***




コリンズは上機嫌だった。
何もかも自分の思い通りだったからだ。
クラウドはいなくなったし、アルマも自分の言う事を聞いてついてきている。
手に握った枝を振り回しながら、意気揚々にずんずん奥に進んでいった。

「・・・コリンズ君。帰りましょう」

アルマの声が聞こえたがコリンズは無視した。

「本当に危ないの。天気も悪くなってきたし」
「うるさい!お前臆病者だな!」
コリンズはそう言うとドンドン進んでいく。
恐怖など微塵もなかった。ただひたすらに好奇心と満足感だけだった。

アルマは青い顔で空を見た。
空はどんよりと暗く、今にでも雨が降り出しそうだった。
雨の日は苦手だった。とくに雷が恐いのだ。

父であるリュカの能力を色濃く継いだアルマは、、人間ではないモノの意思を感じ取る能力があった。
それが清らかな善のモノならいい・・・。
だが邪に染まった悪のモノはアルマの心に多大な負担をかけた。
雨の日は、ソノモノ達の意識が強くなる。それがアルマの心に訴えかける。

コッチニコイ・・・
ヤミノセカイヘオイデ…

と・・・

幼いアルマはまだそれに耐えられる強さも、能力をうまくコントロールすることもできないでいた。

(…クラウド!)

アルマはぎゅっと手を握り締めた。
どんな時でもこんなに長い時間、クラウドと離れた事がなかった。
特に雨の日には、クラウドは必ず傍に居て抱きしめて、アルマを守ってくれていた。

…大丈夫。ボクが守るよ

そう微笑むクラウドを思い出しかけ、突然アルマの心にある言葉が浮かぶ

『お前!あいつがいないと何にもできないのかよ!』

コリンズの言葉はアルマの心に大きな刺となって刺さっていた。

それは―――アルマが心密かに思っていた悩み そのものだった。

クラウドは強い。精神的にも肉体的にも。
天空の勇者であり、剣術も戦闘能力も咄嗟の判断能力も―――すごい。
世界に必要とされている伝説の勇者。全ての者が彼の誕生を願い、その命に感謝をしている。

でも…自分はそうじゃない。

同じ血を引き、同じ時間に生まれていても勇者ではない…。

勇者の双子の妹だけれども…特別な何かは無い…。
その事を今まで責められた事はない―――それどころか、とても大切にされていることもわかってる。
でも…自分の心の中では答えの無い問いとしてずっとある。

クラウドは、なによりも誰よりも大切に、自分を愛し、守ってくれるのに・・・。

記憶を辿ると、アルマはクラウドの背中ばかりを覚えている気がした。
歩いている時、闘っている時、誰かと話すとき・・・。

いつも自分はクラウドの背に守られていた。



***

「おい!早く来いよ!」

コリンズの声がしてアルマははっと我に帰った。
気が付いたらコリンズとずいぶん離れていた。

「コリンズ君・・・待って」

その時だ

ざぁああああああああ!

突然雨が降り出した。
まるでバケツをそのままひっくり返したような大雨だ。

「うわぁ!なんだなんだ!!」
「――ッコリンズ君!こっちに来て!大きな木があるから!」


**

大きな木の下で二人で雨宿りした。
全身ずぶ濡れで寒くて震えたが、コリンズは意地をはって『帰ろう』とは言わなかった。
雨は地面をたたきつけるように降り、その度に森がざわめいた。
そんな暗い森に恐怖を覚えたものの、コリンズは断固として帰らなかった。

その時だ

ピシャー--!!

「やぁあ!!」

空が黄色く光ったと同時にアルマの悲鳴が聞こえた。
雷が鳴り出したのだ
 
「なんだよおまえ!」
コリンズが驚いて振り返ると、アルマが耳を抑えて震えていた。
「…ごめ・・・さい・・・雷・・・・恐い」
アルマの声が震えていた。瞳からはいく筋もの涙が伝い ガタガタと体が震えている。
それは雷への恐怖だけではなく、寒さも加わっている事に気が付いたもののコリンズは何にもできなかった。

「・・・なんだよ」
コリンズはうろたえた。なぜか腹が立った。でも何に怒っているのかわからなかった。

そのときだ

ぐおぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!

