ 銀さん・・・」


新八の前に立ちふさがったその男は、そう言った。
どんな顔をして言っているのかわからない・・・。―――視線を上げたくはなかった。

「今日泊まってくって言ったじゃん・・ッ!約束したじゃん!銀さん聞いたよ!そう聞いた!」


うるさいよ・・・

そう突っ込むことも・・・できなかった。

口を開くと 声が震えそうで…涙が滲みそうだった・・・。


悔しいけど…この男に抉られた傷が…いまだに痛くて・・痛くて…ヒリヒリしていた。


―――自分でもわかっている。
自分は地味で冴えなくて ろくな会話もできず、器用でもなく…剣術と突っ込みと家事しか才能がなくて・・・。
とても女の子にモテルタイプではなくて…

そうわかってるからこそ・・・銀時の言葉が辛かった。



こんな顔を誰にも見られたくない・・・特に銀時には 死んでも見られたくなかった・・・。
それにもしここで泣いたら…心底負けてしまう気がした。
―――まるで銀時の言葉が証明されたようで嫌だった・・・。

だから無理矢理に涙を引っ込め、唇を噛んで嗚咽を殺す。




帰りたかった・・・
はやく 姉の顔が見たかった。




「・・・どいてください」
「やだ・・」
「どいてください」
「やだ・・・」
「・・・」


埒が明かない・・・



新八は強引に手を伸ばし、扉を空けようとした。
だがそれを銀時の手が阻む・・・。
掴まれた手首がひやりと冷たい・・・。それは銀時の体温の所為なのかも・・・どうでもよかった。



「今日泊まってくって・・・ずっと一緒にいるって・・・約束したじゃん・・・・・言ったじゃんッ!
帰るなんて許さないから・・・絶対に許さねーから」


頭上から降るその声に、頭が痛い・・


「今日は新八とエッチなことすんだから!抱っこして寝るって決めてんだからッ」


子供の我儘のような事を平然というこの人が…ムカツク・・。


だいたい 誰の所為でこんなことになってると思ってんだ・・。
非常識な行為をしたのはそっちだ・・。
人の郵便物を勝手に開けて、挙句に捨てて
そしてこうして 残酷な言葉を吐いて・・・

―――なのに


「・・・新ちゃん・・チューしたい・・ね〜キスしたい・・いい?ねぇ?」

なのに 子供みたいに駄々を捏ねて・・・


「チューしちゃうぞ・・コノヤロー もう決めたから・・・」


「―――離してください・・・」


その言葉に、頬に触れていた手がピくりと動く・・・


暫くして ぽつりと呟く声がした・・・


「・・・やだ・・・離さない」


ぎゅっと手首を強く握りしめられる。

微かに低く擦れた声が ―――続く


「―――これ以上『帰る』っつたら・・・縛るよ・・・閉じ込めて二度と外に出してやらねーから・・・」



「―――・・ボクは帰ります・・・・」


「・・・だぁかぁらぁ・・・帰えさねぇって・・・聞いてる人の話?」



――――――――付き合っていられない・・・


不意に新八は体中の力を抜いた。
急に大人しくなった新八を不審に思ってか銀時が覗きこんでくる。

その一瞬―――銀時の力が緩んだ。

それを見計らって 突如新八は 銀時の手から腕を振り解く。
そのまま方向転換し、出口とは別の方向へ――銀時の寝室へと足を進めた。
それを見て、銀時がぽかんっとしていることが、背中越しに伝わってくる。

「・・あ〜もう寝るの?」

銀時がそう尋ねてくる。
背中越しでもあからさまに安堵している様子が窺えた。

「じゃあ銀さんも一緒に寝よぉ〜あっお前着替えはあるか?銀さんの着る?」


それに答えず、新八は足を進めた。

―――そして

「――ッしんぱ」

銀時が突如―――驚愕したように叫んだ。


新八は寝室に入るや否や突如駆け出し 寝室の窓を開け…―――下に飛び降りたのだ。



・・・どんだけ万屋で危ない橋渡ってるんだと思ってんだ・・・!!

―――眼鏡ナめんな!!!


靴もはかず下に飛び降りた新八は 一目散に駈け出した。


「・・・ッあのやろ・・!」


逃げていく小さな背中を見て、銀時が慌てて駆けだした――。




**



駆けた

駆けた

夜の街を 一目散に掛ける

歌舞伎町の色鮮やかなネオンが 視界を流れて

月が酷く綺麗で

喉が思わず ツンと した。







小銭を叩きつけるように入れて
切符を鷲掴んで
改札を疾風のように掛けて
電車に飛び乗った


駅について
また改札を 飛び越して

歌舞伎町とは違う 暗い道を 
駆けて
駆けて

そして

たどり着いた






そして はたっと気づく・・・
電気が 付いていない

当たり前だ・・・だって今日お妙は旅行でいないのだから・・・。

どうして忘れていたのだろう・・・。



明かりの無い玄関を目の前にすると… どっと疲労感が押し寄せた・・・。
足袋だけで駆けてきた足は…今更ながらにジクジク痛んだ・・・。


すぐ傍に扉があるのに…手をかけて開けることもできなかった。


体中がだるくて・・・疲れて…痛くて・・・・ 鼻の奥がツンとした・・・。





――――その時だ




「あら・・新ちゃん?」



聴こえるはずの無い声に・・・眼を見開く。



「どうしたの?こんな時間に?・・・今日は万屋に泊まるっていってなかった?」



そう優しく囁かれて・・・・無意識に振り返る。


視線の先には・・・・そう微笑む―――お妙の顔があった。



「・・・あ・・・姉上?どうしてここに居るんですか・?だって・・今日は・・」



そう問うとお妙がきょとんとした顔をして、それからああっと微笑んだ。

「実はね、お店の子が急病で人手が足りなくなっちゃったのよ・・・
明日どうしても外せない大事なお客様が来るから店長が泣きついてきて・・・。
だから急遽引き返してきたわけ」

 そのかわり、たっぷり手当付けてもらえるのよ とお妙は笑う。


呆然とその顔を見ていると、その大きな茶色の眼がくすっと笑う



「―――でも・・戻ってきて本当に正解だったみたい・・・」



優しくて、いい香りのする手がそっと頭を撫でてくれる。




「どうしたの・・・?新ちゃん・・そんな顔をして」




その声を聞いた瞬間…





新八は声を上げて泣いた・・・



:***






暗く物音一つしない部屋…。
そんな暗闇の中、電気もつけず・・身動きもせず銀時は呆然と椅子に腰かけていた・・・。

――あの後、新八を追ったが、結局捕まえることができなかった。
新八が乗った電車は運悪く最終で、慌てて家まで戻り原付を走らせて新八の家まで行っていたが
そこには悪夢が待ち構えていた。

銀時の前に立ちはだかったのは――――いるはずの無い  般若の顔をしたお妙・・・。

言い訳をする暇も与えられず、問答無用とばかりに強烈な拳と激しい門前払いを受けた・・・。
それから数十分粘ったものの、結局はこうしてすごすごと引き返す事しかできなかった・・・。