「!!!!!」

腹の底から鳴り響くような唸り声がした。
体ががくがく震えた。

でも

無意識のうちに首だけが動き、振り返れば

そこには強大な魔物が数匹自分達を囲っていた。

*************

動けなかった。

ただそれだけだ。

目は全てを捕らえているのに、体がどうしても動かない。

強大な魔物が4匹
そして小さな魔物がうじゃうじゃと自分達を囲っているのが見えた。

【ウ・・・マ・・ソ・・ウ】

「・・ツ!」

腹の底から耐え切れない震えが立ち上ってきた。

魔物の言葉がどうしようもない恐怖を生んだのだ。

『獲物』を捕らえる目。

目の前の【肉】を見つめる目。

自分を殺そうとする殺気のこもった目

確実に自分を殺そうとしている『敵』の目。

その目で見つめられた途端、コリンズの精神は氷のように凍りついた。
こんな視線は、生まれてから一度も注がれた事がない。

当たり前だ。

父に・・母に…叔父に…城の者に…
たとえ叱られていたとしても、そこに有った視線はどれも暖かく、愛情がこもっていたのだ。

だがこの視線は違う。

どこまでも無慈悲で、どこまでも冷たく見下す視線。

自分のことなど、なんとも思っていない。

『感情』が無い瞳。

それを思い知った時、コリンズの瞳は『色』を感じられなくなった。

全てが灰色で、恐ろしく冷たい世界が、一気に広がっていく。

当たり前だ。

その視線で貫かれた時

コリンズは『死』を思い知らされたからだ。


***




呆然としていたコリンズの目の前で、突然―――――――――大爆発が起きた。

何も考える事が出来ないままその場から吹き飛ばされ、コリンズは転がった。
もみくちゃになりながらもやっとの事で身を起こすと、目の前にアルマの背中が見えた。

赤いマントが激しく風に靡き、眩い金髪が風に踊る。

色をなくした世界で、その色だけが鮮やかにコリンズの前で煌く。

色がある。
全てが灰色の世界で、

アルマの周りだけ、色がついている。

明るく、苦しいほどに目を射るその色はなんなのか・・・。

答えが見つからないまま呆然としている自分に、アルマの声が聞こえた。

「逃げて!!コリンズ君!」

振り向かないまま、アルマがそう叫んだ。

「ここは私が食い止めます!だから早く!!」


アルマの声。
頭に真っ直ぐ通る声。

だが何も答える事が出来なかった。


色を取り戻した途端、それと同時に蘇ったのは恐ろしいほどの恐怖。

その恐怖に打ちのめされた今、自分は生きる希望を見いだす事ができなかった。


希望よりも絶望。

勇気より弱気

闘争より敗北



コリンズは立てなかった。

命が取られるかもしれないという恐怖。

痛みを受けるのではないかという恐怖。

先が見えない未来への恐怖。

恐怖は体を強張らせ、思考を鈍らせた。

唇はブルブルに震え、歯はガチガチと鳴って止まらない。
瞳からは分けもわからず涙が溢れ、流れて行くだけだった。

まるで『自分』というものが無くなってしまったようだった。

ただ怖い
ただ助かりたい
ただ守って欲しい

ただ
ただ


助けを祈って泣きたい・・・



***

「―――ッお願いコリンズ君!立って逃げて!」

反応しないコリンズを見て、アルマがそう叫び、もう一度呪文を唱えようとする。

・・・だが・・・

「・・・?!」

アルマが突然口を抑えて、青ざめた。

「・・・モウ マホウ ツカエナイ」

目の前の魔物がにやぁあ!と笑った。

今や目の前の魔物は数十匹になっていた。
目の前の獲物を少しでも分けてもらおうと集まってきていたのだ。

アルマはキッと相手を睨み、それから腰に刺してあった剣を抜いた。

細身の剣だ。
相手の体格に比べてなんて頼りなく、儚い姿なのか…。

それでもそれを構え、相手に立ち向かアルマの姿が、―――色鮮やかにコリンズの瞳に焼きつく。


魔物が襲い掛かる。

アルマはその強大な爪を何とかよけ、はっはっと荒い息をつく。
それから飛び掛り、大きな魔物の手を深々と刺し貫いた。

ビュッと飛んだ返り血が、アルマの白い頬に飛び散る。
魔物は悲鳴をあげたが―――、次の瞬間 もう片方の手でアルマを殴りつけた。


よける事が出来ないアルマはそのまま吹き飛ばされ 激しく地面に打ち付けられた。
それでも歯を食いしばって立ち上がる。

そんなアルマを見た魔物が――――ニヤリと口を開けた


「ムコウ・・・カンタン」

「!!!!」

魔物がこちらに向かってくる。
ゆっくりとだが、確実に…。

鋭い爪がコリンズ向かって伸びてくる。
あれに貫かれたら致命傷は避けられない。
そう本能でわかっても、動けなかった。


思考が止まる



そして


ドシュ!!!