帰ってから電話をかけたが、問答無用で切られた。
しつこくもう一度掛けたら、繋がらなくなっていた…――電話線を抜かれたのだろう・・・。。

「あ〜・・畜生・・・最悪だぜ・・・・・」


あまりにも音の無い部屋で・・・そう呟く声は後悔が滲み出る。

「まさかお妙が帰ってきてるなんざ…予想外もいいとこだぜ・・。おかしくね?てか旅行ってなに?嘘だったの?アレ…」


あ〜…最悪… そう銀時は重苦しく項垂れる。


それからふと・・・銀時の視線がくず籠へと走る…。
中のゴミが無くなり・・・文字通りひっそりと佇むくず籠…。

今回の騒動の―――引き金。


「・・・失敗したなぁ・・・もう少し後で読めばよかったのに…焦ったよね・・・うん・・。俺焦ってたわ・・・」


そう銀時はくず籠を足で蹴る・・。


「でも突然新ちゃん帰ってくるからなぁ…・・・こう焦ってさ・・・」


ブツブツブツブツ・・・・・・・銀時は呟いていく・・・。


「てか・・・なんであのタイミングで捨てちゃったのかな・・・・・焦ってたからか・・・そうなのか・・・」



あ〜あ・・・と呟いて、銀時は猫っ毛を撫でつける。


「何をしてもうまくいかね〜日ってのは なにやっても駄目なもんだなぁ・・・ほんと」



そこでふと・・・・銀時の眼が天井を見る…。




「あ〜もぉ・・・今日…すんげぇ〜我慢して新ちゃんに触らなかったから…いま『新ちゃん不足』・・・深刻だよ・・・これ」


本当に最悪だぜ・・・と呟く同時に…銀時の眼が深い澱みを生んだ・・・。




「・・・新八・・・新八ぃ・・・」



低い声は…先ほどとは違う・・異様な空気を纏った。





「新八・・・新八・・新八・・・しんぱちぃ・・・」

銀時は繰り返した・・・・・・・・・壊れたように・・・





「だって・・・・仕方ねーじゃねーか・・・」



銀時はそう・・低く…淡々と呟いてく


「だってよぉ・・・気になるじゃねーか・・・嫌じゃねーか・・・・『あの女』から届いた・・・手紙なんてよぉ・・・」




読んだらいけないと・・・わかってた。
これを勝手に開いて、挙句に読んだとわかれば新八は当然怒るだろうと・・・分かってた。

エロメスの手紙の時にさんざん言われたから…。
今度やったら きっと新八は本当に許してくれないだろうって・・・喧嘩になるって・・・分かってた・・・。


でも――――・・・我慢できなかった・



中に入っていたのは 黄緑色の便箋二枚。

ほんのりと・・花の香りがした…。
銀時が嫌いな…あの香り…。
あの少女が纏う…『女の香り』


手紙は――新八への気遣いと己の身近に起きた出来事が 綴られていた。


そして夜遅くまで万屋にいると聞いたから…こちらに手紙を送ってみた――と書かれていた


そして最後に―――また会いたいと…また話したいと 書かれていた。





「―――だってお前にこんな手紙を読ませたら・・・お前は行っちまうじゃねーか・・・」



薄桃色の封筒
そこに描かれた淡い桜…


それは・・

あの少女が新八への想いを形に表した・・・・まるで『心そのもの』のようだった。




「お前はどうせ俺には何も言わねぇで・・気にかけも振り返りもしないで…行っちまうんだろ?」


初めからそうだった―――・


手紙を受け取った新八は、銀時に何も言わず隠れてこそこそと返事を書いていた。
何度も何度も書き直して…悩んで 頭の中全部…その相手の事で埋めて…。
銀時の事など…少し考えようともしなかった。


そう・・・はなから銀時の言葉は…新八に届かない・・・。
だから新八は銀時に手紙のアドバイスを施されても疑問すら持たないのだ。

あれほど・・・好きだと言っているのに…。
そんな銀時がアドバイスなんか…する筈なんか無いのに。
そんな単純な方程式も・・・新八の中では生まれていない・


「俺がこうして気を付けていなきゃ・・お前は簡単に俺を置いていきやがる…」


泣いたきららを追いかけて…銀時の声に耳を傾けず駆けて行ってしまったあの背中が 今でも忘れられない。





だから…あの少女から手紙が届いたと聞く度に…ざわっと心の奥が嫌な音を立てる・・。
あの手紙を読む新八の頬が赤くなる度に…嬉しそうに笑むのを見る度に 体中に焦りが滲んだ・・。


新八の視線をこちらに向けたくて、意識を向けてほしくて 躍起になって
それでも結局は子供じみた言葉や態度しか出せなくて…そんな自分を新八はまるで相手にしてくれないから
しまいには・・・酷い言葉しか口からでなくなって…この有様だ・・・。


心が――ぐちゃぐちゃに荒れる…。
イライラと 憎悪の波が押し寄せる。

時間が経てば経つほど離れていくばかりの自分とは違い、時間を掛けて確実に新八との距離を縮めていく
あの少女の存在を思い知る度に―――腸が煮えくりかえる。


想いを言葉にして、声に出して 行動で表してみても・・・少しも届かない。

故に・・・手段もプライドも…なにもかもかなぐり捨てて

こっちを見てと・・俺を見てよ・・・と縋り付きたくて堪らなかった…。






「あ〜・・・・・・・・・」




「新ちゃ〜ん・・・・銀さんは新ちゃんの事・・・本当にマジで…愛してるんですけどぉ・・・」


そう銀時は・・・月に向かって呟く



「好き・大好き・・・マジで好き・・・大好き・・・・新八ぃ・・」



淡々と…銀時は呟く・・・。

何度言っても・・届かぬ言葉を――




「だから・・・離さねーから・・。俺ってしつこくてネチネチしてるから・・・」






「だから 離してなんかやらねーからなぁ…」




だからきっとまた・・・繰り返す

手紙が来たら きっとまた読む


そして――――今度は見つからないように 燃やす・・・。


憎いから・・・


己の想いはどんなに声に出しても 言葉で伝えても…届くことなく消えていく…

なのに―――彼女の文字は 新八の中に染み込んでいく


そんな手紙など・・・灰になればいい・・・




「・・・・・・・・会いてぇ・・・・会いたい・・・新八ぃ・・・・・・・・・・」








そう 壊れたように 銀時は呟く




「触りたい…ちゅうしたい・・抱っこしたい エッチしたい・・・声聞きてぇ…顔が見たい・・・」






「・・・・・・・・今新ちゃんが来てくれたら・・・・・・・・・・・もう何にもいらねーから…」







「だから・・・・・・新八に会わせてくれよ・・ 300円あげっから・・・・・」





明日の朝までは・・・・あと何時間あるのだろう・・・?
新八が来るまで・・・あのどれほどの時間があるのだろう・・・・?




夜はまだ明けない・・・


暗い闇を 湛えたまま・・・





END







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