何かを貫く音がした。
それと同時に、コリンズの顔に何かが掛る。

赤い…

赤い


赤い液体


呆然とする視線の先に

金色の髪と赤いマントが見えた。


自分の目の前に

アルマが立っている。


手を広げ、何かを守るように…。

だが

そのアルマの体から、なにか恐ろしいものが生えている。


爪だ


恐ろしく長くて、太い鋭利な爪が・・

アルマの腹部から突き出ていた・・。


ドシュッゥ!
魔物が腕を引いた途端、

アルマの腹部から 赤い液体が飛び散った。

真っ白な服・・そこに薔薇の刺繍なんてあっただろうか・・・?

いや違う。

違う
違う…


大輪の薔薇のように見えるそれは、血の染み以外何物でもない…。



不意にアルマが口元を抑えた。

次の瞬間

かはっ!


と、痛々しい声を発したアルマの唇からは、おびただしい鮮血が溢れ出た。

アルマが倒れる。
その視線は空を見て、何かを求めるように手を伸ばしたまま…

血に染まったアルマを、無意識のまま抱きとめた。

呆然とする自分の瞳に移ったその顔は――自分を見て 静かにこう言った・・・。



―――ニ・・ゲ・・テ

**

「うわあああああああああぁぁぁあああああああああああああああああ!」

コリンズは叫んだ
泣きながら叫んだ”
それしかできなかった。

頭の中を駆け巡る。

魔物の事は教わったはず
剣の使い方も教わったはず
攻撃魔法も教わったはず
補助魔法も教わったはず
回復魔法も教わったはず

なのに
何一つ思い出せない


魔物に対して魔法を放つ事も
そこに転がっている剣で闘う事も

アルマの傷を癒してやることも

なにも―――思い出せない。

そんな自分にできることは――――

ただ


叫ぶだけだった

泣いて

泣いて

絶望と恐怖の叫びを―――
魔物達へ聞かせること―――だけだった。


―――――――だが


【――――――ギャァアアアアアアアッッツ!!】

突然辺りに紫色の光が走った。
それは―――いく筋もの雷。
それが鋭い剣となって魔物達を一気に貫いた。


激しい衝撃が伝わる―――貫かれた魔物たちが灰になり紫の閃光の中で消えていく。
それを呆然と見つめていると、目の前に誰かが飛び降りてきた。

金の髪

青いマント

背中の美しい剣




「・・・・・・・・・・――――――クラウド」

コリンズは呆然としたまま呟いた。






クラウドは―――――何も言わなかった。

静かにコリンズの胸元に横たわるアルマに近づき、クラウドは手早く血で濡れた衣服を引きちぎった。

「バカナニンゲン スキダラケッッーーー!!!」

そんなクラウドを見た魔物が―――後ろからクラウドを襲う
だが

「―――ベギラマ」

ぎゃぁああああああ!!!
振り返りもせず、小さく囁いたクラウドの呪文が高温の灼熱となってその魔物を焼き尽くした。

クラウドはアルマの腹部に手をあてた。

「聖なる力よ…傷を癒したまえ…ベホマ!」

白く暖かい、聖なる光がアルマの腹部を包み込む。
光が薄れると、あれほど深手だったアルマの傷が一瞬にして癒えていた。

クラウドはアルマを抱きかかえると、その額に優しく口付けを落とす―――。
そして―――静かにコリンズの横に寝かした。




「―――天空の力よ 邪悪な者を退きたまえ…トヘロス!」

シュパァアアア・・・!

コリンズとアルマの周りに光が走り、巨大な竜の紋章が浮かびあがり美しい光が覆った。。

「・・・・・・そこから・・・出るな」

クラウドは静かに言うと――― 背を向けた。



クラウドの背後には――――すでに数十匹の魔物がうごめいていた。

アルマの血の匂いに誘われて―――そした、また増えた【肉】を目の前にして喜びの声を上げている。


クラウドはそれを静かに見渡し―――音も無く 背中の剣を抜いた。

美しい――剣だった。
銀とも金とも言えぬ光を放ち―――若葉の様な緑色の柄が美しい…。
聖なる光に包まれて煌く剣と、それを握るクラウドの姿が――――――余りにも鮮やかでコリンズは釘づけになる。

クラウドは、ゆっくりと魔物に向かって歩いていく。

一匹の巨大な 魔物がそんなクラウドに襲いかかった。
恐ろしい唸り声を上げ――鋭い爪を振り下ろす――――――――が



ドスンッ


とても静かに―――だが重く地面に落ちたのは

魔物の首だった――――




「・・・――――来い」





呟いたクラウドに―――――一斉に魔物が襲い掛かった




次へ




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送